経営者必読の報告書『建設企業が行う工業高校生採用活動の取組事例集』
一般財団法人建設業振興基金(内田俊一理事長)が、『建設企業が行う工業高校生採用活動の取組事例集』という報告書を2017年12月にまとめた。
この報告書は、工業高校の卒業生を採用している建設企業の成功事例や、工業高校の先生がどのような建設企業に生徒を就職させたいと考えているかなど、採用・就活の踏み込んだ実例を紹介している。
一般財団法人建設業振興基金『建設企業が行う工業高校生採用活動の取組事例集』
「このままでは若者を採用できず、会社が立ちゆかなくなる」と嘆いている建設企業にとっては必読の報告書だ。
そこで今回、報告書の作成を担当した、試験研修本部試験管理・講習部部長の篠原敬さんと、金融経理支援センター経理研究・試験担当部長の今泉登美男さんに話を聞いてきた。
全国の工業高校、建設企業、専門工事業者にヒアリング調査
篠原敬さん/一般財団法人建設業振興基金 試験研修本部試験管理・講習部部長
——『建設企業が行う工業高校生採用活動の取組事例集』を作成した背景は?
建設業振興基金 建設業界の担い手確保のために、建設企業と工業高校の連携を強化するのが目的です。工業高校の生徒が就職先を検討する際、建設業が有力候補になって欲しいとの願いから作成しました。
一般的な工業高校は1クラス40人で、建設業に就職するのはその半分強と言われています。しかし中小の建設企業の採用活動は、一生懸命に取り組んでも、なかなか実を結ばないという実態があります。
そこで「どうすれば中小企業が工業高校から優秀な学生を採用できるか」という問題意識から、建設業振興基金が横断的に、全国の工業高校、建設企業、専門工事業者にヒアリングを実施。建設企業の優れた採用の取り組みや、工業高校の進路状況などをとりまとめました。
——工業高校を対象とした調査は初めて?
建設業振興基金 調査の目的は異なりますが、今回で2回目になります。建設業振興基金は、建築施工管理技士と電気工事施工管理技士の技術検定試験を実施している機関です。一昨年、資格制度改正に伴い、工業高校生(17歳)でも2級建築施工管理の学科試験を受けることが可能になったのですが、合格率が高い工業高校とそうではない工業高校が二極化していました。そこで1回目の調査では、全国の工業高校の生徒がどのようなカリキュラムで教育を受けているのか、教師がどのような教育方法で建設業界へ生徒を送り出しているのかを調べました。
——どのようなデータが出た?
建設業振興基金 一般社会人の合格率は40%台ですが、長崎県の工業高校でズバ抜けて合格率が高いことがわかりました。
優秀な建設技術者を輩出する「長崎県の工業高校」
今泉登美男さん/一般財団法人建設業振興基金 金融経理支援センター経理研究・試験担当部長
——なぜ、長崎県の工業高校が?
建設業振興基金 長崎県の工業高校では、生徒たちを100%建設業に就職させることを意識した教育をしているため、資格取得にも注力しています。長崎県の教育委員会も、熱心にカリキュラムを組み、生徒を建設技術者・技能者として社会に送り出そうという姿勢が明確です。これが本来の工業高校のあり方なのかもしれません。
もちろん、公務員に就職したり、大学に進学したりする生徒もいますが、長崎県は造船業が盛んな土地柄なので、手に職を付けることを重視し、技術者育成に力点を置く風土的背景もあるのでしょう。
——他県の工業高校とは、どう違う?
建設業振興基金 たとえば、長崎県内の先生方は、大村工業高校に集まって専門工事業の技能者から技能を習い、自分で技能習得した後、生徒に教えています。他県では、専門工事業者の技能者が生徒に教えるのが大半ですので、いかに教育熱心かお分かりになると思います。
また、他の県では、優秀な先生がいても、その先生の個人プレーで終わってしまっていることが多いです。しかし長崎県の工業高校の先生たちは「建設業に就職させる」というスタンスにブレがありません。そのため資格試験の合格に向けた姿勢も強いことがわかりました。
建設業振興基金としては長崎県以外でも、工業高校生の教育は就職を前提とすることを、ぜひ打ち出して欲しいと願っています。早い時期から社会に出て、建設業に就職していただくことで、担い手の確保、建設業の若返りにつながると期待しています。
——長崎県の建設企業は、高校生を採用しやすい?
建設業振興基金 いいえ。工業高校40人(科)の学生に1,000社近くの求人が来ます。ですから、求人票を出しただけでは、ほぼ採用できません。「ウチには若い子が来なくて」と嘆く建設企業もありますが、学校に顔を出し、先生と生徒の信頼を得ることが必要です。「卒業生が頑張って活躍していますよ」とコミュニケーションを取るなど、工業高校側と真摯に向き合っている企業が採用に成功しています。
ホームページがない会社は「終わっている」
——なぜ工業高校の生徒を採用できない建設企業が多い?
建設業振興基金 そもそも建設企業は、自社に就職してもらうために、工業高校の先生や高校生のことを本当に理解しているのかという問題があります。
建設業への就職は、企業と工業高校の双方が協力し合いながらマッチングを行います。建設企業は先生にも積極的にアプローチして、自社の良さを理解してもらう必要があります。そうしなければ先生としても安心して生徒を企業に就職させられません。
また、工業高校生の就活には、大学生とは違うルールも存在します。ハローワークを通じて求人票を出す、あるいは大学生のように複数の内定をもらえない(一人一社制)など、ルールをきちんと理解することも必要です。
――そこで、今回の『建設企業が行う工業高校生採用活動の取組事例集』が役立つと?
建設業振興基金 はい。採用できないと嘆いている建設企業の方々に特に伝えたいのは「学校に行こう!」ということです。求人活動が解禁されるのは7月1日ですが、それ以外の情報交換、挨拶などは制限がありません。
むしろ7月~8月は先生の繁忙期なので、学校訪問に不向きな時期に当たります。9月から翌年1月までは繁忙期ではないので、アポイントを取れば会ってくれるはずです。
工業高校の先生としても、建設企業のことをちゃんと理解してから生徒を送り出したいと考えているので、企業側も本気で採用したいと考えているのであれば、学校に直接訪問して先生との信頼関係を築くことが重要です。
向の岡工業高校での出前授業の様子 (協力:クレーン協会・株式会社多摩川機工・神奈川建設重機協同組合)
——やはり人気の就職先はゼネコンですか?
建設業振興基金 ゼネコン志望者が多いですが、大工などの技能者に関心を寄せ、専門工事業者を志望する生徒もいます。専門工事業者の中には「工業高校は優秀だから」といって採用を最初から諦めている企業もありますが、それは間違いです。
たとえば東京都の鈴木組(鳶)さんは、採用専用のウェブサイトを作成し、鳶の仕事や会社のことなどをPRしています。このホームページを見た鹿児島県の加治木工業高校の生徒が「鳶になりたい」と本社に電話したのですが、高校生は求人票を出さないと採用できません。そこで鈴木組が急いで加治木高校に求人票を出したという、高校生が鈴木組を逆指名した逸話もあります。
ある工業高校の生徒にたち「ホームページがない建設会社に志望するか?」と聞いたところ「終わってるーー」(問題外)と回答されたこともありますが、ホームページやSNSなど、採用のためにやれることをやらないと人を採用できない時代だと思います。専門工事業者の中には、まだホームページがない企業も多いですが、まず採用活動のスタートラインに立ちましょうと訴えたいです。
—— ホームページ作成で気をつけたいポイントは?
建設業振興基金 会社代表の挨拶や工事実績だけが書かれているホームページをよく見かけますが、それだけでは実際に働くイメージがしにくいのでNGです。どんな先輩達が働いているのか、施工管理の具体的な仕事の様子や、例えばボーリング大会といったリクレーションの様子など、ブログやFacebookで構わないので、入社後のイメージを抱きやすい写真や文章が先生・生徒側にも評価されます。
今、工業高校の就活をめぐっては、工業高校の先生や生徒たちが欲しい情報と、建設企業が発信している情報に乖離があります。その点、今回まとめた『建設企業が行う工業高校生採用活動の取組事例集』は、工業高校の先生や生徒たちが、建設企業のどこを見ているかを、建設企業に知っていただける内容になっています。
「誰でもいいから採用したい」はNG
——地域建設企業は、工業高校の先生とどう向き合うべき?
建設業振興基金 工業高校の先生は、生徒の成績や性格などを考えて、企業側に就職の推薦を行います。多くの学校では、1年生で建設産業の全体像、2年生で職種、3年生で企業の勉強をしてから、具体的な就職先について、先生と生徒が話し合いを始めます。そこで先生が一番心配しているのが、入社後に生徒が活躍できずに退職してしまうミスマッチが起こることです。
東北のある建設企業に入社しようとしている女子学生は、施工管理職を志望していたのですが、事務員の女性が退職したので、採用直前に社長に「事務やってよ」と言われ、「大変迷っています」と話していました。工業高校としては、せっかく施工管理として送り出したのに、一方的に事務をやりなさいと言う会社は信頼できなくなります。先生も裏切られた心境になり、今後、その企業には推薦しにくくなります。この建設企業にはもう推薦できなくなります。
——ずばり、工業高校の生徒を採用するコツは?
建設業振興基金 大切なのは学校側とのコミュニケーションを欠かさないことです。仮に今年は採用できない、となっても、学校に足を運びましょう。学校側は経営者の姿勢を注視しています。たとえば淺沼組はここ最近、毎年20名以上の高校生を採用していますが、採用への熱意が他社とは異なります。専門工事業者で有名な向井建設も相当な努力をしています。全国的に名の通った建設企業や専門工事業者でも、優秀な人材を採るために苦労し、全国の工業高校を行脚しているということを理解していただきたいです。
たまに「誰でもいいから採用したい」という企業もありますが、工業高校の先生からしてみれば、そのような企業に生徒を送り出したいと思うはずがありません。生徒に対する責任感と、採用にかける本気度が必要です。
――この報告書『建設企業が行う工業高校生採用活動の取組事例集』は、どこで見られる?
建設業振興基金 建設業振興基金の約50の拠出団体と、1万5,000社の傘下企業に、2月末に配布しました。ウェブ上にも公開しています。
地域密着型の建設企業にとって参考になる事例が多いので、ぜひ地元の工業高校との連携でお役立ていただきたいです。これからの建設企業は「若者から選ばれる企業」になることが大事です。
※『建設企業が行う工業高校生採用活動の取組事例集』をご覧になりたい方はこちら。
http://www.kensetsu-kikin.or.jp/database/pdf/kikin2018_1228.pdf