横瀬川ダム出張所所長 現場代理人 ダム工事総括管理技術者の岩川真一さんにインタビュー
国土交通省四国地方整備局中筋川総合開発工事事務所では現在、平成31年度末の完成を目指して横瀬川ダム(高知県宿毛市)の建設を進めています。横瀬川ダムは、治水、利水を目的としたダムで、ダム直下の滝を保全するため、日本で初めて側水路による減勢方式を採用するほか、地元で採取した骨材を利用するなど、環境負荷に配慮した「エコダム」として位置付けられています。
この横瀬川ダム建設を受注したのが、西松建設株式会社。今回、西松建設の現場代理人を務める岩川真一さんに、土木のやりがい、苦労話などについてお話を伺いました。
ダム工事の経験を買われ、兵庫県から高知県に単身赴任
施工の神様(以下、施工):木の世界に入られたきっかけは?
岩川真一(以下、岩川):私の親が札幌市内で建築会社をやっていたことですね。ものづくりをやってみたいなあ、という思いがずっとあって、大学で土木工学科に入りました。私の場合、水処理という少し変わった分野を勉強しました。就職する際には、ゼネコンにしようか、役人にしようか迷いましたが、大学の先生に「土木をやるんだったら西松建設が一番良い。君に合っている」とアドバイスされ、結果的に西松建設に落ち着きました。
施工:入社最初の仕事は?
岩川:札幌市の地下鉄の仕事です。その次が北海道の二風谷(にぶたに)ダムの仕事でした。二風谷は、アイヌ民族の聖地と呼ばれている場所で、建設反対派がすごかったです。その後、北海道の釧路地方にある庶路(しょろ)ダムの工事を担当しました。この工事は、とにかく寒かった(笑)。釧路地方は雪がそんなに降らないんですが、気温が氷点下20〜30℃になるんですよ。

西松建設株式会社 西日本支社四国支店 横瀬川ダム出張所所長 現場代理人 ダム工事総括管理技術者の岩川真一さん
施工:北海道が長かったんですか?
岩川:入社して今年で27年目ぐらいですが、最初の18年ぐらいは、ずっと北海道で仕事していました。北海道でダム工事を担当していた頃、民主党政権が脱ダム宣言をして、入札に関わってきたダム工事がストップしてしまい、他の現場に異動になりました。
施工:他の現場ではどちらに?
岩川:神戸です。アンダーパスとか、道路の造成工事、橋梁工事、スーパーの造成工事などいろいろやりました。橋梁は兵庫県の養父市の現場でしたが、ワーゲン工法と言って、やじろべえのように、橋脚の頂上部から両端に水平に伸ばしていく工法でやっていました。今回、ダム工事は7年ぶりです。
施工:神戸から高知に?
岩川:初めての四国での仕事です。「横瀬川ダムの仕事は難しいから、行ってくれ」と言われて来ました。ダム工事は去年6月にスタートしたのですが、私がこの現場に来たのは今年2月です。前の所長が定年を迎える時期でもあって、途中で現場代理人が交代した形です。私が来た頃は、法面保護対策で掘削作業が遅れているなど、いろいろな問題を抱えていました。それをなんとかして、コンクリートの初打設にこぎつけたという状況です。
施工:北海道からの単身赴任ですか?
岩川:今の家は豊岡市内にあります。城崎温泉の近くです。家族は豊岡にいて、単身赴任で高知に来ています。豊岡の工事が3年半ほどかかったので、神戸から豊岡に移り住みました。まさか、自分が四国、高知に来るとは思っていなかったです(笑)

横瀬川ダムの堤体建設予定場所の様子。取材当日、ついにクレーン落成検査が完了。これから急ピッチで堤体建設が進められる見通し。

横瀬川ダムの完成予想図(国土交通省四国地方整備局中筋川総合開発工事事務所HPより)
ダム工事担当は、私の人生の転機だった
施工:ダムの仕事の魅力は?
岩川:規模が大きくて、面白いところですね。最初の仕事でダム工事に携わったことは、私の人生の大きな転機だったかもしれません。ダム事業は「土木の集大成」と言われるほど、いろいろな分野が学べる事業なんです。
施工:ダム特有の技術があるのですか?
岩川:他の土木工事と一番違うのが、コンクリートの打ち方です。コンクリートを自分たちでつくらなきゃいけないことです。普通の土木工事では、生コン工場から買うので、生コン工場が品質管理を全部やってくれるんです。ところが、ダム工事の場合、自分たちでつくるので、自分たちでちゃんと管理しないと、良いコンクリートが打てません。購入コンクリートであれば、品質が悪かった場合、購入先の責任ですが、ダム事業の場合は全部自分たちの責任です。
施工:人のせいにできない。
岩川:そうです。だから、どうしたら良いコンクリートができるか、自分たちでいろいろ考えなければいけません。今回の工事では、地元の業者の骨材を使うことになっています。コンクリートの品質管理という点では、現地製造の骨材を使うのがベストなのですが、その場合は現地の山を切ることになります。今回の工事は、地元の骨材を使用することで、環境に配慮したダムをつくる目的の発注なので、なんとか自分たちで品質向上のための工夫をして、良いコンクリートに仕上げなければなりません。
今回の工事では、16万m3という莫大なコンクリートが必要になるので、地元の業者がちゃんと供給してくれるのか、品質は大丈夫か、ということをちゃんとチェックしなければなりません。もし問題があれば、新しい供給元を自分たちで探さなければなりません。仕様発注であっても、なにか問題があれば全て受注したわれわれ業者の責任ですので。
現場代理人という仕事は、現場が会社だとしたら、代表取締役のようなものです。
交差点のド真ん中で推進マシンが止まった
施工:最初の現場代理人の仕事は?
岩川:北海道の旭川市の、1億円ぐらいの小さな下水道工事の現場でした。29歳の頃です。会社から「一人で現場をやってこい」と言われて、私一人で下請け業者をまとめました。一人現場が2現場ほど続きました。私一人なので、当然、全ての責任を自分が負わなければなりません。初めて一人になって、最初は戸惑いましたし、大変でした。
施工:西松建設では、そういう育て方をしているのですか?
岩川:そういうことではないと思いますが、その頃は多くの仕事を抱えていましたので、金額とか工事の種類によって、一人現場にしたんだと思います。今回のダムで、現場代理人は4回目です。
施工:これまでで印象に残っている現場は?
岩川:北海道の徳富(とっぷ)ダムの現場です。現場代理人ではありませんでしたが、自分が一番成長した現場だと感じているからです。私は堤体本体工事を担当していましたが、工程や費用などに関して、自分で立てた計画通りにほとんどうまくいった現場でした。自分の仕事に自信がついた現場です。今の現場に来たのも、この経験があったからです。
施工:失敗したことは?
岩川:いっぱいあります(笑)。どんな場合でも、技術者は絶対失敗しますから(笑)。一人現場だった下水道工事なんかは、やることなすこと、すべてうまくいきませんでした。大雪など気象条件に恵まれなかったり、推進したら、岩盤に当たって、交差点のド真ん中で推進マシンが止まったり、大変でした。当時は、自分が何をやっているのかわからなかったですね。
この現場では、トラブルがあったときにどうするか、ということを学びました。技術者の仕事って、そこに尽きるところがあります。現場の仕事にトラブルはつきものなので、それをスピーディにどう乗り切れるかが、技術者にとって最も大事なスキルだと思います。
苦情対応で、店の商品を全部買い取る豪腕所長がいた
施工:周辺住民からの苦情対応も大変では?
岩川:そうですね。まちなかの現場では、常に周りを気にしながら仕事をしなければなりません。北海道の地下鉄の現場の時は、商店街の真ん中だったので、苦情対応が大変でした。
路面覆工をかけて、その下に穴を掘って、地下鉄のための地下道をつくるんです。毎日ちがう場所の覆工板を開けて、材料を放り込まなければなりません。覆工板を開ける場所によって、片側交互通行にしたり、ガードマンの配置を考えるのが私の仕事だったんですが、毎日警察に道路許可書を取りに行っていました。警察に許可書を取りに行った後に、商店街のおばさんが急にきて「今日は大売り出しだから、うちの店の前を占用して工事するのをやめてくれ」と言われるわけです(笑)。道路占用が変更となると、その日の段取りがすべて狂ってしまいますが、「どうしても」と言われたら、また警察に言って許可書を変更せざるを得ませんでした。これには困りましたね。
ただ、現場の所長はスゴイ人で「店の外出ているもの全部買い取っちゃえ」と言って、本当に大売り出しの商品を全部買い取った人でした。「どうせ10万ぐらいだろ」と(笑)
施工:豪快な人が(笑)
岩川:豪快な人でした。

西松建設株式会社の横瀬川ダム出張所。手前の建物が事務所で、奥に見えるのが技術者、作業員の宿舎。全5棟、賄い付き。120名が寝泊まりする、ちょっとしたニュータウンです。
ダムは特殊工事なので、人が集めにくい
施工:今の現場は、現場代理人としてこれまでで一番大きな現場ですか?
岩川:そうですね。全体で70億円ぐらいの仕事なので、これだけの大きな現場の所長を任されたのは初めてです。
施工:現場の人数は?
岩川:全職員・作業員で120名ほどです。私の下に、副所長、課長がいて、さらに若い社員がいるという態勢ですね。
施工:所長として4ヶ月ほどですが、慣れましたか?
岩川:まだ慣れないですね(笑)。工期、工程が厳しいところで、バタバタとやってきたという感じですね。私のスタイルを貫いて、なんとかやってきました。
施工:現場事務所の駐車場に停まっている大半の車が高知県外ナンバーだったのが、印象的でした。
岩川:高知県で人材を探すと、数が限られるんですよ。できるだけ地元の企業からと考えてはいるんですが、地元の業者の方々もいろいろと仕事を抱えていて、人手不足なんです。なかなか人を集めきれないんです。加えて、ダム工事は特殊な仕事なので、さらに人を集めにくい状況です。
施工:事業の途中から、現場代理人になることの難しさは?
岩川:それはあります。技術者集めです。現場に来た当初、このプロジェクトには「技術者が絶対的に足りないな」と感じました。そこで、感じたことを会社に伝えて、技術者を集めました。会社という組織にちゃんと訴えていかないと、人も集められないし、良い下請けさんも得られません。現場代理人としての最初の仕事は、現場監督を行う西松建設社員の技術者、現場の作業員を増やしたことです。
施工:人を集めるのも現場代理人の仕事なんですか?
岩川:現場代理人がある程度人を集めることはありますが、基本は会社です。ただ、こういう大掛かりな仕事になると、会社に支援してもらわないと、全国から人手を集めるのは非常に難しいところがあります。
私は、現場の仕事はやらないようにしている
施工:現場監督を増やすのは大変だったのでは?
岩川:大変でした。しかし、これだけの規模になると、それぞれの現場に監督をつけないとできませんので。
現場代理人は、現場全体をプロデュースするのが仕事なんです。私自身は、現場の仕事をやらないんですよ。個々の技術者たちがなにをやっているのかをチェックすることと、地域、近隣の方々と付き合い、事業を進めていくことこそが、所長の仕事だからです。多くのダンプ、車が走るし、24時間現場で作業するわけですから、地元にある程度迷惑をかけることがある以上、地元の方々との付き合いは、非常に重要です。
施工:発注者との打合せ協議は?
岩川:それは、主に工事経験のある監理技術者の仕事なので、私の方からアドバイスすることはありますが、大事な行事以外は、なるべく監理技術者にやらせています。
施工:ダムの現場では24時間作業は普通なのですか?
岩川:ダムの現場では通常のことです。中には、近隣からの苦情で夜間はできない現場もありますが、夜の作業には、夜担当の技術者を配置して、休みを取らせながら、交代でやっています。その辺の配置、シフト管理なども私の仕事です。
現場の状況を会社に伝えるのが、現場代理人の一番大事な仕事
施工:現場での労働時間などの管理は難しそうですが?
岩川:難しいですね。大変難しいものがあります(笑)。現場から声を上げないと会社組織も動いてくれません。私は、建設会社が現場で利益を上げている以上、会社は現場を支援するための組織だと思っています。会社に対して、現場がどうなっているか訴える事は、現場代理人として、一番大事な仕事ではないでしょうか。
所長である自分が、現場の仕事をしてしまうと、周りのいろいろな仕事が見えてこなくなるんですよ。そうなると、組織がバラバラに動いてしまいます。私が最も気にしている事です。
施工:規模の大きな現場では、それぞれの現場代理人を束ねるのが、現場代理人の仕事になる。
岩川:一つの会社組織の長として、技術者たちをまとめ上げ、仕事を任せていくのが大きな現場の現場代理人の仕事ですね。
施工:見込みのある技術者を自らスカウトするパターンと、会社にお願いするパターンがあるわけですか?
岩川:気に入った技術者をスカウトしようと思っても、違う現場に入っていると、なかなかこっちに引っ張ってこられません。現場も手放しませんし。会社に相談をして、空いている技術者を教えてもらってから、スカウトする感じですかね。東北や九州から人を集める場合、支社を通して、本社で人事を動かしてもらうような形ですね。
出会った人を大事にすると、困ったときに助けてくれる
施工:こういう技術者はダメだ、というのはありますか?
岩川:「閉じこもる技術者」はダメですね。自分だけで抱え込んでしまうタイプです。技術者は作業員を使っていかないといけない立場なので、計画を作って、伝えるのが仕事なので、閉じこもる人間はダメだと思います。自分の仕事に没頭してしまって、周りが見えない技術者が最近、チョコチョコいるんですよ。周りとコミュニケーションをとって、一緒にものをつくっていかないと、絶対良いものはできません。自分の意思をいかに伝えるかですよね。
私は、若い技術者に「出会った人は大事にしなさい」とよく言うんです。これは要するに、現場でトラブルが起きたときに、誰に助けてもらうか、ということなんです。そのために多くの人脈を持っていれば、難題にぶち当たったときに、助けてくれる人も増えるわけです。
施工:遠い現場に来て、情緒不安定になる社員もいるのでは?
岩川:様子がおかしい社員はいます(笑)。なるべくみんなでメシを食ったりして、ほぐすように努力しています。そのときは仕事の話は一切しないようにして。私もいろいろ溜まることがありますが、そのときは、上司にグチを聞いてもらって、発散することにしています(笑)
施工:今後やりたい仕事はありますか?
岩川:いずれ、お金が貯まったら、自分で会社を立ち上げたいと思っています(笑)。自分でやっていくのが面白いじゃないですか。当面は、現場屋で終わるのが一番良いと思っています。
休みが取れないと、業界全体が落ちぶれるのでは?
施工:これから土木の世界に入る若者に向けて、一言。
岩川:「ものができたときの喜び」は本当に大きなものがあります。「地図に残る仕事」とよく言いますけど、それができるのは土木の仕事しかないので。若者には、その喜びを味わって欲しいですね。ただ、この業界は、なかなか休みが取れなかったりするので、それが一番大きな障害になっていると思います。
施工:休みがない分、稼げるのでは?
岩川:最近の若者はそうは考えないようです。金を稼ぐより、自分の時間を確保したい、という人が多いようです。休みが取れないのが解消されないと、業界全体が落ちぶれていくんじゃないか、と心配しています(笑)。会社は「休め、休め」と言うんですが、工事の期限が決まっている中で、実際のところ、なかなか休めませんよ。頭の痛いところです。
「会社に対して、現場がどうなっているのか訴える事が、現場代理人の一番大事な仕事」という言葉が特に印象に残りました。「現場屋」の心意気というものが、よく表れた言葉だと思ったからです。
はるばる高知の片田舎まで来て、120名から成る遠征組織を束ねて、数年間にわたって一つのプロジェクトを遂行する人間には、こういう気概が必要なんだろうなあ、という気がしました。ダムからの移動中、「豊岡に帰るのに、車で7時間かかるんですよ。これは辛い」と笑っていましたが、岩川さんのこういうスカッとした明るさが、現場代理人としての岩川さんの最大の強みではないか、とも感じました。
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いつも施工の神様の記事を参考にしてます。いろいろ苦労された先輩方の記事はありがたい言葉として受け止めて今後の教訓生かす道を歩みます。