建設コンサルタント、エス・ビー・シーの復活劇
エス・ビー・シー(本社:徳島県美馬市、旧株式会社四国ボーリング工業)は、創業以来、設計・測量・調査のほか、土木施工両方を手掛けてきた建設コンサルタント会社。来年12月には、会社設立50周年の節目を迎える。
現在のトップは、3代目の木村充宏社長。東京でサラリーマンとして過ごした後、2007年に常務として、家業であるエス・ビー・シーに帰還する。
当時3期連続の赤字のドン底だったが、原価管理の仕組みなどを見直し、わずかな期間で黒字に戻すなど、マネジメント能力を発揮。2012年4月の社長就任以降も、定期的な技術者採用のほか、ICT機器の導入など積極的な投資などを行ってきた。木村社長自身、技術士(建設部門:河川、砂防及び海岸・海洋)の資格を持つ技術者でもある。
木村社長の考える地域建設業、技術者のあり方とはどういうものなのか。色々と話を聞いてきた。
祖父のいまわの際に「家業を継ぐ」決意固める
「安心して、逝ってくれ」。木村社長が高校生の頃、初代社長だった祖父が他界。いまわの際に立ち会ったとき、「家業を継ぐ」ことを決心する。「土木工学科ならどこでも良い」ということで、北海道大学工学部土木工学科に進学。主に土質力学を学んだ。
大学院修了後、東京の鉱研工業株式会社(東京都豊島区)に就職。家業と取引関係のある会社だ。社長同士の間で「息子を勉強させてくれ」という話ができていた。
鉱研工業では、技術者として関東近郊の現場仕事などを経験し、普通は社外秘である原価管理の仕事も任された。「普通は見れないものをいろいろと見せてもらった」と感謝する。
会社は3期連続赤字、20代の技術者もいない
和気あいあいの木村社長と岡林さん
エス・ビー・シーに戻ったのは26才のとき。社員を見渡すと、その多くが40才以上。「若い人間がいない」と衝撃を受ける。「このまま10年経てば、ちゃんとバトンタッチできない」ことに恐怖すら感じたという。
「このままではいかん」と、社長に直談判。「景気が悪いときに人を入れるのはムリ」とたしなめる社長に対し、「景気が良くなっても、このままでは会社は潰れる」と反論。その年以降、若手採用を開始させた。
帰還した時は、エス・ビー・シーは3期連続赤字の真っ只中。内部留保が半分になり、国税庁から査察を受けた。取引銀行からは「これで事業やっていけるんですか?」と聞かれた。赤字の原因は、長年の「どんぶり勘定」。「業務単位で予算を組む。基本的な仕組みすらなかった」ためだ。2年をかけて、組織変革に取り組み、翌年には黒字転換を果たした。
2010年に民主党政権が誕生。その影響で、2011年には売上げが半分ほどに激減した。「社長になってから、この年が一番キツかった」が、経常利益は黒字を確保した。「これなら社長をやっていける」という自信が得られた年でもあった。
設計などコンサルティングと土木工事の両輪経営
仕事の受注先はほとんどが公共工事。地質調査・設計測量と土木工事の割合は1:1。地質調査・設計などのコンサルティング業務と工事を両方手がける業態は、徳島県内では珍しい。それぞれ必要な人材を確保する必要はあるが、通年で一定の仕事量を確保できるメリットがある。特に地質調査の仕事は、エリアを限定せず仕事を受けられるフットワークの良さも強みになっている。「会社を成長させるには遠い場所の仕事受注も必要」と指摘する。
設備投資にも力を入れる。ドローンや3次元スキャナー、4連式の3軸圧縮試験機や気泡ボーリングの機材をいち早く導入。「わが社の軸足は建設分野だが、勇気を持って踏み出せる分野、ニッチでどこもやらない部分は、ちょっとずつでも広げていきたい」という思いがある。
「見た目がこうだから、周りの会社からは結構なめられる」。それもあってか、ある「ゴツい」会社の社長から、理不尽な要求をされたことがあった。最初はやんわり断っていたが、何度もしつこいので、「あなたも同じ社長同士。敬意を払えない人とはもう話せない」とキッパリ断ったことがある。意外に武闘派な面も併せ持つ。
インターンシップで観光用動画作成のワークを実施
エス・ビー・シーの社員数は現在60名。10年後には80名にする構想がある。技術者の採用は、最重要課題の一つだ。
その一環として、今年から大学生のインターンシップを開始。18名の大学生が集まる中、1泊2日かけて、美馬市の魅力を伝える動画づくりなどのワークを実施した。
「ウチの会社に来てもらわなくても良い。美馬市というまちの魅力を感じて欲しい」ということで始めた取り組みだったが、学生の評判は上々。深夜まで動画づくりに打ち込む学生の姿は、「社員にとっても良い刺激になった」と手応えを感じた。「今は、給料だけで人が来てくれる時代じゃない。若い人がやりがいを感じる会社になるためには、プラスアルファが必要」とねらいを明かす。
採用拡大に向け、福利厚生も充実させた。エス・ビー・シーには女性技術者が5名いるが、そのうち3名は産休を取得。復職した実績がある。これも、木村社長が帰還後に着手した組織変革の取り組みの一つ。結婚出産したからといって、優秀な技術者に辞められるのは、「会社として単純に困る」からだ。育児中の女性技術者がもっと働きやすくなるよう、就業規則も見直した。「子供が熱を出したので、休みます、遅れますは、ウェルカム」。
技術士資格取得でインセンティブ、年収100万円以上アップ
木村社長にとって、良い技術者とは、「人を育てられる技術者」。自分がちゃんとわかっていないと、人には教えられないからだ。人に教えるには、寛容さ、気配りも必要になる。「自分でやったほうが早いという技術者は二流」とも。自分のことしか考えていないからだ。
エス・ビー・シーでは、社員が技術士などの資格を取得した際には、資格手当のほか、一時金を支給している。技術士の場合、年間手当は100万円以上、一時金20万円と結構手厚い。同社には6名の技術士がおり、手当などで年間1000万円以上が飛ぶ。コスト的には合わないが、社員のヤル気ができる仕組みにしたいからだ。「社員全員が技術士を目指す会社というのは面白いし、カッコ良いじゃないですか」と笑う。
愛人?そんなもん、おっても言えるか!
「社員はパートナーであって、部下ではない」が木村社長の持論。それを物語るエピソードがある。
新入女性社員と実験中、「社長は愛人いるんですか?」という質問を受ける。一瞬絶句したが、「はあ?そんなもん、おっても言えるかあっ!!」と笑顔で切り返した。
そのやり取りのあと、「インパクト強い子やったなあ。なかなか良い新入社員や」と思ったと言う。当の女性社員は、「上司に聞いてみろと言われたので、にこやかな社長やし、聞いてみよ、ぐらいの感じ」といっこうに悪びれる様子はない。確かに、いろいろな意味で、将来が楽しみな「タマ」ではある。
ムスコに依存しない会社にしたい
「信頼できる営業マンが足りないなあ」。6年前、地方銀行に勤めていた弟を会社に呼び戻す。2年ほど現場仕事をさせ、土木施工管理技士の資格を取らせた。数年後には、現在の幹部メンバーに加えたプロジェクトメンバーで、エス・ビー・シーを切り盛りしていく考えだ。
2年前には、長男が誕生。「いずれは跡継ぎに」という思いはあるが、「彼が決めること」と不干渉を貫く考えだ。いずれにせよ、「ムスコに依存しない自律した会社にしたい」と力を込める。