4年半の空白を破り、“あの”前田建設ファンタジー営業部が再始動
建設業界で働く人は、「前田建設ファンタジー営業部」をご存じの方も多いのではないだろうか?
これまでファンタジー営業部は、「マジンガーZ」の地下格納庫に始まり、「銀河鉄道999」の発着用高架橋、「機動戦士ガンダム」のジャブローなど、さまざまな空想世界の建造物を、実際に今の技術で建設したらどうなるか、工費・工期を含め分析・検討してきた。
2013年の「宇宙戦艦ヤマト2199」のプロジェクト以降は、“課外活動”はいくつかあったものの、本格的なプロジェクトはなく、なりを潜めていたファンタジー営業部が、今年1月、「マジンガーZ INFINITY」とのコラボで再始動。今度はどんな難題に挑んだのか、テーマ設定の経緯や、制作のウラ話を聞いた。
──今年1月、ファンタジー営業部の久しぶりのプロジェクトとして、「劇場版 マジンガーZ INFINITY」とコラボしたきっかけを教えてください。
岩坂 2003年にファンタジー営業部を創立したきっかけでもあったプロジェクトが、「マジンガーZの地下格納庫の建設費と工期を見積もる」というものだったんですね。
当時はこちらから「こういう企画をやらせてください」とお願いに上がって実現したのですが、そのご縁から、東映アニメーションさんやマジンガーZの著作権を管理されているダイナミック企画さんとはずっと懇意にさせていただいていまして。
それで今回、新作映画の話をかなり早い段階で教えていただきました。当然こちらも乗り気で、再びコラボすることになったわけです。
今回ファンタジー営業部としての作品は「マジンガーZ INFINITY『前田建設、鉄十字軍団をマネジメント』編」の3話連載だけなのですが、それ以外にも試写会でトークイベントに参加するなど、かなり関わらせていただきました。映画の公式サイトにも「COLUMN」として大きく載っているんですよ。
岩坂照之さん 技術研究所インキュベーションセンター長
広報グループに在籍していた2003年、前田建設ファンタジ—営業部を創設した。「当時は若かったし怖いもの知らずだったからできたのかも」と振り返る。
多様な発注方式が求められる今だからこそ「原価開示方式」を扱う
──今回の「前田建設、鉄十字軍団をマネジメント」編はどんなテーマなのですか?
岩坂 これまでのファンタジー営業部のコンテンツは、アニメや漫画など空想世界における「建造物の建設を受注した場合の費用と工期を見積もる」という体をとってきました。
ただ、今回は「マジンガーZ INFINITY」ということで、マジンガーZシリーズとしては2度目。「前回とは別の建造物を見積もった」というだけでは、既視感があってつまらないのではないかと思いました。
僕らは今、何を伝えたいんだろう…そう考えた時に、ファンタジー営業部の部員の一人である綿鍋が温めていたネタが浮かび上がってきたのです。
綿鍋 温めていたネタというのは、「原価開示方式」という契約方式の話です。
建設業界の方はご存知の方も多いと思いますが、平成26年に法律の改正がありました。「公共工事の品質確保の促進に関する法律の一部を改正する法律」の施行です。その改正のポイントの一つに、「多様な入札契約制度の導入・活用」というものがあります。
今まで日本の建設請負の契約方式は、ほとんどが「一式請負」というやり方で、受注者はすべての工事を一括して「トータルで○億円」という形で受注し、基本的には最初に決めた額で最後までつくるというものです。
綿鍋宏和さん 総合企画部 経営企画グループ マネージャー
ファンタジー営業部初期から部員の一人。事務系職で入社し、財務部、建築現場、土木現場を数年経験し、現職に至る。
綿鍋 ただ、このやり方ですと、過度な価格競争が誘引されることになり、公共工事の品質確保を見据えたときに、コストに関して高い透明性・公平性の確保が求められるこれからの時代にそぐわなくなってきた。そこで、一式請負の他にもいろいろな入札契約方式の中から適切なものを選べるようにしようということになり、それが法的にも可能になりました。
でも、多様な入札契約方式といっても他にどういうやり方があるのだろう?ということですが、実は2000年代前半ころから、建設市場の縮小などに対する危機感を持っていて、海外のやり方を調べていました。各国でいろんなやり方があるんですね。それらを参考に、前田建設が新しく「原価開示方式」という方式を開発しました。
原価をすべて開示することによって透明性を高め、尚かつ品質と利益の両方を高めるインセンティブが働くこの「原価開示方式」というものを、ぜひとも世に広めたい!と考えた時に、「いつかコンテンツにしよう」と思って仕込みを始めました。そうしたら、ちょうど「マジンガーZ INFINITY」の話が持ち上がりまして。
──待ち構えていたのですね。「原価開示方式」とはどういう発注方式なのですか?
綿鍋 それはですね…ご説明差し上げたいところですが、ここはぜひ「マジンガーZ INFINITY『前田建設、鉄十字軍団をマネジメント』編」をご覧ください(笑)
いつもは、普段、建設業界に関心がない方に向けて書いているのですが、今回のコンテンツは、建設業界で働く方たちにとっても、コストプラスフィー契約・オープンブック方式や原価開示方式といった新たな入札契約方式の主旨や意義を学んでいただけるものになっていると思いますので。
「原価開示方式」は悪の軍団との協業で効力を発揮
岩坂 しかし建設業の新たな入札契約方式なんて一般の人は読まないじゃないですか。だから、どうすれば「面白そう」と思ってもらえるかは今回本当に悩みました。
でも、映画を観ると──詳細はネタバレになるので話せませんが──「マジンガーZ INFINITY」の物語では、Dr.ヘルが謎の復活を遂げて、人類と協力して工事をするという設定なんですね。
片や地球を守る“正義”の側の光子力研究所と、“悪”の側である鉄十字軍団や鉄仮面軍団が一緒になって工事をする……そうなったら間に入る前田建設は相当透明性を高くしないと、どちら側からも睨まれかねないぞ……などと考えていたら、「原価開示方式」がしっくりくることに気がついた。そこからはイメージが膨らんで、スムーズに進められましたね。
建設業の魅力を広く知ってほしい一心で続けた
──ファンタジー営業部の創設が2003年ということは、もうかれこれ15年くらい続いているのですね。
岩坂 そうですね、恐ろしいことです(笑)
──ファンタジー営業部は業界でも大変異色な取り組みだと思いますが、どういう経緯で始められたのでしょうか?
岩坂 念のためお断りしておきますと、当社に「ファンタジー営業部」という部署が実際にあるわけではありません。有志が集まって運営するバーチャルな部署です。
私はもともと土木をやっていた人間です。トンネル屋ですね。1993年に前田建設へ入社したのですが、その頃の建設業界では大きな不祥事があり連日新聞を騒がせていました。私の回りでも建設業界を好意的に捉えてくれない人がいたりして、「何とかしなければ」という問題意識をずっと持っていました。
でも実際仕事をしている人はお分かりだと思うのですが、建設業界の仕事ってスケールが大きくて面白いし、ものすごい技術が注ぎ込まれているじゃないですか。クリエイティブな仕事がいっぱいあって、みんな一生懸命アタマも使って汗もかいて働いてますよね。
だから「面白い、価値のある仕事なんだ!」ということを、普段、建設業に興味のない方にもどうにかして知ってもらいたかった。そして浮かんだのが、アニメに出てくる建造物を実際につくったらどうなるかを「読み物」で伝えるアイデアでした。
コンテンツは自分たちで手作り
──具体的にどうやってコンテンツをつくっていくんですか?
岩坂 毎回違いますが、何らかの建造物の見積もりの場合は、だいたい最初にテーマを決めて、われわれである程度全体のシナリオをバーッと書いてしまいます。
そうすると、ウチの会社の中で「こういう技術の専門家が必要だな」という目星が付くのと同時に、ソトのどんな会社さんに協力をお願いしないといけないかも明らかになってくる。
そこから、一つ一つ検討をお願いしていくわけですけれども、社内、社外にかかわらず、皆さん本業がある中でお手伝いいただくことなので、なるべく余計な手間をかけずに検討していただけるよう、お願いする作業は細かく指定して、「ここの検討だけよろしくお願いします」などと最小限の作業時間になるようお願いしています。
今回の「マジンガーZ INFINITY」編はやや特殊で、見積もりプロジェクトではなかったので、私がひと通り書いた原稿に綿鍋がさらに加筆して…というのを2〜3往復して、わりと短期間で書き上げました。
──全部自分たちで書いてるんですか?!
岩坂 はい。「広告代理店はどこですか」とか「誰が書いてるんですか」とよく聞かれるのですが、実は僕らが書いています(笑)。皆さんそこに驚かれますね。
一人の専門分野は限られるので、プロジェクトのテーマによってメインのライターをファンタジー営業部から2〜3人立てます。あとは、関わる技術によって幅がありますが、10〜20人くらいの方が関わることになります。今回は2人だけでしたけどね。
技術者だから、ついリアリティを追求してしまう
岩坂 アニメの世界の話とはいえ、“お遊び”じゃなく本気で検討しようと思ったら前田建設だけではできません。だから社外にも協力をお願いしています。「○○重工」「○○機械」といった普段から一緒に仕事をすることがある会社さんに「協力していただけないか」と、一社一社お願いしに行きました。
最初のプロジェクトのときは、許可を得に行くのも初めてでしたし、「何を言っているんだ」という反応をされて結構きつかった。でも熱意を持って話をしてみると、行く先々の会社さんで同じ悩みを持っていたんですね。
われわれはいわゆる重厚長大産業で、自動車や家電メーカーのように一般消費者の方と接点のある商品を持っていません。一般の方から見れば馴染みのない世界です。
そういう中で、「自分たちがどんな仕事をしているかをもっと知ってほしい」という思いを皆さんお持ちだった。特に経営層に近いほど共鳴してくださる方がいらっしゃって、スッと話が通りましたね。
面白かったのは、どこの会社にも私とか綿鍋みたいな人間がいるということ。「こんなヘンな話に対応できるのは、ウチではあいつしかいない!」みたいな(笑)。「お好み焼きを100人分いっぺんに焼ける機械」みたいな「何の役に立つのか?」と思うような機械を設計した人とか、ガンダムがすごい好きな人とか、必ずいるんです。
そういう方々が中心になって熱心に検討してくださり、「そんなに載せられませんよ」というくらい図面を描いてくださったり、どんどん脱線していったりして(笑)。
──脱線、というと?
岩坂 例えば、地下格納庫からマジンガーZを地上へ持ち上げるジャッキアップ装置は油圧ジャッキなんですよ。その見積もりをするんだから油圧ジャッキで考えないといけないのに、日立造船さんが「これはワイヤーで吊りたい。ワイヤーのほうが間違いなくスピードも速いし安定する」とおっしゃって(笑)。
アニメの世界って、どうしてもモノのスケールに対して動くスピードが速すぎるんですよね。作品通りにマジンガーを10秒で25メートル持ち上げるって、実際には油圧ジャッキにとって非常に厳しい要件で、採用には工夫が必要だったんです。でも、実際の技術者の意見を伝える意味で面白いので、最終的には作品と異なる提案である「ワイヤー」の話も載せました。
よりよいものをつくろうとする技術者がいて、その面白さを伝えようとするほど、コンテンツが厚くなってしまって。でも何より、これまで各社さんから上がってきた検討結果や図面を見せていただいてきたわれわれ自身が、すごく面白かった。
もし、ファンタジー営業部のコンテンツを楽しんでいただけているのだとしたら、それはつくっている私たち自身が楽しんでやっているからだと思いますね。
最初は社内にすら広報せず、開始当初は閑古鳥
岩坂 最初の「マジンガーZ」編の連載を始めた時、私は自信満々で「これは大人気になるぞ」と思っていました。ところが全然アクセス数が伸びない。当時はSNSどころかブログもまだない時代でしたから、今のように誰かが気づいて拡散するということもなくて。
でも、8月に最終回を迎えて「予算72億円、工期6年5カ月」という見積もりを出したら、途端にWebメディアに取り上げていただいて。そこからは“雪だるま式”どころではない勢いでアクセスが増えて、一時当社のサーバがダウンしたほどです。
その後、一般紙からも取材を受けるようになって、幻冬舎さんから書籍化の話が来て、テレビの露出も増えて。まあ、びっくりしましたね。
幻冬舎から「マジンガーZ地下格納庫編」「銀河鉄道999高架橋編」「機動戦士ガンダム編」がシリーズで出版されている。「社内には自費出版だと思っている人もいるかもしれませんが、ちゃんと印税をもらっています」と岩坂氏。
──今後、予定しているプロジェクトはあるんですか?
岩坂 今のところ明確なものはないんです。部署の体制もどうしようかなと思っていて。
綿鍋 私は温めているネタ、かなり持ってますよ。
岩坂 あるんですけどね…。これはやや個人的な話になりますが、私は今年度から、前田建設が進めていくオープンイノベーションの取り組みに関わって行くことになっていて、今はアタマがそちらに行ってしまっているというのが正直なところです。
ただ、今までファンタジー営業部で他社さんと協業してきた経験は、オープンに社外のさまざまな企業と協力してイノベーションを生み出すことにも活かせるんじゃないかと思っていて、その意味では楽しみでもありますね。
ファンタジー営業部として、あるいは前田建設として世の中に伝えたいことはまだたくさんありますので、次のプロジェクトを楽しみに、そして気長にお待ちいただければと思います。