職人が6000人の前で嗚咽?「建設職人甲子園」の全国大会は、ウサン臭くなかった(笑)

職人が6000人の前で嗚咽?「建設職人甲子園」の全国大会は、ウサン臭くなかった(笑)

建設職人甲子園とは?

2018年4月30日、千葉県の幕張イベントホールで、とあるイベントが行われました。

会場に足を踏み入れると、中央には提灯が連なる櫓のようなステージが組まれ、フロアのそこかしこの屋台からは食欲をそそる香り。子ども連れも多く、まるでお祭りさながらの賑わいでした。

幕張イベントホールは通常、アーティストのコンサートなどが開催される場所ですが、この日の主役は「建設職人」だったんです。

そのイベントの名前は「第3回 建設職人甲子園 全国決勝大会」。

第3回 建設職人甲子園 全国決勝大会

建設職人甲子園は、3K(きつい・汚い・危険)に代表される建設業のネガティブなイメージを払拭し、建設業界の未来を変えようと、2014年に設立された「一般社団法人 建設職人甲子園」が開催しているイベントです。

一般社団法人 建設職人甲子園は、建設職人の価値を高め、子供たちが憧れる建設業界を目指し、東京・神奈川・埼玉・千葉・栃木・大阪・九州・群馬・東北と9地区で勉強会などを開催しています。その最も核となるのが、職人達が大舞台の上で、仕事への熱い思いを語るプレゼンテーション。活動5年目を迎える今回は、一次予選に全国で400社を超える企業が応募し、全7地区の地区決勝大会で優勝した7社の代表がステージに立ちました。

叫び、嗚咽し、感情を露わにする職人達

実際にプレゼンテーションを見て私が感じたことは大きく2つ。

まず1つ目は、とにかく熱い!!

6000人の聴衆を目の前に、時には叫び、時には嗚咽し、感情を露わにする職人達。

正直……最初はかなり胡散臭さを感じていましたが、プレゼンが始まると職人の“魂の叫び”に会場の空気が変わり、どんどん引き込まれていきます。

客席にも目を潤ませている人が多くいたことを、私も潤んだ目で確認しました(笑)

あそこまで熱のこもったプレゼンテーションは、片手間でできるものではありません。日々の現場作業をこなしながらどのようにプレゼンテーションの準備をしたのか、非常に気になるところです。

続いて2つ目に感じたことは、「美談だけではない」ということ。

取材前に筆者が想像していたのは、いわゆる“ドリームプラン・プレゼンテーション”でした。職人達がひたすら前向きにバラ色の夢を語るのだろうと思っていましたが、蓋を開けてみると様子が違う。

上司の前で会社の不満をぶちまける若手の職人。

そして、それを理解し「悪かった」と謝罪しつつも、会社の方向性を伝え、理解を求める社長。

最後は「お互いの価値観をぶつけ合いながらこれからも会社をよくしていきましょう」と締めたわけですが、かなり生々しいやりとりで見ているこちらは手に汗握りました。

もちろんすべてがそういったプレゼンテーションではありませんでしたが、一般的に何かの魅力やセールスポイントを伝えるようなプレゼンテーションとは一味違います。

一体この建設職人甲子園は、どんな人がどんな思いで運営しているのでしょうか。理事長の鈴木誠さんにお話を伺いました。

建設職人甲子園 本部理事長 鈴木誠さん


職人のプライドを底上げする。建設職人甲子園理事長の思い

――まずはじめに、鈴木さんはどのような経緯で理事長になられたのですか?

鈴木 当初、初代理事長の小山宗一郎さんから理事になってほしいと、直接頼まれたんです。初めて内容を聞いたときは胡散臭さしか感じませんでしたが(笑)。

一方で私自身も、建設業界に長く身を置く者として、さまざまな不満や葛藤を感じていたので、その点で共感し、理事としての活動期間を経て、2代目理事長を引き受けました。

――「さまざまな不満や葛藤」とは、建設業界に対する周囲からのイメージに関することでしょうか?

鈴木 いや、私は感じていたのはどちらかというと建設業界の仕組みや職人自身の意識についての不満です。私は栃木県の那須塩原市で戸建住宅の新築・リフォーム・分譲を行う工務店「タムラ建設株式会社」を経営しています。うちの会社は以前はゼネコンのように、型枠大工も鉄筋工事も屋根の工事も、職人仕事のすべてを外注に依頼していました。

ハッキリ言って、ゼネコンが儲けるのは簡単なことなんですよね。外注さんに支払う金額を抑える。それだけです。私自身のこの世界に20年以上どっぷり浸かっていましたが、やはりそういう体質がすごく嫌だったんですよね。

だって、自分はもともと建築が好きで職人から上がってきたわけですから。営業や企画、設計など、ゼネコンがやることも立派な仕事ですが、業界の構造が職人達のプライドを低下させているということは明確です。

建設職人甲子園は、職人達が仕事への誇りを取り戻し、自分の足で立つことがテーマ。周囲のせいにするのではなく、まずは自分たちが意識改革を起こし、その姿をプレゼンテーションの場で発信することで、後から業界としてのイメージも変わっていくのだと思います。

――実際、タムラ建設も仕事のやり方を変えたのでしょうか?

鈴木 そうですね。建設職人甲子園が始まるずっと前……今から15年くらい前に企業体質の改革をして、私が社長になってからは「職人がいるゼネコン会社」を目指しました。そして、現在は自社で全ての職人を抱えて育てています。当時全ての職人を社内育成している会社なんて他になく、かなり画期的でした。

――職人を社内育成することで売値も安くできたりしたのでしょうか?

鈴木 いや、その逆です。うちの金額はハッキリ言って他社より高いです。理由は簡単。まず、建設にかかるコストは、「材料費」と「経費」と「職人の手間賃」、この3つしかないんですよ。大手ゼネコンでも、うちのような中小の会社でも「材料費」と「経費」はほとんど変わらないので、売値の違いに大きく影響するのは「職人の手間賃」。15年前に外注を使っていた時は、日当1人8000円とか、それ以下の職人さんが作業していました。

日当8000円って……本物の職人が仕事を受ける金額ではなく、アルバイトレベルですよね。品質を担保できるわけがありませんでした。現在は仕事を受けるとき、うちの職人は最低でも日当1万6000円で予算を立てます。日当1万6000円というと先ほどの倍ですが、年収で考えるとだいたい400万円弱くらい。一人前の職人が年収400万円弱ですよ。これが高いですか?ということです。ここまでお客さんに話をすると大体わかってくれます。

――「企業の意識が変われば職人のプライドが取り戻せる」ということはタムラ建設が実証済みというわけですね。

鈴木 そうですね。しかしそれだけではなく、職人一人一人の意識も一緒に変わることが重要。日本の職人は昔から奥ゆかしいので、自分の意見を主張したり、自分の価値をアピールすることが苦手なんです。それは美しさでもありますが、今こそ人前で声をあげる時だと思います。


建設職人甲子園に参加して「成長する企業」と「崩壊する企業」

――建設職人甲子園に参加する会社は、どのようにプレゼンテーションの準備をするのでしょうか?

鈴木 まず、日々現場で働く職人はプレゼンテーションをする機会なんて全くと言っていいほどないので、地区ごとに地区理事や実行委員がしっかりサポートします。

職人は皆、夢だったり誇りだったり不満だったり、何かしらの熱い気持ちがあるので、それをどう伝えたら聴衆に届くのか、スピーチの構成からモニターに映し出すパワーポイントスライドの作るところまで、一緒になって取り組みます。

期間中はかなりみっちりと準備や練習が必要になるので、どの会社も学生時代に経験した学園祭の前のような忙しさと高揚感に包まれます。

――今回のプレゼンでは壇上で部下と社長がバトルのようにぶつかり合う内容があり印象的でした。

鈴木 あれは演出でも作戦でもなんでもなく、職人達の本音ですね。建設職人甲子園への出場が決まり、プレゼンテーションを作るにあたって会社の状況を整理している中で、社員たちは色々なことに気付き始めます。そこで会社に対しての不満が初めて芽生えてくるケースも少なくありません。

この時大切なのは、社員だけでなく社長も一緒に取り組むということ。全員で一丸となって意見を交え、ここを乗り越えるととてもいい会社になるんです。逆に、社長が見て見ぬフリをして社員だけで進めていくと崩壊します。これまで良い例も悪い例も見てきました。しかし、どちらにしても職人にとって、建設職人甲子園に参加することには大きな意味があると思います。

優勝賞金ナシ。お金よりも大切なモノを得られる建設職人甲子園

――建設職人甲子園で優勝すると、どんなメリットがありますか?

鈴木 メリットは……特にありません。ただの称号……ですが、間違いなく企業価値が上がると思います。また、普段はなかなか関わることのない他の企業との繋がりができたり、家族に自分の仕事ぶりを知ってもらえたりと、参加するだけで充分に意味があると思っています。私も最初に初代理事長から話を聞いたときは胡散臭いと思いましたが、今はこうして関われることを誇りに思っています。

――建設職人甲子園の理事長として今後の展望は?

鈴木 理事長の任期は2年なので、私が理事長を務めるのは2019年までです。次回の建設職人甲子園全国大会がさらに素晴らしいものになるように、まずは勉強会や各地区大会を盛り上げていきたいです。また、今後は入賞した企業の夢を実現させるためにクラウドファンディングを副賞としてつけるなど、より具体的に企業を支援するような取り組みも考えていきたいです。

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長野県信州安曇野出身・東京在住のフリーライター。カメラマン・ミュージシャン・作詞家など、多方面で活動中。東日本大震災における「被災地復興」と「建設技術者の地位向上」を目指すというC4株式会社の方針に賛同し、「施工の神様」に関わる。
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