【比較】曳家工事は、新築工事よりも工事費用が高いのか?

【比較】曳家工事は、新築工事よりも工事費用が高いのか?

曳家工事と新築工事の費用はどっちが高い?

曳家工事を専門としている私は数日前、道路拡幅に関連する曳家工事の問い合わせをYさんから頂戴しました。

物件は築50年の一般的な木造住宅とのことだったので、電話口で以下のようなやりとりをしました。

曳家岡本

東日本大震災以降、住宅の耐震性に対する考え方が随分変わりました。丁寧な工事をするために、昔よりも費用も高額になりました。

なので、もし安く仕上げたいから曳家するという考えならば、安い建売りを買われた方がよろしいですよ…。

Yさん

いえ、母親が90歳でして他に引っ越したくないと言っているんです…。

曳家岡本

そうだとしても、曳家する間には家を持ち揚げているわけですから、普段通りの出入りは出来ませんし、お風呂も入れなくなりますよ。

風呂や給排水の問題は費用を出せば、そのままでも可能ですが、ものすごく割高になります…。

Yさん

風呂は近くに弟の家がありますので、母はそちらに行けばと思います。

曳家岡本

よくご検討ください…。


曳家に悪意を持つ工務店

電話を切った後で思い出したのが、曳家に対して悪意を持つ工務店A氏のことだ。

A氏とはこんな会話をしたことがある。

A氏

長らく工務店をやっている私でも、曳家を見ることができるのはごくまれです。実際に携わったことはありません。ペイするかどうかの判断が難しく、木造建築の中でも特にニッチな業種です。まあ、需要と供給が少ない訳ですね。

農家の施主さんに曳家の経験がある方がいて「建て替えと曳き家と同じくらいかかったな」と言っていたのを聞いたことがあります。曳家は値段のがわからない職業ですね。

曳家岡本

施工品質が各社によって異なりますので、金額もかなり差があります。弊社の場合、新築の4~5割で仕上がるくらいの施工金額が目安になります。

曳家は、業者によって使う資材や技術のばらつきが烈しいです。それゆえ、「曳く」のはまずまずの価格だったけど、修復費用に追加が随分かかったと叩かれている業者もいます。

ですが、私に言わせればそうした粗悪な工事をするのは「本物」の曳家ではありません。そういう業者は、土木や他の業種と兼業でやっていて、依頼があればやっている方たちです。

そして、比較できるケースが少ないゆえ、多少傷めても「曳家だからこんなもの」と釈明しています。

曳家の相場と流派

曳家岡本

曳家には2通りの流れがあります。重量とび職から来ている家を「重量物」と考えて動かす方たちと、自分のような船大工や宮大工の流れから来ている曳大工の流れから来ている流派です。

どちらが良いというわけではありませんが、一般住宅だと私どもの方が細やかな細工をする分、傷みません。自分は曳家が伝統文化財くらいしか活躍の場がないように書かれることが哀しいです。

自分は「まだ使える家」を再利用するためにたくさん曳かせていただきました。これからもそうでありたいです。特殊な事情がない限り、建て替えと同じくらいかかっては曳家の意味がありません。

A氏

コストと技術が一般人、工務店にも理解しづらいからでしょうね。まぁ、値段があってないようなものです。

岡本

いいえ、少なくとも高知市では、35年前には13業者もいて、決してニッチな職業ではありませんでした。理由は昭和南海大地震と伊勢湾台風等で修復するニーズが多かったからです。なので「相場」もありました。

ただ、その中で「安かろう悪かろう」はいけませんので、先代から「丁寧な工事」を教えられました。

また、日本曳家協会の代表である恩田組さんも、曳家工事の施工単価の可視化のためにあえて、価格表を掲載されています。もっとも恩田組さんは規模も大きいので、必ずしも小規模な曳家とは同じ土俵ではないと思いますが。

ちなみに現在の曳家の相場としては、1階坪数が20坪程度までで、直線に20mくらい動かすのであれば、曳家だけで400万円~500万円ではないでしょうか?これに配管や基礎工事などをプラスして、1000万円~1200万円程度で仕上がるのが普通でしょう。なので、例えば坪あたり70万円のお家なら、新築の4割程度になります。相場はあるんです。


曳家の上腰工法と下腰工法

近年は基礎ごと曳家工事を施工する業者も出てきましたが、やはり曳家といえば、土台から持ち揚げて、別の新しい基礎に据えつけるという「下腰工法」がオーソドックスです。

床も荷物もそのまま曳家できる従来の「下腰工法」による曳家風景

しかし、下腰工法では家を持ち揚げるために使ったH網を抜く穴を、基礎梁に開口しなくてはならないという問題が生じます。これはあまり良いことではありません。

なぜなら、家の荷重を受けるだけであれば、木造住宅の荷重の9割は柱で支えているわけですから、柱の下さえ、しっかりとした基礎があれば良いわけですが、基礎の立ち上がりを「基礎梁」と考えたならば、そこに大きなカギ込を何か所も入れることは良いことではありません。地震の多くなってきた昨今では、これは心配というか、なるべく避けたい。

「下腰工法」ではH網を抜くための開口部が必要となるので基礎強度が落ちる。

それゆえ、私はここ最近、「上腰工法」での曳家を推奨するようにしています。上腰工法とは、敷居より上に鋼材を組んで持ち揚げる工法です。上腰工法で施工すれば、ほぼ新築同様の基礎を造って据えつけることができるので安心です。

上腰工法で柱をつかんで持ち揚げれば、基礎コンクリートは新築同様に施工できる。

ですが、上腰工法で曳家するということは柱をつかむわけですから、床は全て、壁もある程度は撤去しなくてはなりません。なので、「荷物もそのままでお住まいしながら曳家できますよ」というセールストークは使えなくなるばかりか、費用も結構かかります。

道路拡幅に関する補償額算定は、全て上腰工法で積算されているとお聞きしました。なので、やむを得ず下腰工法(土台から持ち揚げる)で曳家する場合、基礎の修復に関しては基礎屋さんではなく、曳家にお任せいただき、そして、それは築浅物件であり、費用対効果が充分見えるものだけにするのが賢明だと思います。

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曳家岡本の二代目。日本屈指の曳家職人。テレビ出演は「真相報道バンキシャ」「心ゆさぶれ先輩rock you」「ウェークアップぷらす」など多数。漫画化もされており、雑誌「週刊漫画Times」で連載中の「解体屋ゲン」にもセミレギュラーで実名登場。
自分では「日本一小心者な曳家」だと思っているが、ある建築家からは「蚤の心臓」と呼ばれている。しかし、自分が凄いのではなく、かつて昭和南海大地震や伊勢湾台風から復興するための技術として栄えた高知県(土佐派の曳家)の技術が自分の身体に残っているだけである。
東日本大震災の直後に千葉県浦安市対策本部の招聘されて上京。近年は全国の社寺・古民家修復を中心に手掛けている。
曳家岡本HP ⇒ http://hikiyaokamoto.com
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