「男として、建築の世界で生きていきたい」
「性同一性障害」という言葉がある。出生時の性別と自分が認識する性別が異なることを意味する医学的な疾患名だ。平たく言えば、「心は男(女)なのに、体は女(男)」という状態を指す。
より広義な用語として「トランスジェンダー」という言葉もある。いわゆる「LGBT」の「T」のことだ。
ひょんなことから、性同一性障害の治療を続けながら、ある建設会社で働いている男性(元女性)に取材する機会を得た。
彼(仮名Aさん)が元女性であることは、社内の人間は知っているが、社外の人間には知られていない。
なぜAさんは建築の仕事に就いたのか?Aさんを雇用する会社にとってリスクはないのか?その辺りを本人と社長に聞いてきた。
日中は現場仕事、夜はCAD練習、建築施工管理技士の資格勉強の毎日
Aさん(19才)は今年4月、とある地方の建設会社に入社。現在、建築部門で、福祉施設の改修工事現場に通っている。先輩に同行し、図面を見て、外壁の面積計算や養生などの簡単な作業をこなしている。
数ヶ月が経過したが、「仕事はまだ全然慣れない。わからないことだらけで、毎日が勉強という感じ」と言う。帰宅後は、CAD図面作成の練習のほか、二級建築施工管理技士の資格取得に向けた勉強をするなど、仕事漬けの毎日を送っている。
Aさんには、小学生の頃から「大工さんになりたい」という憧れがあった。「自分もいつか立派な家を建てたい」という思いで建設会社に入社した。建築実務の経験を積む中で、建築に必要な電気とか配管などの工事を全部をまとめ上げているのは、現場監督だと気づいた。施工管理に対する憧れが生まれた。
職人さんに寄り添った自分らしい施工管理を模索
現場監督の仕事は、現場管理だけでなく、職人さん作業の手伝いなどもすると思っていたが、私がついている現場監督は、そうではなかった。立場をはっきりさせるスタイル。
人によって、なりたい現場監督像、やり方が一人ひとり全然違う。「上司がこうだから、こうしないと」ではなく、いろいろな意見を聞きながら、自分らしさを出せるやり方を見つけていきたいと考えている。
例えば、職人さんとどうコミュニケーションをとるかは、人それぞれだと思っている。今の段階で「こうするべき」とこだわりたくない。現場監督という立場は、職人さんなどに対して、自分の意見をズドンと通さなければいけない瞬間はあると思う。「甘いと言われようが、自分はなるべく職人さんなどに寄り添った現場管理のやり方、理想を模索したい」と力を込める。
施主や現場で接する職人さんは、Aさんが元女性とは知らない。「隠すつもりはないが、言う必要もない」というスタンスで、男同士のつきあいを続けている。
「女として生きていた昔と違って、今は男として、やりたい仕事ができている。なんにも縛られない生活は、毎日が楽しい」と屈託のない笑顔を見せる。
性同一性障害をカミングアウト
Aさんが「今は楽しい」という裏には、苦しい過去があった。子供の頃から「女として生きていかなければいけない」という「縛り」の中で生きてきた。思春期を迎え、その縛りは一層重苦しいものになった。身体的に変化したからだ。中学、高校には制服もある。「履きたくもないスカートを履かなければならない。短髪にしたいのに、伸ばさなくてはならなかった。とにかく苦しかった」と振り返る。
高校1年生のとき、自分が性同一性障害だとクラスメイトにカミングアウト。その結果、イジメにあう。「勇気を出してカミングアウトすればスッキリするのかなと思ったが、逆に言わないほうが良かった」と苦しむハメに。その年、高校を中退する。
性同一性障害は、精神科医師のカウンセリングを受け、診断書をもらえれば、治療のためのホルモン注射を打つことができる。ただ、診断書をもらうまでに、1年間かかる。医者に通い始めたのが17才。ホルモン注射を打ち始めたのが19才で、ほんの数ヶ月前。声や見た目が男になり始めたのは、つい最近のことだ。社会的には、男性として生活しているAさんだが、戸籍上はまだ女性。家庭裁判所で戸籍の性別変更を認めてもらう必要がある。
Aさんは現在、家裁に性別変更を申し立て中で、近々認められる見通しだ。
性同一性障害の社員採用はリスク?
地方の建設会社にとって、性同一性障害の社員を雇用するリスクはないのだろうか。Aさんが働く建設会社のB社長は、「当然リスクはあります」と話す。
例えば、「他の社員が理解せず、Aさんが辞めるリスク」、「取引先が理解せず、工事に支障が出るリスク」、「Aさんからセクハラ(性同一性障害であることをからかう発言はセクハラになる)で訴えられるリスク」を挙げる。経営者としては、どれも避けたいリスクだ。
そんなリスクにもかかわらず、B社長はAさんの採用を決める。決め手になったのは、「Aさんの覚悟」だった。
「自分が性同一性障害だと公表し、それでもウチで働きたいと言う人は、自分の人生に対する覚悟がちゃんとできている人間だと思った。若いうちからこんな覚悟をしている人の可能性を消滅させるのは社会悪。相手が覚悟して入社したいと思っているなら、会社側も覚悟して、ある程度のリスクを背負って、迎えてあげるべき」と明かす。
入社の際、B社長は、全社員にAさんが性同一性障害、元女性であると告げた。
入社から数ヶ月が経過した現在、Aさんは「最初から男性だったかのように会社に溶け込んでいる。若手社員間のつながりがうまく機能しているようだ」(B社長)と安堵する。
「Aさんの今後の活躍で、なかなか社会的な活躍の場が与えられない、性同一障害と同様の問題を抱える人達にとって、良い刺激になれば、なおさら喜ばしいことだ」と力を込める。