「建設会社の後継者」という苦悩
「後継者を決めること」と「社員を採用すること」は、地域建設会社の社長が抱える共通の悩みだろう。
ある地方の建設会社(仮名、甲建設会社)の常務で、次期社長と目されるAさん(30歳代)。
彼が考える、後継者としての心構えと人材育成の難しさについて、リアルな気持ちを吐露してもらった。
ベテラン技術者と監督職員
――社会人になってすぐ、家業である甲建設会社に?
次期社長A そう。大学で土木を学んだ後、甲建設会社に入社した。今年で12年目。子どもの頃から、ぼんやりと、「家業をするんだろうなあ」と思っていた。ほかにやりたいこともなかったので。
会社に入ってからは、ずっと現場監督。今でもベテラン技術者Bさんからは、厳しい指導を受けている(笑)。
――厳しい指導?
次期社長A とても厳しい(笑)。12年間現場監督をやってきたが、最近でも、技術者として自分はまだまだだなと感じる。
入社3年目のある現場の中間検査のとき、検査員に「良いデキだ」とほめられた。でも、監督職員には「全然良いデキとは思わない。80点は付けられない」と言われた。結果的には、80点を越えたのだが。
監督職員は、当時僕が何を言っても、聞いてくれなかった。でも同じことをベテラン技術者Bさんが言ったら、「そうですね」と納得する(笑)。今となっては、その理由(経験不足や説明能力不足)もわかるけど、当時は悔しくて仕方なかった。
ただ、その後は、その監督職員との個人的な信頼関係ができて、相談などもしてくれるようになった。
――経営の方はノータッチ?
次期社長A 今も現場仕事がメインだが、ここ数年は事務仕事もやっている。社長業に関する仕事も徐々に流れてくるようになっている。
ただ、甲社長は、基本的にはなにも教えてくれないので、手探り状態。
「なにがわからないのかが、わからない」新人作業員
――技術者育成についてどう考えているのか。
次期社長A ウチの会社には、ここ数年は毎年、人が入ってきてくれている。平均年齢がグッと若くなり、活気が出てきた。ありがたいことだ。ただ、入ってくる人間の質は確実に下がっているように感じる。
だからといって、ベテランが「あいつ、使えない」と切り捨ててしまうと、後に続く人間がいなくなる。
今はダメでも、彼らをどうやって一人前に仕上げていくかは、僕らの世代の仕事だ。
「俺達の若い頃は!」は絶対に通用しない
――今どきの若者は、入職しても長続きしないという話を聞くが?
次期社長A 確かに、実際に育てようとしても、なかなか育たない。人はすぐに育つものではないとわかっていても、思い通りいかないと、ヤキモキしてしまう。
でも、僕が諦めたら、若い子は本当に終わってしまう。どうやったら伝わるか。人によってやり方も変えなければいけない。「俺達の若い頃はなあ!」みたいなやり方は絶対に通用しない。
上の人間が圧力をかける昔ながらのやり方では、今の若い子はついてこない。実際に辞めていく。
甲社長には「口出ししないでくれ。僕が僕の責任で育てる」と直談判した。
――やはり、世代間ギャップは埋めがたい?
次期社長A 僕が「わからんことがあったら、聞け」と言うと、その子は「なにがわからないかが、わからない」と言った。僕も同じ経験があったので、言いたいことはわかった。
だからといって、何もしないで突っ立っているだけだと、周りから見捨てられる。周りは、厳しいことは一切言われないが、見捨てられる。どっちが優しいかは難しいところだ。
その子は正直、やる気が見えない(笑)。入社時の志望動機は「甲建設会社で現場監督をやりたい」というバツグンのもので、「久しぶりに良い子が入った!」と思っていたのに(笑)。
あるとき、その若い子のやる気のなさにカチンときて「やる気がないなら定時で帰ればいい。ただ、やる気になったら言ってきなさい。仕事を教えるから」と言った。
僕は内心「やる気はあります。そんなこと言わないでください」と言われると期待していたが、それ以来、その子は時間が来たら、なにも言わず帰るようになった(笑)。
新人技術者でもICTで図面を作れる
――やっぱり「使えない」のでは?(笑)
次期社長A そんなダメなある若い子が先日、僕に「ほめさせてくれた」。いつもは「おこらせてくれる」子だが(笑)。「これからは、僕にほめられるようなことをするようにしてくれ。もっとほめさせてくれ」と言ったら、彼もうなずいた。
わからないことは、何回聞いてもかまわない。機嫌が悪かったら「またかよ!」と言うかもしれないけど(笑)。「とにかく聞いてこい」と言った。
今の若い子は、なにも聞いてこない。言われてないことはやらない。わからないのは教えられていないから。とにかく自分は悪くない、教えてくれないあなたが悪い、という考え方をするので、厄介だ。
――なまじ「監督の仕事をしたい」という思いがあるからでは?
次期社長A 確かに、その子をその気にさせられていない僕らも悪いとは思う。ただ、他の作業員からは「あの子、監督の仕事もしない、作業員の仕事もしない。どうにかしてくれ」と言われた。
でも、人を育てるとは、そういうことなのかもしれない。僕が入ったばかりの頃のことを今思うと、当時の先輩も歯がゆかっただろうなと思う。
当時は、何も教えてくれなくて、見よう見まねでやった後、怒られるスタイルだったが、上の者から見て、当たり前のことができない人間という点では同じだったと思う。
――若者はICT機器に興味を示すと聞くが?
次期社長A 確かにそういう傾向はある。何もわかっていない新人技術者でも、ICT機器を使えば、図面データなどを作れる。「自分にも土木の世界で役に立てる」という喜びを感じるきっかけづくりとしては、素晴らしいツールだと思う。
ただ、「自分は仕事ができる」と勘違いさえしなければ、ではあるが。ICTはあくまで、土木に興味を持ち、深く学ぶためのツールに過ぎないと思っている。
自分は技術者じゃなく、未来の社長。現場に未練なし
――社長になってやりたいことは?
次期社長A 一言で言えば、「自分が納得したことをやりたい」という思いがある。今のところ経営状態は良いが、僕が社長になったら、いずれ会社を潰すかもしれない。
甲社長は自分の親なので、あまりほめたくはないが(笑)、良い経営状態を続けているのはスゴイ。他社と比べて、「良い社員を連れている」こともスゴイと思う。
甲社長は豪腕なので、自分に同じことはできないとわかっている。だからこそ、まったく違うやり方でやっていくしかないという思いはある。
自分が社長になって、会社を潰したとしても、「ゴメン、僕が潰した」「責任は全部僕だ」と言いたい。すべての責任は僕が取るので、やりたいようにさせて欲しいという思いがある。少なくとも、人から言われて、自分が納得できないことはしたくない。ダメになったとき人のせいにしてしまうから。
その一方で、信頼する社員には「僕が間違った方向に行ったら、言ってくれ」と言ってある。納得できることなら、いくらでも変える。
――現場仕事に未練はないか?スキルアップとか。
次期社長A 今まで技術者としてやってきたが、「今後、技術者としてどんどんスキルアップをしていかなくては」という思いはない。むしろ現場からは、今後「どんどん抜けるべき」ではないかと思っている。
そもそも自分のことを技術者だと考えていない。甲社長からもずっと「お前が一流の技術者になる必要はない。もっとやらなくてはいけないことがある」と言われてきた。
ただ、自分が技術者としてやってきて実感できたことは、自分が特別仕事ができなくても「良い現場」はつくれるということだ。技術者である自分がすべての能力を持って、すべてのことをやる必要はない。
自分が「どうしたいか」「どうすべきか」を正確に伝えることができて、協力していければ大丈夫。現場は一人ではできないが、逆に、優れたコミュニケーション能力があれば、やっていける。「良い技術者とはそういうものなのかもしれない」と、今は考えている。