何事も地盤が大事
世の中には「何事も土台が大事」という言葉があります。まあ一々説明しなくても、「何事もはじめの部分が大事」という意味です。
これを建築物に置き換えると、かつては「土台」でした。ですが、30年前くらいからは「基礎」になって、近年では「地盤」となってきました。だんだん下に降りて来ているわけです。
ライフスタイルの変遷で、どうしても通勤・通学等に便利なところに住むことを優先するようになっています。すると、かつては家を建てることのなかった「地盤の悪い土地」を使うようになります。
昔の大工棟梁は山や河川の形状を見て、「ここの地盤は悪いから家を建てては駄目だ」と現代なら地盤判定のようなものをやってましたが、今は「地盤品質判定士」という資格をお持ちの方たちが判定しています。
「曳家がそんなことまで勉強しているの?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。建築士さんや工務店が仲介してくださっている場合は指示に従うのみですが、自分がお施主さんから直接ご依頼いただいた場合に、ある程度は相談に対応できるようにしておきたいと思って、少しだけ勉強しています。
曳家していく土地や現状、沈下しているお家の地盤改良を相談された場合、基本的なことは答えたいですし、地盤改良業者さんから、提案された工法が適切か? などを一緒になって考えられたほうが良いかな、と考えています。
そんなわけで、このほど岡山で開催された「地盤塾」プレセミナーに参加し、地盤について学んできました。
地盤改良工法は数百種類ある
地盤塾とは、戸建て住宅の地盤を専門とした会員制の塾で、住宅地盤に関する知識・技術のセミナーなどを開催しています。
「地盤塾」主宰の千葉由美子講師によると、現在、リリースされている地盤改良工法は数百種類もあるそうです。
その数字の大きさに驚愕なんですが、「実際は6種類くらい」だそう。それをそれぞれの業者さんが自社なりにアレンジして「○○工法」と名乗っているようです。
ただ、これは意味なく、それぞれが謳っているわけではありません。日本各地の土質の違いを考慮すると、家と同じく、その土地ごとに合わせた地盤改良工法があるのはおかしくありません。種類が多くなるのは、ある程度まではやむを得ないのかもしれません。
沈下した住宅を土台から切り離して持ち揚げる。隙間が沈下していた量。切り離さず基礎ごと持ち上げるアンダーピニング工法の3割程度の費用150万円~300万円で施工できるが、地盤補償会社は地盤補強を行わないこの工法は推奨していない。但し、お施主さんがご自分の費用で実施するとなると選択されることが多い。この「土台揚げ工法」も施工業者によって品質の差が大きい
それでも、中には怪しい工法も混じっているように感じています。
一緒に受講した大工の棟梁が休憩時間に「親方、新工法ってどの程度の規模の会社がどれくらいの実験をしてから世に出してるんですか?」と質問されたので、
「それはよ、小さな社長とアシスタントの2名くらいの建築事務所が発案してみて、資材を外注に製造してもらってるような規模からいろいろよ。医療と違って建築は即座に命に関わるわけじゃないき。臨床データを何年も採ってから認可が下りてからリリースされるというもんでもないきね」と答えました。
安価な地盤改良工法しか提案しない業者
また、セミナーの中で、「金額が高くなると受注できなくなるので、向き不向きは別問題として安価な工法しか提案しない業者がいる」という話が出ました。
これはどこの業界でも同じですよね。業者も生きていかないといけないのですから、仕事を獲らないと困りますものね。ある意味、ビジネスマンとしては優秀です(苦笑)。
でも、私がお付き合いさせていただいている京都の地盤改良会社「伸光」の西村伸一社長は「岡本さん。うち、(安価な)○○改良工事は止めたんよ」と話していました。
これ、普通に話してますが、凄い決断だと思います。ある意味、一番売りやすい商品を棚から降ろしているわけです。おむすびを売っていないコンビニみたいなもの…ではないかな?
また、将来、土地を販売する場合、幾つかの改良工法は「埋設物」を地盤に残してしまうわけですから、撤去しなくてはなりません。
東京でたいへんお世話になっている、規模の大小関わらず難易度の高い解体工事が専門の「創心建設興業」の高信正勝社長が、
「新築ビルを建てるために既存ビルの解体で埋設物が出て来て、これが大型レッカー等が入れない場所のため撤去費用が莫大にかかる。それゆえ、クライアントさん、建築士さんで既存基礎を再利用するプランにするのか? 費用かけても撤去するのか? を検討してください」
と話されていたことも思い出しました。
地盤の理解はまだまだ遅れている
5年ほど前から、株式会社Ms構造設計(新潟市)の佐藤実先生が「地盤と上部構造の一体設計」という考え方を普及させようと、構造計算や構造設計の技術研修などを行う「構造塾」を立ち上げています。
自分ごときの曳家職人(しかも高齢!)が建築士さんたちに交じって受講することにはいささか気おくれもありましたが、気分は「無法松の一生」でなんとか1年目初級コースだけは受講させていただきました。
曳家は大工さんほどではないですが、まあまあ構造のことは体験的に学んでいますし、地盤のことも考えます。沈下したお家を直すために呼んでいただくと、3割くらいは一番沈下している基礎部分に雨水が落ちています。
その際、私も「雨どいの水が敷地内にそのまま落ちて土を流していますから、庇よりも離れたところに水が出るようにしたほうが良いです」とか、「雨水舛の位置をもう少し外に変えたほうが良いですよ」くらいは言いますが、それ以上の土質のことまでは突っ込んで話をするのはなかなか難しいんです。
沈下している原因である雨水枡の周辺を掘削してみると、布基礎のフーチング下が空洞になっていた。
家は全体でかろうじてもっているが、地盤からの支持が無いため、この周辺が沈下している。
なので、「今から30年前(本当は20年くらい?)は、まだ地盤のことなんてあまり考えてなかったですもんね。家が傾いても、『地盤が悪かった』で済ましてましたものね」と話す程度で止めておくことが多いです。
ただ、近年では、建築士さんの責任が明確になってきましたので、こういう逃げは打てないです。そう考えると、自分なんかより建築士さんや工務店の方のほうがもっと地盤について勉強する必要性があるんでしょう。
液状化で沈下した住宅を土台揚げしている。最大沈下量は270mm。持ち揚げる際には水道、ガスなどの配管をフレキ管に一時的に交換しておこなう。
テラス部分の柱にあるアンカーボルトを抜き上げている分だけ沈下していた。
ですが、世の中には「高気密」を売りにした住宅は雨後の竹の子並にありますが、「最高の地盤の家」ってフレーズはまだまだ聞きません。
私はずっと沈下したお家を直しにいく仕事をしていて、沈下したらどれだけ体調が悪くなるか? 生活しづらいか? 直すのにお金かかるか? を知ってますから、より地盤に神経質になります。
ですが、世の中では液状化被害を体験した地区にお住いの方を除くと、地盤に関する理解はまだまだのように感じています。
沈下事故が減っても、曳家の仕事は無くならない
最後に、今回の記事を読んだ方の中には「沈下事故が減ると、岡本さんの仕事も減るんではないの?」と心配してくださる方もいるかも知れませんので書き添えておきます。
大丈夫です。確かに近年、沈下事故は減っています。地盤保険会社の方も、その下で補償案件の工事をしている沈下修正工事業者の方も、「仕事減った~」と言っています。
それでも、医者が健康について有意義な情報を発信していても病人が減らないように、沈下事故や欠陥住宅は無くなりません。
ましてや、自分が専門とする「土台揚げ」工法の場合は、古い布基礎案件を安価に直すことに適しています。そうすると、自分が引退するまでに現場が無くなるということも考えられません。
それよりも、知識のないリフォーム会社の安価な「新工法」に、本来ならご依頼いただけたかもしれないお施主さんを奪われることのほうが問題です。