現在の日本橋

50年前の青空を取り戻す―。事業費3200億円の「首都高地下化」で日本橋を再生する

首都高の土木技術者が語る「日本橋地下化」の本質

日本橋に青空を取り戻そう--。

東京都中央区を流れる日本橋川に架かる日本橋。随所に青銅像をあしらった名橋として、国の重要文化財にも指定されている。日本の道路元標もあり、その名の通り名実ともに日本を代表する橋の一つだ。

ただ、橋の直上には首都高速道路(都心環状線)が通る。せっかくの日本橋の景観を損ねるものとして、環状線の完成直後から、物議を醸してきた。

高速完成から50年以上を経て、ついに日本橋区間の高速道路地下化が現実のものとなろうとしている。概算事業費約3200億円、事業期間20年におよぶ一大プロジェクトとはどのようなものなのか。

首都高速道路株式会社で日本橋地下化プロジェクトを担当する諸橋雅之さんに、これまでの経緯を含め、話を聞いてきた。


「東京の渋滞解消」を至上命題に建設された首都高

諸橋雅之・首都高速道路株式会社 日本橋区間更新事業推進室長

――まずは日本橋地下化までの経緯を。

諸橋室長 首都高速道路(以下、首都高)の構想自体は戦前の1938年からありましたが、戦争で凍結された後、戦後しばらくしてから建設の検討が再開されました。

一部メディアでは、「1964年の東京オリンピックのために建設された」という報道がありますが、それは誤りであって、「東京の渋滞を緩和する」のが本来の目的でした。

戦後の東京は、街路や舗装がほとんど整備できておらず、グジャグジャで、そこに自動車が増えてきたので、シッチャカメッチャカの状態でした。昭和40年頃には、あまりの渋滞ぶりに「危機」という言葉すら使われました。そういう中で、首都高建設が進められていたわけです。

現在の日本橋

日本橋地下化後のイメージ図

1957年に建設省が首都高の基本方針を決定し、1959年に首都高速道路株式会社の前身となる首都高速道路公団ができ、都市計画決定も行われました。

ちょうど同じ年に、東京オリンピックの開催が決定しました。当初の計画延長は71kmでしたが、東京オリンピック関連道路として、オリンピック開催前までに約33kmが整備されました。

首都高は、東京の渋滞の解消のため、東京の街路として建設されたんです。「高速なのに、なんで60km/h制限なんだ」とよく聞かれますが、「国幹道(国土開発幹線自動車道)」としての高速道路ではなく、あくまで街路だからです。当初の計画では、山手通り(環状6号線)の内側を連続立体交差にする構想でした。

その後、国幹道と接続されたのですが、当時は放射線しかなかったので、まるで国幹道の一部のような使われ方がされてしまいました。その結果、今度は首都高で大渋滞が起こるようになってしまいました。平成に入ってから、中央環状線やレインボーブリッジなどが整備されたわけです。

「オリンピックをやろうというときに、建設反対なんてヤボだ」

――首都高は「渋滞の解消」が至上命題だったんですね。

諸橋室長 現在ある日本橋は1911年に完成しました。日本の道路元標があって、日本の道路網の始点になっており、大変土木にゆかりの深い場所です。1963年、この日本橋の上に首都高が架かりました。

この区間は、首都高ネットワークの中心でもあります。都心環状線は「都心部のロータリー」で、郊外からやってくる車を処理する出入り口の集合体なんです。日本橋はこの都心環状線にあるわけです。日本橋の区間は、東京オリンピックでも重要なルートでした。

日本橋の上に首都高を通すことに対しては、建設当時から新聞などである程度の反対はあったようです。ただ、地元の方々は「国を挙げてオリンピックをやろうというときに、建設に反対するなんてヤボだ」ということで、容認していただいていたようです。

当時はとにかく、「東京の渋滞を解消する」ことが至上命題だったので、施工スピードが求められたと聞いています。時間のかかる用地買収を伴うルートではなく、運河や幹線道路などの公共空間上のルートを利用しました。

銀座付近では、築地川を干上がらせて、河川の中に道をつくりました。現在の擁壁は当時の護岸なんです。日本橋に首都高を通す際、日本橋川を干上がらせて、日本橋の下を通す案もあったようです。

ただ、ここの日本橋川は神田川とつながっていて、治水上、日本橋川を干上がらせることはできなかったので、やむなく日本橋の上に架けることになりました。ところが、実際に橋が架かると、景色が激変してしまったので、反対する声が上がりました。

日本橋周辺の再開発に合わせ高速地化化へ

――建設から50年以上、日本橋の上に高速が通ったままですね。

諸橋室長 地元の方々は、オリンピックが終わった直後ぐらいから、「名橋「日本橋」保存会」を結成して、活動されていました。ただ、道路を通して間もないころだったので、架けかえる話にはなりませんでした。その後もその状態が長く続きました。

日本橋の首都高を架けかえるきっかけになったのが、2001年に当時の扇千景国土交通大臣が「首都高の高架に覆われた日本橋の景観を一新する」と発言されたことです。これを受け、「東京都心における首都高速道路のあり方委員会」が設立されました。

2006年には当時の小泉純一郎首相が「日本橋川に空を取り戻す会」を設置しました。このときに、民間が先行してまちづくりを行い、そこに公共が入っていくという、現在のカタチに近いアイデアが出されました。

首都高としても、建設から半世紀が経ったことから、2012年に「首都高速の再生に関する有識者会議」を立ち上げました。その提言の中で、「都心環状線の高架橋を撤去し、地下化などを含めた再生を目指し、その具体化に向けた検討を進めるべき」とされました。

これを踏まえ、2013年に「大規模更新事業計画」をまとめ、更新事業を進めることになりました。この事業計画の中で、日本橋区間も更新区間に位置づけられています。

ただ、この計画では、「高架のまま架けかえる」という話でした。地下を通すカタチではありませんでした。

2016年に日本橋を含む周辺3地区(八重洲一丁目北、日本橋一丁目中・一丁目東)が国家戦略特区の都市再生プロジェクトに指定されました。ついに民間主導により、正式に再開発が進むことになったわけです。

このタイミングを逃すと、「二度と首都高速道路の地下化ができない」ということで、2017年に当時の石井啓一国土交通大臣と小池百合子東京都知事が「日本橋周辺のまちづくりと連携し、首都高の地下化に向けて取り組む」と発表されました。

これでやっと、日本橋区間の地下化に動き始めたわけです。最終的には、日本橋周辺の再開発が地下化の引き金になりました。

3200億円、20年かけて1.8km区間を更新

――地下化事業とはどのようなものでしょうか?

諸橋室長 地下化の発表を受け、2017年に国、東京都、首都高速道路株式会社、中央区のメンバーから成る「首都高日本橋地下化検討会」を設置し、対象区間やルート案、事業スキームなどの検討を行いました。

一言に地下化といっても、一筋縄では行きません。まず地下鉄だけでも、半蔵門線、銀座線、浅草線が干渉します。それぞれ異なる深さで交差するので、地下鉄の間を縫うようにルートを確保する必要があります。

更新事業の事業区間は、竹橋ジャンクション〜江戸橋ジャンクション間の2.9kmですが、大手町周辺はすでに都市開発が進んでいます。このエリアには、JRの在来線、新幹線も走っていて、地下化するとなると、新幹線の基礎を一旦壊さなければなりません。新幹線をイジるのは、工期的にもコスト的にも非常にロスが大きいんです。大手町周辺を地下化するのは現実的ではないという判断に至りました。

そこで、新幹線と交差するところまでは、すでにトンネルが通っている八重洲線(4号線)をそのまま使うルートになりました。現在は、トンネルの手前で八重洲線と都心環状線が分岐しているのですが、八重洲線を都心環状線にしてしまって、常盤橋再開発の隣接地区辺りの地下で新たに八重洲線と都心環状線を分岐させることにしました。新たな都心環状線はちょうど日本橋の真下を通ることになります。日本橋をくぐった後、徐々に上がっていって、地上に出て、6号向島線に接続するというカタチになります。

新たなルートは、一部区間は半蔵門線と並走するカタチになっており、ラップするところもあります。日本橋地下化の事業区間は約1.8km。トンネル区間は約1.2kmです。

首都高日本橋区間地下化の対象区間

地下化事業全体の概算事業費は約3200億円です。10年前に「日本橋川に空を取り戻す会」が行った試算では5000億円でしたが、ルートの変更や工法の見直しなどで圧縮されました。

大規模更新費、出資金の償還期間の見直しでそれぞれ約1000億円調達します。残りの約1200億円は、東京都と中央区の負担金が約400億円、民間負担が約400億円、首都高の負担が約400億円という内訳になります。出資金の償還時期の見直しというのは、無利子の出資金を最後に償還することで、利息がその分軽減されるわけです。

厳しい設計監理が求められる難工事

――どの部分にお金がかかっているのですか?

諸橋室長 本体工事はもちろんですが、いろいろな支障物を移設したり、撤去するのにコストがかかります。日本橋川の一部を一時的に付け替える必要もあります。既存の八重洲線は日本橋川の川底近くを通っているので、これを工事するとなると、迂回するために、川を動かさなければなりません。

既存の首都高の橋脚も支障物になります。シールドの線形上に橋脚の基礎があるんです。橋脚を受けかえる必要もあります。下水道、電気、ガスなども線形上に通っているので、それらもすべて一時的に付け替えなければなりません。相当厳しい設計施工の監理が求められます。

――すごい手間ですね。

諸橋室長 東京メトロの三越前駅のコンコースも一時的に改修する必要もあります。どの程度改修するのかは現在協議中ですが、出入り口などを一時的に移設する必要があります。八重洲線と分岐する部分は、断面が大きく変わるので、ここは開削でやらざるを得ません。

開削に際しては、日本橋川をどうするかが問題になります。ここには一石橋などの橋も架かっているので、これらの橋も一時移設する必要があります。

――機能的に向上するところはあるのですか?

諸橋室長 現在は線形を川なりにつくっていますが、トンネルでこの制約がなくなることで、既存の線形に比べ、カーブが緩やかになって、走りやすくなります。

神田橋出入り口と神田橋ジャンクション間は、当時の設計なので、織り込みになっていて、東京駅から八重洲線を登っていくと、右側から合流し合流長さが全然ないんです。一旦停止しないと、合流できないようなジャンクションで、安全性に懸念があります。

今回の地下化事業に伴い、八重洲線が移動するほか、左側分合流に変わります。合流長も取れ合流が安全になりますし、神田橋から乗って、八重洲線に行くこともできるようになります。

工事の間は日本橋の景観が悪くなってしまう

――地下化事業をどうPRしていく予定ですか?

諸橋室長 事業規模も大きいですし、まちづくりと連携して道路を更新するのは、首都高としても初めての試みです。地元への説明をはじめ、今後事業をアピールする準備も進めていきたいと考えています。

地下化は首都高の大規模更新と合わせて、日本橋の景観を取り戻すための事業ですが、工事の間は景観を悪くすることになります。それも20年という長い期間続きます。周辺の景観に配慮した工事現場のあり方についても検討しているところです。

首都高日本橋区間 地下化の工事工程イメージ

――今後のスケジュールは?

諸橋室長 9月に東京都の都市計画審議会で計画が議決されたので、早ければ10月上旬には告示されるだろうと考えています。その後、事業計画づくりに入ります。トンネルをつくり、その後、既存のルートの撤去完了にトータルで20年の事業期間になっています。工事着手は、オリンピック終了後を予定しています。

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