カシメ屋と「東京五輪音頭」
2021年には第2回目の東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。前回のオリンピックは昭和39(1964年)でした。
私の耳の奥には、今は亡き三波春夫が歌った「東京五輪音頭」が今でも残っています。
思い返せば、この頃がちょうど、鋼構造物の現場継手が「リベット」から「高力ボルト」に変わった時期でした。したがって、現在の首都高速の第1期工事の路線は、オリンピックを目指して建設されたので、そのほとんどの橋や鋼製橋脚の現場継手には、リベットが使われています。
高速道路の下から上を見上げると、継手個所にリベット頭の並んでいるのを見ることができます。このリベットを打つ作業者を、俗に「カシメ屋」といい、漢字では「鉸鋲工」と書きました。
死の危険を伴うカシメ作業

勝鬨橋
カシメ作業は、たいへん過酷な労働でした。
900~1100℃に熱せられたリベットを扱うわけですから、一つ間違えば、大やけどを負うか、当たり所が悪ければ、死に至ることにもなりかねません。
また、鋼橋の架設現場における現場接合作業であり、地上高さ数10mから100mを越えるような高い場所での作業ですから、墜落の危険もあります。
これは鉄骨工事でも同様です。
ホド(火床)では?