春田健作さん(株式会社ジャパン・インフラ・ウェイマーク エンジニアリング部担当課長)

春田健作さん(株式会社ジャパン・インフラ・ウェイマーク エンジニアリング部担当課長)

「デジタルガラパゴス」の土木業界を変革する! 京都府庁からITベンチャーへ転職した技術者の「華麗なる土木人生」

「橋梁のプロ」のキャリアを捨て、ITベンチャーに転職

「土木技術者を助けたい」--。そんな思いで、京都府庁を辞め、今年4月にNTT西日本が設立したドローンを用いたインフラ点検のベンチャー企業、株式会社ジャパン・インフラ・ウェイマーク(以下JIW)に転職した土木技術者がいる。春田健作さんだ。

春田さんは、橋梁に憧れ、橋梁メーカーに就職後、豊中市役所、京都府庁職員に転職。トドメに民間ITベンチャー企業社員に転身するという珍しい経歴を持つ。公務員の転職と言えば、いわゆる天下りをイメージしがちだが、それとは意味がまったく違う感じがする。

なぜ「橋梁のプロ」としてのキャリアを捨ててまで、ITベンチャー企業に身を投じたのか。春田さんの言う「土木技術者を助ける」とは何を意味するのか。

春田さんの「華麗なる土木人生」について取材した。


今でも大事にしている現場ノートが土木技術者の原点

高校生のころ、NHKで本州四国連絡橋(明石大橋)のドキュメンタリー番組を観て、橋の魅力に心を打たれたのが土木のきっかけ。長大橋のスケールにもかかわらず、ミクロン単位の高い精度の施工管理に衝撃を受けた。「こんな仕事をしたい」と決意した。

橋梁メーカーに強い大学ということで、立命館大学理工学部に進学。コンクリート工学を学んだ。卒業後は、株式会社富士ピー・エスに就職した。

最初に配属されたのは阪神高速道路のPC橋建設現場。測量、墨出し、張出架設のポンプ操作などをこなしながら、現場経験スタートさせた。

富士ピー・エスに入社し、最初の現場で働く春田さん(写真提供:春田さん)

春田さんが今でも大事にしているのが現場ノート。先輩や職人さんなどから教わったこと、日々疑問に思ったこと、失敗したことなどを書き残してある。記入した後、朝上司の机の上に置いておくと、夕方には赤字コメント入りで返ってくる。それが毎日のように続いた。

「多くの人、現場に育ててもらった」と目を細める。春田さんの土木技術者としての原点になっている。

伊良部大橋工事に携わる春田さん(写真提供:春田さん)

その後、国土技術政策総合研究所(現、橋梁研究室)へ出向。長寿命化計画をテーマにした研究などに携わる。橋梁事故、不具合への対応も担当し、米国トラス橋の落橋、岩手県の祭畤(まつるべ)大橋崩落の調査も行った。

父親の病気を機に、倍率100倍の豊中市役所に転職

その後、春田さんに最初の転機が訪れる。父親の病気だ。その病状は重く、介護する必要が生じた。出張が多い仕事スタイルは介護には向かない。「親の介護があるので、現場には出れません」と言うのには、「後ろめたさ」があった。

折しも公共事業が減っていた時期で、会社では早期退職勧奨が繰り広げられていた。どうしようかと悶々としていたころ、当時、住んでいた豊中の市役所で社会人採用枠があることを知る。

「役所は休みが取りやすそうだ」という軽い気持ちで受験したところ、まさかの合格。100倍近い倍率をくぐり抜けた。

「市役所では、開発事業とか建築確認、放置自転車対策とか、ややこしい現実についても学ばせてもらった」と振り返る。


橋梁のプロとして京都府庁に二度目の転職

その後、父親が他界。「そろそろ民間に戻ろうかな」と転職を考え始めた。大学の先生に相談したところ、「ちょうど京都府庁で橋梁のスペシャリストを募集しているぞ」という話を聞く。リクルート担当は大学の先輩だった。そういう縁もあって、京都府庁へ移籍する。

京都府庁では、橋梁の担当として、橋梁点検に必要な知識を得るため、米国やベトナムなどの行政機関などへの海外研修を経験した。その後、府内の市町村のインフラ維持管理を支援する財団法人京都技術サポートセンターに出向。約4,000の橋梁点検、1,500kmの河川点検にも携わった。

京都技術サポートセンター時代、橋梁点検作業中の春田さん(写真提供:春田さん)

それと、たくさんの自治体職員の悩み事を聞き、一緒に現場で考えることができた。その時一緒になった皆さんが、「転身しても頑張って」と元気に送り出してくれたことが支えになっている。

春田さんの転職は周りでも評判に。「民間会社から役所、再び民間会社と転職するのは、結構珍しいと思います。今でも、公務員のあり方について話してくれと言われることがあります(笑)」と言う。

未だにFAXで防災連絡する役所

京都府庁時代には、ドローンの普及活動を行うNPOの設立にたずさわる。あるイベントでNTT西日本社員と一緒になった。そこでいきなり「ドローンを使ったインフラ点検の会社をやろうと思っているんだけど、一緒にやりませんか?」と誘いを受ける。

当時、NTT西日本では、ドローンを使って、点検サービスを提供する会社の設立を進めていた。だが、NTT西日本には橋梁や法面の点検のプロがいない。そこで春田さんに白羽の矢が立ったわけだ。魅力的な誘いではあったが、正直悩んだ。

「自治体の職員は今、人が減って、メチャクチャ忙しくなっています。ひとたび災害が起これば、土日関係なく休みなく働きつづけなければなりません。徹夜とか普通ですよ。僕も実際にそれをやっていました。

でも、役所の土木技術者と言っても、特別な人間ではないですよね。試験をパスしただけの普通の人間です。実際みんなヘロヘロですよ。それでも、一言も文句を言えない環境で、延々とやらなきゃいけないわけですよ。いくらなんでも、そういうやり方では限界が見えてます。

なぜこんなことになっているんだろうと考えたとき、ズバリ『ICT化ができていないからだ』という考えに至りました。なんでか知らないけれど、ICTにお金をかけられないんです。未だにFAXで、防災連絡とかやってますから。『これをなんとかしたい』と思いがありました」と当時の心境を明かす。

「JIWは自治体職員がラクになる技術をいっぱい持っている」ことは知っていた。ただ、そのノウハウを土木セクションとつなぐ橋渡し役は必要だ。知り合いの誰かを紹介しようと思ったが、「あ、俺できるかも」と気付く。

「正直、土木業界の会社などに転職するほうが気が楽でした。ただ、土木のことを知らない新しいドローン点検会社と建設業界を橋渡しするのは、誰でもできることではない。これこそ自分がやるべき仕事はないかという思いがありました」と振り返る。NPOを立ち上げたのは、所属組織という垣根を越え、「みんなでやろう」という雰囲気が好きだったからだ。

「民間でもそれをやってみたい」という気持ちが転職の決め手になった。


土木の世界は「デジタルガラパゴス」

IT系ベンチャー企業に転職したわけだが、春田さんとしては「建設の世界から離れたという意識はまったくない」そうだ。「土木を助けたい」という思いは、NPOを立ち上げた京都府庁時代からあって、「今の仕事はその延長線上にある」と言う。

現在は、東京に単身赴任中の身だが、関西方面の仕事も多く、全国を飛び回る日々を送っている。「『どこにでもいるね〜』とよく言われます」と笑う。

「コンサルやゼネコンからいろいろ問い合わせをいただくのですが、土木技術者とITのエンジニアでは、まず言語が違うんです(笑)」と言う。その間をつなぐのがJIW唯一の土木屋である春田さんの重要なミッションだ。ドローンやAIのプロだとしても、それをどう土木の計画書に落とし込んでいくかに関しては素人だからだ。

「サッカーのリベロのように、それぞれの間を行ったり来たりして、つなぐのが私の役割になっています」と話す。

ジャパン・インフラ・ウェイマークの社員とともにポーズを決める春田さん(左端)。ハンドサインは「ウェイマーク」の「W」。

公務員の世界は、良くも悪くも縦割り。”公務員が”と言うより、「公務員組織の仕組みが良くない」と指摘する。

「土木の世界は、昔からやることがず〜っと変わっていないので、ある分野を極めたらそれで良かったんです。新しいことをやる必要はなかった。土木の世界は『デジタルガラパゴス』なんです。

でも、最近は仕事が多様化してきていますよね。今は、IT業界から流れてきた3Dなどの技術をただ追いかけているだけなんです。確かに土木に経験は必要ですが、経験を積むのは一人しかできません。一人でできることは限られています。

ただ、デジタルの世界では、ある一人が経験したことをみんなで共有することができるんです。僕には、土木の世界もそうあってほしいという思いがあります」。

だが、「日本の土木屋は基本的にデジタルに弱いです。『ITといっても、せいぜいメールぐらい』という会社がゴロゴロしています」と指摘する。建設業界のIT化の実情には、暗澹(あんたん)たる思いにさせるものがある。

デジタル活用で、土木は変わる

「デジタルは、間違いなく土木を変えるツールです。例えば、WEB上で一瞬で現況を3D化できるんです。土木の技術者は、今みんな疲れちゃっていますが、デジタル活用によって、仕事が効率化されて、結果的にラクになるんです。土木の人を元気にしたい。土木が元気になれば、災害にも強い安心して過ごせる世の中になると信じています」と力を込める。

「土木技術者はスゴく真面目にひたむきに仕事をしています。それでも、世の中からちゃんと認められていないところがあります。デジタルによって、技術者の負担が減れば、いろいろと新しいことができるようになると考えています。それを実現したいというのが私の思いです」と目を輝かせる。

ICT化の流れは、旧態依然とした体質を残す建設業界にも確実に押し寄せている。ただ、ICTは当たり前になっているのは、大手と一部の意欲のある地域建設業だけ。大半の地域建設業にとっては、他人事なのが現状だ。コンプライアンスと行政の継続性、地元経済界とのしがらみなどにガチガチに縛られている公務員の仕組みを変えるのも、一筋縄ではいかない。

春田さんの「土木を助けたい」という思いは果たして彼らに届くか。その挑戦はまだ始まったばかりだ。

ピックアップコメント

受注者を下僕扱いする発注者役人に付き合いきれなくなりコンサルに転職した者です。諸々の伝達をファクスで行う自治体、まだまだありますよね。〇〇警報1つで現場に見廻りに行き、その速報もファクスで求められました。〇庁ならメールか電話なのに。新卒もコンスタントに入っているんだし、上層部や直属の上司は、ルーキー達までも、がっかりさせるようなガラパゴスぶりを露呈させないでほしいです。

この記事のコメントをもっと見る

この記事をSNSでシェア

こちらも合わせてどうぞ!
“黒板にチョーク”はもう古い。「電子小黒板」は工事写真撮影のスタンダードとなるか?
「命を守るために、会社を辞めた」 “土木の伝道師” 松永昭吾が技術者たちに伝えたいこと
「建設業が大好き!だから現場監督をやめた!」建設×ITの情熱を持った女性
Google、Appleを超える? 土木測量を変革する「テラドローン」COO関鉄平氏にインタビュー
【大矢洋平】3Dデータで「土木」が儲かるワケ
基本的には従順ですが、たまに噛みつきます。
  • 施工の神様
  • インタビュー
  • 「デジタルガラパゴス」の土木業界を変革する! 京都府庁からITベンチャーへ転職した技術者の「華麗なる土木人生」
  • 施工の神様
  • キャリアを考える
  • 「デジタルガラパゴス」の土木業界を変革する! 京都府庁からITベンチャーへ転職した技術者の「華麗なる土木人生」
Exit mobile version