高口洋人 早稲田大学創造理工学部建築学科教授 兼 一般社団法人工務店フォーラム代表理事

施工管理も営業もできる”プロの大工”だけが生き残る? 新築40万戸時代の工務店業界と多能工化の未来

新築減少時代の工務店の在るべき姿とは

大工の高齢化、人手不足、経営面では事業継承…。工務店業界は様々な悩みがある。一方、新築住宅建設市場は2030年には1年間63万戸との予測があり、30万~40万戸まで減少する時代の到来も予想される。

早稲田大学創造理工学部建築学科の高口洋人教授は、住宅のライフサイクル分析や木造建築の省エネ化などの研究に取り組む傍ら、(一社)工務店フォーラム代表理事もつとめ、工務店・住宅業界に特化したWEB学校で学べる場を提供している。

高口教授に工務店業界の未来と、これからの在るべき姿について話を聞いた。

工務店の未来を象徴する「省エネ住宅義務化」の見送り

――これからの住宅建設業界はどのように変わっていくでしょうか。

高口洋人氏 2019年の新設住宅着工戸数は約90万戸となり、と3年連続で減少となりました。2030年度には63万戸に減少するとの見込みで、早晩、30~40万戸まで減少する予測もあります。将来的に住宅市場は半減します。

そこからの住宅産業は大量に供給される中古住宅のリニューアルやリノベーションがメインとなり、新築の需要は金銭的に余裕のある世帯が中心になっていくでしょう。

――新設住宅着工戸数の減少で、工務店業界はどうなっていく?

高口 2020年に開始予定だった「省エネ基準適合義務化」(一定の省エネ基準以上の断熱性能を有していない住宅は新築することができなくなる制度)の見送りは、工務店業界の未来を象徴した出来事でした。

省エネ計算をするためには設計した建物が基準に適合しているかを判定しなければならず、工務店業界から「そんなものは建てたことがない」「やったことがない」などと反対意見が多く寄せられ、国は義務化による混乱を想定し、断念してしまいました。

一方で現実的には住宅建築需要は減少していくわけで、工務店の淘汰は避けられません。省エネ基準に対応できない工務店は淘汰に直面していると危機感を持つべきです。省エネ対策に前向きな工務店に対しては、国や金融機関も支援していますから、やる気あるのなら積極的に活用すべきです。

私自身は、地域に根ざした工務店には生き残って欲しいと思っています。地域の工務店は住宅建設をになっているだけでなく、地域のインフラでもあります。その地域の経済の核であり、お祭り等の地元イベントでも中心的な役割を果たしています。また、新築需要は減少したとしても、維持保全やリノベーション需要は増加していきますから、その担い手は必要です。

一方でやる気があってもなかなか勉強する場がない、時間がないという工務店もあります。距離的な問題もあります。地域に根ざした工務店などの建設業関係者が各地域に一定数存在して欲しい、そういう思いから工務店を支援するために(一社)工務店フォーラムを立ち上げ活動しています。


工務店業界を底上げするWEB学校「工務店フォーラムNet」

――工務店フォーラムでは、どのような活動をされている?

高口 まず「工務店フォーラムNet」という、工務店・住宅業界に特化したWEB学校を運営しています。

多く開催されているセミナーには、社長をはじめとした経営層は出席しますが、現場レベルの方々はなかなか出席されることがありません。出席した社長たちも、受講内容を社員に落とし込むことには困難を感じているようです。

工務店フォーラムNetでは、経営や施工技術、設計など全140講座の動画コンテンツを会員であればいつでも受講できるようにしています。現在は30~40社の工務店が利用しています。

「工務店フォーラムNet」のWEBサイト

また、地域工務店が武器となるような技術提供も行っていて、木造軸組構法住宅の建物全体の大地震時の損傷状況や倒壊過程をシミュレートする数値解析プログラム「wallstat(ウォールスタット)」の使い方などの説明動画も公開しています。

また、2019年12月には、早稲田大学と木造軸組工法の受託製造会社であるウッドステーション株式会社が共同で木造建築住宅を1日で組み立て、1日で解体する「木造大型パネル住宅公開施工実験」を行いました。これは構造材・面材・間柱・断熱材・サッシ・一次防水までを一体化させたパネルを工場生産することで、1日で上棟、一次防水、施錠まで行える技術で、大幅な工期の短縮が可能となります。

早稲田大学で行った「木造大型パネル住宅公開施工実験」

――「木造大型パネル」が普及すれば生産性は向上しますね。

高口 戸建てにおけるハウスメーカーのシェアは15%程度に過ぎません。つまり工務店に勝てなかったわけですが、その理由は標準化やシステム化により、日本人の細かい要求に対応できなかったことと、価格的な問題でした。

木造大型パネルは、こうした細かい要望にも対応できる工務店のアドバンテージや路線を守りつつ、生産性をあげる試みです。

教育の力で、住宅業界の人手不足を解決したい

――大学教授にもかかわらず、色々な取組をされているのはなぜですか?

高口 経済産業省は2014年から、大学と民間企業等の連携により先進的な技術や新たな住まい方を提案するZEHのコンペ、「エネマネハウス」という事業を実施していました。これまで3回行われ、早稲田大学は全ての回で実際に建設まで行いましたが、2回目の2015年は僕が代表を務めました。

早稲田大学が建設したエネマネハウス

国からの予算ではとても足らないので、協力してくれる企業を探すわけですが、そこで思いついたのが学生時代から面識があり、当時三菱商事建材株式会社にいた、ウッドステーション社長の塩地博文さんに協力をお願いすることでした。おかげさまでこの回は優勝することもできました。このときに採用したのが木造大型パネルです。

エネマネハウスが終わった後、塩地さんから「大学での仕事は教育であり、人材育成ですよね? とにかく住宅生産の現場は人手不足が著しく、教育でこの課題を何とかしたい」と持ち掛けられました。

私の師匠である尾島俊雄・早稲田大学名誉教授も、実は同じようなことをしていて、「日本建築画像体系」というビデオ教材を企画して製作しています。そのことも思い出して、工務店の経営や新人育成、技術の向上のための動画コンテンツをWEBで提供できるのでは?と工務店フォーラムを設立することになりました。


求められるのは、何でもできる「プロの大工」

――大工は子どもには人気でも、大人になると人気が減ってしまう。担い手を確保していくには?

高口 大工が減っているのは、大工に魅力がないからです。一人親方の状況を見ても分かる様に、住宅業界はコスト削減や需給調整に大工を使い、買い叩きました。昔は親も大工という若い大工をよく見かけましたが、今はあまり見かけません。

一定の技能水準ならば500~600万円、優秀なら1000万円くらいの年収が確保できるような職業と位置付けないと、人は集まらないと思います。「プロの大工」としての職能を確立し、その対価を支払うことがまず第一です。

しかし一方で、人不足に対応し、木造大型パネルのような技術も出てきていますので、普及すれば高度な技術は不要となります。プロの大工とは、宮大工のような特殊技能を持つ大工ではなく、何でもできる、プロの多能工になるのではないかと思います。

例えば、大工でも内装や外装、電気系などもできる。施工管理も営業もできるような多能工でないと生き残れないかも知れません。建設テックの進化も著しいですから、ITによる施工管理の効率化もこういったことを後押しすると思います。

そういった意味で、皆がイメージする「昔気質の大工」とは随分と違ったものになると思います。

――新しく入職する若者を、どのように教育していくべき?

高口 入職者が建築の専門教育を受けているとは限りませんから、たとえば、「柱ってなんですか?」というレベルにも合わせて、用語を一つひとつ丁寧に解説していくような教育でないと間に合いません。

建設業界以外から転職してきた若者を、いきなり現場監督として放り込んだ結果、3か月で辞めてしまったという話を工務店経営者の方から聞いたことがありますが、これでは人は育ちません。

――工務店の経営については?

高口 親は工務店経営者だけど本人は別の業界を経験して戻ってきた、とか、あるいはまったく別の業界から新規参入された方が増えている、あるいは目立っているように感じます。講演で熱心に質問される方も、別業界ご出身の方が多いように感じます。それだけ家づくりにはまだ魅力があるのだと思います。

高度成長期の徒弟制度であれば、親方の元について技術を一から教わり、折を見て独立すれば仕事もあったわけですが、成熟した市場ではそれだけでは生き残れません。工務店経営者に求められる能力も変わってきています。しっかりと原価管理をすることも大事ですし、事業のエンターテインメント化やイベントを通じた自社のブランディング、技術開発など、求められることは多様です。

その上で地域での人脈とつながり、信頼関係を築いていかなければなりません。工務店にも正に経営の近代化が求められています。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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