櫻井弘紀氏(株式会社スエヒロ工業 代表取締役社長)

櫻井弘紀氏(株式会社スエヒロ工業 代表取締役社長)

入社1年で父が逝去。23歳で2代目となった若き社長の挑戦

混乱のない同族会社の事業承継の在り方とは?

静岡県・沼津市で防水や塗装、大規模修繕工事などを手掛ける株式会社スエヒロ工業。2009年に先代社長の死去に伴い、若干23歳で息子の櫻井弘紀氏が代表取締役社長に就任した。

だが、当時の櫻井氏には経営の知識は一切なかった。そこで、社員や協力会社の一人ひとりにこう呼びかけた。「先代の社長は会社の父親。社員や協力会社はその子ども。私が長男となるので、子ども同士で協力し合おう」。その思いに感銘を受けた社員や協力会社は一人も離れることなかった。

混乱なくスムーズな事業継承に成功した同族会社の若き2代目に、決意を語ってもらった。

入社1年後、父でもある代表死去という不幸に

――先代の死去により急遽、当時23歳で代表に就任されました。

櫻井弘紀氏 2008年に入社し、その翌年の2009年の4月に代表に就任しました。入社前から父の体調は悪化していて、長くはないと想像していましたが、まさか入社の翌年に亡くなるとは思っても見ませんでした。

防水工事の仕事自体は、高校時代からアルバイトとして職人のお手伝いをしたり、建築関係の専門学校を卒業した後は防水工事会社で修業していて一通り経験していたのですが、営業や経営は経験がありませんでした。まずは会社を成り立たせなくてはいけないと、自分と家族については後回しにして、社員とその家族を守ることだけに集中しました。

――2代目社長として、社内外から信頼を勝ち取ることは大変だったと思います。

櫻井 下請けとして働いていたこともあって、職人から可愛がられてはいましたが、それだけでは代表はつとまりません。代表として職人に指示をし、お願いする立場になりますからね。父は、社員や協力会社の皆さんから本当に慕われていて、偉大な存在でした。だから、私がいきなり代表になって父の代わりが務まるかといえば、それは難しい。それならば発想を変えて、社員や協力会社の代表の方と一人ひとり面談をし、これからの目標や私が考えていることや、私が父をどれだけ愛し、追いかけてきたかを話しました。その後、みなさんにこう語りかけました。

「先代の社長は会社の父親。社員や協力会社はその子ども。今までの会社組織はビラミットで、その頂点に父は存在していたが、父が亡くなってからはもうそのピラミッドはなくなった。私は社長ではなく、長男として、会社で責任を負う立場に立つので、みんなについてきてほしい。もう親はいないので、子ども同士知恵を振り絞って、頑張ってやろう。会社は私のものではなくみんなのもの。会社を財布としてたとえるならば、みんなでその財布を大きくし、みんなでいい暮らしをしよう」と。

「父を超えよう」という考えはない

――皆さんの反応は?

櫻井 違和感を抱いて辞めていく人は1人もいなかったです。同族会社で代を引き継ぐと、「父を超えよう」「新しいモノをつくろう」という発想を持つ人もいますが、それは私にはありません。代を継いだあとも社員や協力会社の方々に違和感を抱かせないように努めました。先代が築いたバトンを引き継ぐことは、先代の思いがこれからも走り続けていくことにつながります。先代の思いをみんなで発展させようという目標のもとに新たなスタートが切れましたね。

――子どもの頃は、お父さんの仕事はどう映りましたか?

櫻井 子どもの時から父に憧れ、大好きでした。もちろん、具体的にどんな仕事をしているかまでは分かりませんでしたが、人情味があり、男らしい人でした。厳格でありつつも、親分肌でみんなから慕われていたんです。仕事が終わって、職人とともに帰って来ると、みんなでお酒を飲んで和気あいあいとやっていて、子どもながらに「大人になると、こんなに楽しいことが待っているんだ」と思いを馳せていました。だから、学生時代からなんらかの形で父の仕事に携わるだろうなと、薄々感じていましたね。

建設業界の接待文化は自分に合わない

――引き継いだ当時、大変だったことは?

櫻井 防水工事の仕事のやり方は知っていても、経営のやり方は理解していませんでした。当時の会社の売上高は4億円規模で既存の顧客もいらっしゃったので、まずはその方々に新社長になった私をしっかり知ってもらうために、現場に足を運んでは仮設トイレを掃除したりして、「彼がやっている会社はしっかりしてそうだ」と目に留まるようにアピールしましたね。

また、建設業界では飲み会や接待が多いですが、その文化が私にはピンとこなかったんです。「スエヒロ工業さん、打ち上げ終わったから飲み会行こうよ」と言われたり、お客さんの中には「スエヒロ工業さんは、飲みに連れて行ってくれないの?」という声もありました。ですが、「発注者から次も仕事をもらえるような満足できる仕事をこなすので、まずは仕事ぶりを見てください」とお願いしました。

正直、「つまんないやつだな」と言われたこともありますよ。でも、まずは仕事で信頼を勝ち取ることが先でした。元請も下請も、協力し合ってはじめていい建築物ができると考えています。持続的に仕事を受注していくためには、「飲みに連れて行けば仕事をもらえる」という営業方法ではなく、仕事で信頼を勝ち取ることを貫きました。

協力会社の資格取得も支援

――今の仕事の主流は?

櫻井 元々は防水工事専門の会社でしたが、今は塗装や内装、足場を組んだリニューアル外装工事などの修繕など幅広く手掛けています。防水工事は、どこが雨漏りしているかを探る職種でもあるため、大規模修繕工事にも参入しやすかったですね。

大規模修繕工事を手掛けた神奈川県のマンション

――施工の強みは?

櫻井 櫻和という協力会に登録いただいている会社が51社あります。その協力会社の距離感がすごく近いのが特徴ですね。勉強会やレクリエーションを当社主催で開催したり、今年は新型コロナウィルスの影響で開催できませんが、昨年はバーベキュー大会などを開いたりと、顔を合わせる機会がとても多いんです。

スエヒロ工業協力会のBBQ大会

そのため、塗装工事の職長が業務を完了させた後、次に行う防水工事のタイミングなどを詳細に防水工の職長にスムーズに伝えられるコミュニケーション力が強みです。品質が保たれているのは、協力会社同士の連携力でもあります。また、協力会社を51社抱えているので、お客様から「雨漏りしているから明日来てほしい」と要望があっても対応できる機動力があります。

安全大会

――先代の売上高は約4億円で、現在は約10億円です。

櫻井 大きな戦略をもって売上高を伸ばしたわけではないんですよ。協力会社は当時30社ほどでしたが、年々信頼できる会社を増やし、工事をこなせるスタッフを抱えるようになって、売上高も自然に増えるようになったんです。大きな案件にすぐ飛びつくのではなく、一つ一つ確実にこなせるように技術を磨くことで、できる工事の範囲が拡大していきました。

また、仕事の増加に伴って得た新たな協力会社との縁をより大切にすることも意識しました。その縁が絆へと変わり、結びつきがいっそう強固になるからです。たとえば、建設業に関する資格取得の費用を、当社社員だけではなく、協力会社の方も対象に全額会社負担しています。良い人材が他社に流出するリスクも考えられますが、建設業界に技術者が増えれば、最終的には私たちも潤っていくと考えています。

専門工事業では異例の完全週休2日制

――社内の環境整備にも力を入れている。

櫻井 完全週休2日制は、今のように社会的な話題となる前から導入しています。もともと、土曜日には電話が1件も鳴らない日もあったのですが、工事部長から「土曜日はそろそろ休みでもいいんじゃないですか」という提案があって、「それならやってみようか」という軽い気持ちから始めました。最初は生産性が低下するなどの不安もありましたが、結果から見れば売上高も上がっているので、その不安は杞憂に終わりましたね。

スエヒロ工業のスタッフたち

――フィットネスジムを運営しているのも福利厚生から?

櫻井 ええ。静岡県駿東郡長泉町にフィットネスジム「eIGHT GYM」(エイトジム)を運営しているのですが、もともとは当社の福利厚生から始まったものです。その後、一般の会員向けの事業へと発展しました。私自身、13歳から極真空手を始めて19歳まで大会に出場していたり、体を鍛えたりすることが趣味なので、それが事業につながったという面もあります。

会社併設のトレーニング施設

早くから新型コロナウィルス対策を行い、テレビ東京のワールドビジネスサテライト(WBS)も取材で来訪され、新型コロナ対策をしっかりやっているフィットネスジムと紹介されました。緊急事態宣言でフィットネス事業の影響はありましたが、休業中はマスクを作成してお客さんに送ったり、寄付をしていました。5月18日に静岡県の緊急事態宣言が解除されジムも再開し、お客様も戻り、新規会員も増えました。

「eIGHT GYM」(エイトジム)にて

ちなみに、スエヒロ工業という社名は父の名前の”末廣”が由来なんですが、「エイトジム」のエイト(八)は末広がりを意味します。偉大な父にあやかってそう名付けました。

――採用については。

櫻井 「建設業界が若者に人気がない」と、リクルートを諦めるべきではありません。そもそも防水工事をやりたい人は限りなく少ないんです。それなら、業務内容を全面に出すよりも、会社のリーダーやスタッフといった人にクローズアップする求人に工夫しました。

結果的に、応募してくれる人も増えました。若い人たちは一緒に働く人に、より多くの関心を持っていることに気が付きました。若者は物欲やお金への欲に欠けているかもしれません。ですが、気持ち次第で動くことも多いんです。だからこそ、私たちは若い人に希望を与え続けていかなければなりません。

ピックアップコメント

従業員や協力会社の信頼を仕事で勝ち取ろうとする姿が素晴らしいです。飲みにケーションで仕事を融通する時代ではなくなってきていると個人的にも感じています。このような考え方を持った建設会社が増えるとよいですね。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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