工事会社の情報収集に奔走した4名の女子ヒアリングチーム
建設業界では、ネットでの工事受発注やビジネスマッチングが浸透したとはまだまだ言い難い。理由は「発注相手のことがわからない」「ネットリテラシーが低い」というのが主なところ。これまでの「知人づての顔つなぎ」の商慣習と比べると、どうしてもネットのマッチングは信用されにくかった。
ユニオンテック株式会社が提供する、1万8,000社が登録する建設業のマッチングプラットフォーム『CraftBank』(クラフトバンク/2020年3月『SUSTINA』[サスティナ]から名称変更)も以前はそこで苦戦した。
しかし、それは発注者がネットのマッチングサービスでも発注先となる工事会社のことを事前に良く知ることができるなら使ってもらえると判断し、1年前にユニオンテックは女性3名(途中で1名加わり4名体制に)からなる会員企業の情報取得チームを立ち上げ、徹底したヒアリング活動をスタート。
2020年7月現在、たった数名で始めた情報取得活動の結果、会員企業の内6,500社ほどの信頼情報を聴取した(実施数は約7,000社)。
その信頼情報を基にユニオンテックはマッチングにおける新商品「CraftBankライトプラン」を発表(2020年4月1日)。4名の建設女子たちが地道にヒアリング活動を続けて蓄積した情報は、マッチングの根幹を担うようになっている。
そんな情報取得チームのリーダーを務めた・林絵美さんの話を基に、6,500社の情報収集を実現させることができた秘訣や苦労など、さまざまな話を聞いてみた。
クラフトバンクに登録する工事会社情報を強化する
ユニオンテック株式会社の林絵美さん
かつてのクラフトバンクは、インターネットのマッチングサービスを謳いながら、実際のところ営業担当が知りうる情報や商談などで築いた関係値を基に、人海戦術でマッチングさせざるを得ない部分も少なくなかった。
営業畑を歩み、クラフトバンクの営業として4年前にユニオンテックに入社した林さんにとって、コールセンターのような業務に専念するのは初めてだったが、それでも「情報取得はやりたいことだったので、ヒアリングできることはすごく嬉しかったですね」と前向きだった。
これまでに営業で顧客に会う中、発注側企業が協力会社体制に課題を持っていることや、クラフトバンクを使ったミスマッチングが発生していることを肌で感していたからだ。
主なミスマッチのケースとして見られたのが、発注内容に沿った技術を受注者が持ち合わせていないことだった。例えば一括りに防水工事と言っても、FRP防水、アスファルト防水、シート防水などのように工事内容が異なり、クラフトバンクが紹介する工事会社が必ずしも全てを扱える訳ではないからだ。
防水工事の工種
そこでクラフトバンクでは会員の工事会社が「実際に何をできて、何はできないか」をはっきりさせることが、ミスマッチを減らす方策だと定めた。
これまで建設業許可にある29工種を中心に「○○工事」とざっくり括られていた各工事を、工法や施工対象箇所などによって名称を細分化し、クラフトバンクに登録している工事会社に適用させていくことが必要になった。
その肝となる情報を電話ヒアリングによって引き出す使命を受けたのが、林さんら4名の女子チームである。
「クラフトバンクには発注したい人たちにとっての工事会社さんを判断する指標が必要だったんです。クラフトバンクにある企業ページ(会員すべてに作成される企業紹介ページ)を拡充させれば、『繋がろう』という意欲が自然と湧くのではないかと思っていました」。
情報取得に立ちはだかる「建設専門用語の壁」
「工事会社ができること」を明確にしていくにあたり、ヒアリングで林さんたちを苦しませたのが、工事会社たちが話す工種名や工法名の定義のバラつき。同じプロでも人によって定義が異なることが多かった。
時には「そんな言葉もわからないくせに、電話してくんじゃねーよ」と罵られることも。だが、そうやって厳しい言葉を浴びせられながらも、指摘されては工種、工法名で足りないものがあったら増やしていくということをひたすら繰り返す。
結果的に、林さんたちは自分たちでさまざまな工種を勉強し、クラフトバンクで対応できる工事を2000種類の工法、名称に細分化させた。
加えて、そこからさらに発注企業側にアピールできる内容を「月間完工高」「月間対応件数」「過去最大の案件金額」「主要取引先」など、機密性の高いものから会社の基本情報、得意とする物件ジャンルまで、40近い項目をヒアリングすることになった。
そこまで調べ上げることで、クラフトバンクに登録している工事会社が、横並びの有象無象ではなく、それぞれの特徴が浮き彫りになる。
林さんたちが聞き込んだ先述の「月間完工高」「月間対応件数」「過去最大の案件金額」「主要取引先」などのコアな情報は、「CraftBankライトプラン」の申込者のみが知ることができる情報となっている。
もう1つの課題。工事会社の加入保険情報の取りまとめ
一般的には健康保険、厚生年金保険、労災保険、雇用保険に入っていることが社会保険に加入していることの条件だが、国土交通省によると、下請け企業は事業所の形態によって社会保険加入の「みなし措置」とされるケースがあるとわかった。
しかし、実態は工事会社自身が「みなし措置」を満たしてることを理解していないことが非常に多く、林さんたちがヒアリングを行う際には、相手以上に保険についても十分に理解している必要があった。
「当の本人たちは自分が『加入のみなし』となっていることを知らない人がすごく多い。『社会保険には入っていますか?』と尋ねると、6割以上の人は『入ってません』と答えるんです。でも詳しく話を聞くと「社会保険加入のみなし」となってるケースがとても多かった。その場合、本来彼らは現場入場可能な工事会社なんです」。
実際、クラフトバンクのマッチングの妨げとなっていたもう1つの要素が、工事会社の社会保険等の加入状況に不備があることだった。技術力を始め、金額などの諸条件はピッタリでも、保険が理由でマッチング不成立というケースも少なくなかったという。
しかし、この情報取得によって、工事会社本人たちも「みなし」に入ると理解でき、受注の幅が広がったのはもちろん、クラフトバンクが活用される機会も増えることとなった。
ヒアリングに応じてもらえたワケ
ヒアリングで聞かれる質問は工事会社の資本金や過去最高の請負金額などにも及ぶが、工事会社としては「小さい会社だと思われたくない」という心理もあってか、回答を渋る人も少なくなかった。
しかし情報に「見栄」が介在することで、マッチング率が下がってしまう。それだけは避けなければならない。
「なんでそんなことまで言わなきゃいけないんだ?と怪訝になる方も一定数いましたが、ヒアリングした情報が何に使われて、どう活かされ、あなたにとってどんな利点があるかを重点的に説明させてもらうと、理解して話していただけることが多かったです」。
クラフトバンクに登録している多くの施工企業は、もともとこれまでの顔見知りの商慣習への行き詰まりや変化の必要性を感じて会員登録した人が多く、質問の意図に理解を示してくれる場合が大半だったという。
また林さんたちチームは、ヒアリングを実施するにあたりさまざまな付随データを貯め、最後までしっかりと情報取得を完了できるパターンが高いパターンも導き出した。例えば固定電話やフリーダイヤル、携帯電話だとどれが電話に出てもらいやすいか。架電する時間帯はいつが出てもらいやすいかを順位づけしたりして、その数値もチームで共有した。
ヒアリングの所要時間を半分以下に改善
最初は一人あたり1日の平均情報取得件数が3.6件。ヒアリング時間とその後の情報整理などを含めると、1社あたり1時間ぐらいかかっていた。
「今ではヒアリングがだいたい15〜20分です。トータルでも半分ぐらいには縮められています。工事会社さんに時間的な負荷をかけていた部分を改善したことで、よりヒアリングがスムーズになりました」。
現在は1人平均7〜8件(1日)の取得ができるようになった。そこに至るまでには、チーム内で聞き方や聞く順序といったヒアリングのポイントの共有や相談をし、幾度もブラッシュアップを重ねていったという。
例えば、工種でシーリング工事を生業とする企業の場合、内装、ガラス、サッシなどいくつもの種類・工法が存在していて、複数にまたがって扱える会社が多い。対応可能工種が複数ある場合は、なおさら質問すべきことが増えてしまう。
そこで先述の2,000種類の工種リストから各工種ごとにいくつもの工法や作業名称のリストを用意し、工事会社には「〇〇は出来ますか?」と質問し、「はい・いいえ」で答えてもらうような形式を取った。
職人は情に厚い人が多く、話し始めると饒舌になって止まらない人が多い傾向にあるために、不信感を抱かれない程度に淡々と質問を続けていくことがコツだった。もともと営業畑で顧客に親身になることを身の上としてきた林さんにとっては、不慣れで辛い作業でもあったという。
「多重請負構造」の解消もクラフトバンクの使命
この業界では、工事会社間で親身になって付き合っている仲間を「呼べば対応できる」と専門ではない工事を「自社で請けられる」と考える人も少なくない。
しかし、建設業界に蔓延る「多重請負構造」を無くすためにも「自社請け可能」であるものだけを掲載することに拘ってヒアリングを徹底したという。
「言い分はわかるんです。わかるんですけど、発注側のことを考えると、やっぱりそこにはマージンが発生するので、それなら発注者はその仲間と直接取引した方がいいんです。余計なコストになりますから。クラフトバンクでは工事会社の対応できる工事内容や実績も見られるので、クロスと床を依頼したいなら、その条件に合った工事会社を探して依頼してもらえます」。
「多重請負構造」を無くすにはまだまだ道のりは長いが、マッチングプラットフォームとしてのこれからの伸び代次第だ。
ヒアリング手法を型化し、ギアは最速に
林さんたちが築き上げたヒアリングのノウハウは、担当者による個人差が出ない洗練されたトークスクリプトとなった。
現在、新設された情報取得部門に業務が引き継がれ、クラフトバンクは会員の工事会社に関する詳しい情報取得のギアを上げた。その数なんと月500〜600社ペース。
彼女ら4名の実績もあり、発注者からの信頼性を高めたクラフトバンクのマッチング成功率は約80%(ライトプラン+面談サポートを利用した場合)という高確率を叩き出すようになった。
それもここ1年に及ぶヒアリングで、蓄積した確かな情報を発注側企業に提供できるようになったからに他ならない。
協力会社体制が脆弱なためせっかくの工事案件を断っていたり、新規開拓エリアに協力会社がいなくて困っていたりと協力会社探しに悪戦苦闘する施工管理者は、協力会社探しにかけていた時間を短縮できるため、業務効率化、事業拡大を図ることができるだろう。
人に与えられた時間は平等に有限。これまでの人づての商慣習で協力会社探しに無駄な時間を費やすのか、クラフトバンクでスピーディに解決するか? その選択は当事者に委ねられている。