3代目「バンクの神様」
株式会社NIPPO(東京都中央区)には、「バンクの神様」と呼ばれる、バンク舗装技術を極めたベテラン社員が存在する。石川一彦さんだ。石川さんは、オペレータとしてNIPPO(当時の日本鋪道)に1974年に入社以来、国内外の高速周回路、競輪場、自転車競技場などで舗装工事を手掛けてきた。
その数は国内外240箇所以上に上る。現在は、さいたま市内にある同社総合技術部・生産開発センターに所属し、3代目「バンクの神様」として、後進に技術技能を伝える日々を送っている。石川さんは、いかにしてバンクの神様となったのか。バンク舗装の難しさ、魅力とはなにか。神が語ったところを中心に、まとめてみた。
難易度が高いバンク舗装
バンクとは、高速周回路や競輪場・自転車競技場などの傾斜したカーブを指す。中には傾斜角50°近い急傾斜のバンクもある。バンク舗装は、傾斜角と緩和曲線を考慮しながら、路面の平坦性を確保する必要がある。求められる平坦性の精度も高い。
車両の安定走行に大きく影響を与える路面の平坦性は、一般道路が2.4mm以下、高速道路が1.3mm以下なのに対し、設計速度が200km/h以上となる高速周回路は1.0mm以下と、より高い精度が求められる。この数字だけ見ても、バンク舗装の難易度が高いことがうかがえる。傾斜角が35°以上になると、均した舗装が自重でズレ落ちるリスクもある。
高速周回路での舗装施工の様子(写真提供:NIPPO)
NIPPOは、このバンク舗装を55年以上手掛けてきている。日本国内には自動車関係の高速周回路は50箇所ほどあるが、NIPPOのシェアは95%(同社調べ)に上る。この圧倒的な数字を支えるのが、バンクの神様を含む、バンク舗装チームの技術力だと言える。
NIPPOの現場では、1チームの人数が約20~30名と大所帯な施工体制となるケースが多い。メンバーはだいたい同じ顔ぶれだ。チームワークが整わなければ、良いモノはできない。石川さんは「限られたメンバーで、ほかにマネできない仕事をして、お客さんの信頼を築いていった」と振り返る。
最初の1年間は、おこられながらの毎日
石川さんは山形出身。父親を含め、土木現場で働く人が身近に多かったことから、NIPPOに入社。さいたま市(当時大宮市)に引っ越し、オペレータとして働き始める。2代目バンクの神様のもと、修行を積み、技術技能を学ぶ。
23才ごろの石川さん(本人提供)
石川さんは身長183cm、体重100kg超と当時からガタイが良かった。ちなみに、初代バンクの神様は、昭和30年代にバンクの人力施工を手掛け、NIPPOのバンクアスファルト舗装技術を確立した人物だそうだ。
最初の1年間は、重機操作がうまくいかず、おこられながら仕事をする毎日を過ごした。失敗もたくさんした。現場は高速道路からまちなか狭い市道まで様々だった。これを5年ほど続けた後、高速周回路、テストコース、競輪場・自転車競技場、サーキットコースなどの現場を転々とする。
作業中の石川さん(本人提供)
バンク部では、施工機械が斜めになって法面を舗装する。施工機械が滑落しないように、サポータという機械でアスファルトフィニッシャやローラなどを吊り支える。しばらくはサポータのオペレータとしての腕を磨いた。
バンク舗装では、法面上にいる施工機械オペレータはサポータオペレータに命を預ける。まさに命綱であるとともに、お互いの意思が通じなければ路面を傷めてしまう。「一瞬たりとも気を抜けない心身ともに厳しい仕事だ」と言う。
「このころは、生意気なことも言いながら、ただがむしゃらに仕事をしていた」と振り返る。15年ほどオペレータを務めた後、NIPPOの子会社に出向。以降、オペレータとして作業しながら、施工指導員として、舗装作業員の採用、教育の任に当たってきた。
国内だけでなく、イラクやカンボジアなど海外での6カ国9現場を踏んだ。現地の作業員とは言葉は通じなかったが、「言葉は通じなくても、おこらず、騒がず、ヤル気と度胸で仕事に臨めば、背中を見せているだけでなんとかなる」ということで、身振り手振りで伝えるだけで、現場でのコミュニケーションに問題はなかった。問題がなかったどころか、現地作業員からは「あなたは英雄だ」と慕われることもあったと言うから、わからないものだ。
お客さんが求める以上のモノをつくる
これまでで印象に残っている現場は、子会社出向中に手掛けた北海道のとある自動車メーカーの高速周回路。一周10kmのオーバルコースで、片側バンクの延長は2.4kmあった。「日の出とともに現場に出て、日が暮れるまで作業をしていた」と言う。足掛け3年と、舗装にしては長期の現場だった。
自分で作業をするだけでなく、若手への指導教育もするようになったのも、この現場からだった。「この現場をきっかけに、自分の言動や周りの環境などを考えながら、仕事に取り組むようになった。この現場で教育した若い社員が、今では立派な指導者として活躍している。それを思うと、感慨深い」と目を細める。
テストコースでは、車両は時速200kmほどで走行する。ちょっとした路面の凹凸が大事故につながるため、舗装の平坦性の確保は細心の注意を持って行う必要がある。例えば、急傾斜で材料がズリ落ちないようにするため、4層を薄く重ねながら、確実に凹凸をなくす作業が必要になる。
競輪場や自転車競技場などの走路は、大きくてもせいぜい一周500mほどで、高速周回路と比べれば小さいが、小さい分、緩和曲線も短く、勾配変化も急で、高速周回路とは違った難しさがある。
競輪場での舗装施工の様子(写真提供:NIPPO)
自転車の速度は60km/h程度だが、コンマ何秒を争うレース場なので、やはり高い平坦性はマスト。自転車走路の転圧は、高速周回路とは逆に、バンク下方から機械を支えながら行う。同じバンク舗装でも、高速周回路と自転車走路では、施工手順や使用機械などが異なる。
自転車走路では、表層施工前に選手に試走を依頼。走り具合をチェックしてもらい、指摘があれば必要な調整をかけた。「若いころは、競輪選手と一緒に自転車で走行し、評価を聞いたこともあった。速度は時速35kmほどだったが、自分は5周回るのが限界。競輪選手の脚力はスゴいなと感心した」と話す。
サーキットにも、サーキット特有の難しさがある。路面の縦横断があるほか、舗装幅も広い。路面に起伏を出すため、路面のひねりがある。縁石など構造物へのすり付けには熟練した技量が必要になる。
「現場の人間は、求められるスペックのモノをつくろうとしているわけではない。目指しているのは、自分たちが納得する良いモノをつくること。お客さんが求める以上のモノをつくるという気持ちが大切だ」と力を込める。
「察知する能力」がないと、良いモノはつくれない
石川さんは施工指導員としての仕事をこう総括する。「施工管理する人間と作業員。その真ん中にいるのが今の私。管理する人間は、現場作業のすべてを知らないので、作業員の立場でそれを伝える。作業員に対しては、その逆のことを伝えるという感じで、両方の橋渡しをするという仕事を30年間やってきた」
石川さんには、仕事をするうえでの四か条がある。
- 仕事を覚え、興味を持ち、前向きな行動をして、見本となること
- 経験を積み、察知能力を高め、良い判断をすること
- 段取り良く、うまく人を使い、良い仕事をすること
- 研究熱心で創意工夫をして省力化・省人化を追求すること
石川さんがとくに重視するのが2の「察知能力」だ。「例えば、現場を歩いているときに、作業員の様子などで『なにか問題が起きているな』と気づくことが大事だ。このチカラを身につけるには、それなりの経験が必要だが、これがないと本当に良い仕事はできない」と指摘する。
良い悪いは、本人の『心構え』一つで決まる
石川さんにとって、仕事の喜びは、大きく2つある。1つは先に触れた人が成長すること、もう1つが自分が手掛けた仕事が世の中の役に立っていると実感することだ。
「自分が関わった現場から高性能な新車が生まれることをいつも楽しみにしている。日本の自動車産業の発展とともに、舗装業界も技術革新して発展してきたと思っている」と言う。
最後に、石川さんに若い人へのメッセージをお願いすると、「建設業界は、世間で言われているほど、悪い業界ではない。良い悪いは、本人の『心構え』一つで決まる。しっかりとした心構えを持って、建設業界に入ってきてほしい」という言葉が返ってきた。