自衛隊施設は災害派遣の活動拠点
昨今の九州の豪雨や今後30年以内に生起するであろうといわれている南海トラフ地震等、日本は備えなければならない自然災害が常に脅威として我々の目の前に存在しています。
以前、海上自衛隊で勤務していた時に東日本大震災で災害派遣に従事したお話をさせていただきました。防衛省では自衛隊の駐屯地や基地は災害派遣の活動拠点として、災害が発生しても駐屯地・基地機能を維持できるように防災機能の維持・向上に努めています。私も実際に基地機能の維持・向上のために予算要求業務を中央の海上幕僚監部で従事させていただいた経験があります。
今回は海上自衛隊を中心に防衛省として、施設の耐震対策における当時の状況についてご紹介させていただきたいと思います。(あくまで私が勤務していた当時の話であり、現状は異なることご了承ください)
陸・空よりも遅れる海上自衛隊施設の耐震化
当時の防衛省の耐震対策には、当然ながら優先順位がありました。建築関係で官庁工事に携わったことがある方ならご存じであるとは思いますが、国土交通省が制定している「官庁施設の総合耐震・対津波計画基準」に基づいて設定していました。大まかな優先順位は、
- 災害派遣等の作戦を遂行するために構造体の補修をすることなく施設を使用し、人命の安全確保に加え、任務を遂行できるだけの十分な機能を確保が図られている。
- 構造体の補修をすることなく施設を使用できることを目標とし、人命の安全確保に加えて機能確保が図られている。
の2つでした。いわゆる上記根拠で言うⅠ類、Ⅱ類建築物です。
当然、官庁かつ不測の事態の際には迅速な対応を求められる自衛隊ですから、耐震調査に係る予算はすんなりと配布され、全国各地の必要な施設の耐震調査が行われました。
しかし、問題になったのは耐震改修です。改修するには概算額として莫大な費用のかかる施設がかなり出てきました。そこでさらに新設したほうがコストのかからないものを除き、逐年で整備していくことで各自衛隊の耐震改修工事の予算要求が事業化されました。
そこで海上自衛隊の問題となったのが、旧日本海軍からそのまま引き継いだ施設を全国各地で使用していることでした。所在自治体によっては歴史的な建造物なので維持してほしい等の要望が上がっていました。簡単に言うと観光の目玉になるからです。
そもそも自衛隊は地元自治体のための客寄せおパンダではないのですが、国防に従事している自衛隊の理解を国民の皆様に深めてもらうため、週末等は見学のための一般公開を実施しています。そのことによって観光客が基地を訪れ、さらにその地の観光地を回りお金を落としてくれるというメリットがあります。
一昔前の税金泥棒と呼ばれていた自衛隊では考えられなかったことですが、それだけ自衛隊の対する注目度が上がってきている証拠であり、なかなか断ることもできません。
そのため、旧日本海軍の施設の耐震改修の大半を後回しにした結果、海上自衛隊の耐震改修実施率が、陸・空自衛隊より低調となってしまっていたのです。
中国の台頭による予算のしわ寄せ
私が海上自衛隊施設の耐震改修事業の予算要求を担当した時、中国の南シナ海及び尖閣諸島での活動が活発化しており、海上自衛隊として南西方面への対応へ向けた装備品の整備に予算の比重がシフトしていました。
周辺情勢の変化に関わらず、施設整備に係る予算の獲得は毎年厳しいものがあり、既存施設の老朽更新よりも新設の作戦施設の整備が優先されてしまい施設職域としては厳しい状況に置かれていました。特に残された優先度の低い耐震改修予定の施設と旧日本海軍の施設の改修予算の獲得は困難を極めました。
海上自衛隊内での査定では、当初私が計画として出していた6施設がすべて0円という結果で返されました。すなわち、事業が止まってしまうことを意味しており、次々年度以降の予算要求への継続性を失ってしまうことを意味します。上司からも是が非でも事業継続性確保のため、1円でもいいから予算を確保すべく調整せよ、と命がくだりました。
ここからが私にとって地獄の始まりです。
明日提出の説明用資料が・・・
予算要求の際に査定で跳ね返されたり、質疑があると内部では「宿題」と称して文書で期日を切られて回答を求められます。特に難しいのは必要性を予算要求の担当に理解してもらい予算枠の中に組み込んでもらうか、ということです。
この「宿題」は概ね査定結果文書が発簡されてから1週間以内(休日含む)ということが多いです。これに回答しないと予算枠内へ入り込む権利を失うわけです。しかもこの「宿題」に対する回答文書はコンパクトにA4用紙1~3枚程度にまとめないとなりません。多いと担当者も業務多忙のため見てもらえない可能性があるからです。
私は早速、6施設に係る耐震診断結果を一覧表にまとめるとともに当該市施設の所在部隊の施設担当者に現状の不具合写真を撮影して送るようお願いしました。
写真がなんとか締め切り2日前の午後にそろい、回答文書をまとめ上司に提出してよいかどうかの確認を受けました。すると、
「これじゃあ現状の説明をしているだけで説得力に欠けるな。今やらないとヤバいんですという材料がないと厳しい。やりなおし」
といい、文書を返されてしまいました。この時点で回答前日の夜10時です。
もう絶望しかありません。当時は、上司も含めみな事務所に泊まり込んで予算要求作業に取り組むのが通例でした。
私は悩みました。どうすれば説得力のある資料になるのか・・・疲労と睡魔に襲われながらも翌12時までに出さなければなりません。
死中に活路を見出す
悩んでいる間に、あっという間に日付が変わりました。
上司は仮眠の支度をして、
「あまり無理せず、早く休めよ」
と言って事務所のソファーで横になってしまいました。私は心の中で「おいおい、方向性も示さないまま寝るのかよ」と思いながらも、文句を言っている時間はありません。過去の資料をめくりながら、夜中2時にひらめきました・・・。
今からすると大したことではないのですが、施設が所在する過去の地震の発生状況と活断層を調べて、かつその活断層に対しての地震発生の可能性を調べている学者がいるはずだ、と思いネットサーフィンを開始しました。
6施設といえどもすべて場所はバラバラ。また、学者さんによっての見解が異なることも当然ありました。しかし、時間はありません。
多くのネット文献を駆使して各施設における地域の地震特性をまとめ上げました。完成したのは明け方7時前です。締め切りまで残り5時間。始業は8時30分なのでそれまでに内容と体裁のチェックをして、上司の指導を受けました。
上司は時計を一瞥し、書類に目を通しまし始めました。そして何も言わずに印鑑を押してくれました。
発注者(国民)をいかに納得させるか
結果を述べますと、次年度の海上自衛隊の耐震改修事業は、一部予算の削減で実施できない施設もありましたが何とか生き残ることができました。
今回は建設に係る技術的な内容もありませんし、民間企業ではあまり役に立たないものだと思います。しかし、いざというときに自衛隊が持っている実力を発揮するために日々、いろいろな汗を流している隊員がいることを認識してもらえると幸いです。
また、物事には常に裏付け、根拠を持って説明しないと発注者(ここでは国民)が納得してくれないということを認識させられました。
発注者があって我々がいるということを認識し、サービスを提供するために何をしなければならないのかを日々、業務を通じて考えていきたいと思います。