シニア社員の齋藤 友康さんが運営をつとめる「施工技能修練伝承塾」

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定年制は「公正な人事制度」か? 定年廃止でシニア技術者はどうなる?

YKK APが定年制を廃止した理由

2021年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行され、企業は「70歳までの雇用」が努力義務になった。

現在もシニア社員の活用として、エルダー社員制度も設けられ、高齢者の社員活用の在り方がさまざまな企業で検討されている。最近では「定年消滅」「定年レス」時代とも言われ、働くことを辞める時期は自身で決定する生き方も求められている。

こうした中、YKKグループは2021年度からYKK AP株式会社も含めて定年廃止を盛り込んだ新人事制度を決めた。今回の定年廃止の狙いについて、YKK AP 執行役員 人事部長の藤本明久氏と同社でシニア社員として働くビル本部設計施工技術部 施工技術部業務・安全グループ担当部長の齋藤友康氏、同本部海外設計施工室の高屋博氏に話を聞いた。

定年制は「真に公正な人事制度」と言えるか?

――定年制廃止をはじめ、人事制度を刷新した背景は?

藤本明久氏(以下、藤本部長)

まず、YKK AP社も含めたYKKグループの人事制度は、社員にはそれぞれに役割があり、その役割をベースに処遇をすることが大前提となっています。

年齢や性別、学歴、国籍に捉われることなく、その人がどんな役割を担い、そこでどのような成果を上げ、実力を発揮できたかを重点的に評価する公正な人事制度です。つまり、役割を軸とした成果・実力主義の人事制度ですね。定年制廃止は、この人事制度をより公正な制度とするものです。

YKK APの藤本明久執行役員人事部長

――かなり大胆な人事制度ですね。

藤本部長 ええ。元々は2013年度からの男性公的年金の支給年齢の引き上げに伴い、当初は60歳だった定年年齢を段階的に延長し、2021年度は63歳を定年に設定していました。ですが、従来から「年齢を基準にして一律に退職する制度が、真に公正な人事制度と言えるのか」という議論もありました。年齢に関わらず、常に挑戦し、成果を上げ続ける社員はいますからね。そうした社員を公正に評価し、登用するため、今回思い切って定年を廃止することを決めました。新制度では、65歳を超えても正社員として雇用します。

具体的には、「役割」から「職務」に基準を置き、64歳以下と同一職務であれば、65歳を超えても同一報酬とするなど、シームレスの処遇を行います。正社員となるとフルタイムで働くことが基本ですが、ご本人の希望や会社側からの要望がマッチングすれば、パートタイムでの労働も可能となるような形も検討しています。

定年制廃止で、退職時期は自分で決める

――新人事制度の理念は、どこにあるのでしょうか。

藤本部長 「社員は、会社が求める役割を果たすことができる限り、年齢に関わらず働くことができる」ということが前提にあります。その上で、これまでは定年年齢を会社が決めていたわけですが、今後はどのような会社人生でありたいのかを自身で設定し、その実現に向けて仕事や日常生活を設計していかなければならないため、社員の自律を求める制度であるとも言えます。

――自分のキャリアを改めて見直すきっかけになりますね。

藤本部長 そうですね。また、定年廃止により年齢の高い社員が会社に残ることも増えると思いますが、若い社員から見れば、年齢が高い社員がそのままの役職でいつづけるのではないか、という懸念が生まれるとも考えています。そうならないよう、組織の新陳代謝、人の入れ替えも進めていくために、会社としても役割見直しの再定義とキャリア形成の支援を進めていきます。

人生設計をはじめ、さまざまな面でご自身での自律を目指してはいきますが、それらをすべて社員任せにするのではなく、キャリア教育のほか、マネープランを含めたキャリアサポート機能を拡充し、支援を行っていきます。

技術者育成や新人研修で活躍するシニア社員

――ありがとうございます。次にシニア社員の齋藤部長と高屋さんにうかがいますが、まずお2人のご経歴からお願いします。

齋藤友康氏(以下、齋藤さん) 1975年、旧社名時代の吉田工業株式会社 黒部工場に入社し、多摩YKK産業株式会社ビル建材営業部に配属されました。YKK APへの商号変更後は、施工管理業務に従事してきました。ビル建材技術部(現・設計施工技術部)に配属後、2015年12月末に定年退職を迎えました。

定年時は61歳で、翌年1月からシニアを活用するエルダー社員となり、65歳を過ぎた2020年1月からは契約社員となり、現在に至ります。入社以来ほぼ一貫として、ビル建材事業に携わってきました。

YKK AP ビル本部設計施工技術部 施工技術部業務・安全グループ担当部長の齋藤友康氏

高屋博氏(以下、高屋さん) 私は、1983年にシステムエンジニアリングジャパン株式会社に入社、1994年 YKKAP入社 カプルス事業部配属、1995年にYKKインダストリーマレーシア社に出向し、コンストラクションマネージメントディビジョンに配属、国際空港建設の施工管理に携わりました。

その後、 YKK APビル建材第一事業部施工管理課、YKK AP FAÇADE TOKYO施工管理グループなどを経て、2016年に定年退職と同時にエルダー社員となり、2018年には同社設計施工技術部海外設計施工室に配属されました。2020年からは契約社員となりました。これまで国内の超高層物件、海外の物件など、35年以上にわたり様々な物件の施工管理・施工計画を担当してきました。

YKK APビル本部設計施工技術部海外設計施工室の高屋博さん

――齋藤さんと高屋さんは今どんなお仕事を?

齋藤さん 業務の柱は3つあって、まず1つ目が「技術者の育成」です。全国に配置している社内施工管理に対して、必要な知識や技能を習得できるよう研修を開催しています。2つ目が「技術力対応強化」です。新商品や新工法の施工検証、特殊・大型物件や災害防止活動支援を行っています。そして3つ目が「技能者の確保」です。全国約490社で構成されているYKK APグループ施工協力会の運営や、職人の能力向上教育とした「施工技能修練伝承塾」で研修の準備や運営を担当しています。

「施工技能修練伝承塾」は、最低6年間掛けて、若手を「一人前」の技能者に育成する取り組みです。取りつけ施工の実技研修を主体に必要とする設計知識や工具・部品の特性を理解するために、ベテランの職人達が1週間寝食を共にして施工の基本を習得してもらいます。初級、中級、上級の3回の研修を、それぞれ2年間の実務を挟んで実施しています。

そのほかにも、災害防止協議会(九州・沖縄地区)の開催支援のほか、職人・社員への資格取得支援のための「職長・安全衛生責任者」教育の講師もつとめています。また、職人の適性や評価を目的としたシステムである「建設キャリアアップシステム」の推進などにも携わっています。

高屋さん 私は、海外物件での施工支援や施工技術支援、国内物件では同じく施工支援や物件メンテナンス支援・協力を担当しています。

海外物件の施工技術支援業務では、2020年2月までタイ・インドネシア・ベトナムで現場安全・品質パトロールを実施していました。ほかにも、海外品質評価シートの標準化や海外施工マニュアル整備を、人材育成面では海外施工マニュアル作成、日本では新人施工研修の講師などを行っています。

現在はコロナの影響で海外へ行くことができないため、施工マニュアル・検査表など作成し、現場でチェック、検査などを依頼し、オンラインでのやりとりで「見て、聞いて、覚える」手法で、施工技術や施工資料作成技術を覚えてもらえればと思って頑張っている状況です。

――仕事を長く続けられる秘訣は?

齋藤さん 2015年に現在のポジションに移ってからは、研修や講習の仕事が中心となり、新入社員や若い職人さんたちと接触する機会が多くなりました。

当初は、自分の子どもより若い人たちとどのように接すればいいのか、戸惑いや不安もありましたが、やり始めて一番感じたことは「新鮮さ」でした。

彼らからは、社会に出始めたばかりの「初々しさ」はもちろんですが、物事の考え方や振舞いの中に、まるで朝採り野菜のようなフレッシュさを感じさせてくれることがあります。

そんな発見を楽しみに仕事を続けていることが秘訣なのかもしれませんが、一番大切なのは仕事ができる「健康な身体」を維持することであるのは間違いないですね。

高屋さん 施工管理という仕事は、受注物件の安全・品質・工程・コストを管理し、円滑に工事を推進し、完工まで現場を運営することが仕事です。ただ、現場ではさまざまな問題が発生します。例えば、製品が破損、工程が崩れるなどの問題が起きれば、施工管理者はすぐに対応しなくてはなりません。

社内外への連絡・調整、そして対応・解決まで行うのは本当に大変で、精神力・体力が必要です。でも、必ずやらなくてはならないので、施工管理者は逃げることはできません。そして、問題が解決しても次の問題が発生し、また対応に追われる。現場が完工するまでこの繰り返しだったような感じでした。でも、仕事を続けるうえではそれが良かったのかもしれません。絶えず物件に追われ、余計なことを考えられなかったから続けられたのかもしれないですね。

「次世代にやりがいを残す」ことが、自分のやりがい

――ビル建材技術者のやりがいは何ですか?

齋藤さん ビル建材に携わる人にとって、担当した物件に対する「思い」は少なからず残るものです。竣工後、そんな思いの積み重ねがやりがいに繋がっていくものだと思います。

とくに現場施工に従事した方は現地で費やした時間も多く、メモリアルな物件であれば、なおさらその思いが強く残るでしょうね。たとえば、私の場合で言えば、汐留地区の資生堂のある「汐留タワー」やコンラッド東京のある「東京汐留ビルディング」などにプロジェクト担当として参加しましたが、多くの苦労はあったものの、20年経った今でも達成感を感じています。

直接現場での担当をしなくなった現在の立場では、研修や教育を通して、今活躍している人たちが多くのやりがいを残せるようにしていくことが、私にとってのやりがいにも繋がるのでしょうね。

高屋さん 大型物件の施工管理業務は、工事開始1年前からゼネコン担当者と打合せを始めます。使用機械、搬入方法、施工方法、安全対応、作業人員、他の問題点等いろんなアイデアを出し、詳細まで議論し、資料を提出、施工計画書の承認を得ます。そして工事開始、計画通りに進むよう数日前から段取り、準備を行っていくわけですが、手順通り、問題なく進んだときは最高ですね。

ただ、現場は完工まで大なり小なり問題があります。その時、いかに解決・対応し完工まで持っていくかが施工管理の腕だと思いますし、だからこそ物件完工時は本当に嬉しかったです。それまでの苦労をすべて忘れてしまいますから。もちろん社内や施工会社のサポートもありますが、完工時の嬉しさ、達成感があったから、35年も施工管理を続けられているんだと思います。大変な仕事ですが、1~2年ごとに大きな達成感・やりがいを得られる職業はなかなか無いですから、本当にこの仕事を続けることが出来たと思っています。

高屋博さんが施工計画に協力したシンガポールのGardens by the Bay

――これからの人生についてはどうお考えですか?

齋藤さん いつまで働くかは決めていませんが、今の仕事ではいろんな刺激を受けているので、続けられるうちは続けたいと思います。今はオンラインでの講習になっていますが、直接会って伝えたいこともたくさんありますからね。

高屋さん 施工計画の仕事があれば続けていきたいですね。施工管理として現場に出ることは厳しくなっているので、イスに座ってできる仕事になるでしょうし、この歳で今から全く違う仕事はなかなか難しいので、現役時代からのキャリアを最大限に生かした仕事ができればと考えています。

そして何より、体が資本なのでこのまま元気でいたいですね。とはいえ、限界がきた場合は、退社し、好きな料理でつまみをつくり、のんびりと暮らす生活に移るでしょうね。

――最後に、今回の定年制廃止はどう捉えていますか?

齋藤さん 良いことだと思います。年を重ねても能力のある方はいるので、年齢を理由に優秀な人材がいなくなることは企業にとっても損失だと思いますから。

高屋さん 私も齋藤さんと同意見です。本音を言えば、私たちの時代に定年制を廃止していただければ、もっと長く会社にいられたんですけどね(笑)。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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