藤井聡・内閣官房ナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会座長(京都大学教授)

藤井聡・内閣官房ナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会座長(京都大学教授)

わが国の「国土強靭化」はどれだけ進んだのか?藤井聡ナショナル・レジリエンス懇談会座長に聞いてみた

防災・減災という視点から見たわが国の国土強靭化

内閣官房は2013年、「強くてしなやかな国」をつくるための「レジリエンス(強靭化)」に関する総合的な施策推進のあり方について意見聴取する場として、内閣官房ナショナル・レジリエンス(防災・減災)懇談会を設置している。

懇談会では毎年、国土強靭化推進に関するアクションプランや年次計画をとりまとめており、現在2021年版の年次計画のとりまとめが行われている。

防災・減災という視点から見たわが国の国土強靭化は、どれだけ進んだのか。未だ残されている課題にはどのようなものがあるのかなどをについて、懇談会設置以来、座長を務めている藤井聡・京都大学教授に聞いてみた。

「現実基準」で成果あり、「理想基準」でわずか数%進展

――国土強靭化基本法がスタートして7年半が経過しました。自治体の地域計画の策定率が80%に達したようですが、国土強靭化の浸透、進展についてどう評価していますか?

藤井 日本の現実的行政的な視点で評価すれば、大きく進展していると評価できます。特に国土強靱化基本法の理念に基づいて、一昨年には、7兆円の事業規模の「三カ年緊急対策」が政治決定され、それが執行され、今年は、15兆円の事業規模の「五カ年緊急対策」が政治決定され、その執行が始められています。

国土強靱化基本法が制定される前の状況は、「コンクリートから人へ」というスローガンで誕生した政権が防災行政を進めている状況であったことを踏まえると、隔世の感があります。

ただし、南海トラフ地震や首都直下地震、三大港湾高潮や大都市河川堤防決壊などの国難級の災害リスクを客観的に見据え、技術的な視点から求められる事業量を基準として、これまでの国土強靱化の進展具合を鑑みた場合、極めて不十分であると言わざるを得ません。

例えば、私は、2011年3月の時点で、「列島強靱化10年計画」を提案し、「21年までに200兆円の『国費(真水)』を投入して徹底的な強靱化対策を図るべし」と主張しましたが、その時に提案した事業量を100とした場合、数%しか終わっていないのが実情です。したがって、仮に今、首都直下地震や南海トラフ地震などの国難級災害が生じた場合、国土強靱化基本法の理念において避けねばならないと明記されている「日本国家にとって致命的な被害」が生ずることが真剣に危惧される状況です。

地方の利便性を高める投資が必要

――具体的に何が足りないのでしょうか?

藤井 最も不足しているのが、「自立・分散・協調型国土の形成(以下、分散型形成)」と、「デフレ脱却」の取り組みです。

まず、分散型形成は、南海トラフ地震や首都直下地震、三大港湾巨大高潮や三大都市圏大洪水の被害を抜本的に軽減し、災害後の残存国力を増加させることを通して回復力を抜本増強する、極めて効果的な強靱化対策です。

この自立・分散型形成のためには、地方における交通インフラ投資、強靱化投資が不可欠です。それによって初めて、地方部への分散化の流れが生ずるからです。もちろん今日においてもそうした投資は進められていますが、残念ながら、分散型形成という視点から評価するなら、功を奏しているとは言い難い状況にあります。

なぜなら、未だに東京への一極集中は加速している状況で、分散化の人の流れは一切生じていないからです。この主要な原因は、首都圏の利便性を高める公共投資が、地方の利便性を高める公共投資を上回る状況が継続しているからです。

したがって、地方の利便性を高める投資、とりわけ、地方整備が立ち後れている地方の新幹線整備を加速していくことが必要不可欠です。こうなっているのは偏に、鉄道投資についての政府支出が全ての鉄道事業合計で年間1000億しか配分されていないからです。こうした配分金額が固定されている限り地方の新幹線投資は進まず、地方の衰退、東京一極集中が加速していくことは避けられません。

また、デフレ脱却は、民間投資全般を活性化するものであると同時に、地方自治体の税収を抜本的に増加させ、中央政府主導ではない、国土強靱化の自発的展開を加速させるために絶対的に求められるものです。しかし、二度にわたる消費増税とコロナ禍を通してデフレが悪化しているのが実情です。このままでは民間、ならびに地方自治体における強靱化の進展は困難であることが危惧されます。

ただし、デフレが進み、東京一極集中が止まらない、ということを前提として、変えられないのだとすれば、8割の自治体の強靱化計画が策定され、様々な取り組みが進められているという現状は、強靱化において重要な状況であるということもできます。

地方の新幹線の早期整備を急げ

――年次計画2021冒頭に「国土強靭化は加速化・深化する段階に入った」との文言がありますが、加速化・深化に資する取り組みとして、先生のほうでとくに期待している取り組みはありますか?

藤井 言うまでもなく、「分散型の国土の形成」です。

そのために最も効果的なのは、全国の高速道路のミッシングリンクの整備に加えて、全国の新幹線整備計画の抜本的加速、具体的には、北陸新幹線の早期大阪接続、北海道新幹線の早期札幌接続、西九州新幹線(長崎新幹線)の早期全線整備、大阪と関空をつなぐ関空新幹線を四国新幹線の一部としての早期整備、岡山から高松、そして、愛媛に繋がる四国新幹線の早期整備、山形新幹線のフル規格の早期整備、白眉新幹線の早期整備などがいずれも必要不可欠です。

また、地方鉄道の在来線の維持も重要です。北海道がその典型ですが、国費の投入が鉄道網の維持活性化にとって不可欠です。

今のままでは、中央リニア新幹線だけが早期に整備され、その結果、三大都市圏への一極集中がさらに加速するだけに終わることが火を見るより明らかであり、以上に述べた全国の新幹線整備が必要不可欠です。そしてそれを実現するためには、国費における鉄道整備予算1000億円という枠を抜本的に拡大し、年間数千億、1兆円規模にすることが必要だと考えます。費用便益分析やストック効果、分散化効果を考えれば、極めて合理的な判断となると考えます。

首都圏での洪水、地震に備えよ

――先生が座長を務める事前防災・複合災害WGの提言を見ると、スーパー台風による高潮対策、首都直下型地震への備えとして、とくに首都圏での事前防災について重点的に記述されていると感じたのですが、やはり首都圏にはそれだけ大きな災害リスクが潜在しているということなのでしょうか?

藤井 おっしゃる通りです。首都圏には日本経済の3割が集中しており、そこでの大洪水、大地震は極めて深刻な被害をもたらします。

例えば、土木学会は、政府想定の荒川決壊でフロー被害、ストック被害あわせて、62兆円に上るとの試算を公表しています。利根川決壊は、それと同程度の被害が生ずることが予期されます。同じく、東京湾の巨大高潮の試算値は110兆円です。

そして重要なことに、超大型の台風が首都圏を直撃すれば、荒川が決壊し、利根川が決壊し、そして、巨大高潮被害が東京湾沿岸域に襲いかかるという事態が、全て「同時」に起こりうるという点です。そうなれば、わずか一日、台風一つ首都圏に上陸するだけで、200兆円を超える凄まじい被害が生ずることが、科学技術的に危惧されているのです。

事実、2年前の台風19号の折りには、荒川も利根川も危険水域を超過していたし、東京湾高潮の発生リスクも直前まで危惧されていました。したがってあの時、あの台風の侵入経路と上陸時刻、そしてその速度、さらにはもちろん、その規模がもう少しずつだけでも変わっていれば、利根川・荒川決壊と東京湾巨大高潮がトリプルで同時発生し、200兆円超の、東日本大震災を遙かに上回る被害が生じていたことも十二分にあり得たのです。

こうした危機感を持てば、防潮堤対策、堤防対策、そして何より、抜本的な強靱化対策であるスーパー堤防対策を進めていくことが重要です。それと同時に、先に指摘した分散型形成とデフレ脱却を目指していくことが必要不可欠です。

基本は公助だが、できうる限りの自助共助を

――座長として、国民に向けたメッセージがあれば。

藤井 国土強靱化の取り組みは、菅総理もおっしゃる「自助、共助、公助」が全ての基本です。その中でも最も効果的な取り組みは、言うまでもなく公助であり、政府としてできうる最善をつくして公助のレベル向上を加速し続けていくことが必須です。

でも、完璧な公助はどこまでいっても不可能である以上、国民の皆さんの自助、共助がどうしても必要となります。とりわけ、政府が政府としての責任を十分に果たさない状況下では、否が応でも自助、共助で、自分自身で、そして、自分達で、自分自身をそして自分達の身を守っていかねばなりません。きたるべく国難級の大災害を乗り越えるためにも、ご自身で、そしてご自身達でできうる自助と共助の取り組みを、何卒よろしくお願いいたします。

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