村上哲・福岡大学工学部社会デザイン工学科教授

村上哲・福岡大学工学部社会デザイン工学科教授

「大丈夫だと言い切れる土地はない」”液状化のリスク”を専門家に尋ねる

液状化の原因や対策、課題を聞いてきた

液状化は、全国すべての都市が潜在的に抱えるリスクだ。2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では、関東地方を中心に、広範囲で液状化が発生。ライフライン寸断、住宅倒壊などの大規模な液状化被害をもたらした。

2016年の熊本地震でも、熊本平野を中心に熊本県内11市町村で多数の液状化が確認され、インフラ、住宅などに深刻なダメージを残した。実際に被災した都市に限らず、全国の安心安全なまちづくりを進めていくうえで、液状化対策は避けて通れない課題になっている。

なぜ液状化が起きるのか。液状化対策とはどのようなものか。対策を進めるうえでの課題は何か――などについて、液状化の専門家である村上哲・福岡大学社会デザイン工学科教授に聞いてきた。

東北、茨城、熊本の液状化被害を現地調査

治水地形分類図更新画像データ

――専門は液状化だそうですが。

村上さん 私の専門は地盤工学で、地滑り、土砂災害、液状化などといった土を対象にした学問です。盛土などに関する技術、柔らかい地盤を固くする技術なども含まれますが、私の場合は、土に起因する災害にどう備えるかというところを中心に研究しています。

九州大学の大学院を出てから、茨城大学で21年間勤務しました。ちょうど熊本地震が発生した2016年4月に、福岡大学に教授として来ました。福岡大学に来てからは、熊本地震、九州北部豪雨、令和2年7月豪雨の災害調査などに携わってきました。熊本地震では、阿蘇の斜面崩壊をはじめ、さまざまな被害が発生しましたが、その中でも、熊本市内周辺の液状化、宅地擁壁の倒壊、阿蘇の陥没などに関わってきました。

とくに液状化については、茨城大学にいたころから災害調査を行っていました。東北地方太平洋沖地震では、茨城県内で液状化の被害が観測されていたからです。鹿島市、神栖市、ひたちなか市、東海村といった地域に現地調査に入り、自治体の液状化対策にも関わったことがありました。その経験があったことから、熊本地震の際には主に液状化の調査を行いました。現在も、熊本市の液状化技術検討対策員会のメンバーとして関わっています。

「表層付近での液状化」をどう防ぐかがカギ

――液状化と聞くと、埋立地を連想します。

村上さん 東北地方太平洋沖地震では、沿岸部の埋立地で液状化が多発しましたが、熊本地震は必ずしもそういうわけではありませんでした。埋立地が液状化が起こりやすい地盤であることは間違いないのですが、埋立地だから必ず液状化するわけではありません。液状化する条件としては、液状化しやすい土がゆるく堆積していること、地下水位が高いことが挙げられます。埋立地ではない自然の地盤であっても、条件が揃うと液状化してしまいます。

熊本市周辺は、地下水が豊富で、浅井戸を掘って地下水を利用するには良い環境ですが、液状化しやすい条件の1つ地下水位が高い場所でもあります。熊本市周辺は昔からそういう特徴ある土地でしたが、地震によって、特定の場所で液状化が発生し、それが明らかになったというわけです。

熊本地震発災後、われわれは現地入りし、液状化の痕跡を求めて現地調査を行いました。国土地理院の航空写真をもとに、液状化した箇所をプロットしました。この調査結果を見ると、広く面的に液状化が起こったと言うよりは、部分的、局所的に起こったと言えます。昔、川が流れていたと思われるような箇所もあります。

――熊本市の液状化調査から得られた知見はどのようなものでしょうか?

村上さん 委員会でよく話が出るのは、「表層付近での液状化の危険性」というものがカギになるということです。熊本市の場合でも、地下水位を地下3m程度まで低下させれば、液状化の被害が小さくなるという調査結果が出ています。逆に言えば、熊本地震で多くの住宅被害が出た原因は、地下3mぐらいまでの液状化層によるものだったということがデータ的にも明らかになっています。大きな重い構造物と違って、比較的軽い宅地の場合は、3m〜5mほどの表層の地盤を改良することで対策できる、というのが現在の知見です。

そういう意味では、宅地液状化対策事業で実施されている地下水低下工法は、液状化しない地層を人工的につくる工法として、非常に効果があると思っています。ただ、場所によっては地下水を下げることができない場合もあります。

産業副産物である高炉スラグ微粉末を用いた液状化対策固化処理土の開発に関する研究

私の研究室では、新たな工法として、産業副産物である高炉スラグ微粉末を表層の砂に混ぜて固めることで、液状化を防ぐ技術研究を進めています。いくつか課題があるのですが、安く確実に液状化を防げる技術として、早く実用化したいと思っているところです。

研究室では高度なハザードマップの作成技術の開発も行っていますが,ハザードマップで危険な地域を示すだけでなく,液状化しないように必要な対策を考えることができることは地盤工学の醍醐味だと考えています。

液状化対策は公的資金で行うべき

平地における液状化による家屋の被災パターン

――個人住宅の場合は、所有者自ら液状化対策を行う必要があるわけですよね。

村上さん そうです。ただ、住宅の液状化対策を個人で行うとなると、300万円ほど費用がかかってしまいます。土地の価格が安い地域の場合は、液状化対策をするよりも、安全な土地に引っ越すほうがベターだという話になってしまいます。また、それだけのお金をかけて、液状化対策したとしても、その土地の資産価値がその分上がるわけでもありません。液状化リスクの高い土地が敬遠され,次第にまちが空洞化することが懸念されます。まちづくりを考えるうえで、局所的であっても、そういう場所が存在して良いのかという疑問が残ります。

私としては、まちの将来を考えれば、公的資金を投入して、液状化対策を行うことが大事なのではないかと考えています。民地に税金を投入することに対して、多くの理解を得るのは難しいと思いますが、国民の安心、安全を守るために税金を入れることは、必要な政策だと考えています。個人の資産を守るというより、まちの姿や未来を守るという観点から、大事なことだと考えています。

液状化対策事業を実施している地域は、今のところ地震などで被災した地域に限られていますが、今後は、液状化のリスクが高い地域で、住宅が密集している地域については、実際に被害が出る前に、地下水低下工法を初め、何らかの対策を講じる必要があると考えています。

ただ、対策を講じたとしても、「絶対大丈夫」ではありません。建物だけでなく、宅地にも保険をかけれるような仕組みづくりが必要になってきます。保険があれば、個人でも安心して液状化対策を実施しやすくなると思います。

また、地下水低下工法で液状化対策を講じたとしても、その効果が未来永劫続くわけではありません。効果が続くとしても、せいぜい30〜50年程度でしょう。液状化対策は、一定期間猶予を持たせるものと考えたほうが良いと思います。住宅を建て替えるタイミングで、個別の液状化対策を行うのが望ましいでしょう。


「絶対液状化しない」と言い切れる土地はない

―― 一般論として、新興住宅地は、もともとは居住に適さない湿地や沼地だった場所であることが多いと思いますが、大丈夫なんでしょうか?

村上さん 私自身「新興住宅地は大丈夫か」とよく聞かれるのですが、もちろん大丈夫だとは言い切れません。その土地の地盤が健全かどうかは、数十mピッチの非常に狭い範囲で大きく変わってくるからです。住宅が10軒あれば、その範囲で条件が変わっていることもあるわけです。もともと城の堀だった場所を埋め立てた住宅地があったのですが、一列だけ液状化の被害を受けたケースがありました。古くからある土地だったら大丈夫かと言うと、必ずしもそうとは限りません。

――素人ではまず判断できないと思いますが。

村上さん それはそうでしょう。東北地方太平洋地震の後、茨城県の弁護士さんと一緒に被災した住民相談会に参加したことがありました。液状化して傾いた住宅の補償などに関するご相談を受けたのですが、お話を聞いていて、私としてもツラかったです。まだ若い方で、住宅を買って2年も経っていないのに、家が傾いた方がいらっしゃいました。その方が「自分は変な土地をつかまされたんじゃないか」とおっしゃっていました。

それを聞いて、一般の方は、われわれ専門家と違って、正式な手続きを経て買った土地、住宅は「大丈夫なもの」と思うものなんだと知りました。実際には大丈夫じゃない場合もあるわけですが、知らなかった人が悪いでは済まないところがあると感じました。これはこの方だけの問題ではなく、全ての国民が遭遇するかもしれない問題でもあるわけです。

液状化対策は国家的なプロジェクト

――悪い土地に関する情報がオープンになったとして、それを好ましくないと考える向きも少なからずありそうですが。

村上さん 国土交通省では、液状化ハザードマップ作成の手引きなどを公開しています。ハザードマップには発生傾向図と液状化危険度図とがあり、傾向図は地形図から導きます。埋立地や旧河道などが該当します。危険度図はボーリングデータを使います。これまでは自治体ごとに異なる手法で作成してきたのですが、全国統一ルールで作成できるようになりました。

この手引きに沿ってハザードマップ作成したとしても、もちろんすべての情報がわかるわけではありませんが、国土交通省ではすでにこういう取り組みを行なっています。液状化に関する情報のオープン化を好ましくない向きもあるのではないかとおっしゃいましたが、もうそういうことを言っていられる時代ではないということだと考えています。

確かに、20年ほど前には、ある自治体の方が液状化ハザードマップをつくろうとしていたのですが、「土地の値段が変わるから、やめてくれ」という声が出て、できなかったということがありました。ただ、兵庫県南部地震を契機として、都市部の液状化に関する情報が外に出始めました。自治体が作成する地震防災計画には、液状化に関する項目が必ず入っています。熊本市でも震災前から液状化ハザードマップは公開していました。ただ、ボーリングデータを使っておらず、詳細なものではありませんでしたが。

VRを活用し、災害を疑似体験できるように

――今後の研究の方向性は?

村上さん 「災害を経験しないと、次に進めないのか」という思いがあります。毎回悔しい思いをしています。例えば、兵庫県南部地震を経験して耐震設計が変わりました。東日本大震災を経験して液状化対策推進事業ができました。それら自体は良いことだけれども、後手後手に回っている感が否めません。私自身、災害調査などで現地に入って、いろいろ活動していても、「後出しジャンケンじゃないか」と言われたことがありました。

最近考えているのは、「コンピュータで災害を疑似体験できないか」ということです。VRなどを活用して、リアルな地盤、リアルな建造物を再現して、災害を疑似体験する。例えば、警固断層が動いた場合、天神の地盤だったら、ビルなどはどう動くかを再現するということです。建造物は人工物だし、見えるものなので、再現しやすいと思いますが、地盤は見えないので、これをどれだけリアルに再現できるかが課題です。

地震だけでなく、過去経験したことがないような大雨が降ったとして、博多駅のどう水が流れてどう浸水するかということも、再現することを考えています。専門家であれば、ハザードマップを見れば、どこが浸水するかおおよそイメージできるのですが、一般の方々はなかなかイメージできないところがあります。

私はこの疑似体験システムのことを「バーチャルタイムマシン」と呼んでいます。未来の災害を予想するシステムという意味を込めています。行政や市民が災害に伴う現象をリアルな情報として共有し、そのためにそれぞれが何をしなければならないかを考えるツールとして活用できるようにしたいと考えています。防災訓練にも活用できると思っています。遅くとも、10年後には実現させたいところです。

地元福岡市役所が一番人気

福岡大学

――話はガラッと変わりますが、最近の学生の就職の傾向はどんな感じですか?

村上さん 新入生に聞くと、公務員希望が多いです。学生にとっては、行政の仕事が身近でイメージしやすいからだと思います。おそらく、親などから「将来何になりたいかちゃんと考えたうえで、大学を選びなさい」と言われているからだろうと思っています。熊本地震や豪雨などの災害を経験して、「防災をやりたい」という学生も相当数います。あとは環境、景観などですかね。昔は多かった「大きなモノをつくりたい」という感じではなく、もっと具体的に考えている感じがあります。

――人生設計が立てやすいから公務員志向なのでしょうか?

村上さん 学生本人の希望と言うより、両親の希望という側面もあると思います。実際に「親から言われたから、公務員志望です」という学生もいました。「確実に地元で働ける」という理由もあるでしょうね。公務員の中でも福岡市役所は人気がありますね。福岡市は全国的に見ても住みやすいので、あえて転勤を伴う仕事に就いて、住みにくいまちに住もうとは考えにくいという面もあると思います。

――学生数は?

村上さん 定員の5%増ぐらいまでですね。昔は10%増しまでとっていたらしいのですが、最近は、定員を遵守する方向です。

――大学によっては、専攻を選ぶときに、多くの学生が建築に行ってしまって、土木が定員割れ状態という話を聞きますが。

村上さん ウチの場合は、受験時点で土木と建築が分かれているので、基本的にはそういうことはないですね。

――学生の就職先はどんな感じですか?

村上さん 公務員、ゼネコン、コンサルと、ほぼ同じ割合で就職しています。幸い就職率はほぼ100%で推移しています。その他、「鉄道や電力、ガスなどの事業主系の仕事もあるよ」と多様な進路先のアドバイスをしているせいか、少数ですが、公務員以外の事業主系に進む学生もいます。

就職について、大学の教員の仕事は、「学生に機会を与えること」だと考えています。就活期を迎えた学生には「自分でいろいろ調べて、第3希望まで具体的な就職先を挙げたら良いね」と言っておきます。その中から、学生の個性と合いそうな雰囲気の会社を薦めて、OB・OGや知り合いを紹介したりしています。学生に会社を薦めるときは、個人の感情が入りそうになりますが、なるべくフェアにやるよう心がけています。

――土木のイメージについて、どうお考えですか?

村上さん 土木の仕事は、普通に暮らしていると、なかなかイメージしづらいところがあると考えています。最近は、建設するだけでなく橋梁などインフラの維持管理も重要な仕事の1つになっていますが、そのことについて知っている学生はほとんどいないと思います。

――福岡大学社会デザイン工学科の魅力は?

村上さん 「私立大学のクセに、教員が多い」ところですね(笑)。学生数に対する教員数は地方国立大学並みなので、きめ細かい指導ができると思います。土木だけではなく、防災・減災、環境、気候変動など幅広く学べるので、我々の暮らしを支えること、守ることといった社会に貢献できる技術に加えて、最近注目されているSDGsを将来の仕事の中で実行できる技術を身につけることができます。就職も国立大学に負けていません。福岡大学の学生は元気な子が多く、全国には多くの卒業生がいるので、いろいろサポートしてくれると思います。

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