記者会見する土木学会インフラ体力診断小委員会の家田仁委員長

記者会見する土木学会インフラ体力診断小委員会の家田仁委員長

「日本のインフラ体力診断」で衝撃結果。なぜ日本は韓国や台湾に敗れたのか?

土木学会「インフラ概成論からの脱却を」

土木学会(谷口博昭会長)は、道路・河川・港湾を対象とした「日本のインフラ体力診断」のレポートを作成、諸外国との比較した整備水準も示している点が注目された。

日本の財政当局からの「日本の社会資本整備は概成しつつある」との指摘を受け、ここ数年、防災・減災、国土強靭化の緊急対策や加速化対策が実施されているものの、1996年をピークにインフラ投資は半減しているのが実情だ。一方、アメリカのバイデン大統領やイギリスのジョンソン首相は、ポストコロナ時代を見据え、大胆な積極財政政策に舵を切っている。

本当に日本の社会資本整備は概成しているのか。整備水準を国際比較すると、それに疑問符が生じることもこのレポートで明らかになった。

土木学会では、「インフラ体力診断小委員会」(家田仁委員長)を設置し、「日本のインフラ体力を分析・診断し、国民に向けて成果をとりまとめた。このレポートを紹介するとともに、9月22日に行われた記者会見の内容を報告する。

家田委員長は会見で、「平成の30年間は、世界のインフラの情勢を比較すると停滞していたのではないでしょうか。日本は量的だけではなく、新しい技術、コンセプトや新制度などの質にも挑戦をしつつ、新たなインフラづくり、国土づくりをしていくことが、長期的にみて日本の躍進の糧になる」と語った。

高規格幹線道路延長は諸外国と比較して短い

2021年4月1日現在、12,082km(計画延長の86%)の高規格幹線道路が開通している一方で、残り14%が未開通で、事業化もされていない調査中区間が西日本や北海道に多く偏在している。

そもそも地域に道路はどのくらい必要なのか。または地域の実際の道路量は多いのか少ないのか。この疑問に対する答えの一つに「国土係数理論」がある。この国土係数理論とは,地域にあるべき道路総延長が地域の人口と面積の積の平方根に比例する、というもの。そこで実際の道路の延長をこの国土係数の値により基準化し、比較すれば、交通ネットワークの相対的な充実度を判断できるワケだ。

今回、土木学会では「国土係数あたりの高速道路延長」で国際比較すると、日本の高規格幹線道路延長はドイツ、フランス、イギリス、アメリカ、さらに韓国よりも短いこと、またその国の経済活動を支えるという観点から経済規模を表すGDPを用いて基準化すると、日本が比較対象国で最も低いという結果になった(図参照)。

高規格幹線道路延長を国土係数やGDPで比較


4車線化で交通安全性を高めるべき

日本の高規格幹線道路は、国際的に見てただ短いだけではなく、質にも問題がある。本来は4車線で整備すべきだが、投資を抑制するために暫定2車線区間が全国で多数存在する。さらに、地域をつなぐ目標も達成できず、ミッシングリンクも多数見られる。

走行速度や快適性などの観点からも交通サービスが低下しているのが実情で、仮に災害や事故が発生した場合、復旧に時間がかかるため、異常時に弱点があるのが日本の高規格幹線道路だ。

国際比較をすると、日本は延長の38%が2車線であり、6車線以上は6%のみ。国際比較の図を見れば一目瞭然、日本の車線数が少ないことは明らかだ。これは地域をつなぐことを優先し、道路の質を犠牲にした結果ともいえる。

高速道路の車線数別延長構成比

「20年前から、インフラ概成論が盛んになっていますが、暫定2車線道路も多く、必ずしもそうとはいえない。インフラの質に目を向けるとまだ改良する余地が多く、インフラ概成論から脱却すべきだ」(家田委員長)

4車線の高速道路が最も安全であり、2車線の高速道路の死亡事故率は4車線区間の2倍だ。このため、高速道路を4車線化し、幹線道路を整備することで、生活道路の交通をより高い規格の道路へ誘導し、交通安全性を高めることが求められる。

「高規格幹線道路の計画延長の86%は開通し、インフラは概成したのではないかという意見もありますが、北海道や西日本では、ミッシングリンクも多い。また、質の面でも暫定2車線が多く、整備していかなければならない点はある。一方ではこれから大規模更新も必要になってきます。今回のデータや総合アセスメントが行政などさまざまな場で活用されてほしい」(岸邦宏道路WG主査、北海道大学教授)

治水の整備進捗率は一部を除き韓国・台湾を下回る

道路の次は、河川のデータを見てみよう。

整備進捗率を見ると、整備進捗率が高いのはイギリス・テムズデルタやオランダ全般の河川、フランス・ローヌ川であり、これらはいずれも100%。アメリカ・ミシシッピ川も78%と高い値となっている。アジアの韓国の国・地方管理河川ではそれぞれ79.6%、47.7%、台湾の中央・地方政府管理河川と台北市内河川ではそれぞれ86.8%、83%だ。

だが一方、日本の国管理河川の堤防整備率は全国平均で68.6%、東京都管理河川の護岸整備率は67%。日本の整備進捗率は、欧米はもとより韓国の地方管理河川を除き、韓国・台湾を10%以上も下回る結果となっている。

国際比較をしても日本の河川の整備進捗率は低い

この結果から分かることは、日本の治水整備レベルは、気候が大きく異なる欧米より低いだけでなく、同じアジアモンスーン気候に属する韓国・台湾からも遅れを取っている現状だ。近年の豪雨災害の激化を考えると、日本の治水水準の向上が求められることは明白だ。

国ごとの死者数と被害額の年平均値を比較・分析したところ、年間死者数は、インド、フィリピン、中国、パキスタン、アメリカの順で、日本は 114.1 人で世界17位。うちOECD 加盟国ではアメリカ、コロンビアに続く3番目、G7 ではアメリカの次の2番目となった。

一方、水災害による年間被害額に関しては、アメリカ、中国、インドに続いて、日本は世界4位と非常に高い順位で、G7のヨーロッパ諸国や韓国・台湾を上回っている。

また、近年の日本における治水費用は総じて減少傾向だが、日本以外の国では維持もしくは増加させており、水害被害の大きなアジアではより大きく増加させていることも注目点と言える。

「OECD加盟国でも日本は水害の人的災害や被害額は大きい。そこでインフラの整備水準を高めるため、国土交通省が行っている治水事業をより加速化・強化していくことが肝要です」(二瓶泰雄河川WG主査、東京理科大学教授)

日本の16m以深岸壁の延長はかなり小さい

最後は港湾だ。

実は、各国における人口やGDPあたりのコンテナターミナルの岸壁延長(図参照)を比較すると、日本の岸壁延長は、人口あたり・GDPの両方を見ても、韓国・台湾・シンガポール・マレーシアと比較してもかなり小さい。これらの国・地域は、いずれも日本よりも経済規模が小さく貿易依存度が大きいこと、また主要港のトランシップ率も大きいことを考慮しても、整備状況に差があるといえる。

特に16m以深の岸壁に着目すると、日本における16m以深岸壁の延長が全延長に占める割合が他国に比べかなり小さく、GDPあたりの延長でみると中国よりも低い水準となっている。

人口およびGDPあたりのコンテナ取扱岸壁延長(全バースおよび16m以深バース)

諸外国の将来整備計画では、釜山港は現在8バース2,800mを整備中で、さらに17バース7,040mを計画、シンガポール港は同じく総延長26,000mを整備中、クラン港(マレーシア)も16バース4,800mを計画中など、非常に大きなスケールの整備計画を有する港湾もある。これらの港湾で計画通りに整備が進んだ場合は、日本の港湾と整備状況にさらに大きな差がつくことも予想される。

比較対象とする東アジア主要国の港湾位置図(16m以深のコンテナバースを有する港湾)

「インフラ概成論はコンテナにもあり、他国の競争にさらされやすい。実は80年代にコンテナはこれ以上大型化しないだろうと判断した経緯がありました。しかし、大型化は続いた。政策の失敗もあり、港湾で後れを取る要因になりました。今は、諸外国に勝つためよりも、ついていくための港湾整備を質的な面も含めて行わなければならない。次に地方の港湾も含む日本港湾全体として、インフラ規模とサービスの水準の向上、提供をはかる必要があります」(柴崎隆一港湾WG主査、東京大学准教授)

このほか会見では3WGが継続して活動することと、新たに「都市鉄道WG」を設置したことも明らかにした。「現段階では構想ですが、新幹線、街の中の公園、緑地、電力施設、あるいは情報通信基盤、砂防施設などに取り組みたい」(家田委員長)

インフラ版「失敗の本質」

日本人はなんとなく、社会資本整備はほぼ充実し、世界的にも高水準にあると考えてきたのかもしれない。

しかし、今回、土木学会の調査により、日本もソフト面では優れた面もあるものの、欧米先進国だけではなく、場合によっては韓国、台湾、さらには港湾では東南アジアのマレーシアよりも整備が進んでいないという実態も明らかになった。今回の「日本のインフラ体力診断」をすべて読んだ感想を言えば、日本の衰退は想像以上に深刻ではないかと感じ、また同時に危機感も抱いた。

実は、日本の衰退は、平均年収にも表れ、世界的にみてもランキングが低下というよりも没落という言葉がふさわしい。韓国が19位であるのに対して、日本は24位。25位は東欧のポーランドであることを見ても、日本人のひとり当たりの稼ぐ力は東欧諸国と同等であることについては、相当な危機感を抱くべきではないだろうか。

もちろん、日本の衰退はさまざまな要因はあるが、何よりも少子高齢化に対して有効な手段を打てなかった点だ。しかし、私見であるが、インフラ整備をおろそかにしていくうちに、他国がインフラを強化し、日本の強みを奪ったことも要因ではないかと考えている。

また、日本や日本人の中にインフラに対する慢心や油断もあったのではないだろうか。

「過去を十分に批判的にながめていくことは発展のための原則です。しかし、その点がおろそかになり、これまでの延長線上に施策を行う傾向があります。これはどの組織でもあることですが、それから脱却することが大切です。そのためには広い視野を持つことと、データに基づいて、プラスマイナス両面から評価し、国民とともに共有することが原点になります。そういう視点に立った施策を、どの分野に限らず共通して行うことを、行政やインフラ提供サイドに申し上げたい」(家田委員長)

現在、土木学会では、施工の神様でも報じているが谷口会長のもとでビック・ピクチャーの議論がスタートしている。各支部が中心となり、地域WGを設置し、地域のインフラについて検討している最中だ。たとえば、北海道の高速道路は、ミッシングリンクが多いことも明らかになっている。今回のようなデータを示すことにより、さらに国民へと働きかけていくことが肝要になるだろう。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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