左から、東急沿線開発事業部事業推進グループ事業推進担当の小松原岳課長補佐、小池和希氏

左から、東急沿線開発事業部事業推進グループ事業推進担当の小松原岳課長補佐、小池和希氏

東急沿線の老朽化物件を解決する、リノベーションとは一味違う「再生建築」とは?

「再生建築」で沿線の老朽化物件を解決する

東急は沿線エリアでの耐震化、違法建築物件問題など老朽化物件が抱える様々な課題を「再生建築」により本格的な解決に乗り出す。

東急と株式会社再生建築研究所は2021年4月に業務提携を結んだ。建築の再生手法である「再生建築」により、多角的なソリューションを提供し、サステナブルなまちづくりの実現をめざすものだ。

両社による協業事業はすでに4件の実績があり、今後とも沿線エリアの老朽化物件の再生について意欲的に取り組み、事業を通じて沿線の価値も高めていく。今回、東急沿線開発事業部事業推進グループ事業推進担当の小松原岳課長補佐、小池和希氏に話を聞いた。

東急沿線でも老朽化物件が増えている

――現在、東急沿線に広がる老朽化建築の現状は。

小池和希氏(以下、小池) 老朽化物件の課題は3点あります。1点目が物件価値の低下、2点目が建築の耐震化(入居者の安全性確保)、3点目はオーナーの資金不足や、新築収益化難等の理由で放置されている物件です。そこで当社のアセットは勿論、当社だけでない不動産オーナーと協力し、土地の歴史や記憶を残しながらサステナブルなまちづくりを行うことが重要になっています。

小松原岳氏(以下、小松原) 東急は渋谷駅を起点に城西南に延びている沿線です。郊外に目を向けると建物が老朽化していることに加えて、少子高齢化の大きな課題です。東急は沿線全体では2035年まで人口は増え続けるという推計を出していますが、開発した多摩田園都市に目を向けると、2025年にはピークアウトすると言われています。

また、生産年齢人口ではすでに減少傾向にありますので、郊外の不動産価値の維持や向上という視点では早めに手を打たなければならないという課題認識を抱いています。

東急沿線でも老朽化した物件も多い(写真は東京都渋谷区神宮前の「再生建築」前の「ミナガワビレッジ」)

――思った以上に深刻な課題ですね。

小松原 ええ。これからは経済規模を維持していくことが難しくなってくる時代です。多摩田園都市は開発から70年近く経っているので、街も高齢化していきます。すると、若者も街に目を向けにくくなりますが、だからと言ってすべてに新築工事を行い、街をピカピカにすればよいということではありません。街の記憶や歴史を残すことも価値だと考えているので、「再生建築」を手段として、街を再構築していくことが大切です。

――3点の課題についてどのようなアプローチを?

小池 東京都の条例では、特定緊急輸送道路という主要幹線道路沿いの旧耐震基準の建物などに対して、耐震診断が義務化されており、以前から東急も力を入れて行っています。

制度の内容は、耐震診断にはおおよそ100%の補助金が出ており、耐震診断をした後に、建物の耐震性が悪い場合には詳細の設計をし、さらに耐震補強を実施することも必要になります。

この耐震補強については、壁にブレースを設置したり、柱や梁を太らせたりというような大掛かりな工事など様々な手法があるなかで、耐震化のノウハウをしっかりと蓄積してきたので、ソリューションを拡大し、多様な提案をしていきます。

小松原 東急では、住宅関連の無料相談「住まいと暮らしのコンシェルジュ」を沿線に7店舗展開していますが、品川区から「品川区空き家専門相談窓口事業」の初の事業者として、東急本体も東京都から「東京都空き家利活用等普及啓発・相談事業者」に4年連続で、それぞれ選定されています。

これまでも各行政と連携し、顧客の空き家の問題に取り組んできましたが、これからはもう少し規模感の大きい物件のオーナーの困りごとについてもしっかりと解決していかなければなりませんし、特定緊急輸送道路沿いの建物もきっちりと整備していくことで、まちづくりの会社としてさらに踏み込んでいかなければなりません。こうした経緯を経て、建物の再生事業に本腰を入れています。


違反性の高い建築でも再生可能

――再生建築研究所と提携した理由は。

小池 リノベーションは建物の機能を回復しますが、再生建築研究所が実施している「再生建築」の視点はより問題の根本にある耐震化や構造から切り込み、古い建物に新しい価値を創造しています。東急はこの再生建築の視点に共感し、両社でいくつか物件で協業していることもあり、提携しました。

小松原 両社で、「再生建築」を文化にしたいという思いが一致したと言えますね。また、これまで依頼が来れば手掛けることが多かったのですが、もう少し積極的なアプローチをすべきという思いもあります。

――再生建築研究所の強みである「再生建築」とは何でしょう?

小池 「再生建築」は、意匠を掛け合わせた耐震補強や既存物件の持つ本質的な課題を読み解き、一般的な改修や新築でも実現できないような新しい空間を生みだすことで不動産価値を向上するものです。また、活用が不可能と思われがちな違反性の高い建築についても、適法化したうえで再生することが可能なので、建築物に新しい価値を生み出すことができます。

中でも、既存躯体を利用する手法になっているので、新築工事と比較して解体工事や新規の躯体工事を行う必要がなく、コストが大幅に抑えられ工期も短縮されます。さらに、設備・内外装を新築同等に更新でき、建物に居ながらの施工で再生することも可能です。

旧耐震の倉庫・事務所ビルの耐震補強を見直し、渋谷随一のインキュベーションオフィスに

小松原 1981年6月から施行された新耐震基準が導入されたからといって、その前に建築された旧耐震基準物件も違法ではありませんが、沿線には旧耐震基準物件が多くあると想定されます。また、一般的なリノベーションなどの改修は、耐震補強や内装改修など、経年劣化に対しての機能回復や安全性確保のための応急処置的な意味合いが強い。ですが、根本的な解決に至っていないことや、それでは対応できない建物もあり、深刻に悩まれているオーナーも多いため、「再生建築」の取り組みを推進しています。

また、建築の使用も10年という短いスパンではなく、新築と同じような長さである何十年と活かして利用できるようにしていきたいという思いもあります。

――具体的に、どのような事例がありますか?

小池 東京都渋谷区神南の「カンパリビル」(神南1丁目ビル)は、元は閉鎖的な飲食店の建物でした。事務所ビルにコンバージョンするにあたり、水平連続窓を設け、建物の外壁を壊して、意匠上も壊したことが分かるようにしているので特徴的な建物に変わりました。また、デザインだけではなく、採光面積の向上に加え、建物自体軽くなっているので、耐震化にも寄与しています。

収益性と安全性を両立させた耐震化した東京都渋谷区神南の「カンパリビル」(神南1丁目ビル)

小松原 「再生建築」は意匠も施工も非常に専門性の高い分野です。そこで再生建築研究所の技術やノウハウと当社の推進力が連携して進めていったほうが、「再生建築」がより普及すると実感しております。

再生建築研究所が障壁となる法的要件や具体的な保存方法などの課題を解消しながら設計を行うことから、施工会社には特殊な技術は必要なく、施工を進められるのも大きなポイントです。

違法建築を適正化し、歴史を残す取り組みも

――違反物件の適正化には、どのように取り組んでいきますか?

小池 今まで取り組んできた範囲では、「ミナガワビレッジ」という検査済証を取得できなかった違法物件があります。ケースとしては違反増築を繰り返した物件ですが、それを減築工事により再生し、60年ぶりに検査済証を取得、適正化しました。

「再生建築」後の「ミナガワビレッジ」

物件オーナーも新築ですと費用も当初から分かるため、工事を決断しやすいですが、「再生建築」による違反物件の適法化については調査だけで時間と費用が掛かりますから、ハードルが上がります。

そのため、同業他社からは新築提案が多かったそうですが、東急は既存建物を継承することの大切さを訴え、「再生建築」を提起したところ、オーナーも物件の歴史に思い入れもあったこともあり、本提案に賛同していただきました。歴史的建築物を残すことでのバリューもあるということが分かりました。

さらに有名な実例としては、九段下に残る歴史ある建造物「旧山口萬吉邸」を、歴史的価値と重厚で繊細な佇まいを損なうことなく、設備面にリノベーションが施され、会員制オフィス「九段 kudan house」として再生しました。

これまで新築がメインだった提案に、「再生建築」という新たな手法を取り入れることによって選択肢が増えているんです。

九段下に残る歴史ある建造物「旧山口萬吉邸」を会員制オフィス「九段 kudan house」として再生

――年間の目標数値などはありますでしょうか。

小松原 この2~3年は足元をみながら、年間2~3件から始めていきたいですね。その後、実績を積んで沿線に広げます。

そして、「再生建築」を文化に昇華し、沿線でサステナブルなまちづくりを目指していきます。「再生建築」があったからこそ、特色のある沿線になったと言われるようにしたいんです。

まずは、悩まれているオーナーに「再生建築」を知っていただき、相談件数を増やしていきたいと思います。

――行政との連携も増えてくるのでしょうか。

小松原 出てくると思います。先ほど申し上げた通り、空き家問題ではすでに連携しておりますし、プラスアルファとして「再生建築」に行政がご興味を抱いていただければ、是非ともに連携していきたいと考えています。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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