建設業では、2024年4月1日から罰則付きの時間外労働の上限規制が適用される。だが、2022年9月に公開された日建連の調査でも、2021年度に同会員企業の非管理職の半数が年 360時間、約3割が年720時間超の時間外労働をしていることが明らかとなり、大手企業においても働き方改革が遅々として進んでいない実態がある。
とくに、建設業界は本社・現場間の物理的な距離が大きいことや、現場ごとに現場所長らの裁量・指示によって組織の運営方針が大きく左右されることから、他産業と比較して組織の健康状態の実態把握が難しい。働き方改革はすでに待ったなしの状態にあるが、「組織のどこに問題があるか分からない」「何から取り組めばいいのか分からない」というのが、現場の本音だろう。
こうした企業に対し、「従業員エンゲージメント」(企業と従業員の相互理解・相思相愛度合い)を軸とした組織人事コンサルティングを手掛ける株式会社リンクアンドモチベーションでは、これまで上場企業500社を含む2,000社以上の組織改革をサポートしており、組織改善サービス「モチベーションクラウド」は建設業界でも大成建設や竹中工務店といった大手ゼネコンをはじめ、多くの企業で導入され始めている。
暗礁に乗り上げている建設業界の働き方改革。今後、建設現場はどのような組織づくりを心掛けるべきか。そもそも、適切な現場運営の在り方とは? リンクアンドモチベーション MCEカンパニー 山本健太氏に話を聞いた。
上司への不満が溜まり続ける建設現場
――まずは、建設業界における組織運営の課題について教えてください。
山本さん 建設業界には、「2024年問題」に向けて、労働時間をどのように減らしていくのかが共通課題としてあるものの、各社なかなか取り組めていないのが実情です。
その大きな要因として、どの建設会社も人材不足であることが挙げられます。そもそも日本全体の労働人口が減ってきている中で、ITなどの伸びている産業と比べて、なかなか選ばれにくい業界になってきています。
また、今はキャリアの選択肢が増え、転職が当たり前となっている時代なので、離職も増えています。最近では「YouTuberとして稼げるようになったので辞めます」なんてこともあります。そのため、一度建設業界に入ってきた方にどうやって働き続けてもらうのかを考えていかなければなりません。そうでなくては、時間外労働を減らしたくても、現場は人員に余裕がないという状況がどこまでも続いてしまいます。つまり、従業員から選ばれ続ける「重要性」が高まっている一方で、選ばれ続ける「難易度」も高まっている状態なんです。
もし、今と同じボリュームの受注に必要な人材を確保できないのであれば、「2024年問題」に向けては、受注を減らして今の人的リソースで回せるくらいの規模の仕事しか受けないという経営判断をするしかありません。そうでなければ、現場から「いやいや、受注量を変えるなと言われても、人が足りないよ」「工期が延びるけど、それで利益率が落ちて怒られても困るよ」といった不満が噴出するでしょう。
とくに、現場監督の方々の目線に立つと、会社からは「残業を減らせ」と言われ、とはいえ現場には人が足りないし、辞めてしまうという板ばさみ状態で、かなり大変だと思います。つまり、会社として目指す方向と現場のリアルに矛盾が生じているというのが、いまの建設業界の課題だと思います。
その一例として、建設業界では「ある一定の階層から、エンゲージメントが大きく下がる」という特徴があります。これは建設業界以外にも、店舗展開型のビジネスモデルの企業にもよく見られる傾向です。部長、課長、主任、一般社員と役職があったとすると、部長のエンゲージメントは高いのにもかかわらず、課長から大きく下がって、それから下の役職は課長と同様に低くなっているケースが多いです。つまり、組織体制のどこかで断絶が起きているということが分かります。
とくに、建設業界にはまだまだ職人気質の方が多いので、会社としての方針を現場で働く方々にかみ砕いて分かりやすく説明するなど、物事を言語化して伝えるといった管理職に必要な能力を磨く機会が少ないままに、「現場の仕事ができるから」という理由で管理職になられる方もいます。弊社では管理職の役割を経営と現場の「結節点」と言っていますが、うまく結節機能が働いていないことがこうしたズレや断絶が生じている要因の一つでもあります。
――その中でも、とくにエンゲージメントの低い項目はあるのでしょうか。
山本さん 「上司・職場」に関する項目です。建設業界においては、エンゲージメントが高い組織は、基本的に上司との関係性が良好で、逆に低い組織は上司の関係性が良くないケースが多いです。
――現場所長をはじめ、上司と馬が合わないことが、離職の大きな要因となっていると。
山本さん ええ。建設業界では同じ現場事務所で、ともに長い時間を過ごすことが多いと思います。そして何より、チームワークや連携が極めて重要な建設現場において、苦手な上司と働かなければならないとなると、「もっといい人たちと働きたいな」と考えてしまうのは仕方のないことです。
そのほかにも、最近、建設業界で働く若い方々からよく聞く悩みは、「キャリアプランが見えにくい」というものです。一人前になるまでに時間が掛かる業界なので、将来に向けたキャリア形成のプロセスが不明瞭で、途中で挫折して諦めてしまう方も多いのです。先ほどもお話した通り、上司がこうしたキャリアプランを分かりやすく言語化するのが得意ではない場合も多いため、それもキャリアプランが描けない一因になっていると思います。
一方で、他の業界と異なる点としては、「施設環境」に関する項目への不満は少ない傾向にあります。入職されて来られる方々も、「キレイでオシャレな現場で働きたい」といった過度な期待をして入ってきていないのだと思われます。
つまり、「上司・職場」の課題を優先的に改善していくことが、建設業界の組織改善のために効果的な場合が多いと考えられます。
まずは「支店長」から改革すべし
――従業員エンゲージメントを改善するためにはどうすればいいのでしょうか。
山本さん まず大事なのは、エンゲージメント調査をして出た結果から、課題を切り分けていくことです。経営層や人事、経営企画、広報といった方々が主体者責任者として解決すべき「全社課題」と、現場作業所ごとの「個別組織課題」。まずは、これを切り分ける必要があります。ですが、これらを一緒に捉えて、経営層や経営企画が全社一律的な施策で現場の個別組織まで改善しようとしてしまっている会社も多くあります。
しかし、現場ごとに健康状態は異なるので、一律的な施策が当てはまる場合もあれば、全く受け入れられない場合もあります。なので、ここをまず切り分けて考えるということがとても重要です。
とはいえ、現場の個別組織課題を、人事などが入り込んで一つひとつ解決しようとすると途方もなく時間と手間がかかるプロジェクトになってしまいます。ですので、現場所長などの管理職がご自身の組織状況を見ながら改善していくのが一番良い形ではあるのですが、いきなりやってほしいと伝えてもそう簡単にうまくいくものではありません。
そこで、弊社のコンサルティングの例ですと、まずは”支店長”に中心となっていただき、ご自身の支店の組織改善から行っていただきます。支店長は、経営と現場を繋ぐハブ、先ほどお伝えした言葉で言うと「結節点」のポジションだからです。最初に支店としての課題を洗い出して、支店長として何をやっていくのかを決め、部単位で改善を図っていっていただきます。
そのように順番に進めなくては、ルールも知らないのにいきなりワールドカップの舞台でサッカーをしろと言っているようなもので、とても組織改善は実現できません。まずはグラウンド整備から、サッカーができる土壌を作るところからやりましょうというのが、この支店長を中心としたエンゲージメント向上、組織改善活動です。
これで支店長が自走できるようになってくれば、次のターゲットは部長になっていく。部長もできるようになれば、次は課長。こうして下の階層に浸透していって、最終的には個別の現場作業所ごとの改善を目指すプロジェクトになります。
――非常に時間が掛かりますね。
山本さん ええ。でも、このくらい丁寧に進めなくては日本企業は変わりません。日本はメンバーシップ型雇用が長く続いたため、「社員は辞めないだろう」と考え、組織改善に対する危機感が薄くなっていたと思います。また、現場の社員からしても、モチベーションが低くても辞めさせられることはないので、組織を変えていこうという主体的な動きは生まれてきにくかったのではないでしょうか。なので、経営でも現場でも組織改善の優先度は下がり、課題は山積みのまま放置されてきました。時間を掛けてでも、どれだけ泥くさくても、施策を運用に乗せ切るところまで粘り強くやり続けられるかが勝負なのです。しかし、業界を問わず、多くの会社がここまでやりきれずに挫折してしまいます。
ですので、手前味噌ですが、弊社のサービス「モチベーションクラウド」ではエンゲージメント調査だけで終わるのではなく、コンサルタントが伴走しながら改善を目指していきます。”1回きり”のエンゲージメント調査だけを提供して、「あとの改善活動は御社でお願いします」では、現状はわかるかもしれませんが組織改善まで至ることはありません。私たちは施策の運用設計やサポート、現場への展開まで行っています。このくらいやって「最近、組織が変わってきたな」という感覚を現場に少しずつでも持ってもらわない限り、現場も取組みを前向きに捉えてくれません。
リンクアンドモチベーションが提供する「モチベーションクラウド」の管理画面
期待度と満足度の乖離を避ける
――「まずは支店長から」というお話でしたが、具体的にはどのような取組みを行っていくのでしょうか。
山本さん まず、従業員に対して「期待度」と「満足度」の2軸でエンゲージメント調査を行います。何に期待されているかどうかによって、必要な施策も変わるからです。
期待度は言い換えると、「会社や上司に求めていること」です。その上で、組織として最も注目すべきは、「期待度が高く、満足度が低い」部分です。これが優先的に解決すべき「緊急課題」だと言えます。この期待度と満足度のギャップを解消していくことが、組織のエンゲージメントを上げていく上で基本的な考え方です。
たとえば、エンゲージメント調査を行って、上司から部下への「支援行動」に関して期待度と満足度のギャップが大きい場合に「業務などについて、部下と対面で話す機会を設ける」「普段から部下の表情や態度・行動などを観察する」「コンディションが悪そうと判断したら、早めに直接話す機会を設ける」といった個別のアクションプランを、「モチベーションクラウド」が提案します。対象の上司には、いつまでにやるのかを決めていただき、進捗状況を管理しながら取り組んでいただいています。これを続けていくと、段々と上司の見られ方が変わってくるのです。そして、「ここまでしてくれる上司のためなら、俺ももうちょっと頑張るか」と、上司と部下のエンゲージメントも上がっていきます。
でも、こうした指針がない中で「組織のモチベーションを上げよう」とか「部下を辞めさせてはいけない」とか言われても、地図がない中で宝探しするようなもので、非常に難しいです。まずは地図を渡してあげないと、ゴールにはたどり着けません。どんな職場にも、今の組織状態を理解して、それに対して何をするべきかが分かるような1枚の地図が必要だと思います。
相互理解がないと、現場は回らない
――最後に、建設業界において組織運営する上で、大切なことは何だとお考えでしょうか。
山本さん 「相互理解」です。冒頭にお話した通り、経営層が見ている視点と、支店長が見ている視点と、現場が見ている視点はバラバラです。これは組織の構造上、仕方ないことではあります。
だからこそ、「お互いに何を思っているのか、何を考えているのかを理解した上でコミュニケーションを取る」ということが、最も大切なことだと思います。視点が異なることを前提に、相互理解を意識した組織運営をしていかないと、現場はついてこれません。
人が足りない、人を増やしてほしいという現場の思いに、「分かっているよ」と経営層や上司がリアクションするだけで全く違ってきます。「人が足りない中でみんなが頑張ってくれて、会社を支えてくれているのは分かっている。会社としてもできる限りサポートするので、現場でもなんとか試行錯誤してもらえないか」というような発信です。相互理解があってこそ、信頼関係の構築に繋がってくるのです。これは是非どの会社にも意識してもらいたいポイントです。
給料も休みも環境も、何もかも従業員に提供できる完璧な会社もなければ、何もかも会社からの要求に答えられる完璧な現場もありません。大変なのは経営も現場もみな同じです。
2024年問題をはじめ、建設業界はこれから厳しい状況が待っていますが、互いを尊重した組織運営を心掛けていただければ、今後どんな状況になったとしても乗り越えていけるのではないでしょうか。