「ももいろインフラーZ」に賭ける藤井先生の思い
先日、YouTubeで「ももいろインフラーZ」なる動画を視聴する機会があった。この番組には、これまでに何度となく施工の神様記事上にご登場いただいている京都大学の藤井聡教授の姿があった。
動画を見ながら、以前藤井先生に取材した際、「なんで土木のTV番組があらへんねん!?」的な発言をしていたことを思い出した。「藤井先生の積年の願いがやっと叶ったんだな」と思った。
そう言えば、藤井先生にはしばらく取材していないし、この際、この番組をテーマに取材しようと考えた。ということで、「ももいろインフラーZ」に賭ける藤井先生の思いについて、制作秘話を含め、直撃してみた。
インフラに一定の興味を持つ人にしか届かないジレンマ
――この番組はどういう経緯で始まったのでしょうか。
藤井先生 私は、ダムや道路、港湾などのバッシングが激しくなった1990年代後半から、土木についての適正な認識を国民全体に広めるべきであると考え、社会心理学の研究をはじめ、様々な世論についての研究と実践を進めてまいりました。
そんな中で様々なアプローチ、たとえば、新書の出版やラジオやテレビ番組で、インフラを一部取り上げるアプローチ、あるいは、「国土強靱化」といったキャッチコピーに基づく中央政府を活用した政策展開などを試してまいりました。
しかし、それだけではなかなか幅広い国民にインフラの必要性、重要性の認識が広がっていかないということを認識していました。新書の出版ではインフラや政治に一定の興味を持つ人にしか届かない、国土強靱化といった官邸主導の政策展開を通して人々にインフラを伝えるにしても同様に、政治に一定の興味を持つ人にしか届かないからです。
インフラについての「バラエティ番組」をつくるしかない
藤井先生 一方で、ラジオやテレビの番組で取り上げようにも、インフラはどうしても「地味」なものなので、あまりそればかり取り上げていると、番組そのものの視聴率が下がってしまうという問題があり、地震や洪水などの大きな問題が起こったときや大災害の周年などの機会でないと、インフラが取り上げられない、という問題があるわけです。
だから、インフラだけを取り上げるテレビ番組をつくり、それを幅広くいろんな人々に見てもらう、つまり、一定の視聴率を確保する方途を探らねばとずっと考えていたわけです。
取り上げるには、プロジェクトXのような堅くて面白い番組をつくる、という方法も考えられますが、それでは結局また、「新書を買うタイプ」の人の延長にしかなりませんから、抜本的な広がりは期待できないということが考えられます。
そうなれば必然的に、インフラについての「バラエティ番組」をつくるしかない、ということになるわけです。
バラエティですから、面白くなければならない。インフラになんて何の興味ももたないような普通の人々が、バラエティだから、っていうことでなんとなく見る、で、その番組を面白がる、で、それを見ているうちに、インフラについての意識がどんどん変わっていく…。そういうアプローチが絶対に必要だと考えるに至ったわけです。
ここ20年間でテレビ局、タレントさんとのコネクションができた
藤井先生 バラエティ番組をつくる上で必要なのは、一般の方々が興味を持つタレントさんが絶対に必要です。さらには、テレビ局さんが、こういう番組を放送しよう、ということに同意しなければなりません。そしてなによりも、こういう番組が必要だと考える方々の「支援」がなければ、こういう番組は成立しません。そしてもちろん、中身はガッチガチに技術的に正当なモノでなければなりません。
これらのうち、番組内容については、大学の研究者である当方がサポートすることで対応可能です。ですが、それ以外の要素を取り込むことは、われわれのような一介の土木系の大学教員にはなかなかできません。
なんと言っても、タレントさんの知り合いなんていないですし、テレビ局さんとの信頼関係もありません。そして、そんなタレントやテレビ局のコネクションもない人間には、どれだけ様々な方々に「支援」を呼びかけても、そう易々と「はい、そうですか」とご同意いただくなんていうことはできません。
したがって、過去20年以上の間、「インフラバラエティ」の構想は、いろいろと試みはしましたが実現はしなかったのです。ところが、この20年の間に、当方に様々な仲間、コネクションができてまいりました。
ももクロさんたちの反応の良さに感銘を受けた
藤井先生 まず、タレントさんについては、ももいろクローバーZさん(以下、ももクロさん)と、お仕事をする機会に恵まれました。ももクロさんの番組があるのですが、そこに「経済政策論をももクロさんに教示する」という趣旨でゲスト出演する依頼をいただいたのです。
その番組の時に、ももクロさんたちの反応の良さは、素晴らしいもので、とても難しい経済政策の話(貨幣論やマクロ経済の話)を、かみ砕いて説明すれば、スグにその話のポイントを理解し、適切なコメントを皆が口にされるのを番組収録の際に拝見し、大変に感銘を受けたのです。
インフラバラエティをTVとして番組成立させるには、各種の「支援」が必要
藤井先生 一方で、TV局さんについては、「東京ホンマもん教室」という番組をレギュラー放送しているTOKYO MX(以下、MX)さんとさまざまに意見交換するようになりました。そして、MXのスタッフとあれこれと意見交換している中で、「インフラバラエティは、TV局として成立するでしょうか?」と水を向けたところ、大いに興味関心を抱いていただきました。
そして、MXさんでインフラバラエティを成立するために必要なのは、タレントさんと、番組制作についての各種の「支援」をいただく皆さんだ、ということを確認していた次第です。
自社のPRというかたちでなく、「特別協力」というかたちで喜んで支援しますよ
藤井先生 そんな中で、当方が直接懇意にさせていただいているある建設業界の方にご支援いただく可能性についてお伺いしたところ、「インフラバラエティ」という番組の公的な趣旨にご賛同いただき、しっかりとした番組が制作できるなら、それは土木の世界、インフラ世界全体の利益になるのですから、自社のPRというかたちでなく、「特別協力」というかたちで喜んで支援しますよ、という大変ありがたいお返事をいただきました。
こうしたお返事の下、すでに知り合いとなっていたももクロさんに、MXさんとともに番組の趣旨も含めてご相談差し上げたところ、ももクロさんにもご快諾いただくことができました。
こうしてTV局やももクロさんたちに「インフラバラエティ」企画に賛同いただくこととなったわけですが、この段階で、取り急ぎ、レギュラー化する前に、良いものができるか否かを確認する意味で、上記の建設業界の方から「特別支援」を受けるかたちで「特別番組」を一本とりましょう、ということになりました。
ももクロさんたちに、インフラのいろはを教えていく
藤井先生 そして、その枠組みの中で、番組の詳細をTV局さんとさらに詰め、最終的に、番組の基本的なストーリー的枠組みを、『ももクロメンバーが、インフラを学び、インフラを通して日本を救う秘密結社「ももいろインフラーZ」のメンバーであり、各メンバーに、京都大学の藤井教授が、インフラのいろはを教えていく』ということとし、そのタイトルを「ももいろインフラーZ」とすることとなりました。
ここまで話がまとまってくると、後は、政府のインフラ部門(国土交通省)にも改めて打診し、インフラについてのバラエティ番組をつくるにあたって、現場の取材や情報提供などについての協力をお願いしたところ、改めての承諾を得ることができました。それと平行して、日建連を通じて会員企業にも同様の打診をしたところ、同じく承諾を得ることができました。
幅広く多様な国民に見てもらうため、YouTubeでも動画配信
藤井先生 こうした体制の下、一本目の特別番組として、「治水」をテーマとした番組を作成することができました。また、この番組は、末永く建設業関係の皆さん、幅広く多様な国民の皆さんに見ていただくことを祈念して作成したものですから、それをYoutube動画で配信することが必要だと、考えました。
ただし、多くの場合、肖像権などの問題があり、通常、テレビで放送した番組動画をそのままYoutube動画で流すことは難しいというケースが多いのが実態です。ですが今回の関係者各位に土木、インフラを長期的に広報したいという趣旨にて、是非ともYoutube動画配信をしたいと打診したところ、ももクロさんたちも含めて、快く了承いただくことができました。
おかげさまで、TVで放送するだけでなく、放送直後に、その放送内容の動画をそのままYoutubeにアップロードすることとなりました。
ももいろインフラーZ 特番第1回「治水」 2022年9月4日放送本編 / YouTube(TOKYO MX)
ゼネコン21社で「ももいろインフラーZ広報協議会」を結成
藤井先生 さて、こうして第1回目の「ももいろインフラーZ」が特別番組として放送・配信されることになりましたが、その内容を、日建連の土木系企業各社にご視聴いただきましたところ、その番組内容を各社、高く評価いただくことになりました。
そしてその結果を受けて、日建連土木本部土木運営会議の土木系ゼネコンで、賛同する下記21社をメンバーとする「ももいろインフラーZ広報協議会」を設置いただくこととなりました。
ももいろインフラーZ広報協議会メンバー21社(五十音順)
株式会社安藤・間 株式会社大林組 株式会社奥村組 鹿島建設株式会社
株式会社熊谷組 株式会社鴻池組 五洋建設株式会社 清水建設株式会社
株式会社錢高組 大成建設株式会社 株式会社竹中土木 鉄建建設株式会社
東亜建設工業株式会社 東急建設株式会社 東洋建設株式会社 戸田建設株式会社
飛島建設株式会社 西松建設株式会社 株式会社フジタ 前田建設工業株式会社
三井住友建設株式会社
この協議会は、清水琢三・五洋建設代表取締役社長におとりまとめいただくかたちで運営され、そして、この協議会にご支援いただく格好で、番組がさらに進められることとなりました。
各社個別の自社PRとは一線を画した、総合的な協力
藤井先生 そして、第1回目の特別番組は本協議会の座長企業1社に「特別協力」いただくかたちで制作いたしましたが、第2弾の特別番組はこのゼネコン21社に「特別協力」いただく格好で、同様のスタッフ、支援体制で、「道路」についての番組を制作し、放送、配信することとなりました。
なお、この「特別協力」でありますが、これは、この番組の「インフラについての理解を広く一般の国民に深めてもらうことを通して公益に資する」という趣旨に賛同し、各社個別の「自社PR」とは一線を画すかたちで、情報提供や現場紹介、そして、いわゆる「協賛」を含めた総合的な協力いただくというものです。
こうして大手ゼネコン21社の「特別協力」をいただくことができたことで、本年4月から、隔月で1本、年6本で「レギュラー番組」化することが決定された次第です。
ももいろインフラーZ 特番第2回「道路」 2023年3月5日放送本編 / YouTube(TOKYO MX)
民放番組にも関わらず、CMは一切流れない
――特別協力には、スポンサー(協賛)協力も含まれているんですね。
藤井先生 先程も申し上げましたが、各社さんには、「特別協力」をいただく格好となっています。そしてこの特別協力のポイントは、通常のスポンサーは自社のPRを目的とするものでCMを流すのが一般的ですが、そうしたCMを流した自社PRを行わず、あくまでもインフラの必要性、重要性を一般の方々に理解いただくための番組を制作し、放送・配信し、一人でも多くの国民に視聴いただくことを通して、世論におけるインフラ理解を深め、インフラ政策の進展を支援することを通して広く公益に資するという、公的目的のために協力するというところにあります。
したがって、このももいろインフラーZは、民放であるにも関わらず、国営放送番組と同様、最初から最後までCM無しで放送するという格好になっています。
なお、具体的には以上の趣旨の下、取材協力はもちろんのこと、現場の紹介、若手職員の紹介、そして「協賛」をいただいています。
協議会メンバー協力のもと、番組テーマを選定
――番組テーマやトピックスの選定は、どのようになされているのでしょうか?
藤井先生 第1回目、第2回目の治水と道路は当方主導で、MXのスタッフと協賛企業各位と相談しながら検討させていただきました。
4月からのレギュラー番組については、「ももいろインフラーZ広報協議会」の各メンバーに、各社が取り組んでいるインフラ建設現場などについての情報提供をお伺いした上で、当方とMXさんで検討して、年6回分の放送内容を検討し、改めて「ももいろインフラーZ広報協議会」各位に確認いただいてテーマ選定を行いました。
インフラ関係者の家族から高い評価
――ももクロメンバーのインフラまわりに対する認識はどう変わったと思いますか。
藤井先生 ももクロメンバーは、毎回の番組収録を経て、インフラに対する理解を、文字通り毎回毎回深めてもらっていることがよく分かります。
今のところ、治水事業、道路事業、国土強靱化事業、新幹線整備事業について収録しましたが、それぞれのインフラの要点を、その歴史も含めて深くご理解いただいているものと感じています。
――番組に対する視聴者の反応はどうですか?
藤井先生 当方が耳にするお声としては、大変高い評価をお受けしています。とくにインフラ関係者のご家族の方などから高い評価を得ているというお話をよくお聞きします。
ももいろインフラーZ 第1回「地震対策」 2023年4月2日放送本編 / YouTube(TOKYO MX)
ももクロメンバーに楽しく伝えることを心がけている
――番組に出演する上で心がけていること、気をつけていることはありますか?
藤井先生 ももクロメンバーの皆さんに楽しく分かってもらうことができれば、視聴者の皆さんにも楽しく分かっていただけるに違いない、ということで、一生懸命に、ももクロメンバーさんたちに分かりやすく、楽しくインフラについてのいろんなお話を伝えていくことを心がけています。
――個人的には、ダム(とくに川辺川ダム)をテーマにした回を楽しみにしているのですが、予定はありますか?
藤井先生 どのダムについて取り上げるか、まだ検討していませんが、ダムについてももちろん、取り上げる予定にしています。まずは電力のテーマの回で、水力発電のためのダムを取り上げる予定です。「黒部の太陽」のお話なんかもしようと思っています。その他で今、決まっているテーマは港づくり、高潮対策、トンネルなどですね。その他もいろんなテーマを考えています。是非、楽しみにしていただければと思います。
インフラ理解をさらに深める番組づくりを進めていきたい
――建設業界関係者に向け、土木広報に関するアドバイスがあれば、お願いします。
藤井先生 土木について一般の方にお話するときには、技術の内容を伝えようとするのではなく、むしろ土木技術者の視点を一旦脇に置き、あくまでも、土木の世界の「外」の目線で考え、それが社会的、経済的、そして、歴史的、文化的にどういう意味を持っているのかを幅広く考え、それらの中で特に分かりやすい内容をピックアップして、伝えていく、というのが大事だと思います。つまり、技術者として「伝えたいことを伝える」のではなく、あくまでも、「伝わることで、一般の方々の世界の見え方が変わるかどうか?」という一点を見据えて伝えていくことが大切だと考えています。
――最後に、抱負をお願いします。
藤井先生 インフラの世界には、一般の国民はもちろんのこと、インフラ関係者でも一部しか知らない極めて重要で、かつ、興味深いものがたくさんあります。それを一つ一つ取り上げ、一般の国民はもちろんのことインフラ関係者においても、インフラ理解をさらに深めてもらうような番組づくりを、関係者各位の格別のご協力、ご支援いただきつつ、進めてまいりたいと思います。是非ともご覧いただくとともに、周りの方にも是非、TV視聴はもちろんのこと、YouTube動画をご紹介いただけますと幸いです。よろしくお願いします。