やむなく派遣で働くAさん
以前働いていた現場に、ほぼ同時期に派遣されてきたAさんという技術者がいた。年齢は私より5歳ほど若かった。
Aさんは学校を卒業し、中堅の建築会社に就職。そのまま定年まで勤め、ほどほどの退職金をもらって、あとは仕事などせず、何もしないで年金だけでブラブラするつもりだったらしい。
しかし、会社の経営が傾き、Aさんは解雇。やむなく今は派遣社員として働いている。
Aさんは、最初に入社した会社で定年まで勤めあげることだけが目標で、特に技術的な勉強もせず、なんとなく現場に出され、なんとなく仕事をして、40年間その会社にいたそうだ。
確かに色々話を聞いたが、基本的な建築の技術に疎く、鉄筋の継ぎ手とか定着という言葉さえまともに理解できていない。よくぞこれでやってきたなぁと思うほどだったが、当の本人はそれを恥ずかしいと微塵も思っていないようだった。
それどころか、「専門的な技術の知識は誰かに聞けば何とかなる!職人への指示などは、安全第一で怪我などしないようにやってくれ!と言ってればいいんだよ!現場の難しいことは職人に任せておけばいいのさ!」と平然と言い放っていた。
私とは真逆の生き方をしてきたAさんだが、生きる術なのか、ボロが出ないようになのか、建築に関して私以外の誰かと話してるのを一度も見ることはなかった。Aさんに指示指導をする役割の職員も見限ったのか、途中からAさんに何も言わなくなっていった。
そのせいで短期で契約解除を言い渡されたAさんだが、悲しむ様子もなく、「言うなら1か月前に言ってくれなきゃ困る!すぐ失業保険の手続きをして、なんでもいいから次を早く決めて、早期就職手当もできればもらえるようにしたい!」と言っていた。
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真面目にやって良いことある?
技術者としては、なんたる怠慢!技術者失格だ!と思ってしまうような人だったが、Aさんを技術者と思わなければ、面白い人だと思うようになった。
ある日、Aさんからこんな質問をされた。
Aさん 「どうして派遣社員の立場で仕事をしてるのか?どこかの社員になれば給料だってボーナスだってもらえるのに!」
私 「色々なゼネコンの良いところを学べるから派遣社員のほうが都合がいい!」
Aさん 「そんなもんですかねぇ。」
Aさんは建築を技術的に学び、経験や知識を蓄積し、それを自分の糧としてスキルアップをしていこうという気持ちはさらさらなく、ただなんとなく建築の世界に身を置いているだけだ。信じられない、というような顔をしていた。
私 「これからどうすんの?」
Aさん 「まぁ、しばらくのんびりして、それでどうするか考える!」
私 「また建築の施工管理の仕事探すの?」
Aさん 「派遣会社に一度も建築の仕事なんて言ってないのに、前職が建築会社にいたから「じゃあ建築関係ですね!」と勝手に決められただけだけど。これから他のゼネコンの仕事に行って、使ってもらえるかなぁ?どう思う?」
私 「う~ん。まぁ、短期間ならなんとかなるんじゃないですか!」
曖昧な返事しかできなかったが、こんな考えの人もいるということだ。
さらにAさんからこんなことも言われた。
Aさん 「Nさん(私のこと)が真面目に建築の仕事してきて、この現場でも真面目にやってるのはよく分かるけど、そんな真面目にやってなんか良いことあるの?Nさんが1人だけ一生懸命図面描いたって、全然役に立ってないじゃないか!
それは上に立つ人間が、”たかが派遣の人間の言うこと”って馬鹿にして取り上げようとしないせいもあるし、外部の人間のほうが自分たちより良い図面描いて、より必要な情報が描かれていても、誰もそんな話しないじゃないか。
そんなの見ててあほらしくならない?真面目に我慢しながら仕事するばかりが能じゃないでしょ!」
と、まるで悪魔のささやきのようなことを言われた。Aさんは続ける。
Aさん 「そもそもどうして建築の仕事を選んだの?」
私 「私だって何のためにやってるのか分からなくなり、あほらしい!と思ったことは何回もある。が、一度選んだ仕事だし、100%ではないが、そこそこ私に向いていると思う。
確かに、建築の仕事を選んだことに確固たる確信めいた気持ちはなく、何となくモノを造る仕事に就きたい!と思い、建築学科に進み、今に至る。ただ今思うと、なんとなく建築学科と思ったその”なんとなく”の直感が、大切だったような気がする。」
そう答えたが、Aさんに響いたのか、何を考えていたのかは分からない。
それぞれ納得できる生き方
悪い状況や悪いコンディションの時の力が、本当の実力だと思っている。
全てが上手くいってるような調子の良い状況の中での力は、得体の知れない力に背中を押され、真の実力以上の力が出る。それを繰り返してるうちに、真の実力が底上げされていくのも事実だが。
それはスポーツや勝負の世界では顕著だが、建築の世界も地味ではあるが同じだと思っている。ただ、建築の世界は、実力なるものがなかなか目に見える形で現れないのが厄介なところだ。
建築の世界では、実力と一口に言っても、自分の専門の分野で最低限の知識を身に付けるまでには、どんなに頑張っても数年は掛かる。設計の仕事だろうが、現場の仕事だろうが、構造・設備または積算の仕事だろうが、それはあまり変わらない。
一方で、Aさんのように実力なんか関係なく、そこそこの会社に入って給料・ボーナスをちゃんともらい、安定した生活ができることが何より大切で、技術や知識は平均的なモノさえ身に付ければそれで十分だ!と、平然と組織に弾かれない程度に立ち回り、ぶら下がっている人も世の中には大勢いるだろう。
かろうじてぶら下がってるだけの生き方は私にはできないが、どちらが正しいということではなく、人それぞれ納得できる生き方ができればいい。
今でこそそんな余裕を持った言い方ができるようになったが、「ただ組織にぶら下がっている」なんて聞いたら、昔の私だったら「お前はなんのために生きてるんだ!」くらいのことは言っていたに違いない。
色々な見方ができるようになったのは、Aさんと出会い、私も少し成長したからかもしれない。
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