建設現場なのに「身だしなみ」が大事
自分が所属していた大手ゼネコンの住宅部は、身なり、身だしなみに、かなり厳しかった。その理由は、御施主さんたちが超VIPだらけだからだ。
この大手ゼネコンの作業服は老舗百貨店がしつらえ、汚れたら即クリーニングだ。通勤は背広が原則。電車に乗っていても、現場監督とは判別できない。
現に、汚い恰好をしていて配置換えをさせられた社員もいるし、私も一度だけ所長から襟首を摑まれて「襟が汚れているよ、着替えてよ」と注意された事がある。
自分の身を守るためにも清潔第一の現場だ。普通の現場ではありえないかもしれないが、ここでは作業服の汚れは禁物である。風紀委員たる所長によって常に身体検査が行われているようなものだった。
会社全体の売上を左右する重要な部署
私が住宅部にいた時の御施主さんたちは、超有名自動車会社の社長、総合商社の社長、プロ野球のオーナー、皇族、寺院、小説家、洋画家など、錚々たる超VIPの面々だ。だから、目の前の工事だけでなく、その後の設備投資や新築工事の受注もかかっている超責任重大な現場というわけだ。
それにしても、この礼儀知らずな田舎者の自分が、なぜこの責任重大な部署に採用されたのかは、一応の察しがつく。自分で言うのもはばかれるが、超VIPの奥様方に受けが良いイケメンだからではないかと思う。仕事は別にして、ルックスには自信がある。
超セレブの施主は、社長にクレームを入れる
普通の現場では問題が発生すると、下から上に報告していく、それでも部長止まりだろう。
しかし、この住宅部は逆に上から下へ降りてくる。なぜなら、VIP同士の交流で、御施主さんは社長に直接クレームを入れるからだ。
社長はカンカンで建築本部長に連絡、本部長は担当の副本部長に連絡、副本部長は部長に連絡、部長は工事長に連絡、工事長は所長に連絡と、こんな具合だ。
なので、その問題が現場に到達するまで、われわれは現場で能天気に仕事をしている。
老舗大企業の社長の邸宅改修工事で問題発生
この住宅部の対応案件はRC住宅、木造在来、2×6など多様だ。とにかく坪100万~200万円ぐらいの最高級の建物を担当する。所長は大体2~3現場を掛け持ちし、現場は係員が1人か2人で監理している。
ある時、自分はたまたま寺の改修工事現場にいたのだが、別の現場で問題が発生したので応援に行くこととなった。
そこは超有名企業の社長宅改修工事の現場である。竣工が近い現場だ。とりあえず自分は背広とヘルメットを袋に詰め込んで出かけた。
問題の原因は、水道の通水試験中に天井配管から漏水し、床の絨毯を濡らした事だった。工事管理が出来ていないことに御施主様はカンカンに怒っている。現場担当者は顔面蒼白だ。
私が到着した後、幹部連中が到着。遅れて担当の副本部長が到着した。その時、部長が「ヒー!」と悲鳴をあげた。部長は新宿の高層ホテルの建設で所長までした人であるが、副本部長と仲が悪いのだ。今もその変な声は忘れられない。夢にも出てくる。
その後も次から次へと、黒い背広の人たちが続々と集まってくる。広い敷地が人で一杯だ。
やがて問題の処理も無事終わり、外は薄暗くなってきた。これからどうなるのだろうと考えていたら、なんと、われわれ係員と作業員は、ホウキでゴミでも掃くように、門の外に出された。
門扉をピシャッと締められ、私は唖然呆然。しかたなく電柱の陰で着替えた。高級住宅街でパンツも丸見えだ。
通りかかるセレブの奥さんたちが、怪訝そうな顔で見てくる。こんな恥ずかしい経験は初めてだ。こっちは手伝いに来たのに何だこの扱いは! 私は怒り心頭であった。
所長が信用されていなかった?
帰り道、同じく手伝いに来ていた同僚と飲みに行った。焼き鳥とサワーの旨い事。酒場での議論では、この不祥事は、超VIPの御施主様と、現場とのコミュニケーション不足が招いた結果であろうということだった。
信頼関係があれば、社長でなく所長にまずクレームを入れるはずだ。所長が信用されていないのだろう、あるいは単に気に入らなかったのだ。だから社長に直にクレームがいったのだ。
もちろん、なかには頑固な所長もいて、セレブの御施主様だからといって必要以上にヘイコラする事もあるまいと言う人もいる。そこが御施主さんには気に食わないこともあるのではないか、なにせ超VIPですからね、なんて話を肴にして盛り上がったわけだ。
超セレブの施主に、ヘイコラすべきか?
しかし、大金持ちの御施主様に気に入られると、美味しい思いもすることができる。
御施主さんから絶大な信頼を得た場合は、住宅に使用する石を見に韓国のソウルに同行したり、イタリアまでタイルを見に同行する所長もいる。当然、経費は御施主さん持ちである。
某プロ球団のオーナーさんに食事に誘われる所長もいた。球団を引退した有名選手が他球団の監督に就任するかどうか、なんていう世間が知りたい情報の真実なんかも先に教わっていた。
でも失敗すれば左遷である。大きい会社なので北海道から沖縄まで、果ては海外も含めて行く現場がごまんとある。上述のジュウタン事件でも、部長はそのままだったが、次長と担当主任(所長)は遠くへ飛ばされていった。
しかし、自分は超セレブの御施主さんにも、必要以上にヘイコラと平身低頭しなかった。自分の顔に自信がある、と言っては怒られるかもしれないが、人それぞれの容姿や性格に合った生き方、考え方というものがあると思っている。
>そこは超有名企業の社長宅改修工事の現場である。竣工が近い現場だ。とりあえず自分は背広とヘルメットを袋に詰め込んで出かけた。>門扉をピシャッと締められ、私は唖然呆然。しかたなく電柱の陰で着替えた。高級住宅街でパンツも丸見えだ。>通りかかるセレブの奥さんたちが、怪訝そうな顔で見てくる。こんな恥ずかしい経験は初めてだ。こっちは手伝いに来たのに何だこの扱いは! 私は怒り心頭であった。着かえる前の服装で帰ればいいんじゃない?背広着て現場入ったわけでもないでしょ?「パンツ丸見え」って書きたいだけなんじゃないの?どうして、街中でわざわざ着かえる必要があるんだろうか?作業服で時にはニッカポッカで電車乗ってる人も普通にいますけど・・・常識のない人ですね。