以前、羽田空港のアクセス鉄道基盤整備について記事にしたところだが、そこから1年半が経過したころ、主要な工事が急ピッチで動き始めたという情報を得た。じゃあということで、東京空港整備事務所をはじめ、1月下旬時点で動いていた3つの現場を回って、取材してきた。
羽田空港アクセス線基盤整備事業の現場に迫るシリーズとして、全5編にわたって公開していく予定だ。
第1弾では、東京空港整備事務所編として、同事務所職員への聞き取りなどをもとに、同事業の概要や進捗・見通しのほか、クリティカルだと思われるポイントについて、ザックリ整理しておく。
※役職は2025年1月下旬の取材時点
今 隆之さん 国土交通省 関東地方整備局 東京空港整備事務所 事業調整課長
山本 篤志さん 国土交通省 関東地方整備局 東京空港整備事務所 第七建設管理官室長
横山 英智さん 国土交通省 関東地方整備局 東京空港整備事務所 第七建設管理官空港整備係長
工期が短く、施工環境がキビしく、地盤が悪い
羽田空港アクセス線基盤整備事業は、JR東日本の羽田空港への乗り入れと京急電鉄の羽田空港内駅の引上線延伸に伴う、空港島内でのJR線のシールドトンネル工事(約1.9km)、JR線の開削トンネル工事(約500m)、京急駅舎の歩行者通路の切り回し工事、京急引上線のシールドトンネル工事(約300m)などの工事で構成される。
同事業のクリティカルポイントとしては、工期が短いこと、施工環境がキビしいこと、地盤が悪いことが挙げられる。
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JR工事乗り込みに間に合うよう、工事完了を目指す
工期に関しては、JRの2031年開業が決定事項となっている。レール敷設などの鉄道関連工事の期間を加味すると、開業の数年前までには基盤整備事業を完了させる必要がある。
同事務所の今隆之・事業調整課長は「空港島の躯体ができたら、JRが工事に乗り込んでくる。それに間に合うように施工する必要がある。そのためには、しっかり全体の工程調整をしなければならない。とくに、JRとの乗り込み調整はかなり密になっていかなければならない。これが今かなり大きな課題になっている」と話す。
ただでさえタイトな工期だが、ここにさらに、働き方改革への対応という足かせがつく。関係者にかなり大きなプレッシャーがかかっていることは想像に難くない。
多岐にわたる関係機関との協議を遅滞なく、密に行う必要がある
施工環境については、いくつかの道路を何度も切り回さないと作業ヤードすら確保できなかったり、直近に既設構造物があったり、滑走路直下をシールドで抜く必要があったり、現場が輻輳していたり、望ましからぬ条件がズラリと並ぶ。
各現場の施工環境のキビしさについて、今課長はこう話す。
「P3駐車場前開削工事に際しては、ヤードを確保するために空港内周回道路および国道357号線を振替する必要があることから、警視庁や空港事務所・国道事務所との協議を遅滞なく行うことに加え、P3駐車場利用に影響が生じないように駐車場管理者との協議を密に行うこと、道路振替時には事前にHPなどにてアナウンスを確実に実施するよう心がけている」
「また、JRシールドトンネル工事については、シールド掘進時に影響がないかどうか確実に把握するためにも、掘進エリアに近接する建屋、滑走路、誘導路などの全てに計測機器設置を行うための事前協議を行うなど、影響回避を目的とした関係機関との協議が多岐に渡っている」
軟弱地盤な上、支障物が多く、なかなか順当に施工が進まない
施工環境に加えて地盤も悪い。海に面した埋立地なので、地下水位が高く、軟弱地盤だ。そこにはガレキやゴミといった支障物がこれでもかと埋まっている。
地盤の問題について、同事務所の山本篤志・第七建設管理官室長はこう話す。
「羽田空港はもともと、埋め立ててつくっている。島自体が軟弱地盤なので、どこで施工しても地盤改良が必要になる。その際にも、コンクリートのガレキやタイヤ、鉄筋など、とにかくいろいろなモノが出てくる。そういうことを繰り返しながら、施工を進めている状況なので、なかなか順当に施工が進まないというのが、実情だ」
ECI方式を採用し、設計段階から施工者の技術提案を募る
これらのクリティカルポイントを乗り越えるための方策として、工事発注に際し、ECI方式(技術提案・交渉タイプ)が採用されている。ECIとは、Early contractor involvementの略で、平たく言えば、どうすればうまく施工できるか、工事の早い段階(設計段階)から施工者に参加してもらって、施工者にしっかり考えてもらう方式だ。同事業におけるECI案件は、1月下旬時点で2件が工事着手済み(同事業のECI案件は全4件)だ。
工事着手済みのECI案件としては、
- 清水建設が受注した東京国際空港空港アクセス鉄道開削部(P3駐車場前)躯体築造工事(JR新駅のホーム部分の工事)
- 鹿島・東亜・あおみJVが受注した東京国際空港空港アクセス鉄道シールドトンネル他築造等工事(空港島内の鉄道トンネル工事)
の2つの工事が挙げられる。
道路交通や近接構造物などへの影響を抑え、狭隘なエリアで支障物に対応しながら施工する
清水建設の工事は、P3駐車場前の通り抜け道路、周回道路、国道357号の近傍、地下に延長約0.25kmの開削トンネルを掘り、ホーム(2層構造のコンクリート躯体)を構築するというものだ。
東京空港整備事務所では、P3駐車場前の開削トンネル工事の発注に際し、
- 道路交通や駐車場利用者への影響を最小限にする必要
- 狭隘なエリアの中で、近接構造物に影響を与えないように施工する必要
- 地中障害物の存在や地盤改良の造成不良といった施工リスクへの対応が必要
の3つを課題として整理し、清水建設から提案のあった内容に関してECI設計協力業務の中で協議・精査されたものが設計に組み込まれている。
空港内施設への影響を最小化しながら、安全かつ確実に地中接合する
鹿島JVの工事とは、JR新駅から空港島護岸までの約2km区間のシールドトンネル工事で、警察庁舎、滑走路、共同溝などの既設構造物の直下を抜く。立坑はタクシープール内に構築する。既設のエアサイド連絡橋の撤去、迂回路の設置といった工事も含まれる。
工事の発注に当たっては、
- 空港内の施設への施工による影響を最小化することが必要
(掘進時に地上の陥没や滑走路などの直下に空洞、既設構造物の変位などを発生させてはならない) - 地盤条件などを考慮して他事業者(JR)が施工するシールドトンネルとの地中接合を安全・確実に施工することが必要
の2つを課題整理。鹿島JVからは、課題1に対して、
- 地中に残存するサンドドレーン工法袋材を細断できるカッター(ソニックビット)をシールドマシンに装備する
- カッタースポークの間隔を広げ、スクリューコンベアは軸のないリボン式を採用することで、地中に残存する鋼材や古タイヤなどによる閉塞を防止する
→閉塞させないことでスムーズに掘削、排土することができ、切羽圧を安定させ、周辺地盤変状の誘発リスクや工程遅延リスクを回避 - 可燃性ガスが溶存する土砂をシールドマシン内の泥水混合箱で流体化し、トンネル内を配管圧送することで、地上泥水処理プラントまで密閉状態で土砂を搬送する
→可燃性ガスが火災や爆発を引き起こし空港内の施設に多大な影響を及ぼすリスクを回避
課題2について、
- シールド構内からの地盤凍結工法(ICECRETE工法)による施工
→高水圧で自立性の低い砂地盤内において必要な凍土をシールド構内から安全に造成し確実に止水
といった技術提案があった。
学識者が的確、中立な技術提案かどうか審査
これらの工事が本格化するのはまだ先だが、今回の技術提案の評価方法として、こうコメントしている。
「各工事ともに、各々の技術提案項目に対する的確性について中立かつ公正な審査・評価の確保を図るため、学識経験者で構成する『技術提案・交渉方式に係る専門部会』において、審査を行った上で契約を行っている」(今課長)
施工者ごとに「工事をちゃんと工程通り進めたい」という思いが随所で出てくる
ただ、同事業には、複数の現場が輻輳しているというまた別の問題もある。たとえば、清水建設の現場で言うと、柵を挟んで、他の複数の現場と隣接していたりする。こうなると、工程によっては、作業ヤードや資材置き場、車両ルートなどが一部重複してしまう、といった問題が発生する。この問題のやっかいなところは、それぞれの施工者の技術力、努力だけではどうにもならない点にある。
この点について、今課長、山本室長はそれぞれこう指摘する。
「施工を進めていく上で、一番問題になってくるのは、各現場間のヤードの取り合いだ。この問題を解決するには、新たなヤードを確保する必要があるわけだが、警察庁舎やタクシープールといった空きスペースをお借りするだけでは足りない。そこで、P3駐車場南側の周回道路を通行止めにした。空港内の大動脈道路だが、この道路を止めないと、どうしても施工に支障が出るからだ。2025年1月から5年間ほど止める見通しだ」(今課長)
「各工区が隣接しているので、それぞれの施工者ごとに『工事を計画工程通り進めたい』という思いが随所で出てくる。基本的には施工者同士で調整してもらうことにしているが、どうしても決めきれないことが出てくるだろう。そんなときは、われわれが最終的な調整をしっかりやっていかなければならない」(山本室長)
「ちゃんと休め。でも、工期はちゃんと守れ」という矛盾
最後に、同事業におけるいわゆる働き方改革への対応について、触れておく必要がある。国土交通省が発注する工事は、完全週休2日(土日祝日閉所)が基本となっており、この事業の現場も例外ではない。この事業の現場は現在、基本的に昼夜態勢(昼8時〜17時、夜20時〜5時の交代制)で動いている。
土日祝日に現場を動かせない以上、昼だけでなく、夜もやらないと、工期に間に合わないことから出た苦肉の策と思われるが、働き方改革への対応というものが、現場の手かせ足かせになっているのは明らかだ。「ちゃんと休め。でも、工期はちゃんと守れ」と言っているわけで、矛盾だとさえ言える。
この場で働き方改革にケチをつけるつもりはないが、ご改革によって、現場に矛盾がもたらされ、苦しいマネジメントを強いられている事実があることは、やはり摘示しておかなければならない。
どんなに工期がタイトでも、やはり安全が第一
その上で、締めくくりとして、山本室長のコメントを付記しておく。
「私がこの事業で一番気にかけていることは、やはり、まずは安全第一で工事を進める必要がある、ということだ。工期がタイトというのはあるが、安全が確保されていないと、空港の運用に影響を与えるリスクがあるからだ」