株式会社イクシス 代表取締役 山崎文敬氏

株式会社イクシス 代表取締役 山崎文敬氏

学生起業からインフラ革命へ。イクシス・山崎文敬氏のロボット人生

ロボットに心を奪われた一人の学生が、サークルの延長で起業し、やがてインフラ業界の根深い課題に挑む――。株式会社イクシスの代表取締役である山崎文敬氏は、20年以上にわたりロボット開発の最前線を走り続け、建設業界の生産性向上や安全確保に大きく貢献してきた。ロボット愛から始まり、インフラ点検の未来を切り開く彼のものづくり人生は、情熱と実用性の融合そのものだ。

この記事では、山崎氏がロボットに魅せられた原点から、インフラ向けロボット開発の現状、そして建設業界の未来への展望までを詳細に追う。彼の姿勢は、技術の可能性を信じながら、現場の現実と向き合うバランス感覚に満ちている。

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ロボット愛とお金の壁 軽やかな学生起業の第一歩

山崎氏の物語は、1990年代後半の大学時代に始まる。当時はベンチャー起業などほとんど注目されない時代。ロボット好きの学生だった山崎氏は、全国や海外のロボット大会に熱中し、特に国際的なロボット競技会「ロボカップ」に情熱を注いでいた。しかし、海外遠征には多額の旅費が必要で、アルバイトの収入では賄いきれず、経済的な壁に直面していた。

「ロボカップでそこそこの成績を出すと、大学のAI研究室の先生たちから『そのロボットを売ってくれ』と言われるようになったんです。じゃあ、売って旅費に充てようかと単純に思ったのがきっかけ(笑)」は振り返る。

ロボカップは、ソニーの元研究員で現チーフテクノロジーフェローの北野宏明氏がAIとロボット研究の推進を目的に提唱した大会だ。世界中の大学や研究機関が参加し、ロボット同士がサッカーをするなど、技術の粋を集めた競技が行われる。山崎氏は北野氏のチームに学生として参加し、ソニーの五反田研究所に出入りする中で、起業した。

「北野さんに『会社を起こせばいいんじゃない?』と言われ、真に受けて(笑)。1週間か10日後には会社ができた。本当に志が低いスタートでした」と笑う。こうして1998年、イクシスは誕生した。社名は北野氏が命名した「インテリジェント・エックス・システム」の略で、Xは変数を意味する。知的なものづくりを目指す姿勢が込められた名前だ。当初は「イクシス・リサーチ」として研究色の強い活動を展開したが、2018年にソリューション事業を強化するため「リサーチ」を外し、現在の「イクシス」に改めた。

起業当初は、都内の中野区にある山崎氏の下宿先、ワンルームマンションが拠点だった。「今みたいにインキュベーション施設や大学の支援なんてなかった。登記先をどうするかが一番の悩みで、結局、ワンルームでこっそり始めたんです」と当時を振り返る。ハードウェアベンチャーゆえ、材料費や在庫管理、作業スペースの確保といった課題が山積みだったが、若さと情熱で乗り越えた。「1998年はホンダのアシモやソニーのアイボが登場したロボットブームの真っ只中。世の中は追い風だったけど、ブームに乗ったわけじゃなく、ただロボットを作るのが楽しかった」と語る。

ものづくりの純粋な喜び 田舎育ちのロボット哲学

山崎氏のロボットへの情熱は、意外にもアニメやSFではなく、幼少期のものづくり体験に根ざしている。「田舎育ちで、木をノコギリで切って船を作ったり、ものづくりが大好きだった。ロボットは『ものづくりの頂点』くらいの感覚でした」と言う。ドラえもんや鉄腕アトムといったロボットアニメには興味がなく、NHKのロボコン(ロボット競技)を見て「こういうのがやりたい」と感じたのが原点だ。

「明確な夢や理想があったわけじゃない。『作るのが楽しい、役に立てばなお良し』というモチベーションだった」ーー。顧客から「こんなロボットが欲しい」と言われれば、「何でも作りますよ」と柔軟に応じる姿勢が、彼のものづくりを支えた。2005年の愛知万博では、ロボットが注目を集め、「ロボット万博」と呼ばれるほどの盛り上がりを見せた。山崎氏の会社もポツポツと仕事を受注し、大学の先生たちとのネットワークや、検索してもロボットメーカーとしてほぼイクシスしか出てこない時代背景が追い風となった。「学生だったので、給料のプレッシャーもなく、小遣いの延長くらいの気持ちでやってました」と笑う。

しかし、万博後の2005年頃、ロボットブームは急速に冷めた。大手企業が研究から撤退し、仕事が減少。山崎氏は、華やかな場で使われたロボットが「終わったら捨てられる」現実に疑問を抱く。「コミュニケーションロボットやレスキューロボットを作っていたけど、もっと継続的に役立つものを作りたいと思った」と彼は振り返る。阪神淡路大震災をきっかけにレスキューロボットのニーズが高まったが、災害は頻度が低く、技術のブラッシュアップが難しい。そこで、インフラ点検という日常的な課題に目を向けた。「老朽化対策や人手不足が課題で、災害を防ぐにはインフラの健全性を保つ必要がある。点検ロボットなら継続的に価値を提供できる」と、2006年頃にインフラ向けロボット開発へのシフトを決意した。

インフラ業界の壁 専門用語と実績の突破口

インフラ業界への参入は、想像以上に険しかった。「展示会で『橋の構造が』とか専門用語を並べられても、さっぱりわからない(笑)。課題も見えないから『教えるのが面倒』と逃げられることも多かった」。もう一つの壁は「実績はありますか?」という質問だ。新規参入ゆえ「ないです」と答えると、話が終わってしまう。専門用語と実績の不在が、インフラ業界の高い参入障壁だった。

それでも、山崎氏は諦めなかった。「この業界で役立つロボットを作りたい」と、にわか知識でも専門用語を覚え、顧客との会話に食らいついた。転機は、2007年、とある企業から案件を受け、高速道路の現場にロボットを持ち込んだ。「そこで初めて業界の課題が見えた」。以降、展示会で「アレをやったのはあなたか?」と認知され、複数の企業から声がかかるようになった。

信頼構築のカギは、現場での学びと実績の積み重ねだった。「専門用語や課題がわかるようになり、顧客がポロっと言ったニーズにも応えられるようになった。シンプルで使いやすいロボットを提供し、不具合があれば即対応。成功体験を積ませることで、顧客のロボットリテラシーが上がった」と語る。高速道路関係の企業との協業を通じて、2年ほどで確かな信頼を築き上げた。

フロアドクターの成功 現実的なロボット革命

山崎氏が特に誇るのは、物流倉庫のコンクリート床のひび割れ検査ロボット「フロアドクター」だ。200,000平方メートルもの広大な床を人間が検査するのは非現実的。顧客は「夜中にボタンを押せば朝に検査が完了する」全自動ロボットを期待したが、山崎はあえて「手押し台車型」を提案した。「自動化は魅力的だけど、現場の環境が整っていないと動かない。床が汚れていたり、物が散乱していたりするとデータが取れない」と彼は説明する。

代わりに、AR技術で仮想のガイド線を表示し、作業者がその線に沿って台車を押せば正確な写真が撮影できる仕組みを採用。「まずは床を綺麗にしましょう」と現場の運用改善を促した。最初は「こんなのいらない」と否定されたが、実際に運用するとその実用性が認められ、業界のデファクトスタンダードに。「ロボットそのものより、顧客が欲しいのはデータ。ニーズに応える設計が成功の鍵だった」と山崎氏は語る。

フロアドクターの成功は、イクシスの哲学を象徴している。派手な全自動化より、現場の現実を踏まえた実用性を優先。環境や運用を整えることで、ロボットの価値を最大化するアプローチは、インフラ業界に新たな可能性を示した。

i-Constructionとロボットの未来 人とロボットの共存を目指して

イクシスは、国土交通省のi-Constructionに即した建設現場のロボット活用を推進している。しかし、課題をこう指摘する。「ロボットは30年前から必要と言われながら普及しない。ロボットの性能の問題もあるが、現場や本社の環境や意識がロボットフレンドリーじゃない。ロボットリテラシーの低さもボトルネックだ」

2018~19年に点検要項が改訂され、ロボットでの撮影が認められたが、5~6年経っても浸透は遅い。「技術を向上させるだけでなく、現場環境の整備とリテラシー向上が必要」と強調する。イクシスは、大手企業と共同で3~5年後に必要となる技術の研究開発を進めつつ、今すぐ役立つITサービスやAI技術を段階的に導入し、ロボットが受け入れられやすい現場環境づくりを構築している。

ドローンについては、「参入障壁が低く、ボタン一つで動くので人気だが、重量制限や飛行時間の短さ、風への弱さでなかなか100点の顧客満足にはなりにくい。オペレーターも必要で省力化につながりにくい」と分析。イクシスは「地に足のついたロボット」で、ひと手間かかるけど確実なデータ取得を目指す。「顧客が欲しいのはロボットそのものじゃなく、データ。そこを見誤らない」と言う。

建設業界へのメッセージ 課題を分解し、未来を築く

山崎氏は、建設業界に向けてこう呼びかける。「自動化やロボット化は正面突破ではなく、課題を分解して議論すべき。人手不足で熟練者が減る中、まだ人がいる今、ノウハウをシステムに蓄積する取り組みが急務だ。この数年が勝負。ぜひ一緒に未来を創りたい」。

ロボット愛から始まった山崎氏の挑戦は、インフラ業界に静かな革命を起こしている。ものづくりの楽しさと実用性を追求する彼の姿勢は、建設現場の未来を確実に変えていくだろう。イクシスのロボットは、派手さはないかもしれない。しかし、現場の課題を一つひとつ解決することで、インフラの安全と効率を支える縁の下の力持ちとして、着実にその存在感を高めている。

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