日本建築士会連合会(士会連合会、古谷誠章会長)、日本建築士事務所協会連合会(日事連、上野浩也会長)、日本建築家協会(JIA、佐藤尚巳会長)、日本建設業連合会(日建連、宮本洋一会長)、日本建築学会(竹内徹会長)の建築関係五会から構成する産学連携建築教育懇談会は、5月14日に『国際的で魅力ある次世代の建築職能人材の育成に向けた提言』を発表した。(※肩書きは会見当日のもの)
国内では、少子高齢化の進行に伴う生産年齢人口の減少が進む一方で、国外ではグローバル化の進展に伴い、国境を越えた人・モノ・サービスの移動が加速。そこで国内の建築学生が卒業後、海外でも活躍できる環境を少しでも広げること、海外で建築を学んだ人材が、日本国内でも広く活躍できる環境整備が次世代人材にとって建築に関わる職能が魅力的であり続けるために必要であり、産学関係諸団体が連携して取組むべき喫緊の課題に関する提言を表明した。
提言の骨子は次6項目から構成する。
- 国際化対応へ向けた関係諸団体の一層の連携強化
- 日本の建築界および専門職能の魅力の維持・発展
- 一級建築士資格制度の将来像
- 建築教育と産業界での実務との接続のあり方
- 建築教育の国際通用性向上
- 国際協定傘下の教育プログラム修了生の資格制度における扱い
記者会見に出席した日本建築学会の竹内徹会長は、質疑応答の席で「今後、各団体がホームページなどを通じて提言を一斉に発信する。国土交通省、文部科学省や関連団体などへの働き掛けも進めるとともに、提言内容を2年にわたり議論してきた『産学連携建築教育懇談会』も継続し、検討を深めていく」と語った。
次世代を担っていくことは五会共通の利益
さらに竹内会長は、「一級建築士の難易度や合格率の問題は、法改正がなくとも変えることが可能で、一級建築士の数も含め、適切な範囲もあるのではないか。次に建築関係だけではなくすべての大学で悩んでいる問題では就職活動の早期化で、大学院教育に与える影響は大きい。今回、建築関係五会では、産業界と大学側が協議し、得た結論は通年採用だ。就職活動は早期化ではなく長期化に問題がある。たとえば一度、留学してさらに成長した人材も受け入れる方向では産業界も歓迎だ。今後は留学などで遅れて就職活動を行う学生、さらには中途も採用する方向で進めば、大学でじっくりと建築を学び、海外で学び知見を深め、一人前に仕上がった人材を採ることが健全な採用活動であり、建築業界ではその点について合意を得られた意義は大きい」と述べた。
会見の出席者は、日本建築士会連合会の古谷誠章会長、櫻井泰行国際委員長、日本建築士事務所協会連合会の上野浩也会長、日本建築家協会の佐藤尚巳会長、藤沼傑・UIA建築家職能PPC委員、日本建設業連合会の賀持剛一建築設計委員長、柴田淳一郎・建築設計委員長設計企画部会長、日本建築学会の竹内会長と田中友章・全国建築系大学教育連絡協議会運営委員長。
今回、田中友章・全国建築系大学教育連絡協議会運営委員長が中心となり提言をまとめ、会見では経緯と内容について解説した。
田中友章全国建築系大学教育連絡協議会運営委員長
1997年8月に日本建築学会の主導により、建築関連五会の代表者による「五会会長会議」が設置され、国際的に通用する建築教育を検討してきた。2022年8月の五会会長会議の席上、日本建築学会から「建築分野の国際教育に関して―アジアの国際競争に負けないための対策が急務―」と題する報告があり、これを受け2023年4月に五会から選出した委員により、産学連携建築教育懇談会を設置し、2年以上にわたり次のテーマで情報共有や意見交換を進めてきた。
- 日本のアーキテクト資格システムの国際的信用性の向上、特に資格システムの教育要件となる建築教育のあり方やその国際通用性の向上のための方策
- 次世代専門職能人材育成に向けた建築教育の学修期間と産業界の就業期間との接続のあり方、特に学修期間中に行われる就職活動(インターンシップを含む)や資格取得のための準備活動のあり方や今後の改善の方向性
「私たちの建築業界に優秀な人材に集まっていただき、次世代を担っていくことは五会共通の利益となる。とくにアジアでは日本はしっかりしたポジションを築いており、今後とも引き続いていくためにはどうあるべきかを主に議論してきた。これまで8回にわたる懇談会を経て今回まとめた」(田中運営委員長)
通年採用などの窓口拡大を提起
提言1の「国際化対応へ向けた関係諸団体の一層の連携強化」では、アジアを中心とした海外での競争に負けないためには、国際化への対応は喫緊の課題であり、関係諸団体が連携し、一丸となり取り組む。提言2の「日本の建築界および専門職能の魅力の維持・発展」では、報酬の経済的条件に加え、専門職能像への社会的認知も含め、魅力を維持・発展し、さらに幅広く発信・広報できるよう関係諸団体が連携して取り組む。提言3の「一級建築士資格制度の将来像」では、アーキテクトとエンジニアリングを包括したベースとなる資格を維持するとともに、国内の生産年齢人口の減少や国外のグローバル化の進展など双方の時代のニーズに的確に対応できるよう、国際建築家連合(UIA)で採択した国際建築職能基準協定などに照らし、国際的な信用性の増進を目的とする対応方策を検討する。
提言4の「建築教育と産業界での実務との接続のあり方」では、就職活動の内実も示した。修士1年・学部3年の夏休みにインターンシップに参加し、秋から春休みにかけて応募し、選考を受け、合格者に「内々定」として事実上の採用の約束を口頭で交わす。その後、政府の要請に基づいて10月1日以降に、文書で正式で取り交わす「内定」が形式的に行われる。この時期に就職活動が集中し、学業がおろそかになる状況について大学建築教育界からは、教育の空洞化を招き、人材育成に深刻な影響をもたらす可能性があるとして、日本建築学会や全国建築教育系大学教育連絡協議会では強い憂慮の念を表明している。現在、就職活動の長期化は常態化しており、次世代人材の育成に影を落としていると指摘した。
今後、建築業界が持続的に発展していくために、新卒の通年採用、インターン、中途採用やプロジェクトごとの採用などキャリアパスの選択肢を拡充し、採用の間口を広げ、現在の就職スタイルを見直していくべきと提起した。
次に2018年の建築士法改正で実務経験が受験要件から免許登録要件へ変更に伴い、建築士試験の受験機会も早期化し、学部卒業の翌年から受験可能となった。近年では在学中の大学院生も多く建築士試験を受験する状況が生まれたことから、就職活動の早期化・長期化、就職活動を終えた大学院生が建築士試験の受験準備に注力している。この結果、大学院教育の空洞化が懸念され、日本建築学会は教育の影響の憂慮や大学院の予備校化への懸念を表明している。必要であれば、教育要件と実務経験の関係をより適切なものとするための検討を行うべきと提案した。
一級建築士試験は実務の実態と整合すべき
また、一級建築士試験についての問題提起もあった。現在、試験内容は、実務から乖離し、特殊で難解な内容となっている。限られた受験機会で上位一定数に入らなければ合格できないという試験形式の特性により、実務とは別に受験に特化した特殊な勉強をしなければ建築士に合格が難しい。そこで試験内容については実務の実態と整合した適切な内容や形式、水準の難易度のものと改善すべきと提起した。
提言5の「建築教育の国際通用性向上」では、国連教育科学文化機関(UNESCO)国際建築家連合(UIA)の建築教育憲章に準拠した建築教育が各国で実施している。日本技術者教育認定機構(JABEE)が、2019年に同憲章に準拠した建築教育を相互認証する「キャンベラ協定」に正式加盟したが、同協定の認定大学は極めて少ないのが実情だ。国際的通用性のある教育プログラムが少ないことにより、日本の設計者が実務上の不利益や国際的な孤立を懸念した。一級建築士は、今後の改訂に向けて、アーキテクト資格システムの教育要件の整合性を高め、位置付けを明確とする検討を進めるべきとした。
提言6の「国際協定傘下の教育プログラム修了生の資格制度における扱い」では、一級建築士制度に関わる扱いについても、今後、国際的な信用性を増進するための対応方策が検討される場合も含めて、その制度の特性を維持した上で、修了生が国や地域のボーダーを超えて移動する際に適切な機会が相互に付与され、対外的に説明可能なかたちで対応が図られるよう関係機関間での協議を進めるべきと指摘した。
「小異を捨てて大同につく」五会出席者のコメント
各代表者のコメントは次の通り。
日本建築士会連合会の古谷誠章会長
「今回、五会が小異を捨てて大同につくことで提言を発表したことは感慨深い。日本の建築や建築士資格の制度は諸外国と異なり、優れた建築教育を受けている学生が将来、アジアなどの世界で十分に活躍できない状況に陥る懸念がある。JABEEがキャンベラ協定に正式加盟し、環境も整っているがここから先は日本の建築教育機関が十分に活用し、学生を受け止めていただいている産業界、所掌している各官庁が提言の問題を認識共有し、対国際戦略として位置付けて押し進めて欲しい。
次に一級建築士は過度な難問が多く、合格者は全体の受験者の8%。提言にも示したが、大学院教育の空洞化につながっている。これは送り出しの大学と受け止め側の産業界の目指す点を一致させ、より良い質の高い建築教育を受けてもらい、実力のある学生がしかるべき資格取得することが出来て、会社への就職をスムーズに進めることが重要だ。教育界側と産業界側がより良いあり方について、建築業全体で推進していきたい」
日本建築士事務所協会連合会の上野浩也会長
「五会で記者会見を行うために、本連合会でも機関決定を行った。志を一つにしなければ、良き人材が建築業界に入職しなくなる。提言は、細部にこだわらず、大きな意味で建築業界がまとまって行動できる一つのアクションだ。今後は引き続き議論を続け、関係各位の理解を得ながら進めていきたい」
日本建築家協会の佐藤尚巳会長
「今回の提言に関して、私どもも同調し、同じような意識を抱き、望んでいきたい。一番の意識の問題では、エンジニアとアーキテクトを内在する日本の建築士では、災害大国であるため、性能確保が至上命題的にある。一方、海外のアーキテクトは、人が生活をしていくうえでよりよい環境をつくり、街をいかにここちよくする点に存在価値を問われる。日本でもその点をないがしろにしていないが、2番目の項目に留まる。今回は、大学教育から資格制度、一級建築士の試験の問題も含めて、かなり日本の建築設計全般、建築物のレベルに関わるような提言を行ったが、この内容への理解を求めたい」
日本建設業連合会の賀持剛一建築設計委員長
「日建連として一番大きな項目は、採用の問題。政府の要請は実態では無視され、各社がそれぞれ早めに人材を確保する実態がある。人手不足の環境で各社ともいい人材を早めに確保する形で取組んでいるのが実情だ。しかし、提言にあるように、大学院に入った後、半年もしないうちに採用活動が始まる状態になる。日建連の立場から見ても修士2年のうち半年分の実績だけを見て採用することは本当に正しい姿なのかという懸念は抱いていた。何らかの形で就職活動を見直す方針だが、政府の要請と実態が乖離している状態を産業界と教育界がウィンウィンになれるような採用活動を展開していきたい。
次に一級建築士は企業側から見ても就職後、試験に取組むが、給料が安い新入社員が高い学費を払い、学校に通学し、勉強しないと合格しないのが現実だ。それはおかしいことであるし、我々の立場から見ても仕事を覚えてもらわなければ時期に、寝る間を惜しんで一級建築士の試験に挑むことは不自然である。そこで一級建築士の制度についてもいい方法がないかと考えており、日建連としても提言に則り、ともに改革に向けて協力したい」