日本建築学会の第59代会長に就任した小野田泰明会長(東北大学教授)ら役員は6月13日、東京都港区の建築会館で就任会見を開き、「色々な人の意見を聞きながら建築の価値を見つめることを通じて、社会を大きく変革する場でありたい」と今後の方針を発表した。
小野田会長は、「建築を取り巻く環境は厳しい。カーボンニュートラル、精神の問題であるウェルビーイングなど、幅広い分野に対応しなければならない。一方、人口減少、建設費用の高騰、職人の不足などに起因し、今までできたことがやりにくくなっている。このときこそ知恵を集めながら、我々の社会を再構築していかなければならない。その起点として建築の役割は非常に大きい。
私は能登半島の復興のお手伝いをしているが、ここは人口減の地域だ。一方、この地域は古代から人が居住し、大陸との交流も盛んであったほか、古代日本の大伴家持、柿本人麿もいた先進的な地域であった。その素晴らしい場所の人口が減少し、高齢化も進み難しくなっている。皆が集まりつつ、対応を検討する稀有な組織の一つが日本建築学会だ。お互いの共通言語を活用し、議論できるプラットフォームであるため、議論の内容を社会につなげ、若い方が希望を持てる社会の実現の礎となっていきたい。今まで日本建築学会で議論を進め、実装できなかったこともあるが、これから踏み込んで行っていきたい」と語った。
日本建築学会は、1886年(明治19年)に設立された日本では最も古い歴史を持つ学術団体。会員数は2025年6月現在で約3万7,000人と4万人近い会員数を抱え、日本の中での学術団体としては最大級だ。
小野田泰明会長の略歴
(おのだ・ やすあき) 1986年に東北大学工学部建築学科卒業後、1996年から東北大学大学院助教授。1998年から 1999年にかけてカリフォルニア大学建築都市デザイン学科客員研究員へ。帰国後、2006年から東北大学大学院教授、2010年から東北大学大学院SSD(Sendai School of Design)教授に就任。2021~2023年には建築学会副会長を務めた。著書に『プレ・デザインの思想 – 建築計画実践の11箇条』(TOTO建築叢書)などがある。石川県生まれの1963年生まれで62歳。
価値ある知財を海外へ積極的に発信
記者会見のもよう
――重点的に実施したいことは。
小野田泰明会長(以下、小野田会長) 日本建築学会には多くの価値の高い知財が多くあるものの、英語に翻訳されなかった内容もあるため、価値をつけて新たに発信していきたい。日本建築学会では、「Japan Architectural Review:International Journal of Japan Architectural Review for Engineering and Design (JAR)」という建築に関する英語論文も発刊しており、レビュー論文の形で我々の知財と価値を海外に積極的に発信していくことで日本の建築バリューの向上を第一に行いたい。
一方、日本建築学会は、人口減少の中で珍しく会員数が微増しているが、若手人材のリソースも限られており、パラダイムシフトを強いられている中でも持続可能となるような筋肉質の仕組みを皆さんと議論しながら、実装していきたい。
――先日の建築関連五会の提言については。
小野田会長 建築関連五会の宣言については、非常に意味がある。人材を受け入れる側の産業界と人材を教育する教育機関とが一丸となって、これからはしっかりと地に足をつけて国際的な人材の育成をともに展開していく方向性となった。一方、現状は採用活動が早期化し、学生が研究に実が入らないことにもつながっている。そこで、就職活動に焦らず、大学に在学中の際は自分の可能性と学問の領域にしっかりと向き合って、基礎力をつけて就職活動を行っても問題ないメッセージを示した。むしろそのほうが長い目で見れば国力向上につながっていく。本来ならば海外で勉強し、さまざまなことを経験すべき期間を、短期的には就職活動に有利だからといって諦めては非常に不利だ。ただし、学生に対して「将来が見えていない」と叱責するのは誤りであり、正しいメッセージが伝わるように、日本建築学会がプラットフォームとして自覚していくことが肝要だ。
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――産業界と教育界をつなげる課題については。
小野田会長 竹内 徹会長時代にデジタル教育の底上げを検討、電子的な教材を作成し、それをオンラインで皆が共有できる仕組みを考えていた。まだ、完成段階ではないが、ほぼ試作版が完成した。このような取組みで各大学や教育機関でのデジタル力の向上につとめている。しかし海外での教育機関でのデジタル投資は進み、また実践も深まっている。地域に根差した高等専門学校(高専)を含め、地域課題の解決に向き合う現行の教育機関の良さを大切にしながら、集中的な投資が必要なデジタル教育にどう対応していくのか、さらに我々もどう教育を再構築していくのかは、日本建築学会で担っていく課題だ。
防災分野などで深まる土木学会との連携
――日本建築学会と土木学会のMOUについては。
小野田会長 田辺新一会長時代に土木学会と協力に関する覚書(MOU)を締結し、建築土木タスクフォースを結成した。もちろん、継続して推進方針だが、特に地球温暖化により気候変動が厳しくなり、風水害が激甚・頻発化している。以前、しっかりした堤防により防災に挑む方針であったが、加えて保水力を高める方法など、全体で防災を考えることが不可欠となった。そこで防災について建築土木タクスフォースで踏み込んでいくことになる。現在、建築と土木では基準についてもすり合わせを積極的に実施し、共通言語の構築はかなり進展しているため、土木学会と協力し、情報を発信していきたい。これまでは建築と土木は分かれてきたが、人口減少の中でインフラをどうすべきかについても専門家同士で胸襟を開き、コミュニケーションをする姿勢は継続したい。
――今のお話にあった、防災について協力の深化は。
小野田会長 土木建築タスクフォースの中で防災についての連携は進み、議論が進展していく中で私も含め、各先生方が被災地で復興をサポートしている。私も金沢工業大学の土木の先生と連携もあるが、これはMOUや土木建築タスクフォースの下支えがあって、コラボレーションが実現した。復興では特別対応が必要だが、その内容をいったん学会というプラットフォームにおろして、共通の知に書きおろしていくと、次の被災地に活用できる。
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――施工者の養成については。
小野田会長 設計人材だけではなく、優秀な施工者がいるからこそ、予算内で安全を確保し、建物として実装される。設計者と施工者による共同のすり合わせが日本の持つ強みだった。しかし、若者の割合が減っていく中で、この点をどう担保していくかについては、難しい。私も地域の大学で教えているが、各地域の教育機関が孤立していかないよう、日本建築学会でリソースを支援したい。若い方が施工分野に入職される教育の環境を整えていきたい。実際、施工は楽しく、一回やるとやめられない。社会が分業化し、川上だけに注目が集まっているが、川下の施工分野にも配慮し、建物をつくる作業を横つなぎしていくことが日本建築学会の役割の一つだ。
山梨知彦副会長(日建設計チーフデザインオフィサー常務執行役員) 続投
多様性やダイバーシティについて気になっている。万博については1970年(昭和45年)も今回も経験しているが、社会的な位置づけの変化を感じる。これは建築が多様性を持つ証明にもつながっている。小野田会長の強力なリーダーシップのもと、民間の立場から日本建築学会でできることを考えていきたい。
五十田博副会長(京都大学生存圏研究所教授) 新任
小野田会長と密に対話を通じることが重要だ。約3万7,000人の会員を有する日本建築学会は漸増している。140年の歴史に到達しつつあるが、これまで行ってきたことを継承していきたい。
楠浩一副会長(東京大学地震研究所副所長) 新任
日本建築学会は建築にかかわるあらゆる分野の知が集結している場所であり、第三者機関として純粋に研究を図っている。世界を見ると日本には独自の文化と高い技術力があるものの、それに見合う評価をされているかといえば国際戦略上、難しい。引き続き、国際的な面も含めて本学会の成果を発信していきたい。
次に、日本建築学会は営利団体ではないため、世の中で困ったことがあれば即座に新たなことを提案したい。新たな技術や材料が登場した際、いち早く社会実装を目指す。小野田会長の推進力のもと、安全、安心で美しい日本の街並みをさらに次世代に引き継いでいけるようにチームとなって頑張っていきたい。
藤本裕之副会長(清水建設常務執行役員設計本部長) 新任
建築技術を担う産業界から選ばれ、その位置づけの職責をしっかりと果たしていきたい。建築、まち、地域づくりでは大きな変化に見舞われており、今こそ日本建築学会の知財の結集にあたっていかなければならない。日々、産業インフラ、社会インフラのつくり手として、ニーズのフロントにいる。さまざまな課題に対し学術とは異なるアプローチになるが、日本建築学会の知財の社会実装に向けた方策などを中心に学会活動に貢献したい。