鳥取県。日本で最も人口の少ないこの地に、建設業界のDXを牽引する建設テックベンチャー、ONESTRUCTION株式会社が本社を構えている。BIMソフトウェア「OpenAEC」で、ガラパゴス化した日本のBIM界隈を刷新し、グローバルスタンダードに合致させようとする彼らの挑戦は、地方創生とテクノロジーの交差点で輝きを放っている。
代表取締役 CEOの西岡大穂氏は、大学時代に独学のプログラミングスキルを身に付け、鳥取大学在学中にONESTRUCTIONを鳥取で創業し、その後会社の経営を続けながら新卒でエンジニアとしてリクルートに入社した。本記事では、西岡氏のインタビューをもとに、日本のBIMのあるべき姿を浮かび上がらせる。
大学在学中に創業し、新卒でリクルートに入社
――ONESTRUCTION起業に至ったプロセスはどのようなものだったのですか?
西岡氏 私はもともと、京都の農業高校で、芝生の研究に没頭していました。高校時代に大林組さんとの共同研究で、河川の法面緑化のプロジェクトに関わったのが、建設業界との最初の接点です。毎月、技術者の方々と施工方法を検証する中で、建設という仕事のおもしろさに気づきました。でも、当時は農業一筋で、建設に進む気はありませんでした。
鳥取大学の農学部に進んだのは、国際乾燥地研究に惹かれたからです。海外への興味が強かったので、そういう分野を学びたかったんですよ。ところが、高校3年のときにユーグレナの出雲充社長の講演を聞いて、人生が変わりました。研究を社会実装する手段として起業があるという言葉に衝撃を受け、起業を意識し始めたんです。
――どんなきっかけでプログラミングを独学で始めたのですか?
西岡氏 大学時代、農業分野での起業を目指しましたが、なかなか上手くいかず挫折しました。いろんな活動をしてみたんですが、「本当に自分は農業で起業したいんだっけ」というモラトリアムの期間を過ごしました。その中で、鳥取県という地で、一次産業や二次産業の課題に触れ、農業以外の業界にも目を向けるようになりました。また、AIやロボット、宇宙技術などテクノロジーが社会を変えるチカラに気づきました。それで、大学時代に独学でプログラミングを学び始めたんです。ネットのチュートリアルやオープンソースを漁りながら、試行錯誤でスキルを磨きました。農学部にいながら、学外ではIT企業のインターンに参加して、コードを書きまくっていましたね。
――独学でプログラミングを学ぶのは大変だったと思いますが、どんな方法で学び、どんなモチベーションで続けましたか?
西岡氏 最初は、オンラインの無料講座やYouTubeの動画で基礎を学びました。実際に小さなツールを作ってみることで、試行錯誤しながら覚えました。インターンで実務に触れたのも大きかったですね。
モチベーションは、テクノロジーでアイデアをカタチにできるという興奮でしたね。「一次産業や二次産業の課題を解決するツールをつくりたい」という思いが、コードを書き続ける原動力でした。失敗しながら学ぶのが一番身につきましたね。
――大学卒業後、リクルートに就職したそうですね。
西岡氏 ええ、会社を設立直後、リクルートにはエンジニアとして入社しました。最初の1年はコードを書き、後の3年半はITサービスの企画やプロダクトデザインを担当しました。エンジニアとしての基礎を固め、サービスをグロースするノウハウを学びました。特に、サービスの企画を通じて、ユーザーの課題を解決する視点が身についたんです。この経験は、ONESTRUCTIONの経営に直結していますね。
――鳥取大学在学中に創業し、その後会社の経営を続けながら、新卒でリクルートに入社されたそうですが、時間管理やモチベーションの維持はどうされたのですか?
西岡氏 夜や週末に事業計画を練り、実践するという創業期を過ごしました。時間管理は確かにキビしかったですけど、建設業界を変えたいという思いが強かったので、苦にはなりませんでした。リクルートでの仕事はとても忙しかったですが、限られた時間で全力で頑張りました。なによりも、会社の仲間の支えが大きかったです。
OpenAEC 建設業界のデータ活用を民主化
――ONESTRUCTIONの主力プロダクト「OpenAEC」について教えてください。
西岡氏 OpenAECは、建設業界のデータ活用を民主化するBIMソフトウェアです。日本の建設業界は、3Dモデリングでは世界トップクラスですが、データ活用には課題があります。設計、施工、維持管理の各フェーズでデータが分断され、PDFや紙の仕様書が主流です。これでは効率が上がらないんです。OpenAECは、国際標準規格のIFCを基盤に、データを一貫してつなぐプラットフォームを提供します。
――OpenAECの具体的な機能はなんですか?
西岡氏 機能は大きく4つあります。
まず、Webサービスのため、OSに依存せず3Dモデルを直感的に操作できます。角度や面積の計測、モデル分割が簡単にできます。次に、IFCデータを使った仕様書チェック機能です。杭やドアの属性情報が仕様書通りか、何千もの属性情報を一瞬で検証します。従来は手作業だった作業を自動化するんです。
3つ目は、ダッシュボード機能で、コンクリート量の計算やコスト見積もりを迅速化します。4つ目は、buildingSMARTのデータ辞書、bSDDに対応し、グローバルなデータ互換性を確保します。
そして、年額6万円からの価格設定で、中小企業や個人事務所でも導入可能です。従来1週間かかっていた設計業務における属性情報の確認作業を1日に短縮するなど、劇的な効率化を実現できます。
――開発の過程で、苦労した点や印象に残っているエピソードなどを教えてください。
西岡氏 開発当初は、建設業界のニーズをどこまでソフトウェアで解決できるか、確信が持てなかったんです。そこで建設会社様と、たくさんディスカッションしたり、リサーチを重ねました。最初の3年間は、BIMモデルの作成代行やコンサルティングを自社で手がけ、実務のワークフローを深く理解しました。その経験が、OpenAECの機能設計に活きています。現場の言葉で話せるからこそ、ユーザーのインサイトを正しく得ることができると思っています。幸運なことに、弊社は2024年にインフラDX大賞のスタートアップ奨励賞を受賞しましたが、そこに至るまでは試行錯誤の連続でしたね。
――ユーザーの反応はどうですか? OpenAECを使ってどんなフィードバックが寄せられていますか?
西岡氏 ユーザーの反応は上々です。特に、大手ゼネコンや建設コンサルからは、「作業時間の短縮やデータ精度の向上が実感できる」と評価されています。スーパーゼネコンや設計会社、建設コンサルタントの大手企業が主な顧客ですが、彼らからは業務効率化の実績を高く評価されています。
ただ、われわれの目標は地方の建設会社や一級建築士の個人事務所にも届けることです。大手は投資力があるためBIMを導入しやすいですが、地方の中小企業が国の要求に応え、入札に参加できる環境を整えたい。それが私が目指す「BIMの民主化」の姿です。
――年額6万円という価格の理由はなんですか?
西岡氏 地方の建築士事務所への普及を見据えた時に、気軽に導入できる価格帯で提供できることを考えました。彼らが普段使いしているソフトウェアを調査した結果、1ユーザー年額6万円程度に設定しました。1ユーザーから使い始めていただける契約体系にすることで、会社の規模に関わりなく、BIMの最先端を届けられると考えました。
日本のガラパゴス化 CIMとグローバルスタンダードのカベ
――日本のBIM、とくにCIMという日本独自規格には問題があるそうですが、どういう点が問題だと考えているのですか?
西岡氏 日本のBIM/CIMは、はっきり言ってガラパゴス化しています。CIMという単語も海外ではあまり使われていない言葉です。国際的には、土木分野もデジタルデータの世界では建築や設備と同一の枠組みで扱われ、BIMに括られます。強いて言えば、『Infrastructure BIM』や『BIM for Civil Engineering』などと呼ばれます。日本国内の問題で言うと、建築と土木が分断され、BIMとCIMが別物として扱われるため、データ互換性や活用が進んでいません。
――その分断が具体的にどんな影響を及ぼしているのですか?日本の建設業界にとってどんなリスクがありますか?
西岡氏 われわれが行った海外のBIM事情に関するリサーチでは、グローバル企業はIFCでデータ連携を進め、業務効率化を実現しています。しかし、日本ではIFCの実例がほぼありません。独自のデータ形式や自社開発ソフトに頼るケースが多く、グローバル市場で戦うのは難しいです。
われわれは、「buildingSMART International」やその日本支部に参加し、IFCの普及を推進しています。2024年にはAutodesk社と提携し、IFCデータとRevitを連携するプラグイン、「OpenAEC for bSDD」を54カ国で展開しました。日本の独自路線を国際標準に近づけようとしています。
国際的なスタンダードと国内のBIMがあまりにも乖離していることに気づいたんです。その一方で、このギャップが、われわれにとってのチャンスであり、変えるべきポイントだと感じました。
シンガポール、ドバイ、イギリス BIMのグローバル先駆モデル
――シンガポール、ドバイ、イギリスのBIM活用事例のポイントはなんだと考えますか?
西岡氏 これらの国は、BIMの標準化とデータ活用で世界をリードしています。まず、シンガポールはVirtual Singaporeで、都市全体の3Dモデルとデータを統合したデジタルツインを実現しています。また、Corenet Xなどのシステムで建築確認申請などをデジタル化しています。
データ活用文化が根付いているシンガポール
――シンガポールの仕組みは、具体的にどんなメリットをもたらしているのですか?
西岡氏 たとえば、政府が建築基準法を更新すると、データ辞書も即座に反映されます。これにより、設計者が最新の基準に基づいてBIMモデルを作成でき、審査前に適合性を確認できるカルチャーが根付いているんです。日本の場合、基準法の変更が把握しづらく、紙やPDFの仕様書に頼るため、効率化が難しいです。シンガポールは、データ活用の文化が根付いている点で、メリットをもたらしていると思います。
IFCデータで設計、施工、維持管理の一貫したデータフローを実現しているドバイ
――ドバイの事例についても教えてください。
西岡氏 ドバイは、2015年のBIMマンデートで公共プロジェクトにIFCデータを必須化しました。基準法をデジタル化し、海外企業がドバイの基準を参照しながら設計できる環境を整えました。
OpenAECを使えば、日本にいながらドバイの基準に準拠したモデルを作成可能です。これは日本の企業にとって大きなチャンスだと思います。日本の基準法はデジタル化されておらず、海外企業が参照するのは困難です。これでは国際競争で不利になりますね。
――ドバイのBIMマンデートは、業界にどんな影響を与えたのですか?
西岡氏 ドバイでは、IFCデータを通じて、設計から施工、維持管理まで一貫したデータフローを実現しています。グローバルな競争が促進され、海外企業が参入しやすくなりました。日本の企業も、こうした市場で戦えるよう、デジタルデータの標準化を急ぐべきだと思います。
IFCデータを必須化し、一気に標準化したイギリス
――イギリスの事例についても聞かせてください。
西岡氏 イギリスは、2016年にBIM Level 2マンデートを導入しました。建築確認申請でIFCデータを必須化し、一気に標準化を進めました。3Dモデリングとデータ活用の両方で世界的に高い評価を受けています。
でも、副作用もありました。中小企業が対応できず淘汰され、外資系企業が増えたんです。これは日本の課題に直結します。日本でも2027年や2029年にBIMデータ審査が導入予定ですが、地方企業が潰れるような事態は避けたいですね。
――イギリスの事例から、日本が特に学ぶべき教訓はなんだと思いますか?
西岡氏 イギリスの強制力ある政策は、業界全体のデジタル化を加速させました。でも、中小企業への配慮が足りなかった面があります。日本では、標準化を進める一方で、地方企業がBIMを活用できる環境を整える必要があります。
――シンガポール、ドバイ、イギリスと日本の違いを要約するとどうなりますか?
西岡氏 シンガポールやドバイは、基準法をデジタルデータとして公開し、業界全体で共有しています。イギリスは、IFCデータを必須化することで、データ活用を標準化しました。日本では、基準法がデジタル化されておらず、独自路線が分断を生んでいます。これが大きな違いです。このギャップを埋めるには、日本の政府と民間との連携が不可欠です。データのオープン化と中小企業支援を両立させれば、日本もグローバルで戦える建設業界をつくれると思います。
データチェックや蓄積の課題を解決しないと、意味のあるAIは生まれない
――AIの活用についても積極的ですね。建設業界でAIはどんな役割を果たすと考えていますか?
西岡氏 AIは建設業界を劇的に変えるチカラを持っていますが、今はAI以前の問題が大きいです。データ活用の基盤が整っていないんです。あらゆる業務のデジタル化と、データの品質の向上がAIの成否を左右します。設計データの属性情報に不備があると、AIモデルは現場で使い物になりません。だからこそ、国際標準に基づく高品質なデータ蓄積が前提になるんです。
――具体的に、どんなデータ基盤が必要だと考えていますか?
西岡氏 ONESTRUCTIONは、OpenAECでIFCデータを標準化し、設計から維持管理まで一貫したデータフローを構築しています。これは、将来のAI活用の土台となるはずです。良いBIMデータがたくさんあれば、AIの成果物も良くなります。弊社として、経済産業省の支援も受けながら、設計の自動検証や施工プロセスの最適化をAIで支援する機能を開発中です。現在、建設×AIに全力でコミットしています。
――AIの具体的な活用方法について、どういうアイデアがありますか?
西岡氏 設計のどのフェーズを自動化するかで、AIの活用方法は変わります。概略設計なら大まかな提案、詳細設計なら高精度なモデルをAIに求めます。たとえば、基準法のチェックやコンクリート量の計算を自動化できれば、設計時間が劇的に短縮されます。シンガポールやドバイのように、基準法をデジタルデータ化すれば、AIで基準チェックを自動化できます。「AI活用の前に、あらゆる業務を情報をデジタル化すること」、日本もそうした方向を目指すべきです。
――建設業界でAI導入の障壁はなんだと思いますか?
西岡氏 現在の状況では、AIを導入しても、現場で使えないケースが多いです。発注したけど誰も使わない。そんな失敗例も聞きます。AIで全て解決できるというわけではないのです。データチェックや蓄積の課題を解決するために、そもそもデジタルに最適化されたワークフローに移行しなければ、意味のあるAI活用はできないと思います。現状、建設業界のDXはIT化で止まっています。システムを導入して終わりじゃなく、データを蓄積し、活用する流れをつくらないといけないです。われわれは、データ活用の階段を一つずつ登り、現場で使えるAIを届けたいと考えています。
お世話になった鳥取に自社ビルを建てて恩返ししたい
――ところで、なぜ鳥取に本社を置くのですか?
西岡氏 鳥取は、私が起業を決意した場所ですが、人口最少で、建設会社や水産会社が次々倒産する現実を目の当たりにしました。大学時代に自分を成長させてくれた鳥取に本社を置き企業を大きくしていくことで、鳥取に恩返しがしたいと考えました。
たとえば、東京で社員100人の会社を作っても東京の経済は変わらないですが、鳥取で100人の企業が生まれれば、地域経済になんらかの変化を与えることができます。お世話になった鳥取に恩返しをしたいという思いがあります。だから、鳥取に本社を構えているんです。
今の本社オフィスは、鳥取駅近くで、8名程度の社員が常駐しています。社員はオフィス近くの飲食店をよく利用するのですが、お店の方から「あなたたちの会社で店がもってるよ」と言われたことがありました。小さなことですが、こう言った声を増やしていきたいと思っています。
――鳥取への恩返しとしては、たとえばどういうことを考えていますか?
西岡氏 「鳥取に自社ビルを建てたい」というのがありますね。単にビルを建てると言うよりは、このビルを拠点として、地元の建設会社や職人の方々と協業し、最新のBIM技術を使ったモデルケースをつくりたいです。それが地域の産業再生につながるはずです。
――鳥取での創業には、苦労もあったと思いますが。
西岡氏 2020年の創業時は、コロナ禍の真っ只中でした。直接営業に行けず、電話やオンラインで少しずつ顧客を開拓しました。そもそも鳥取にはBIMを導入している企業が少なく、営業は苦労の連続でした。本当はもっと早く事業を立ち上げたかったのですが、最初の3年間はとにかく時間がかかりました。それでも、地道に実績を積み重ねた経験が、今の基盤になっていると、前向きに捉えています。
――人材確保のロードマップはありますか?
西岡氏 現在、我が社の社員数は30名ですが、2026年までに100名規模を目指しています。本社機能は鳥取に置き、経理やBIMエンジニアもここで活躍しています。鳥取大学との連携も強化し、新卒採用も進めています。採用の課題は、地方での認知度ですね。優秀な人材を惹きつけるには、もっとONESTRUCTIONのビジョンを発信する必要があると感じています。自社ビルの建設は、地元へのコミットメントをさらに深める一歩になると思います。
土木、建築、設備のカベを、デジタルデータと現場の両方で乗り越えよう
――最後に、建設業界の未来と読者へのメッセージをお願いします。
西岡氏 土木、建築、設備のカベを、デジタルデータと現場の両方で乗り越えることが重要です。データ活用は、大手も中小も同じ言語で語れる世界を実現します。ONESTRUCTIONはツールを提供しますが、変革は協業なしでは不可能です。日本独自のCIMから脱却し、グローバルスタンダードで戦える業界を一緒につくりましょう。鳥取に本社を置く小さな会社から、世界を変えるイノベーションが生まれると信じています。