夜になると「バーテンダー」に変身する後藤建設の社長
JRの駅もない田舎町、秋田県羽後町に「建設会社の社長」と「不動産会社の社長」をしながら「バーテンダー」をする変わった人物がいると聞いて会いに行ってきました。
彼の名前は、後藤裕樹。約50年続く株式会社後藤建設の社長です。
バーテンダーをするようになって一番感じるのは、なんと「建設業がいかに恵まれているか」ということだそう。バーカウンターからは今までとは違う建設業界の景色が見えるようです。
「建設会社の社長」「不動産会社の社長」「バーテンダー」3足のわらじ
――建設会社の社長でバーテンダーをやっている人は珍しいですね。
後藤社長(以下、後藤) なかなか、いないでしょうね。秋田弁でいうと“めくせ”ですからね。かっこわるい、世間体が悪いというような意味です。私はそういった部分にはプライドがないですからね。バーテンどころか、掃除や仕入れも私がしています。まあ、普通はやんないですよね。
――後藤さんって、雰囲気が建設会社の社長ではないような。失礼ながら、ほんとに社長をされているんですか?
後藤 こう見えて、社長歴12年です(笑)。20歳の時に祖父が経営していた後藤建設に入社して、26歳の時に社長に就きました。父は農業をメインでしているので、私が継ぐことになったんですね。会社自体は、公共工事や解体工事をメインにする一般的な建設会社です。
後藤建設の社屋と除雪車。砂利工場からはじまった創業約50年の建設会社だ。
――「建設会社の社長」と「バーテンダー」の兼業は、ほんとタイヘンでしょうね。
後藤 昼間は社長業、夜はバーテンダーだと、プライベートの時間がないですね。社長業では、会社全体の利益を管理したり、従業員の日報や現場の進捗をチェックしたり。あとは不動産会社もやっているので、そちらの物件管理の業務もしています。
――会社が終わると、すぐバーテンダーというような生活ですか?
後藤 いや、その前に自宅に帰って掃除と洗濯をしなければ。私の担当ですから。あとは小学校1年生と1歳の子どもをお風呂にいれたり。それが終わったら、店に来るような流れですね。そして店に来るとまた掃除がある。私はほぼ毎日、1時間くらい掃除してるんじゃないかな(笑)。
――「社長だし、稼いでいるから家のことはやんなくていい」みたいな考え方ではないんですね。
後藤 女性が一人で家事も育児も全部やるっていう時代じゃないですからね。これが普通だと思っています。
なぜ、後藤建設は田舎町にワインバーをつくったのか?
――羽後町は、人口1万5千人くらいの農業が主体の町です。正直、この立地によくワインバーをつくろうと思いましたね。
後藤 羽後町は、駅もないですからね。田舎中の田舎なので、商売をするには不利ですね。もともとワインバーを開くきっかけは、築120年の古民家の解体工事の依頼が弊社にあったんです。で、現地調査の時に中を見たら立派な内蔵があったんですね。もったいないなあ、なんとか残せないかなと思って、オーナーさんと話し合い、弊社で土地と建物を買い取り、ワインバーとして活用することになりました。
古民家をリノベーションしたワインバー「蔵しこ」。ワイン好きの後藤社長がセレクトした約100種が楽しめる。
――内蔵のある古民家をワインバーにリノベーションするのは、ひと筋縄ではいかなかったでしょうね。
後藤 もともとの建物をなるべく生かすというコンセプトだったんで、見た目ほど手間はかけていません。それでも、大工さんは四苦八苦していました。難しかったのは、古い材料の組み直しの部分です。通常の施工ではまずやらない作業ですからね。
費用的には4000万円くらいかかりました。そのうち、10分の1くらいは、秋田県に特化したクラウドファンディング『FAN AKITA』を通して集めました。
クラウドファンディングでは目標額150万円に対して倍以上の資金が集まった。
――ちなみに、このワインバーの経営は、後藤建設がやっているのですか?それとも別会社の経営ですか?
後藤 枠組みとしては、建物と土地を後藤建設で所有し、運営は子会社がするような形です。子会社は後藤建設に家賃を払うような仕組みですね。店の運営は、予約が入っていない平日は私一人で回して、週末は会社の従業員や近所の方に手伝ってもらっています。
ワインバーをやって「建設業は恵まれている」と実感
――ワインバー「蔵しこ」がオープンしたのは平成28年8月ですから、かれこれ1年3ヵ月くらい経ちますね。実際にやってみて感じたことって何ですか?
後藤 建設業がいかに恵まれている業界か、ということがよく分かりました。私は10年以上、建設会社を経営してきましたが、建設業が恵まれているなんて今まで感じたことはありませんでした。
業界関係なく、仕事が大変なのは同じです。でも、建設業とサービス業を収益面で比べると、建設業の方がケタ外れに大きい。その分、経営が楽ですね。
――同じ町で商売をしていても、建設業とサービス業では景色が違いそうですね。
後藤 その通りです。私は高校卒業後の数年間、建設の学校に行った時期を除けば、ずっとこの羽後町で暮らしてきました。でも、ワインバーをするまでは、田舎で商売をすることの真の厳しさを分かってなかったんですね。人口の少ない田舎でサービス業をするのは本当に大変です。今では、この町でサービス業をされている皆さんに対して、「店を開けて頂きありがとうございます」とお礼を言いたい気持ちです。
このことを学べただけでも、ワインバーをやって良かったと思っています。バーテンダーをしても、この店から受け取る私自身の報酬はありません。まあ、ボランティア、趣味みたいなもんです。でも、他の業界の大変さを知り、歴史ある建物を残せたので、私としては良い体験だったなと思っています。
後藤建設がある羽後町は三大盆踊り「西馬音内盆踊り」で知られる。だが、祭り期間以外は閑散とした日がほとんどだ。
――他の商売をすることで、本業が恵まれていることを知ったというのは面白いお話しですね。
後藤 建設業は、現在も未来も恵まれている業界だと思います。人手不足や公共工事の減少などのマイナス面を折り込んでも、やっぱり恵まれている業界です。
市場は縮小すると思いますが、それに合わせて企業数も減っていきます。公共工事は少なくなるかもしれませんが、ゼロになることはありません。どこまでもバランスは保たれます。悲観しすぎることはないと思います。
従業員も社長も「個人のビジョン」を追求していく後藤建設
――このワインバーを含めた、後藤建設のビジョンについても伺いたいのですが。
後藤 従業員の皆さんには、会社がどうだという前に、どこででも働けるスキルを身に付けた方がいいよとお話ししています。勤めている会社がなくなったら困るというのは、ひと昔前の話ですよね。能力さえあれば、今は勤める会社なんていくらでもあります。
スキルがある人で、会社が潰れたらおしまいだなんて人なんてほとんどいませんよ。この『施工の神様』の読者の皆さんは、自ら情報を収集しようという方々でしょうから、とくに理解されているでしょうね。有能だったらどこでも使ってもらえます。そういう時代なんですね。
――会社主体というよりも、スキルを高めようと考える個人が集まったのが後藤建設なんですね。
後藤 そうです。ですから、私がいちいち口を出さなくても現場はしっかり回っています。段取りについて口を挟むことはないですね。安全やコンプライアンスの面でアドバイスするくらいです。
個人が大事というのは、社員だけではありません。私自身、後藤建設の社長という責任を果たしつつ、個人のビジョンを持って、やりたいことを追究していきます。その個人のやりたいことが形になったのが、このワインバーです。
このワインバーをやったことで、新たな感性が自分の中に生まれた気がしています。その感性が熟成して、しばらく先にまた新たなやりたいことが生まれる気がします。それまでは、「バーテンダー」と「建設会社の社長」と「不動産会社の社長」の3足のわらじをしっかりはきこなしていきたいですね。
株式会社後藤建設 後藤裕樹社長