鈴木職業訓練校、とび職人を養成する意味
「鈴木職業訓練校」は、架設工事全般を請け負う株式会社鈴木組(東京都足立区)が架設工育成のために設立した企業内訓練校だ。
平成6年4月に東京都知事の認可を受けた建築施工系とび科の訓練校で、今年で創立25周年を迎えた。卒業した職人は150人近い。
鈴木職業訓練校の学校の特色は、職人志望の新人に、1年間で1000時間の座学と600時間の実技の授業を行い、幹部候補生として自社に送り出していること。
全員が寮に入ることができ、18万円あまりの月給も支給する。賞与も年2回。手厚い福利厚生もある。入学資格はやる気のある若者であること。誰にでも門戸を開いている。
なぜ、これほどまでに職人の教育に時間とお金を注ぐのだろうか。副学長として若者たちを見守っている髙野伸一郎専務取締役にお話を伺った。
株式会社鈴木組 髙野伸一郎専務取締役
完全月給制のとび職人として生きる
昨今、建設業の職人不足が叫ばれているが、その原因の一つに、職人の収入が不安定だというイメージがある。
「建設業の職人は、日給月給制が多いんです。体力のある時期には年収が高くても、こなせる仕事量が減ると収入が落ちることもあり、全体的に収入が不安定だという印象がぬぐえません。ですから、鈴木組では職人を完全月給制にし、安定して働ける環境を整備した上で、訓練校で職人としていかに成長するかを教えています」と、髙野専務は話す。
いち職人から職長になり、管理職になる道を選ぼうが、あるいは職人のまま生涯技術職を全うしようが、学び続けることで様々な技術を吸収し、スキルアップしなければならないのは同じこと。そのための基礎力を身につけるためにも、職人の訓練校が必要だという。
高所で柱取り付け実習をする鈴木職業訓練校の生徒
訓練校のカリキュラムは、1000時間の座学と600時間の実習で構成される。学科では建築・測量・製図・構造力学やとびの施工法、積算などを学ぶ。
「訓練生には勉強ぎらいの子もいますが、必要な知識なので、みっちり教えますよ」と髙野専務は言う。
鈴木職業訓練校の授業風景。年間600時間は学科に費やす。
実技の時間には、測量や機械操作などの基本のほか、仮設工事、鉄骨工事、土工事、玉掛けなどの基礎を教える。
初めて現場に入る時、基礎があれば単なる足手まといになることもなく、現場にもとけ込みやすくなるという配慮もうかがえる。
「訓練生たちは実技が大好きですね。目をキラキラさせながら足場を組み立てています」(髙野専務)
ちなみに、髙野専務は社会科の学科を担当している。「社会科の授業で『官製談合って何なのか知ってるか?』と訓練生に聞くと、最初はよくわからない様子で首を傾げていますよ。でも、社会的な興味のわく話をすると、聞いてくれます」(髙野専務)
「組」=ヤクザ?偏見があった時代に開校
昔から職人の世界では、新人は先輩について現場で仕事を覚えるものだとされてきた。
しかし、鈴木組の先代の社長が「これからの時代は、職人にも教育が必要になる」と考えたことが、鈴木職業訓練校の開設のきっかけとなった。
開校当時は建設業に対する世間の目も今以上に厳しかった。今では笑い話になっているが、地方に求人に行くと、「~組」だから暴力団関係ではないかと誤解されたこともあった。
だから、若者に安心して職人になってもらうためにも「鈴木職業訓練校」という受け皿が必要だったのだという。
鈴木職業訓練校がスタートすると、地方出身の若者たちも入学してきた。特に青森県を中心とする東北地方の若者が多く在籍している。
地方出身者が東京の生活に順応しながら、職人としての生活をスタートする場所としても、鈴木職業訓練校の存在意義がある。
30歳までに1級とび技能士・登録基幹技能者、40代で800万円が目標
実は、鈴木組の職人は全員月給制だ。こなした仕事の量だけでなく、職人ごとの経験や技術も評価し、キャリアに合わせて昇給している。
鈴木組が公開している技能工のキャリアパスプランでは、
- 25歳までに2級とび技能士(他資格多数)
- 30歳までに1級とび技能士・登録基幹技能者。職長・サブ職長へ
- 35歳で年収600万円以上
- 45歳で年収800万円以上
- 50歳以降は会社役員の道も開かれる
というモデルが組まれており、退社して独立を希望する優秀な職長には支援もする。
鈴木組の技能工キャリアパスプラン。30代で年収600万、40代で年収800万が目標。
さらに、元請けの大林組の「スーパー職長」制度の利用も推奨。
優秀な技能工には年間換算すると60~120万円の手当が支給される仕組みなので、鈴木組でも手厚くバックアップし、取得を推進している。
すでに何人もスーパー職長が誕生し、年収が1000万円に届きかけている職長もいるという。
金髪の職人も、そのうち黒く染めてくる
髙野専務自身は、普通高校を卒業後、鈴木組の協力会社の社長を経て、鈴木組にスカウトされ、訓練校を担当するようになった。
仕事人生を通して多くの若者を見てきた経験上、こう考えるようになった。
「若者はやりたいようにさせた方が屈折しない、ということです。ある若い職人は金色の長髪だったのですが、数年したら『暑いから』と言ってさっぱり切って黒髪になりました。多少は大目に見ていけば、自然と大人の振る舞いをするようになるんです」(髙野専務)
鈴木組 髙野伸一郎専務取締役
「訓練校でも、実技は30代の卒業生が、兄貴分のようになって教えています。訓練生が暮らす寮の中には談話室があり、先輩たちと訓練生が毎晩飲食をしたり、語り合う場を持てるようにしました」。
ある程度は若い世代に任せながら、場所のけじめは上が持つ。そんな風土を作り上げてきた。
「職人」という選択肢を知らない高校生たちへ
今年2月、鈴木職業訓練校の卒業試験である「技能照査」が開かれた。
教員や関係者が見守る中、訓練生たちは学科試験と実技の重量物の質量目測、「鋼管による組立作業」の試験に全員が合格。現場に羽ばたいていった。
真剣な表情でATKY活動を学ぶ鈴木職業訓練校の生徒
だが、今は建設業界全体が職人不足の時代。2019年4月期の訓練生はすでに数人が内定したものの、訓練校では随時継続して入学者の追加募集をかけているそうだ。
「高校生は入学してくる時点で『職人』という選択肢を持っていない人がほとんど。なんとなく知っている会社に就職するケースが多いです。私も100校以上の高校に求人票を持参し、学校訪問をしていますが、5、6人を集めるのが精一杯。高校生と直接会えないのが残念です」。
「訓練校は、建設業振興基金の教育訓練プログラム『建設業Welcome!』にも協力しています。イベントのお手伝いを通じて、建設業全体の職人を増やすことにつながればと思っています」。
■鈴木職業訓練校
東京都足立区青井4-44-20 電話(03)5681-1833
■鈴木組本社
東京都文京区千駄木3-43-3 ATK千駄木ビル4階 電話(03)3822-1785
http://www.suzujts.co.jp/
いい会社。職人は給与でもっと報われるべき。