品川区長を目指す、造園施工管理技士の数奇な人生
建設業界、政治業界、そしてIT業界と、奇っ怪な経歴をたどる若者がいる。
27歳の高野洋介は大学を卒業後、大手造園会社に入社。造園施工管理技士として、現場で汗を流す日々を送っていた。
街や建物に植物で彩りを加える造園工事という仕事に喜びを感じていた高野だったが、その一方で緑を増やせば増やすほど枝ゴミが増え、処理費用が自治体の負担となっている現実を憂えていた。
そんなとき、高野は枝ゴミをエネルギーに変える「木質バイオマス」に出会う。
高野は木質バイオマスを世に普及させるため、27歳で会社を辞め、政治の道に進むことを決意。昨年9月の品川区議補選に出馬したが、次々点で落選する。
それでも諦めることなく、今年4月に行われた統一地方選に再度挑戦するも、次点でまたもや落選した。
2度の落選で大きな挫折を味わった高野だが、今はITメガベンチャーのLINEで働きながら、4年後の選挙で3度目の正直を目指している。
「将来は、品川区長になる」とまっすぐに語る、元・現場監督の数奇な人生を追った。
「造園工事」は工事現場を彩る仕事
広島県広島市に生まれ育った高野は、地元の高校を卒業後、福岡大学工学部建築学科に入学する。
建築学科に進んだことに深い意味はなかった。小さい頃からジオラマや食品サンプルが好きだった高野は、「模型作りがしたい」という単純な理由から建築学科への進学を決める。
建設業界で働くつもりもなかったが、両親には「建築士になるため」と説得して広島を出た。
大学では、住宅設備に関する研究室に所属。どのような条件下で人は快適に感じるのかを学んだ。
植物による蒸散効果や日陰効果、「フィトンチッド」と呼ばれる木々から発散され人間に癒しを与える化学物質などを学ぶにつれ、植物が人々の暮らしに与える有効性を知った高野は、造園会社に就職することを決める。
九州では希望する就職先が無かったため、上京を決意。造園工事大手の株式会社日比谷アメニスに入社した。
入社して最初に担当したのは、街路樹の施工管理。当時のことを「職人さんの作業が安全かどうかを見ているだけだった」と振り返るが、街がきれいに整えられていく様は見ていて心地よかった。
ただ、建設業界特有の働き方には苦労した。
「OJTという名のもとにすぐに現場に送られたが、職長会議に参加しても何言ってるか分からないし、現場のルールも分からない。段取りが悪かった最初の1年間は精神的にもきつかった。東京に出てきたばかりで、友達は一人もいなかったし。数少ない休みの日は、家で酒を飲みながらマンガを読んで過ごしていた」と笑う。
街路樹の施工管理を3ヶ月ほど担当した高野はその後、マンション外構の施工管理部門に異動になる。
造園工事は、植物を植えた直後が完成ではない。植物の配置は現場監督に裁量があるため、数年後に植物がどのように成長し、変化していくのかを想像しながら植栽していく仕事は、高野にとって新鮮だった。
無機質で粗雑な工事現場に植栽を施工するだけで、一気に雰囲気が柔らかくなるのが嬉しかった。
枝ゴミの処理に年間3億円の税金
高野は、現場が増えるたびに造園工事の施工管理という仕事にやりがいを感じていた。
季節が巡るたび、自分が植えた木を思い出しては、休みの日に木がどのように成長しているかを確認しにいくのが楽しみだった。
その一方で、高野は造園工事が抱える、ある行政課題に頭を悩ませていた。
東京都では、ある一定規模以上の新しい建築物を建てる際には、必ず決められた面積を緑地化することを定めた『東京における自然の保護と回復に関する条例』が制定されている。つまり、都市発展に比例して植物が増えていくことを意味している。
しかし、緑を増やせば増やすほど、枝ゴミが増え、処理のための費用が掛かるという逃れられない現実があった。
造園工事に伴い、大量の枝ゴミが発生する(イメージ)
街路樹は夏と冬の年二回、危ない枝や無駄な枝を切って風通しを良くする必要がある。この剪定によって生じた枝ゴミの処理には、多額の税金が使われている。
東京都23区から発生する枝ゴミは、年間約21,000t。東京都の一般ごみ処理費用は13.5円/kg。
つまり、年間約3億円もの税金が枝ゴミの処理費用に使われている計算だ。
枝ゴミの処理費用が街路樹整備に掛ける予算を圧迫し、効率重視で画一的な街路樹管理となっている現状にも、造園施工管理技士として不満を感じていた。
「人々の豊かな生活のために、もっと植物を街に増やしたい。でも、増やせば増やすほど枝ゴミが増えて、処理に税金が掛かる」
そんな矛盾に苛まれながら迎えた社会人3年目。高野は、この問題を解決し得る「木質バイオマス」の部署に異動が決まり、現場を離れることになった。
「木質バイオマスを普及させる」一心で出馬を決意
木質バイオマスは、林地残材や住宅の解体材、街路樹の剪定枝といった廃棄物となる木をエネルギーに変える技術。
木を細かく砕きチップ化し、そのチップを専用のボイラーに投入することでガス化して発電したり、燃やして発熱し暖房やシャワー用などの温水をつくることができる。
木質チップのイメージ
木質バイオマスが普及すれば、植物=エネルギーとなる。つまり、街に植物が増えることは、再生可能エネルギーの原料が増えることを意味する。
「えっ、これめっちゃいいやん!」
街に緑を増やす大義となり得る木質バイオマスは、高野の心に刺さった。
高野は、山梨県にある施設で木質チップを効率的に燃焼させるための研究に奮励する傍ら、大井ふ頭中央海浜公園内にある木質バイオマス施設で、全国から訪れるバイオマス関係者や地方自治体の議員の視察対応を担当した。
木質チップの燃焼効率の向上について研究した
しかし、視察対応をする中で、高野の心には「このままでは木質バイオマスは普及しない」という危機感が募りはじめていた。
「BITcoinなどの仮想通貨やAirbnb民泊といった、新しい技術やサービスに関する法整備は進んでいる。新しい技術が次々に出てくる今の時代、法律や条例は状況に応じ小まめに変えていく必要がある。ただ、木質バイオマスの法整備はまだまだ不十分だった」
高野は、木質バイオマスに関する法律や条例の整備が進んでいない現状を痛感する。行政のスピード感にも不満があった。そこには、日本人特有の環境問題やエネルギー問題に関する無関心も大きく影響していた。
このことをきっかけに、「仕事や社会の課題をただ指をくわえて法律が追い付くのを待っているのではなく、自分自身が木質バイオマスが抱える課題を解決できるのではないか」という思いが高野の中に芽生える。
社会人4年目の2016年。高野は自らが政治家となり、自身が主導して木質バイオマスを社会に推進すべく、出馬に向けて動き始めた。目指したのは、2019年に行われる統一地方選挙・品川区議選。高野の意思を知った友人に議員秘書を紹介してもらい、少しずつ政治活動や選挙活動のノウハウを得た。
政党には所属せず無所属での挑戦だった。政党という後ろ盾はなく、地元ではないため知り合いもいない。高野は、戸別訪問や駅頭活動を通して、ひたすら地元住民と直接対話をし、知名度を拡げるという地道な活動を開始した。
建設業界を辞め、品川区議選に出馬。半年間で2度の落選
2018年9月。翌年の統一地方選に先立ち、品川区で前年の都議選に出馬による欠員に伴う補欠選挙が行われることが決まった。
選挙を1ヶ月後に控えた2018年8月、高野は5年間勤めた日比谷アメニスを辞める。政治家になる決意を固めた瞬間だった。
高野は選挙戦に向け、都内で知り合った同世代の友人を募った。最終的には100人を超えるボランティアが高野を支えた。
さらに、通常、200~300万円が必要になるといわれる選挙資金は、選挙事務所を用意しない、インターネットやSNSを駆使することで可能な限り抑えた。
だが、補選の当選枠は5人中2人。コネもカネもない高野にとって、厳しい戦いとなるのは火を見るよりも明らかだった。
結果は、1万4207票で落選。4位で次々点だった。
しかし、高野は落胆することなく、この経験をプラスに捉えた。
「補選に出馬したのは、翌年の統一地方選に向けた準備という意味もあった。落選した後、働く場所もあったので、すぐに次の選挙に向けた準備を開始した」
落選後は、慣れ親しんだ建設業界を離れ、某ベンチャー企業で自社SNSの運用担当として働くことになる。
すべては半年後の統一地方選のため。日々の仕事と並行しながら、駅頭活動や戸別訪問などの政治活動を休むことはなかった。
そして、来たる2019年4月。人生2度目の選挙戦がスタートした。品川区は、40人の枠に51人が出馬する大激戦の選挙区となった。
「地盤のない自分にとって、目に見える数字はSNSのフォロワーくらい。不安だった。だからこそ頑張った」
高野は、仲間たちとともに7日間の選挙期間を走り抜けた。
そして迎えた開票日。部屋から春の霞がかかる朝日が見え始めた頃。
高野の落選が決まった。41位で次点。最下位当選の候補者との差は、わずか38票だった。
現場監督からLINEに転職。それでも政治家は諦めない
落選が決まった瞬間の記憶はほとんどない。ただ、応援してくれた人々への申し訳なさとあと一歩届かなかった悔しさは今でも覚えている。
高野は、選挙結果を一緒に見守ってくれた仲間たちに改めて一人ひとり感謝を伝えた。
「本当にありがとうございました。本当に申し訳ありません」
感謝と謝罪の言葉を口にした瞬間、選挙に向けて準備してきた3年間が頭を駆け巡り、涙が溢れた。同時に「政治家を目指したこの3年間はムダだったのではないか」という激しい悔恨に襲われた。
しかし、負けたからこそ気付いたこともあった。
落選後すぐは無職だったが、現場監督時代に独学で学んだITスキルや選挙での縁から、ITメガベンチャー「LINE」で働くことが決まる。
現在は、住民票をオンライン申請できるサービスや防災アプリとしての機能などを行政に提案している。行政、政治と市民の架け橋となる身近なツールとして、LINEの普及を目指している。
「形は違えど、今も行政の方と協力しながら仕事をしている。行政との仕事の進め方を知らずに当選していたら、今ごろ孤立していたと思う。落ちたからこそ、学べることもある」
公共的使命のもと、充実した日々を過ごしている高野だが、志は揺るがない。3度目の正直に向け、今も政治活動を続けている。
インタビューの終わりに「波乱万丈な生き方でしんどくないか」と聞いてみた。だが、高野は「そんなことはない」と笑う。
「建設業界で働いていて感じた課題を何とかするために政治の道を志した。色々な挑戦はしているが、その思いは一貫している。いつかは品川区長となって、区民が求めてる形に行政を変えていきたい」
力強く語るその目は、すでに4年後を見据えていた。