古民家レストラン「古材の森」

「その解体、待った!」 築118年の”文化財級”町屋を救った建機レンタル業者の眼力

建機レンタル業者が運営するレストラン

いま、福岡市から気軽に行けるおしゃれな観光地として注目を浴びている糸島。その中心部・前原に、築118年の商家「西原家」を改修した「古材の森」という古民家レストランがある。

地元食材で作った和食が食べられる人気スポットで、地域の歴史に関するイベントなども積極的に行う、文化の発信地でもある。

この「古材の森」を運営しているのは、油機エンジニアリング株式会社。油圧ショベルのアタッチメントのレンタル会社だ。

なぜ畑違いの飲食業に手を出したのか。その経緯について、油機エンジニアリング ディレクターで古材の森 店長の有田和樹さんに話を聞いた。

施主を説得し、解体工事を中止

14年前、西原家の持ち主から『解体予定の家の部材を引き取ってほしい』と頼まれ、油機エンジニアリングの牧田隆会長が足を運んだことが始まりだった。

「牧田会長は、一目見て今ではほとんど残っていない、貴重な建物だと気づいたようです。『こんな素晴らしい建物を壊してはいけない』と、契約していた工事を取りやめにしてもらい、自社で改修することしたんです」

明治33年に始まった、旧西原邸新築工事中の風景。太い桁が組まれ、地松の大きな梁が組まれる。

農家と違い、どんどんビルなどに建て替わってしまう商家が現存するのは珍しいことだという。

「建物は現在、持ち主からお借りして運営しています。その方も最初はどんなに価値のある建物かわからなかったそうです。ですが、色んな資料を見せて説得し、今では『お客さんもたくさん来てくれるし、壊さなくてよかった』と喜んでくれています」


現代の技術では造れない建物

修復にかかった費用は、約3,000万円。基本構造は崩さずに改修したが、同じ建物を今造ろうとすれば、3,000万円では済まない。それどころか、いくらお金を出しても再現できない部分も多いという。

「まず、今は同じような質の木材が手に入らないんです。たとえば、この家の大黒柱は樹齢100年以上の水目桜で造られていますが、そんな木はもう残っていません。

柱には主に芯の部分を使いますから、これだけ太くて長い木材を作るには、すごい太さと長さの木が必要なんです。昔は屋敷の所有者が木材のための山を持っていて、そこから木を切って運んでいたようです」

木材以外にも、この建物を現代では再現できない理由があるという。

「こんなに大きな吹き抜けを木だけで作る技術が、今はないんじゃないかと思います。建てられるとしたら、宮大工さんくらいじゃないでしょうか。二階にある書院の欄間なんかもめちゃくちゃ細かくて、それを見た建具屋さんが『これは無理、もう作れん』と言っていました。

今の建築基準法では造れない吹き抜け廊下

細かい造りの欄間

そもそも、この吹き抜け部分は今の建築基準法だと作れないんです。ほかにも、基礎を固定したり、壁に筋交いを入れなければいけなかったり。材料、技術、法律…色んな理由で、現代では作れない建物なんです」

欄間でエアコン隠し…古民家を違和感なく今風に変える工夫

基本的には元の建物を最大限残して改修しているが、変えたところもある。

「照明や空調、トイレは新しく設置しました。窓ガラスも後から入れています。改修したといっても古民家なので、構造的に冬はすごく寒いんです。暖房器具が目立たないように、板の間には床暖房を入れ、畳の間の絨毯の下にはホットカーペットを敷いたりしています」

油機エンジニアリングでは、解体現場で廃棄になったが、使えそうな木材などをストックしてきた。「古材の森」には、そのストックがかなり投入されているという。

「エアコンは、ストックしていた欄間で隠しています。町屋でエアコンが見えたらかっこ悪いので、ちょっとした工夫ですね。

欄間で隠したエアコン

ほかにも古い板でレジのカウンターを作ったり、寒くないように土間に板を張ったり。違和感なく改修できるよう、材料にも気を遣いました」

油機エンジニアリングは建機アタッチメントの会社。飲食のプロではない。当初は手探り状態だったという。

「最初は自社で運営する想定ではありませんでした。改修後、別の飲食店に場所を貸していたんですが、そこまで人通りの多い場所ではないのでうまくいかず、半年くらいで閉店になって。

それからは、細々と自社で古材を販売する場所にしていました。するとだんだん、来たお客さんから『いいところだからここでお茶を飲みたい、ご飯を食べたい』と要望が出るようになって。

それに応えて喫茶を出し始め、今のような形になりました。試行錯誤して、ようやく単価も上げられるようになったんです」

「古材の森ランチ」¥1,800



あえて文化財登録申請をしない理由

西原家は明治34年に建てられ、江戸時代には許されない表門や、珍しい回廊も備えている。建設後50年を経過し、再現が容易でない建物などに指定される「登録有形文化財」にも当たりそうだが、文化材の登録申請をするつもりはないという。

「確かに申請すれば、すぐにでも文化財指定を受けられる建物だと思います。ただ、文化財指定を受けると、建物の使い方や手を入れるにも制限が出てくるでしょう。

春には毎年、ここの2階で江戸時代の料理をお膳で食べるイベントをやっていて、とても雰囲気が出るんですが、ここで料理を食べさせちゃダメとか、なりかねないんです。

存在するだけ、保存されるだけの建物ではなく、昔と同じように人が使い続けられる建物であってほしい。国に登録されるだけがすべてではないですから」

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出版社で小説や週刊誌の編集・ライターとして約4年勤務し、退職。現在は福岡でフリーのライターをしています。
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