「街を森にかえる」夢の巨大プロジェクト
2018年2月。住友林業は、1691年の創業から350周年を迎える2041年を目標に、地上70階建・高さ350mの木造超高層建築物をつくるための壮大な研究・技術構想「W350計画」を発表。高層建築物の木造化・木質化とともに、街を森にかえ、「環境木化都市」の実現をめざす夢のようなプロジェクトだ。
2020年現在、世界一高い木造の複合ビルはノルウェーにある「ミョーストーネット」で、高さは85.4m。「W350計画」が実現すれば、世界に比肩するもののない超高層の木造建築物が誕生することになる。
構想発表から2年半がたち、計画はどこまで進捗しているのか。「木の価値を高める技術で、世界一を目指す」と語る同社の中嶋 一郎理事 筑波研究所長に話を聞いた。
「W350計画」、環境木化都市を実現へ
住友林業株式会社の中嶋 一郎理事 筑波研究所長
――「W350計画」とは何でしょうか?
中嶋 一郎氏(以下、中嶋) 当社は、今年で創業329年目を迎えました。そして、創業から350周年を迎える2041年には、”木の価値を高める”技術で世界一となり、世界に冠たる企業となることを目指しています。この目標を多くの方々に具体的にご理解いただくために策定したものが「W350計画」です。
当社は創業時から再生可能な自然素材である木を活用し、持続可能な社会の実現を目指してきました。その中で建築の世界においては可能な限り木造建築物を多く建て、木材で二酸化炭素を吸収・固定し街に森をつくっていきたい。これを我々は「環境木化都市」と呼んでいます。
「W350計画」のイメージ図
――「W350計画」の進捗状況は。
中嶋 「W350計画」の発表からほぼ2年半が経過しました。14階建てのビルを建てる際には、2時間火にさらされても構造躯体に影響を及ぼさない部材が必要ですが、これが15階建てビルとなると、3時間耐火構造部材が必要になります。
現在、当社では2時間耐火構造部材については大臣認定のための試験に合格し、3時間耐火構造部材についても既にメドがついています。また、具体的には申し上げられませんが、100クラスのハイブリッド木造建築の構造関係に関しても、検討を行っている段階です。
実証実験も進んでおり、2019年10月には15mを超える木造ビル「筑波研究所新研究棟」が完成し、350mの木造超高層建築物を実現するためのさまざまな要素技術を導入し、基礎的な検証をしました。
この新研究棟を礎と位置づけ、現在は具体的な第一歩として、20~30m級のハイブリッド木造建築を施工するための土地も探しており、こちらもほぼメドがつきつつあります。
――要素技術のポイントは。
中嶋 高さ350mの超高層建築物を、純粋な木造で実現できるとは考えていません。適材適所の考えで、木を中心にしつつ、必要な部分は鋼材やRCを配置する想定です。主材料の組み合わせや、組み合わせた部材同士をいかにより強くコネクションするかが、この計画の要素技術になり、現在はそれぞれ動きの異なる主材料同士を合わせての挙動試験を実施し、強度の分析を行っている段階です。
完成した「筑波研究所新研究棟」でさまざまな要素技術を導入
かつ、外部周りに対しても、木と緑を活かすための緑化技術を導入します。たとえば、昨今では温暖化の影響でゲリラ豪雨やモンスター台風が日本を襲うなど、大変厳しい気象状況に晒されていますが、100mや350mでの植栽の施工方法を机上の計算数値をもとに検討しています。現在、15mの新研究棟で植栽の要素技術を実用化し、今度は20~30m級の建築物でブラッシュアップし、確認していく予定です。
熊谷組との連携でハイブリッド化はさらに深化
――同計画には業務提携を結んだ熊谷組も協力しているが、研究の成果も上がったのでは。
中嶋 熊谷組は、土木技術やRC造建築に関して深い知見もお持ちです。両社の研究開発の分科会では、さまざまな意見交換を重ねていますが、そこで定められたマイルストーンを次の20~30m級の建築物「W30」にも適用する考えです。
例えば、先ほども申し上げた通り、異種材料の組み合わせによってハイブリッド木造建築を実現していくわけですが、挙動関係ではコンクリートや鉄骨だけが強くても意味がありません。ハイブリッド木造建築では、組み合わせた際にお互いの部材の強みを活かしあうことが重要で、その点で熊谷組との連携は大きな意味を持っています。
熊谷組は、RC造や鉄骨造の高層建築を得意としていて、その中で多様な免震技術も保有していますので、当社の木造技術の知見と合わせて、今後も木とRC造や鉄骨造を融合させる最適解を検討していきます。
――施工は誰が行う?
中嶋 元々、住宅以外の中大規模建築での木造化・木質化を進める「木化推進部」を設置していましたが、今期から更なる市場性を広げるために発展し、「建築市場開発部」という部署が新設となりました。
また、「木材建材事業」は、「住宅建築事業」とともに当社事業の双璧をなしており、木材生産から協力先のプレカット工場を通じて、現場に供給する流れを持っているので、これを非住宅建築分野でも活用すれば、品質の確かな製品を日本全国各地に供給できるようになり、木造のハイブリット建築にも貢献することになります。
ただし、当社としては木のノウハウや部材等を提供しながら、1社独占ではなく、良い意味で色々なゼネコンと施工も含め協業しています。
――公共工事での導入は。
中嶋 当社と他のゼネコンやハウスメーカーとの決定的な違いは、木を一から創出をして、それを育てて、将来的な材料としてきっちり提供していく技術を保有していることです。
ですから、35~50年先を見定めるという長期スパンにはなりますが、強い木をより強くし、その材料を中大規模建築に活かすために、「W350」を見据えながら進めているわけです。
林野庁と意見交換をしながら、公共工事での木造化の普及発展ももちろん目指しています。林野庁は<ウッドチェンジネットワーク>と称して、各地方自治体に木材の公共建築への使用を推奨しており、我々はその考えに対する協力もしていきます。
木が切り拓く未来
――ハイブリッド木造建築の現状と、今後の展望についてはどう見ている?
中嶋 ”ハイブリッド”と言っても、捉え方は各社によって異なります。木の素晴らしさは各社とも理解していますし、国も法的な規制緩和を進めています。ただし、木材利用はコストが掛かることも現実としてあるわけです。現在は、木の良さを社会にアピールしつつも、より経済合理性を高めている段階であると言えます。
具体的には、木を構造躯体としてどう活かすのか、また人が触れる内観的な部分を木でどう表現していくのか。次に、耐火部材として構成していく中で、法規制の分野でどうクリアしていくのか。さらにはコストを抑制すべく、木と鋼材の配分関係をどうするか。これらの点を検討していくことが必要になります。
木は限りない未来を拓く可能性を持つ
――木が切り開く未来について、どうお考えですか。
中嶋 研究開発を束ねていく立場として個人的に申し上げますが、できる限り石油由来の資源から再生可能な木材資源にチェンジをしていきたいと考えています。そのワンオブゼムが<建築物>です。
木を多く使用し、さらには再利用することで循環型の社会を回しつつ、地球環境に配慮し、その世界が幅広く生活や社会の中に浸透すれば、人の感性やフィジカル面はもっと良くなるでしょう。すでに木や緑の中に取り囲まれて仕事をすると幸福度が高まるというエビデンスもあります。
当社はさらに一歩進み、木を使った建物の中で働くことで生産性が向上するということを実証する研究しています。木を通して、精神的にも豊かになれる社会を目指していきたいと思います。