評価されている日本の「質の高いインフラ」
土木学会は5月28日、「海外インフラ展開に向けた変革のための提言」を発表した。
日本企業の平均的な海外受注割合は約4%と、日本の海外インフラ展開は華々しいとは言えない。今回の提言では、技術力を持った中小企業も含め、積極的に海外事業にチャレンジすることが重要であると提起している。
ポイントは人材と経営にある。企業には、経営、法規、ファイナンスなど知識を持つ新たな人材の獲得、ものごとを俯瞰する思考力を持った人材の育成や、企業風土の変革を進めることが肝要であるとの見方を示した。
一方、日本の「質の高いインフラ」は、OECD加盟国でも評価されており、企業は日本のブランドを守り抜く責任が求められている。しかし、日本の海外インフラは、ODA依存の傾向が長く続き、各国との建設技術の差異も縮小していることが実情だ。
また、今後とも国内市場が少子高齢化・人口減少による縮小傾向にある中で、海外市場の取り込みは、土木技術・ノウハウの伝承の観点からも肝要と言える。
家田会長「求められる”内なる開国と国際化”」
土木学会は、なぜ、海外インフラ展開について提言を行ったのか。まず、家田仁会長(政策研究大学院教授)の発言要旨から探ってみよう。
「土木界も一生懸命やってきましたが、ここに来てある種の飽和感や限界を感じています。限界を突破するには制度、ものの考え方や働き方を変える自己転換が必要です。
次に市場を拡大することで、国土やインフラなど土木の世界に活力をもたらしたい。活力のないところには進化がない。また、進化のないところに明日への質はありません。
今、日本の土木技術の質が高いと言われていますが、明日も高くするためには活力が必要で、活力のためには市場が必要です。そこで市場から質へというのが2番目の流れです。今、日本が保有している技術や制度等が世界のトップランナーを本当に走っているのかとの自己反省をきっちりと行っていかなければなりません。
海外に対してより開かれた内なる「開国」や「国際化」をし、技術や制度の自己改革を展開しなければなりません」
元々この提言は、土木学会内の海外展開に携わるメンバーにより「今後の海外インフラ展開に向けた変革のあり方検討会」(森昌文委員長、東日本高速道路株式会社代表取締役兼専務執行役員)が組織されたことに始まり、とりまとめられた。提言を細かく見ると、日本企業に対する危機感が随所に感じられる。日本全体で海外インフラ展開を本格化するために、変革をしなければならないと強く迫った提言である。
「海外と日本はつながっている世界であり、海外で活躍することが跳ね返って日本の質の高いインフラをもっと磨くことにつながる。厳しい環境の中でがっちり競争することで土木技術はもっと磨かれていくことが提言の底流にあります」(家田会長)
森委員長「ODA案件から脱却し、自身でビジネスの創造を」
森委員長は次のように語った。
「現在、新型コロナウイルスで日本の海外インフラ展開はままなりませんが、ずっと続くわけではありません。むしろ、この小休止をビジネスチャンスとしてとらえ、次に向けての新たな準備をして、飛躍することを期待しています。
海外事業はプロがやっていることと受け止めている方もいるかもしれませんが、素人でもまだ間に合います。重要なことは英語がペラペラ話せることではなく、土木に関する基礎技術であり、これからアジアやアフリカに進出し、貢献することはいくらでもできます。それを土木業界に強く発信したい」
土木学会「今後の海外インフラ展開に向けた変革のあり方検討会」の森昌文委員長
また、森委員長は私見と断りを入れつつ、「日本企業も海外に進出していると言っておりますが、その実、ODA案件に頼っている面が大きい。土木ではないが建築分野においては、日系企業の案件に依存している。これで確かに数字は達成しているのかもしれません。しかし、国内市場がこれから拡大するのは考えにくい実情を見ても、競争できる力を持った方は、中小の市場を荒らすようなことはやめて、海外に進出して欲しい。
日本企業もODA案件から脱却し、これからはプロジェクトを自らつくって、ファイナンスも集めて、進めていくプロセスがこれからは必要になる。アジア・アフリカの各政府もODAよりも投資を呼び掛けているトレンドです。日本企業も個人もそうした点にフォーカスをあてなくてはいけない。基本的に、政府が先導してプロジェクトをつくって、日本企業をそこに誘導する時代ではありません。これが提言のバックボーンにあります」とも語った。
森委員長の発言はかなり辛辣ではあったが、海外インフラ展開にあたっては、現在、PPP事業が期待されており、民間資金が重要になってきている。そこで単なる請負業から、自らをインフラサービスのプロバイダーとして参入し、そのエリアを拡大することが求められているため、このような発言につながったと思われる。
そこで海外インフラヘの参入のポイントは、いくつかあるが、やはり「人材」と「経営者」のマインドではないだろうか。
海外事業は「人材確保と育成から」
「海外インフラ展開に向けた変革のための提言」の中には、「海外インフラ展開の本格的推進に向けた基本的方向性」として11項目を示した。その中の「人材の確保、次世代を担う”人財”の育成」では、人材確保と人材育成は何にも増して第一に取り組むべき課題であると指摘した。具体的には、下記の4点を示している。
- 俯瞰的な視野を持った土木技術者の育成
- 大型プロジェクトに対応できる若手のプロジェクト・マネージャーの育成
- 国内と海外の技術者の流通
- 国際的なリーダーシップの取れる人材の育成などが重要である
続いて、「我が国インフラ関連産業への提言」でも同様の点に触れている。
まず、第1点は「企業内意識の変革」だ。多くの企業は請負等を主たる生業としており、自らが所有・運営・管理をする経験を持たない実情に触れた。
そこで自らを狭い業種の領域に押し込むのではなく、あらゆる機会を捉えてビジネス機会を拡大する、また、O&M を含めた多角的な事業展開に挑戦すべきとした。さらに俯瞰的かつ長期的な視野に立った企業内意識(企業内文化)の変革が求められることを強調している。
2点目は、「国内外からの人材確保と国際社会で活躍できる人材育成」だ。
内容は、国際社会で活躍できる人材が不足している点に触れている。大型プロジェクトで活躍できる若手PMや社内文化に変化を起こせるような人材の育成を急務とし、人材育成は産学官に共通する課題であり、様々な取り組みを推進すべきとした。
さらに海外事業には、規模感や異文化との交流、インフラの経済効果が肌で感じられることなど、日本にない魅力も多いと海外インフラ事業の魅力にも明記した上で、日本がなし遂げてきた多くの功績と貢献を改めて認識し、次世代に繋げなければならないとしている。
この2点だけでも相当のハードルの高さを感じた。そこで質疑応答で、「企業や土木技術者」の意識変革では難しさもあるのではないかと質問した。
土木技術者はファイナンス分野への関心を
まず、家田会長は次のように答えた。
「変革すべきは個別の技術者の考え方よりも、会社や政策のトップにあります。私は、技術者についてほとんど問題がないと思います。
たとえば、ある技術を保有する会社は国内で採用されないため、海外に進出し、海外シェアが高まった事例があります。
ところがその技術者がいる組織が海外で仕事をすると、海外と国内のチームの仕事の仕方が異なりますから、別にチームを組織すればいいと言っている企業も存在することが問題です。国内外チームを一体化するとか、海外こそ我々の生きる道だとトップが頭を切り替えれば、大きく会社の海外に対する認識も変わると思います。
その意味で今回の提言は革命的な内容ですが、別に生首を変えることではなく、発想を変えるだけであり、本当は難しいことではありません」
次に森委員長はこう回答した。
「土木技術者は、ファイナンス、PM、SPCをどんな風に構築していくかについては携わってこなかったので、欠けていたところを補ってほしいし、続いて企業マインドの変革も強く求めていきたい。
また、チャレンジする人に高評価を与える等、企業の中の意識を変えていくことは絶対に必要です。」
また、作中秀行同検討会幹事長(日本工営株式会社参与)は「請負業のみから脱却し、多様な仕事を吸収すべき」と語る。
作中秀行同検討会幹事長は、「請負業のみから脱却し、多様な仕事を吸収すべき」と語る。
「若い方が会社に入ると、その器の中だけで成長しようとします。一度、国内部署に配属されてしまうと、海外事業部の話を聞いても関心が及びません。
森委員長がお話しされたように企業文化やマインドをこれから変えていかなければならない。国内にいても積極的に海外へ大きく関心を持つ社内文化であり、仕事も請負業から脱却して、様々なやり方があることを学ぶべきで、それを一つ一つ実際にこなしていくことが肝要です」
中堅、中小の技術者不足はさらに深刻に
さらに、森委員長はさらに深刻な問題を提起した。
「中堅、中小の業態では技術者が不足する事態がどんどん生まれてきます。事業を継承することも難しくなることが地方では発生しています。そこで海外の技術者が来て、日本のインフラをマネジメントすることに期待をしています。国内と海外を一体融合した中小企業が出てこないと、日本の地域産業を担う業態として生き残っていけないのではないかという危機感を抱いています」
海外インフラへの展開は、建設会社が多様なビジネス形態や自身を「変革」するチャンスでもあり、市場は無限に存在する。その意味で大きなチャンスではあるが、課題は人材と組織体系にあると言える。
海外のビジネスに通用する人材育成が急務である一方、国内のインフラ市場の拡大が継続できるかといえば、疑問符もある。先般、上場ゼネコン各社が発表した「21年3月期」の本決算では、多くが減収を余儀なくされ、しばらく続いた成長軌道に一服感を生まれた決算内容であった。減収の理由は、海外工事の中断などが主な要因だが、この期間こそ海外人材の養成や企業のマインドの改革を行う絶好の機会だろう。
スーパーゼネコンから地域建設会社に至るまで、森委員長が指摘したように、「国内と海外」と一体融合した企業へと変革が求められる時代に突入したと言える。
その際、企業や土木技術者のマインドも俯瞰的・鳥瞰的な視野で、仕事に取り組むことが重要になって来るはずだ。