「けんせつ小町」はただの"お飾り"?工事現場に送り込まれた実験台の女性たち

「けんせつ小町」はただの”お飾り”?工事現場に送り込まれた実験台の女性たち

現場の標語や取り決めに物申す

現場に配られる資料やポスターを見て、こう思ったことはないだろうか。

「正気か?」「これ誰が考えた?」「できるわけないだろ!」と。

熱中症を題材に考えてみよう。そもそも、現場に掲示する標語や取り決めは誰が決めたのだろうか。おそらく、現場に来たこともないような、普段は机の上で事務作業をしてる人間だろう。

熱中症に対して何か手を打たねばならない!と上から言われ、必死にネットで調べて、それらしき専門用語をとりあえず並べ、それっぽい決まりを作り、まとめた資料が現場に出回るわけだ。

現場の人間なら一度は、実現不可能な熱中症対策の資料を見たことがあるだろう。熱中症指数に応じて、休憩時間などを頻繁に取ろう!などともっともらしいことが書かれているが、それをそのまま現場に適用したらどうなるか、なんて作った人は考えていない

熱中症指数が30を超えたら、1時間の作業で15~20分の休憩を取るようにしていたら、30分ごとに休憩に入ることになる。さらに移動時間を加えたらどうなるだろうか。工事が進むわけがない。

休憩を取れというくせに、作業工程は一切変更がない。その分、人を増やせなどと簡単に言う人がいるが、ろくに経験もない人間が増えるばっかりで、作業の進捗が早まるわけもない。資料を作る人間は、誰もそれに気づいていないのだ。

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標語の掲示が一体どれほど効果があるのか

標語にも物申したい。標語がやたら好きなゼネコンがいるが、単なる語呂合わせの語句を並べて、それで現場が変わるとでも本気で思っているかと聞きたい。

五・七・五に上手くはまった標語の掲示が一体どれほど効果があるのだろうか。文章ではないが、テレビのコマーシャルの如く、言葉の響き、映像の綺麗さ、奇抜さで意図を表現しようとしているゼネコンのポスターもあったりする。

私には全く理解できない。無意味。無駄。ただのお飾り。ゼネコンの人間たちの、僕たちはやってますアピールにしか思えない。

ひどいゼネコンになると、日本で作ったそれらの標語を、そのまま海外現場で堂々と掲示してるゼネコンもいる。貼るほうも貼れと言われて貼るのだろうが、恥ずかしくないのだろうか。

世間にアピールしているだけに見える「けんせつ小町」

人手不足を何とかしようと、女性を積極的に現場に送り込む会社が増えてきている。業界全体でも「けんせつ小町」と称して、世間にアピールしようとしているが、それにも物申したい。

現場に入った女性をどう指導していくか?どう戦力として育てていくか?受け入れる側の体制をどう変えていくか?上手く機能させるには業界全体でどうバックアップしていくか?を考えているのだろうか。全てが試行錯誤の段階に思える。

私は、業界の知識や技術が普通の新人並みであれば、性別関係なく現場の仕事は可能だと思っている。だが、送り込まれた先の現場の職員と作業員は、また別の思いを持ってるだろう。

女性が男だけの世界に入り、ましてや指示を与えなければいけない立場だったとしたら、彼女らを待ち受ける様々な試練は山ほど浮かぶ。同じような経験をした女性が社内にいなければ、送り込まれた彼女らが言わば実験台になってしまう。

何か新しい試みをするのであれば、考えつく限りの状況・対策を考えるのが当たり前だと思うのだが、色々な話を聞いているとどうやら違うらしい。ほとんど何も考えないまま、ただ女性を現場に送り込み、あとはなんとか育てろ!と現場に言っているようにしか思えない。

男だろうが女だろうが、技術者として現場に送り込まれたからには、現場で活躍できる人材に育ってほしいと誰もが思うだろう。だが、誰かが手とり足取り教えてくれるはずもなく、それが女性ともなれば、教育方法も男と同じというわけにはいかないだろう。

それに、細かいことだが、制服に着替える場所はどうする?便所はどうする?とか、色々と気を使わなくてはいけないこともでてくる。単に女性だから登用する!と言うのは、かえって女性を馬鹿にしてないかとすら疑問に思う。

ただ現場に送り込まれただけの女性たち

以前の現場では、元請のゼネコンが盛んにけんせつ小町のポスターを現場の区画壁に貼り、「けんせつ小町」と紹介された女性職員が10人ほど現場に来ていた。

女性たちは皆、学校を卒業してから3年以内くらいの若手だったが、当時、私は安全専任者として現場に入っていたので、毎日の安全パトロールで彼女らと話す機会があった。ちょっと話すだけで、彼女らがほぼ素人なのが分かった。

それはそれでいい。最初は何も分からず、そこから覚えていくのが当然で、知ったかぶりせず、分からないことは分からないから教えて下さい!と聞いて回るのが一番いい。

ある日、現場で地這のケーブルが多く見受けられ、その指摘があがった後で話をしていた時に、一人が「地這のケーブルって何ですか?」と聞いてきた。

質問に対して説明をした後、「ここの現場では何をやるように言われて来たんですか?」と尋ねると、首をひねって隣の女性と顔を見合わせ、「まぁ現場をよく見て、その感想を書いたり、安全パトロールを一緒に回って、安全のことを覚えろ!と言われてるんですが…」と、語尾になるほど声が小さくなっていった。

彼女らと一緒に回っていた男性職員は、彼女らに何かを教えたり指導するわけでもなく、妙に気使って彼女らに愛想笑いを浮かべる様は、とても建築現場の最前線とは思えぬ雰囲気だった。

やはりゼネコンの人間たちは、現場に入った彼女たちをどう教育し、どう育てていくかは、まだ試行錯誤が始まったばっかりで、とりあえず現場に送り込んで、けんせつ小町の姿を認知してもらうところから始めよう!程度の意識しかないのだろう。

だから現場に来る女性たちが敬遠されるのだ。「ただのお飾り」と現場の人間から言われてしまいかねない。ただそれは、彼女たちのせいではない。仕組み作りを怠り、見切り発車で入社させてしまった会社のせいだ。

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パフォーマンスだけで終わっていいのか?

建設業界を女性の活躍できる業界にしていくことは、簡単じゃないのも分かるし、教育係の人もさぞ悩んでることだろうと思う。いやいや、若手の男性に対してはどうなんだ?できてんのか?と言う人だっているかもしれない。

このままだと単に流行に乗って、「建設業界だって女性が現場に進出してるぜ!」という、世間に対するパフォーマンスだけで終わってしまう可能性もある。送り込まれた女性たちのほうこそ、いい迷惑になりかねない。

標語や取り決め、けんせつ小町にしても、貧困な発想の末路はどうなるのか。今のままだと、このまま自然消滅するような気がしてならない。せっかく新たな試みを開始し、そこから新しく建設業界に入ってきてくれた若者だっている。何かしらの成果に繋げてほしいところだ。

この業界は貧困な発想で溢れている。見切り発車で始まることも多い。それゆえ、無理難題が自分に降りかかってきて苦労することも多いだろう。それでも最善の努力をして、ハードルを飛び越える努力を続けて欲しい。粘り強く改善していけば、良くなる可能性は十分ある。自分のためにも、若手のためにも、業界のためにも、その努力は決して無駄にはならない。

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アジア、アフリカなど海外の建築現場で長年、施工管理に従事している。世界中で対日感情が良好なのは、先人たちの積み重ねである。日本人として恥ずかしくない技術者でいたい。
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