橋梁の塗替え現場に立ちはだかる「鉛・PCBの安全処理問題」
橋梁を長持ちさせるためにかつて使った鉛やPCB(ポリ塩化ビフェニル)。数十年の時を経て塗替え時期が到来、近所の橋でも対応に取り組む人たちがいる。近年、安全に処理ができるよう国が制度を整え、規制や手順に即した技術開発も民間で進められてきた。が、不意の中毒や火災などに至らぬよう現場のストレスレベルは引き続き高い。
背景には、労働安全の関連規則が多岐にわたりかつ更新も多いほか、すべてで数値を示されているわけでなく、加えて対応する技術も日進月歩なため、「現状でどうすればいいのか…」と悩ませていることがあるという。「数値化した補足があればすごく助かる」との声も。具体的な手法をシリーズで紹介していく。
なぜ橋梁塗膜にPCBや鉛? しかも今?
国内の橋梁は高度経済成長期(1955~1973年)に急速に整備が進んだ。これらの塗装には、防錆や着色の観点でPCB(ポリ塩化ビフェニル)や鉛などの有害物質が含まれているものがある。
PCBは1960年代から1970年代初めに製造や使用された鋼構造物用の塩化ゴム系塗料の一部に、可塑剤として使用されていたことが知られている。1968年に「カネミ油症事件」が起こるなど毒性が社会問題化し、国内では1972年以降製造されていない。環境省が近年、毎年実施している調査では、これらの橋梁塗膜からPCBが検出されており、その大部分は、塗膜としての使用を廃止した場合、低濃度PCB廃棄物(PCB濃度0.5mg~5000mg/kg)になると考えられるという。含有量が重量の1%を超えると、「特定化学物質障害予防規則」の適用を受ける。
一方、鉛は2005年の『鋼道路橋塗装・防食便覧』の改定で、この新便覧の適用以降は「鉛・クロムフリーさび止めペイント」に仕様が変更されたことを背景に、2008年頃まで使用されていた。鉛は含有量にかかわらず、「鉛中毒予防規則」の適用を受ける。またクロムは含有量が重量の1%を超えると、『特定化学物質障害予防規則』の適用を受ける。
近年、塗替え時期の到来で、これらの有害物質を現場で安全に回収すること、将来に向けて安全に処理することが課題として浮上、国は各種指針やガイドライン、マニュアル類を整備してきた。これに応じた技術や工法、安全衛生管理の手法の開発も進む。
PCBは、国際的な規制の枠組みである残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)が2004年5月に発効。日本は2002年8月にこの条約を締結しており、PCBの機器内の使用を2025年までに全廃すること、廃棄物を2027年3月31日までに処理することを目指している。鉛は、処理期限は設けられていない。
環境省の調査から抜粋。1966~1974年までに建設または塗替えが行われ、屋外に設置された道路橋(農道、臨港道路などの橋梁も含む)と鉄道橋(旧国鉄・JRの標準仕様に基づくものは除く)が調査対象
安全関連制度の更新進むも「具体的にどうすれば…」
近年の状況を踏まえ、国は基準やマニュアル類の整備と更新を増進している(規則類の状況は文末)。ただ、明確な数値や資格を示されることが多い土木関連の基準やマニュアル類に慣れている業界。労働安全関連では例えば「〇〇の対策を講じること」「知識及び経験を有する者が講師として、1日程度(教育を)行うことが望ましい」などと示されると、戸惑ってしまうという。「数値化した補足があればすごく助かる」との声もある。
こうした現場の戸惑いを背景に、塗替え技術を持つ東海地方の協会の会長は「塗膜から有害物質が出ると、会員からどういう対策をすればいいか問い合わせが多い。つどつどご案内はしていますが、あくまで協会内での参考という位置づけで、遵守が必要な法制度に則って、どのような対策を具体的にすればよいのか、施工手順も含めた一連のマニュアルとしてまとめたい。みんなで共有することで、知見の更新もできる」と話す。
ちなみに、「講師を誰に頼めば…」について厚労省に聞いてみると、とくに資格は設けておらず、例えば鉛含有塗膜の現場であれば、鉛の作業主任者などの有資格者を置くので、講師を兼ねた運用で良いとのことだ。
アスベスト処理で培った分厚い経験と信頼。PCB・鉛でも定評
PCBや鉛などの有害物質を含有する塗膜を除去する現場では、省庁横断的に複数ある基準やマニュアル群の最新版を熟知しておく必要がある。基準類に即した資機材の漏れやダブりのない配備、導入後の合理的な運用にもこうした知識が求められる。サンワ・リノテック株式会社(安部秀治社長、大阪市大正区北恩加島1丁目17番4号)には、この分野の問い合わせが増えており、アスベスト除去現場に一連の安全対策を納入してきた実績とノウハウに定評があることを背景に、塗替え現場にも訴求するシステムをトータルで提案できることが支持されている。
――塗替え現場の環境対策で定評があります。
安部社長 弊社は1988年の第1次アスベストショックから長年にわたり環境問題に取り組んできました。とくにアスベストやPCB、鉛、ダイオキシンの除去に取り組む現場に必要な機器・資材の提供をしています。お客様のニーズに応えるため、お打ち合わせで情報収集し、現場に必要な資機材を整え、安全で安心な現場づくりでお客さまとともに歩んで参りました。橋梁塗替え現場においてもご支持をいただき、引き続き、より良いご提案ができるよう精進しています。
また、多くの皆さまに、迅速にかつきめ細かく、お応えできるよう『環境対策カタログ』も最新の情報で再編し、ホームページにアップしています。QRコードを読み込むと、より詳細な情報に、お客さまが簡便・時短でアクセスできるようにもしました。なかには使い方や留意点などをコンパクトな動画に編集して、お知らせしているものもあります。
――問い合わせが多いと聞きますが、どのような内容が多いのでしょうか。
安部社長 塗替え現場の鉛・PCB対策では、「そもそもどういうことなのか」という制度について、入札資料などでは例えば「環境対策費」など表記がさまざまですので、「具体的には何のことなのか」、現場規模に合わせて「何がどのくらい必要か」など、多種多様なご相談をいただきます。
弊社では、人気の高性能HEPAフィルターをいずれも使用している小型・軽量・大風量集塵機PREDATOR750、エアシャワー、真空掃除機、セキュリティールームなど必要となる一連の機器に加え、保護具や薬剤、養生資材など必要となる一連の消耗品もそろえています。
お客さまの入札資料などの表記と照らしながら、どの機器がどの役割を果たし、一式で何が必要と示されているのか、丁寧にご説明しながらご相談しています。
機器のレンタルに消耗品をセットして便利にお使いいただくこともできますし、消耗品のみの販売もしています。ホームページにもQ&Aを整えています。お気軽にご相談ください。
「漠然とした対策イメージ」からクリアに積算
――近年は、安全や安心のためには当たり前なのですが、ちょくちょく制度の更新や、技術の進展があります。加えて現場ごとに作業ヤードや持ち込む機材、工期や人員などの条件が異なり、現場に即した運用ができるように「一式」や「環境対策費」などのまるめたタイプで発注されることも多々ある一方で、「この現場では何をどこまでそろえるのが合理的なのか」現場から思案の声も聞かれます。どのような商材で対応していますか?
森内さん PCBや鉛を含有する橋梁塗膜の除去について、弊社がご用意している商材のラインナップは、塗膜剥離剤に加え、現場の養生資材、集塵機、セキュリティールーム、エアシャワー、真空掃除機、防護服や防護マスクなどの保護具、および一連の消耗品などです。
お客さまはご専門の土木工事にはとてもお詳しいですが、安全機材の技術の細かなところまでは専門外ということもあり、漠然と対策をイメージされています。そこで、この分野では専門知識のある弊社が伴走して、対策を数値を伴って見える化していき、クリアにしていきます。
例えば、塗膜を「湿潤化」する剥離剤としては、環境に配慮した水系塗膜剥離剤をはじめとする数種類を取り扱っています。ただしジクロロメタンやベンジルアルコールといった含有成分によって注意事項があります。
そして、とくにお問い合わせ、ご用命が多いのは現場での環境対策です。「集じん排気装置」は、HEPAフィルターを使用した集塵機で、負圧集塵機、負圧集塵装置などとも呼ばれるものです。弊社では5種類を取り扱っています。
お客様から「一般的な集塵機と負圧集塵機はどこが違うの?」「一体なにを借りたらいいの?」というご質問をよくいただきます。負圧集塵機は3層のフィルター構造で微粉塵(0.3㎛以上の粒子)を99.97%以上カットするので、アスベスト含有建材や鉛含有塗膜などの有害物質に関する工事はもちろん、病院の改修・増築工事でのホコリ(アスペルギルス菌など)対策でもご好評いただいております。また、一般的な集塵機のように粉塵を溜めるタンクや集塵袋はなく、消耗に応じて各フィルターを交換して使用します。負圧集塵機をご利用いただく際、ダクトを使うことが多いです。もちろんダクトなしのご利用も可能ですので、ご利用用途や設置環境によってご判断をお願いしています。
弊社で扱う5種類の負圧集塵機は、吊り足場内部など、作業場となる隔離区域の容積(立米)によって機種を選んでいただきます。ただし、サイズや重量だけでは決められません。大事なのは処理能力です。作業場の気積(床面積×高さ)から、必要な集じん排気装置の排気能力や台数を計算することができます。現場は必ずしも完璧な立方体・直方体ではありませんので、壁面など様々な要因で起こり得る圧損や、現場動力など現場環境により起こり得る圧損を考慮し、必ず余裕をもった能力をもつ装置の選択や台数のご用意をお願いしています。
例えば、約800m3の現場であれば、大きな56m3/分タイプ(ヘパエアーH2KMA他)を1台以上、あるいは21m3/分のPREDATOR750を3台以上使えば同等の処理能力を発揮できますので、設置スペースが狭い場合でも使えますし、現場での持ち運びが簡単で作業員の方々の負担軽減にもなります。どの機種をどのように組み合わせるかも、お客さまのご都合次第です。
フィルターは主に3~4種類を使用します。プレフィルター(1次フィルター)→セカンダリフィルター(2次フィルター)→HEPAフィルターの順により細かい粒子の粉塵を捕集していきます。また、セカンダリフィルターの代わりにチャコールフィルターという活性炭成分を使用したフィルターを装着して臭気対策としてご利用いただくことも可能です。
――なるほど。「集じん排気装置」の検討一つをとっても、現場によってポイントがさまざまありますね。プロに相談すると網羅的な知識で、個別の現場にぴったりなご提案をいただけるということですね。主な他の機材についても教えてください。
森内さん 「洗身や作業衣等の洗浄等」については、セキュリティールームやセキュリティーゾーンとも表現される設備をそろえています。保護具の脱着をする更衣室、エアシャワーを浴びる洗身室、汚染区域へとつながる前室の3室で構成されます。
アスベスト除去の現場で、負圧隔離養生をする除去作業ではセキュリティーゾーンの設置が義務付けられています。PCBや鉛など有害物質を含有する塗膜を除去する現場でも同様に、作業者と周囲を汚染から守る目的で、隔離空間の出入り口に設置されます。
隔離空間としてのセキュリティーゾーンは一般的に、外部から隔離養生内へ向かう方向順に、「①更衣室」「②洗身室」「③前室」の3つの部屋で構成されています。図のように、「②洗身室」で体表面に付いた粉塵を飛ばすためにエアシャワーを設置します。洗身室は呼吸用保護具着用のまま、30秒以上の洗身が必要です。
セキュリティーゾーンといっても様々な種類がありますが、弊社でもお問い合わせが多い商品に、簡易セキュリティールームD-conというものがございます。短時間で簡単に組み立てが可能で、15分ほどで3部屋分のセキュリティールームの作成が可能です。3室それぞれの寸法はシート内床面積で900×900(mm)で狭い場所にも設置が可能です。
洗身室に設置するエアシャワーは、吹き出し口から強力なエアで、人体などに付着した微粉塵を吹き飛ばし、HEPAフィルターを通して清浄な空気を排出するものです。設置スペースに応じて2分割タイプ、3分割タイプを選定いただいています。
セキュリティールームの前室で保護衣などに付着した粉塵の清掃や、隔離区域内の清掃などの用途に、HEPAフィルター搭載の真空掃除機もご用意しており、お役立ていただいています。
このほか「電動ファン付き呼吸用保護具」としてJIST8157が定める機材、保護衣として化学物質の透過と浸透の防止を目的として使用するJIST8115、2015が定める使い捨て化学防護服、手袋など必要な一式をご用意しています。
例えば、化学防護服ですとJISの規定でいくつかに区分されていまして、タイプ3・液体防護用密閉服、タイプ4・スプレー防護用密閉服、タイプ5・浮遊固体粉じん防護用密閉服、タイプ6・ミスト防護用密閉服など、それぞれに応じたものをご用意できます。
また、発注者に対しての現場に応じた安全衛生経費の積算をまとめたいというご依頼にも対応しています。
『建築物等の解体等に係る石綿ばく露防止及び石綿飛散漏えい防止対策徹底マニュアル(令和3年3月)』より引用
――1月30日に「GSCウェットサンダー」のレンタルを開始しました。どういうものですか?
森内さん 携帯型水循環式湿潤吸引電動サンダーです。このツールは本来コンクリート躯体用途ですが、鉛やアスベスト除去での活用などを想定しています。水を常時かけながらケレンすると同時に回収するシステムで、回収した剥離物は分離、水はろ過され再利用されます。集塵カバー内での連続水吐出により、常時湿潤状態で、樹脂塗膜および下地調整材の除去が可能です。作業完了後は機器内フィルター廃棄物と残存水は、高分子吸水剤またはセメントで固化処理し、現場での廃水ゼロを実現しました。
これらに加え、とてもコンパクトなのも特徴の一つです。本体サイズW400mm×D350mm×H640mmで、全重量(ボディ+水)15.0Kgの設計なので、作業員1名でも仮設足場内の移動が可能です。
社員育成に注力。その知見をお客さまとも共有
社員研修などの合間に、本社駐車場内で休憩。アスベスト、PCBや鉛などの有害物質を含む建材の安全な除去をする現場に資機材を提供するには専門的な知識が必要。社員教育を経て資格を取得する
――アスベストをはじめ、PCBや鉛など、過去に使われていた有害物質を安全に除去するための現場の支援に熱心です。非常に高い専門知識が必要ですし、基準やマニュアル類の更新、それに即した新技術の動向など、情報のアップデートも求められます。社員への教育支援などはどうされていますか?
佐川会長 弊社は建設機械レンタル業界において環境機器に特化したオンリーワン企業として頑張っています。これまで「静かな時限爆弾」といわれているアスベストの除去には、第一次アスベストショック(学校アスベスト)、第二次(クボタショック)の対応に注力し、その実績からアスベスト除去工事対策技術のセミナーなどの依頼もいただくようになりました。
これらの知見は弊社発の情報紙『瓦版』でも、お取引の皆さまに発信して共有しています。近年はアスベストに加え、橋梁塗膜などに含有される場合があるPCBや鉛などへの対応、社会的に関心が高まっているSDGsなど、日頃の営業活動での情報交換に加え、瓦版を通じてお客さまとの情報共有を促進しています。また業務でのちょっとした工夫などのアイデアは、ホームページへの動画アップ「3S活動まとめ」で毎年末に配信しています。
【3SK】2022年 3S活動集 / YouTube(【公式】サンワ・リノテック)
アスベスト対応においては社員教育を整え、管理者だけでなく社員みんなに資格取得を奨励し、多くの社員が有資格者となっています。このアスベストの知識がベースにあるので、例えば鉛やPCBなどの他の有害物質を含む建材除去についても、それに取り組む現場へのトータルなサポート体制がとれており、お客さまから重宝していただき、ご支持をいただけているのかな、と思っています。
近年はSDGsなどの環境意識の高まりや、働き方改革など労働環境の改善ニーズなどもあり、周辺環境や作業環境の改善にも寄与する工法や技術を選ぶことへの関心、引き合いが高まってきています。こうした社会、現場の要請に応えられる商材のご提案ができるよう頑張っています。まずはお気軽にご相談ください。
【参考】有害物質含有塗膜の除去についての基準・マニュアル関係
もともと『鉛中毒予防規則(昭和47年労働省令第37号)』、『特定化学物質障害予防規則(昭和47年労働省令第39号)」などの規則類はあった。
環境省は「ポリ塩化ビフェニル(PCB)早期処理情報サイト〜期限内の安全な処理に向けて〜」とする専用サイトを開設。橋梁塗膜に対しても、PCB含有調査の手法や、PCB塗膜についての含有濃度区分と扱い、剥離後の塗膜クズについての処理方法や処理期限などを示す。
厚生労働省は「個別分野の化学物質対策についての専用ページ」を設け、労働災害防止や安全衛生の観点から、有害物質の含有調査や剥離作業、剥離後の処理の各段階での、作業環境の整備や運用などを示す。
PCBについての掲載は、次の通り。
剥離剤を使用した塗料の剥離作業における労働災害防止については、次の通り。
- 『剥離剤を使用した塗料の剥離作業における労働災害防止について(令和2年8月17日付け基安化発0817第1号、一部改正令和4年5月18日)」
- 『剥離剤等の製剤を用いて塗膜を湿潤な状態にした後、剥離等作業を行う場合において注意していただきたい事項』
- 『剥離剤等を用いず乾式により剥離等作業を行う場合において注意していただきたい事項(令和4年10月28日改訂)』
- 『注意していただきたい事項の改訂履歴』
- 『剥離剤を使用した塗膜剥離作業のパンフレット(令和3年7月版)』
国土交通省は土木研究所で『土木鋼構造物用塗膜剥離剤ガイドライン(案)(改訂第2版)』をまとめ、塗膜除去に使われる塗膜剥離剤、およびこれを用いた塗膜除去工法に対する品質確認方法、施工前の事前調査、施工、検査、安全管理に係る手順や一般的な留意事項を示す。