関 健太郎さん(国土交通省四国地方整備局 徳島河川国道事務所 事務所長)

関 健太郎さん(国土交通省四国地方整備局 徳島河川国道事務所 事務所長)

一生懸命働く人が報われる公正な入札制度が絶対に必要だ

現場重視を掲げる技術者の生き様

徳島河川国道事務所に事務所長として赴任した関健太郎さんに取材する機会を得た。同事務所では、吉野川上流部・旧吉野川の無堤地区対策、四国横断自動車道の南伸、徳島南環状道路整備、国道32号の防災対策など、地域の安全・安心や発展に欠かせない社会基盤を構築する事業を過去の経緯を踏まえ着実に進めている。

それはともかく、関さんは昨年9月、わが国の公共工事の調達制度における労働条件の遵守に関する論文で博士号を取得した、現場重視を掲げる技術者でもある。国土交通省を選んだ理由、これまでのお仕事、学位論文の内容など関さんの生き様を巡って、お話を伺ってきた。

環境つながりで河川を学ぼうと思ったのが、土木との出会い

――土木を学んだ理由はどのようなものでしたか?

関さん 高校生のときは、気候変動とか環境問題に興味を持ったこともあり、一年浪人した大学受験では理学部系を受けました。ところが、試験が全部ダメでした(笑)。二浪はないと思っていました。

気候変動・環境つながりで、降った雨が流れるのが河川ですので、河川を扱っている土木工学科も受けていました。それで、合格することができた芝浦工業大学工学部の土木工学科に入学しました。

大学院ではPI(合意形成)について研究

――研究室は河川でしたか?

関さん いえ、土木工学科に入ってみたら、河川に興味が持てなかったので、選択科目だった河川工学の履修すらしませんでした。今思うと、大変もったいないことをしたと大変反省と後悔しています。学部生当時、興味を持ったのは道路でした。

ただ、当時の芝浦工業大学には交通計画を専門とされている先生がいらっしゃらなかったので、水環境や都市環境に関する研究室でお世話になりました。都市環境という切り口で、バス交通に関する研究をして、卒論を書きました。大学院に行きたかったので、東京工業大学の交通計画の研究室でお世話になりました。大学院では、「PI(パブリックインボルブメント)」に関する研究をやりました。

――就活はどんな感じでしたか?

関さん 公務員志望でした。建設省のほか、関東のいくつかの自治体も受けました。結果的には、「道路をはじめとする全国的な社会基盤整備をしたい」、「広域的な合意形成にかかわる仕事がしたい」ということで、建設省に入りました。

高知工科大学に出向し、入札契約について研究する

――これまでどのようなお仕事をしてきましたか?

関さん 最初の職場は、建設省近畿地方建設局の淀川工事事務所調査課でした。2年目は浪速国道工事事務所工務課で、第二京阪道路の工事積算の仕事をやりました。当時は職員自ら積算業務をやっていたので、このときに積算の仕事を覚えました。この時の経験が、その後大いに役立つとは、当時は全く思えませんでした(笑)。3年目は文部科学省に出向し、国際交流の窓口の仕事を2年間やりました。

その後、本省に戻って、河川局(現在の水管理・国土保全局)の海岸室というところで、海岸整備の仕事を2年間やりました。その次は四国地方整備局香川河川国道事務所で道路調査課長として道路調査・計画の仕事をしていました。私の背番号は河川でしたが、人事交流ということだったと思います。その後、本局の企画課で課長補佐、課長を1年間ずつやりました。

本省に戻って、総合政策局政策課というところで、PFIとか民間資金を活用した社会基盤整備について2年間担当しました。その次は、同じく本省の河川局治水課事業監理室で、主に八ッ場ダムなどのダム建設を担当しました。翌年は、民主党政権のもと、同じ治水課で補助ダムの点検担当になりました。

その後、高知工科大学に准教授として3年間出向し、入札契約に関する研究をしていました。国土交通省に戻って、中部地方整備局の豊橋河川事務所の所長を2年間やりました。そして、国土技術総合研究所で社会資本システム研究室長として、入札契約に関する研究のうち、積算や監督検査なんかの研究をしました。ここには4年3ヶ月ほどいました。

――けっこう長かったですね。

関さん そうですね。その後、リバーフロント研究所に1年間ほどいて、昨年の夏から徳島河川国道事務所に異動しました。

週末を利用して、コツコツ学位論文を書く

――河川の人と言うより、入札契約の人という印象ですが。

関さん そう言われれば、そうですね。総合政策局、高知工科大、国総研を合わせると、10年近く入札契約がらみの仕事をしたことになります。

――道路絡みの仕事もされてますよね。

関さん ええ、今の職場は、予算規模的には道路のほうが大きいので、道路事業に注目が集まりやすいのかもしれません。そういう意味では、学生時代に研究していた道路の仕事が、今になってできているということになります(笑)。

――高知工科大学に出向されたのは、ユニークだなと思いました。

関さん とてもいい縁でしたね。大変良い勉強をさせてもらいました。

――希望したということではないんですよね。

関さん 当時、高知工科大への出向があるとは思いもしませんでした。私にとっては青天の霹靂でした。出向の機会をいただけたこと、大変感謝しています。その成果を活かすことも私の役割かと思っています。

――博士号をお持ちですが。

関さん 高知工科大学で研究したことがきっかけでした。大学への出向中には学位論文を書ききれなかったので、その後も週末を利用して、コツコツ書いていました。東京大学に論文を提出し、昨年9月に論文博士というカタチで、10年掛かりましたがようやく博士号を取得しました。今思えば、国総研に異動になったのは、人事上、ご配慮いただけたのではと思い感謝しています。私の研究と業務上の研究は方向性が似ていましたから。

――同じ入札契約に関する研究だったということですか?

関さん 積算に関する研究である点が似ていたということです。もっと言えば、工事価格の決め方に関する研究にも通じるところがあります。

ツラかったことも、今となっては全部笑い話

――こちらの事務所は、所掌業務が幅広な印象ですが、慣れましたか?

関さん おっしゃる通り範囲が広いし、道路事業には大きな予算が配分されていますし、河川事業は吉野川という大河川を管轄しています。過去からの経緯を踏まえ、日々責任の重さを感じながら、仕事をしているところです。こちらの事務所には、過去に何度か足を運んだことがあるんです。ただ、実際に住んでみて、初めて気づくこともけっこうあります。

――これまでの仕事で嬉しかったことはありますか?

関さん いろいろあります。たとえば、豊橋河川国道事務所長時代に、放水路完成50周年記念ということで、シンポジウムを開催したのですが、自分が着任してからいろいろ準備してやった結果、地元の方々にも非常に喜んでいただけました。それは嬉しかったです。

――ツラかったことはありましたか?

関さん これも、いろいろありますね(笑)。また、いろいろ失敗もあり、多くの方にご迷惑をかけたこともありました。今となってみれば、ご迷惑をお掛けしたことを除けば、ツラかったことの全部、笑い話になってしまいますね(笑)。強いて言えば、仕事や博士論文を書くために、家族との時間を十分に持てなかったことですかね。

――それだけ論文をまとめたいという強い思いがあったわけですか?

関さん そうですね。たとえば、山間部で地域のため頑張っている建設会社さんのように、「一生懸命働く人が報われる公正な入札制度が絶対に必要だ」という思いが根底にありました。一生懸命働いているのに、給料が払えないとか、会社を維持できないといったことは、あってはならないからです。そう言った問題を解決する方法を考えなきゃいけない、ということでやっていました。

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賃金や利益が上がらなければ、「付加価値労働生産性」は上がらない

――学位論文について、もうちょっと教えていただけますか?

関さん 論文テーマは「わが国の公共工事における労働条件の遵守に関する課題と対策」というものです。つまり、公共事業における労働条件の遵守に着目した研究です。公共事業において業者選定には競争入札が用いられています。競争入札において、賃金(労働条件)を下げることで入札価格を下げ、競争に勝つことを妨げる必要があると考えています。そうしなければ競争である以上、適切な賃金水準を保つことはできないと思います。

そのため、労働条件の遵守に関する課題を明らかにし、その解決策として受注したいという競争意欲(競争原理)に基づき物的労働生産性・付加価値労働生産性を向上させる誘因について検討した研究でした。

日本の公共工事の入札では、入札者が価格の上限下限を推算して、その範囲内で入札された金額で契約がなされます。一方、欧米では、入札者は施工計画を考えて、労務費や下請けへの支払い、会社の利益などを積み上げた上で、入札金額を決めています。

日本の場合は、公共工事は請負契約なので、事故なく、品質が守られ、近隣に迷惑をかけず、法令が守られ施工していれば、受注者が5人で作業しようが、10人で作業しようが、一切不問なんです。これと同じ関係は、多くの場合、元請けと下請けにもあります。その背景には請負契約制度により、現場の作業について、発注者も元請けも口出ししない運用がなされていることがあると思います。

欧米では、法律によって、発注者は作業員にちゃんと賃金が支払われているか確認する仕組みができています。たとえば、スイスでは労使間での支払いに関する取り決めもできていますし、アメリカでは作業員には十分な額の最低賃金を支払うことが保証されています。作業員が満足できる最低賃金を支払わない会社は受注できません。

ついでに言えば、ダンピング対策や生産性に関する考え方も、日本と欧米では異なります。日本では、価格(入札価格)への働きかけによる間接的なダンピング対策が取られています。一方、欧米では、労働条件に働きかける(労働条件を設定し、労働条件の遵守を確認する)直接的なダンピング対策が行われています。これまでのヒアリング調査などでは、日本のようなダンピングが課題となっているとの話は聞いたことがありませんでした。

話は変わりますが、よく話題になる生産性についてですが、生産性についてその定義を明確にせず、議論されていることが多いと感じています。生産性の考え方は、労働時間あたりの施工量を図る「物的労働生産性」と、労働時間当たりの賃金や会社の利益を図る「付加価値労働生産性」があります。これが入り混ざって議論がなされていると思います

極論すれば、付加価値労働生産性の考えでは、すべてボランティアの人々が一生懸命、最新の技術を使ってやった仕事は、賃金も利益も発生しなければ付加価値労働生産性はゼロになります。一方で、作業員が適当にやった仕事でも、1日5万円の賃金をもらえば、付加価値労働生産性は高くなります。

つまり、どんなに最新の技術を用いて、いろいろ工夫して物的労働生産性を上げたとしても、賃金も利益も上がらなければ、付加価値労働生産性は一向に上がらないということになります。こういうところにも、日本の公共工事が抱える問題の根源があるんじゃないかと常日頃考えています。

――非常に根深い問題だと思われます。

関さん 日本でも品確法があり、この運用指針が改正され、「発注者は下請け業者への賃金の支払い、適正な労働時間の確保の実態の把握に努める」という内容が明確に描かれました。今の私の立場としては、この指針に基づき、事務所が発注した工事において、運用指針に書かれている内容を実直に遂行していくことが重要と考えています。

ただ、いきなり全部やるのはムリがあるので、できる工事、できる工種から、工事日報をしっかりつけていくといったところから始めていこうと考えています。

最終的には、「入札金額の適正化」、「上限金額の適正化」、「加減金額の適正化」の3つを同時に進めていく必要があると思っています。そうしない限り、戦後以来続けている公共工事の価格の決めかた・やり方から抜け出せないんじゃないかと考えています。

学位論文では、いろいろ調べ整理して、今後の取り組みについて提案していますが、今のところは「机上の空論」です。論文に書いたことをどうやって実際の現場にビルドインしていくかが、私の次の仕事だなと考えているところです。

「国にしかできない仕事」に関われるのが醍醐味

――国土交通省の働きがい、魅力について、どうお考えですか?

関さん 世の中には、人1人がどんなに頑張っても達成できないことがいろいろあります。人1人ではできないけど、皆で頑張ればできることをするのが、公共事業だと思っています。公共事業の中でも、市町ではやりきれないことは県がやり、県がやりきれないことは国がやるといった具合に役割分担があります。つまり、公共事業の中には、国でしかできない仕事もあるわけです。そういった仕事に関われるのが、国交省職員の魅力と言うか、醍醐味なのかなと考えています。

――国土交通省の働き方改革も必要だと思われますが、いかがですか?

関さん それはとても大事なことだと考えています。私は、建設現場の働き方改革も国土交通省の働き方改革も、基本は同じだと思っています。と言うのは、どちらも、働く人とその人の時間を大切にすることだと思います。そして、大切な時間を費やして働いている、働いてもらっていることを自覚することだと思います。大げさな言い方かもしれませんが、基本は人を大切にすることだと思います。

そのためには、何にどれだけの時間をかけているのかについて、理解する(ある程度定量的に明らかにする)ことが必要であると思います。何にどれだけ頑張っている(時間を費やしている)のか理解しないと、時間を大切にするための大局的な取り組みをすることは難しいと思います。

たとえば、効率的に仕事をしようとして新しい方法(新しい技術)を取り入れようとした場合、長い時間をかけている仕事と短い時間をかけている仕事があれば、長い時間をかけている仕事に対して、新しい方法(新しい技術)を取り入れたほうが、全体として効果が高いと思います。働き方改革を進めるためには、働く人とその人の時間を大切にする思いをしっかりと持って、大局的な視点から、どうすれば人と時間を大切にする(効率的に時間を使う)ことができるのかを考える必要があると思っています。

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