土木学会の第111代会長に就任した田中茂義氏

土木学会の第111代会長に就任した田中茂義氏

【土木学会】第111代会長の田中茂義氏「土木の魅力発信と技術者のステータス向上に注力」

6月9日、(公社)土木学会の第111代会長に就任した田中茂義氏は、東京大学工学部土木工学科を卒業後、大成建設株式会社に入社。若き日より橋梁をメインとし、瀬戸大橋や十勝大橋などのビックプロジェクトにも携わった技術者だ。2023年4月から同社代表取締役会長をつとめる。

田中新会長は、「土木の果たしてきた社会的な役割に対して、世の中の見方や評価は残念ながら私たちの期待するものになっていません。さまざまな分野で活躍している土木技術者の姿と土木の魅力を世の中に正しく発信する必要があります」と意気込む。

2023年度は、田中新会長が委員長となり「土木の魅力向上特別委員会」を立ち上げた。ここでは、インフラ整備や災害対応、カーボンニュートラリティなど幅広く社会課題に貢献する土木の認知度向上と土木技術者の地位向上に取り組む。具体的な活動としては、特別委員会の下部組織に「魅力ある土木の世界発信小委員会」(松永昭吾委員長、株式会社インフララボ代表取締役)と「土木技術者ステイタスアップ小委員会」(今西肇委員長、和合館工学舎学舎長)を設置した。

田中新会長は、就任会見でなにを語ったか。

土木技術者が誇りをもって働ける風土をつくりたい

左は上田多門前会長、右が新会長の田中茂義氏

田中新会長は、総会後の記者会見で抱負を次のように語った。

「土木の魅力はさまざまですから、日本にとどまらず世界各国から『これこそが土木の魅力である』と発信することを願っています。しかし、土木技術者は発信をすることが苦手で、建築と異なり”縁の下の力持ち”で満足してきました。

他産業であれば「良いお医者さんに出会って病気が完治した」「あの大工さんのおかげで良い家が建てられた」と個人に対する評価がありますが、土木は個人に対する評価はあまりありません。たとえば、「今回の高速道路ができて、3時間掛かるところを1時間に短縮できて助かった」と感謝はされても、技術者個人には結びつきません。

私たち土木技術者の姿が正しく理解、また正しい評価をされ、その結果として「土木ってイイね。土木学会というのは素晴らしい組織だね」と前向きに見ていただけるようになりたい。世間の評価が向上すれば、土木学会会員の活動にもやる気が出ると期待しています。

土木工学とは総合工学です。あらゆる分野の工学をとりまとめ、社会問題を解決する先頭に立っているのです。土木学会会員がもっと誇りをもって働ける風土を醸成する活動をこの1年間で掘り起こし、それを脈々と後世につなげてもらえれば望ましい。土木学会がいろんな場所で活躍されている土木技術者のよりどころになりたい」

この後、各プレスとの質疑応答に入った。

魅力発信の小委員会では外部とのコラボ積極的に

ホテルメトロポリタンエドモントで開催された、土木学会第109回総会のもよう

――「土木の魅力向上特別委員会」では、どのような活動を期待されていますか?

田中茂義氏 「魅力ある土木の世界の発信」と「土木技術者のステータスアップ」の2つがテーマです。「魅力ある土木の世界の発信」では、ワクワクするようなコンセプトムービーの製作・配信や「魅力発信アンバサダー」の認定などに取り組みます。過去の土木のプロジェクトを掘り起こし、現在の視点から再評価して若手技術者に伝える取組みも進めたい。

「魅力ある土木の世界の発信」のテーマに関しては、地域から顔が見られる土木を発信したい。次に、全国の中高生や親世代に向けたPR活動、最先端の土木技術のすごさを土木の世界の外にいる人たちにも理解してもらうため、第一線で働く土木技術者の取組みを紹介していきたい。

具体的な活動としては、特別委員会の下部組織に「魅力ある土木の世界発信小委員会」と「土木技術者ステイタスアップ小委員会」を設置し、小委員会に2つずつWGを立ち上げて活動します。メンバーを募集したところ、既に約70人が手を挙げており、すぐにスタートが切れる状況です。この約70名は土木関係者以外の方が約4割で、中には発信のプロであるYouTuberの方もおります。外部の方とコラボすることでいい魅力発信や気づきも得られます。

「魅力ある土木の世界発信小委員会」の松永委員長は、色々な方に参加してほしいと願っています。これまでの土木学会にはなかったような委員会になる可能性を秘めており、土木の魅力を自分の言葉で広く伝えることが土木の新たな使命と言えます。

ステータスアップについても、「土木技術者ステイタスアップ小委員会」の今西委員長が「『そもそも”ステータス”とはなんだろう』ということから考えたい」と語っています。ステータスを得るためには卓越したものがなければなりませんし、使命感も必要になります。”ステータス”をあらためて考えることも小委員会のテーマになります。

コンセプトムービーの「【土木の魅力】 自分の言葉で伝える土木(Full ver.)」 / YouTube(土木学会tv / JSCEtv)

国力を衰退させないためには土木が必要

――今、地域から顔が見られる土木を発信するとのお話がありましたが、土木学会と地域の連携については。

田中茂義氏 土木の世界では、長大橋やダム建設以外のインフラ整備にかかわっている方が多い。地方で身近なインフラを整備されている方が「これが土木の魅力だ」という考え、あるいは土木以外で働く地方の方々は土木について何を思っているのか、草の根ではありませんが、あちらこちらで土木の魅力発信やステータスアップの活動がなされると期待していますので、その活動内容を会員の内外に紹介していきたい。

――土木の魅力向上プロジェクトで目指したい姿、将来像は。

田中茂義氏 少子高齢化や人口減少が続く日本では、イノベーションを起こさないとうまく回っていきません。国力を衰退させないために活躍できる分野は、社会基盤整備を行う土木と言えます。

発注者の方が道路やダムを造ると計画されたものを、土木技術者は単に受注した仕事だからと淡々とこなすという気持ちではなく、覚悟をもってイキイキと楽しく働いてもらうと思える土壌を整えることが肝要です。

田中新会長が語る「土木の魅力」

――田中新会長は、橋梁の設計施工に携わった経験もあり、それを通した土木の魅力をどう感じていますか?

田中茂義氏 私は橋梁の下部工・上部工などに携わり、橋梁工事の所長を7年間担当しましたが、あるとき「橋梁とはなにか」と考えたことがあります。

十勝川を渡る十勝大橋の施工に携わったときのことです。昔はなるべく川幅が狭いところに橋梁を施工することが多かったのですが、近年は雨が多く、洪水も押し寄せるようになり、両堤防の幅を広げる必要がありました。この橋を建て替えている時に大きな地震が3回ありました。まず第1回目の地震後に、調べてみると橋脚は10cmも垂直に沈下しており、橋脚を作りなおしました。次の地震では、十勝大橋はPC斜張橋ですからコンクリートでタワーをつくり張り出し、タワークレーンで資材を搬入するわけですが、部下からは「タワークレーンがありません」との報告があったのです。タワークレーンの先端を吊っているワイヤーが外れ、柱も折れてしまっていました。そこで一時的にタワークレーンを使わない施工方法を考えました。

また、橋梁を左右から張り出し中央でつなぐ作業があります。その部分は正確に計算し、それに見合う鋼材を発注します。発注先は神戸の工場。連結式は2月に予定していましたが、阪神・淡路大震災の発生は1月17日。もし発災前に神戸を出発していれば、鋼材は届きますが、そうでなければ届きません。このままでは連結ができませんから、連結式も日延べになる可能性もありました。一日まったく連絡が取れませんでしたが、2日目にトラックドライバーから、「今はこの場所にいて、十勝に向かっています」との連絡がありました。

十勝大橋の施工にあたっては3回ほど地震に見舞われ、最終的にはすべてクリアできました。連結式も無事完了し、「親子3代渡り初め」も無事済ますことができました。当時は所長ではなく次席でしたが、感慨もひとしおです。

こうしてお話しますと土木技術者は苦労ばかりと受け止められがちですが、充実した3年半で、楽しい日々でした。現場を担当すると完成する喜びを味わえますし、自分たちのやっていることが、世の中の役に立つ、問題を解決するのが土木の世界と改めて実感できます。これが土木技術者の生きがいにつながるのです。

田中茂義新会長の略歴

田中茂義(たなか・しげよし) 山梨県出身、68歳。1979年東京大学工学部土木工学科卒後、大成建設入社。橋梁を中心とした設計・施工に従事。瀬戸大橋下部工工事、十勝大橋(次席として参加)、第二名神高速道路揖斐川橋(所長)を担当した。2015年から土木本部長、代表取締役副社長執行役員などを経て、2023年4月から代表取締役会長。土木学会では建設マネジメント委員会委員などを20年にわたり担当し、2021年度に副会長(総務主査、会員・支部)をつとめた。

この記事のコメントを見る

この記事をSNSでシェア

こちらも合わせてどうぞ!
「命を守るために、会社を辞めた」 “土木の伝道師” 松永昭吾が技術者たちに伝えたいこと
“最悪のタイミング”で始まった土木の働き方改革。「このままでは技術者のレベルが落ち、良い職人もいなくなる」
BIMを活用したいけれど、どうすればいい? アウトソーシングや人材派遣で解決しよう
コマツとデミマツがコラボ!「土木は優しさをカタチにする仕事です」
建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
モバイルバージョンを終了