(一社)女性技能者協会 代表理事の前中由希恵さん(なないろ電気通信株式会社(本社・京都府))

(一社)女性技能者協会 代表理事の前中由希恵さん(なないろ電気通信株式会社(本社・京都府))

一人の「#電工女子」がたち上げた”女性技能者協会” 「『私は職人です』と堂々と言えるように」

電気設備会社でのアルバイトを機に電気工事士の道に進んだ前中由希恵さん。これまで約20年にわたり建設現場で活躍してきた。Instagramでは8,500人超(2023年7月時点)のフォロワーがおり、「#現場女子」「#電工女子」の投稿で、多くの建設業従事者から支持を集めている。

「これまで技能者を続けられたのは、仕事の共通の話題で盛り上がり、現場での女性特有の悩みを共有し合い、励まし合える環境があったから」と語る前中さん。

同じように、全国の現場女子同士がつながることができれば、若い女性技能者も現場で働き続けられるのでは、との思いからクラウドファンディングを活用し、「一般社団法人女性技能者協会」の設立に至った。今回、協会設立への想いや現在の活動などについて、前中さんに話を聞いた。


前中さんのInstagram

「職人のリアルな声って届いているんだろうか」

――女性技能者協会を立ち上げられた理由を教えてください。

前中代表 これまでも日本建設業連合会(日建連)の「けんせつ小町」さんをはじめ、女性の専門組織ってたくさんあったと思うんですけど、ゼネコンだったり技術者さんが中心となって結成された組織が多いなと思っていて、そこに「職人、技能者のリアルな声って届いているんだろうか」って疑問に思ったんです。

とくに、若い子たちが辞めていってしまうのは、横のつながりが少ないことも一因だと思っていて。「女性の職人って、自分だけなのかな」って思ってしまっている子も多いんです。

私がこれまで建設業界で働き続けることができたのは、大手ゼネコンから工務店、ハウスメーカーまで、いろんな現場を経験する中で、たまたま現場で女性の職人さんと知り合って、ちょっと飲みながら愚痴を言い合うみたいな機会があったからなんです。こうした経験の中で、技能者の方々って一人親方だったり会社員だったり、夫婦共働きだったりと、いろんな形があるんだなっていうことも知ることができました。

でも、実際はこうしたつながりがなくて、自分の環境の中だけで生きている技能者の方も多くて、その現場で合わないことがあると、それが建設業の全てだと思ってしまって、辞めていってしまう子たちもいるんです。そういう人たちをつないでいって、「こんな世界もあるんだよ」と知ってもらいたいなと考えるようになりました。

そんな中、日建連の「第5回けんせつ小町活躍推進表彰」でトップランナー賞として表彰いただいたり、けんせつ小町さんのYouTubeチャンネルでインタビューしていただくうちに、「私たち技能者発信でも何かできることあるんじゃないかな」って。

「けんせつ小町チャンネル」に一番最初に投稿された動画に出演していたのが前中さん。「電工女子 仕事編 その1」 / YouTube(けんせつ小町チャンネル)

それで、20年近く建設業界で電気工事士として働いてきたこともあって、「やるなら今だな」と。私がまだ2、3年目で職人としてまだまだ修行中の身であれば、何か言ったとしてもあしらわれていたかもしれないですけど、これまで積み重ねてきた経験っていうのは重みがあるんじゃないか、声を聴いてもらうチャンスがあるんじゃないかと思って、女性技能者協会を立ち上げました。

日建連の「第5回けんせつ小町活躍推進表彰」で、「イイね!インスタグラムで電工女子を発信!!」により、トップランナー賞を受賞

女性同士の横のつながりができて、現場の情報交換ができることで、建設業界自体を辞めるんではなくて、転職したり、他の職種に移ったりと、いろんな現場に挑戦する女性技能者たちが増えてほしいなと期待しています。

――立ち上げはコロナ禍の2021年10月でしたね。

前中代表 コロナ禍で女性のほうが男性よりも失業率が高いというデータを見て、これだけ女性活躍が叫ばれていても、やっぱり働く上で女性の地位はまだまだ弱い立場であると感じました。

私は高校卒業後にすぐ就職する気持ちで工業高校に進んだんですが、予想外に就職先が決まらずで、無職になりかけていたところをこの業界に拾ってもらったんです。それから、なんとか生活を続けてこれたことにすごく感謝していますし、色んな方に建設業界や電気工事士っていう仕事を知ってもらえれば、女性が職を選ぶ際の選択肢を広げることもできるなと思っています。

私、好きなんですよね、いまの仕事。でも、周りからはずっと「女性なのに珍しいね」「女性なのにすごいね」って言われ続けてきて。私からしたら、自分の職場で、普通に働いてるっていうことが、なぜこんなにすごいって言われるんだろうってすごく違和感を持っていますし、仕事の良さを伝えて行けば、建設業界の人手不足もカバーできるんじゃないかとも考えています。

話し出すと、いろんな思いが出てきますね(笑)。

クラウドファンディングは目標金額を8時間で達成

――立ち上げにあたって、クラウドファンディングを使ったのはどうしてですか?

前中代表 いまお話したような普段から私が建設業界に対して思っていることを建設業界も含めた世間に広く表明したときに、「みんなの反応どうなんやろ?」と気になったからです。「私はこう思ってるけど、みんなはどう思いますか?」っていうところに対して、声がちゃんと返ってくる方法がよかったんですよね。

結果的には、おかげさまで約8時間で目標金額の50万円を達成し、最終的に182名もの方から約160万円の支援をいただきました。「こんな団体が設立されることを待っていました!」なんて応援メッセージもたくさんいただきましたし、多くの方からレスポンスをいただけたので、「いま私がやろうとしていることは少なからず正解に近いんではないか」と確信めいた感情も持ちました。

クラウドファンディング(CAMPFIRE)では想定以上の金額と期待が集まった

まだまだ男性社会だと言われる中で、声を上げることに躊躇している女性も多いと思うんですけど、働く上で自分たちが持っている権利だったり、自分らしく働くためのより良い環境を求めることを、誰かにとがめられるっていうことは間違っていると思っていますし、女性技能者協会の活動によって、「私は職人です」と堂々と言える女性たちがどんどん増えたらいいなと思っています。

社会保険などの教育を進めないと、職人の立場はどんどん弱くなる

――協会としての取組みにも繋がるかと思いますが、これから建設業界に女性を増やしていく、離職を減らしていくには、どうしたらいいとお考えですか?

前中代表 それはシンプルに建設業の職人という仕事に価値づけされること、つまりかっこいいな、稼げるんだなと思ってもらえるかが大切だと思います。現状は3Kのイメージが強いですが、これを変えていくためには個人個人の意識を変えていかないといけないですし、そのためには”教育”を強化していくべきだと考えています。

これは技能向上という意味ではなくて、社会保険をはじめとした社会常識の部分です。もちろん、ちゃんと理解されている方もいますが、すべての方ではありませんから。自身が社会保険に入っているかどうかすら分かっていない方もいるんですよ。

そこで、この3月と4月に女性技能者に寄り添った社会保険セミナーを開催しました。女性技能者の働き方は、個人事業主、一人親方、会社での雇用とさまざまですが、中には実際の雇用形態は社員なのに、厚生年金などの社会保険に未加入で「一人親方扱い」として働いている方もいます。まずはこうした社会保険や自身の雇用形態について知ることが、長く働き働けることにつながると思いますし。こうしたセミナーを受講して将来を考えることで、社会性も身についていくと考えています。

国土交通省「建設業の一人親方問題に関する検討会」の参考資料より

――たしかに一人親方扱い、つまり「偽装一人親方(※)」は本来は社員とすべき方で、本人たちにとってメリットはほとんどありませんからね。

※偽装一人親方・・・技能者のうち、実態は施工会社に雇われた時間で働く社員であるにも関わらず、成果で仕事を請け負う一人親方と偽装して働いている技能者を指す。とくに経営が不安定な施工会社は、社会保険料や雇用保険料などの支払いが必要ない請負契約の一人親方に見せかけるケースが増えている。

前中代表 そうですね。私自身も仕事を始めた当初は「一人親方扱い」だったんですよ。それに国民年金や健康保険の支払いや確定申告をしなければならないことも知らなくて。いまはちゃんと社員として働いていますが、もしあのまま一人親方扱いとしての状態が続いていたら、将来の保障もなかったわけですから大変ですよね。

それに、最近ではインボイスや建設キャリアアップシステム(CCUS)など、技能者の方を取り巻く環境が急速に変わっています。意見は色々あるとは思いますが、決まったことはきちんと学んで準備をしていかないと、どんどん立場も弱くなっていきますから。

地道な話ですけど、技能者として知っておくべきことを学べるセミナーからはじめて、最終的には上位会社と交渉できるような技能者が増えていけば嬉しいですね。

東京大学での交流会

現場仕事とライフイベントが両立できる環境づくりを

――女性はライフイベントが多く、仕事との両立が難しくなり辞められる方もいます。

前中代表 私自身が両立できなかった代表やと思っています。私は昨年の10月に結婚したんですが、一人親方扱いだった過去から、現在は会社員という立場になりました。日給で働いていたときは、仕事か出産(人生)か、どちらかを選ばないといけないなと思っていました。

で、仕事を選んだわけですが、いま思えば、方法はいくらでもあったんじゃないかなと考えていて。どちらかしかできないんじゃないかという考え方を改めて、仕事と出産・子育てとの両立については取り組んでいきたいなと思っています。

でも、建設業界が若者や女性から選んでもらえるような産業になるには、まずはやっぱり会社の努力が必要だと思います。技能者が働く会社は小規模経営が多くて、技能者個人の労働力に依存している部分も大きいので、権利はあっても使いにくいというのが実情だと思いますし、それに子どもが生まれれば保育園に送ることも必要になりますけど、朝8時の朝礼に出ないと入れてくれない現場もまだまだあるので、変わっていってもらいたいことは多いですね。

――いまお話いただいた制度面以外だと、現場の環境はこの10年間でずいぶん向上したように感じていますが、女性目線ではまだまだ足りない部分も多いですか?

前中代表 トイレや更衣室は、現場に女性がいるいないに限らず設置してもらう方向に変わっていくべきだと思います。なので、元請は施主に対して必要経費として交渉を進めてほしいです。やっぱり働く環境が良くないと、良い仕事ってできないですから。トイレが汚い現場は、現場の中も整理整頓されていませんしね。

もちろん、徐々に変わってきているとは思います。スーパーゼネコンの現場では、トイレにエアコンもついていますから。でも、この課題って10年前から大きく変わってないんですよ。だから、これからも声をあげ続けていかないとなって思っています。これまでもけんせつ小町さんであったりとか、色んな方が道を切り開いてくださったので、これからは私たち技能者も含めて、みんなで声を大きくしていきたいですね。

――いまは、積極的に全国の女性技能者との交流も進めていますね。

前中代表 私も仕事で現場の女性とのお付き合いはありますが、仕事の関係性もあるので思ったことすべては言えないんですよ。けど、これまで交流会を4回開催しているんですが、仕事とは無関係な人たちで集まって、好きなことをトークできるので、皆さんにもすっごく喜んでもらいました。

それに、交流会には先ほどお話した社会保険セミナーへの参加につなげるためという意味合いもあります。継続がすることが大切なので、現場の声を定期的に拾っていって、しかるべきところに届けていきたいと思います。

4回目を終えた交流会

多くの女性たちに、建設業界の可能性を信じて挑戦してほしい

――ちなみに、前中さんが電気工事士の道を選んだきっかけは?

前中代表 もともとはアパレル系に進みたくて、工業高校のファッション工学科に行ってたんですけど、先ほどもお話したとおり、高校を出たらすぐ働かないといけなかったので、電気設備会社で電気工事士として働き始めました。そうしたら、親方とか熟練工の方々がみんなすごく優しくしてくれて、「この人たちに恩を返したい」「早くおやっさんたちを引っ張っていきたい」って勝手に思ってたんですね。で、気づいたら資格も取っていて、やっぱり資格を取るとなんか嬉しくて。「私にもできるじゃないか」みたいな自信にも繋がったし、親方も「すごいな、お前ならできるぞ!」と言ってくれたんで、そうしたらもう完全に乗せられて、今日まで電気工事士として働いています(笑)。

ただ、やっぱり建設業界の中でも私たちのような電気屋さんとか設備屋さんってどうしても立場が弱いので、そんな電気工事士の私がはじめた取組みだからこそ説得力があると思っていますし、どんどん前に進んでいけば、結果的に建設業界全体が底上げされるんじゃないかって期待しています。

――最後に、技能者を目指す女性たちにメッセージをお願いします。

前中代表 どんどん足を踏み入れてほしいなって思います。手放しで「素晴らしい場所ですよ」と言い切れないことも事実です。けどいま、私たちのような女性技能者でも声を上げ、提案できるようになってきて、建設業界は少しずつ変わりつつありますし、可能性がめちゃくちゃある業界だなって思っています。

その可能性を信じて、ぜひ挑戦してみてほしいですし、なにか困ったことがあったら私たちに相談してください。

最後に、ひとつ告知をさせてください。9月16日に、京都で当協会主催シンポジウム「女性技能者による新時代の幕開け」を開催します。性別問わず、多くの方のご参加をお待ちしています。

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建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス・法規、国交省の動向などに精通。 長年、紙媒体で活躍してきたが、『施工の神様』の建設技術者を応援するという姿勢に魅せられてWeb媒体に進出開始。
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