BIM設計-製造-施工支援プラットフォーム・「BuildApp(ビルドアップ)」で建設DXに取り組む野原グループ株式会社はこのほど、東京・新宿区の同社本社で『2024年問題が建設産業にもたらした「変わるきっかけ」と未来の「建設」』をテーマに記者説明会を開催した。
説明会では、蟹澤宏剛芝浦工業大学教授と野原グループ グループCDOの山﨑芳治氏が登壇。蟹澤教授は、建築 BIM環境整備部会委員、国土交通省建築BIM推進会議委員、同省CCUS 処遇改善推進協議会座長を歴任し、多くの社会活動に従事している。
蟹澤教授は講演で建設技能者や大工の減少が将来はより深刻化することに触れる一方、解決の道筋も示した。イギリスやシンガポールでは、建築を徹底的にモジュール化し工期短縮に効果があると語り、BIMにより建築業界が抱える諸問題の解決の一助になり得るとの見解を示した。
一方、山﨑グループCDOは、「BuildApp」の発表から2023年11月現在で、スーパーゼネコンを含んだゼネコン約20社と実証や協議を継続していると語った。「BuildApp」(内装工事版)では2024年夏にも料金・サービス体系を明確化し、実運用に着手することを明らかにした。「BuildApp」はBIMデータを起点とし、あらゆるプロセスをデータでつなげ生産性を向上する仕組み。今回、両者の講演では建設業界に大いなる変革をもたらすものとしてBIMがクローズアップされた。蟹澤教授と山﨑グループCDOの講演内容をリポートする。
建設技能者全体の数は2045年には半減へ
説明会では、蟹澤教授の講演からスタート。建設業の2024年問題への課題は主に、「担い⼿確保」「働き⽅改⾰」「⽣産性向上」「業界構造の変革」の4点について語った。「担い手確保」は建設業に重くのしかかっている。国勢調査の「建設・⼟⽊作業従事者」の推移を示し、建設技能者は1995年以降から年々減少傾向が続き、特に2005年から2010年の間に大幅に減った。
この頃、国土交通省や業界団体も危機感を抱き、対策を講じ始めている。2011年には東日本大震災の復興需要もあり、建設技能者の下げはいったん収まった。しかし、2015年から2020年にかけて再度減少傾向が強まり、特に「畳職」「左官」「大工」の技能者が減り、「町場と呼ばれる住宅市場の建設技能者の減り方が非常に顕著」と蟹澤教授は解説する。
出典:蟹澤宏剛芝浦工業大学教授の講演資料
建設技能者は将来的には、2020年を基準にすると2045年には半数まで、2060年には1/3に減ると予測。「この数の予想はコーホート分析によるが決して机上の空論ではない。建設技能者の数はこの数値にならざるを得ない」(蟹澤教授)
もう一つの注目点は大工の減少だ。蟹澤教授の元には、一般紙からも「こんなに一気に大工が減ると戸建てが建たなくなるのでは」との問い合わせが来ているという。実際、⼤⼯コーホート分析によると、大工の数は2045年には10万人を切るほどの減少ペースだ。大工の数のピークは1980年では90万人を越えたが、2020年には30万人を割り、1/3に減少。現段階でも大工の4割が60歳以上で、しかも2020年の国勢調査では10代の大工は日本全国でわずか2,000人のみ。「若い方が入職されず、高齢者が仕事から退場されるとこの予測にならざるを得ない」(蟹澤教授)
出典:蟹澤宏剛芝浦工業大学教授の講演資料
大工数は2045年には1/3に
これだけ一気に大工の数が減少しつつも、なぜ木造住宅業界が回っているかについては、ここ十数年で生産革命が起こったことが大きいという。従来、大工は手作業で材木を刻み、現場で組み立てを行ってきた。現在はかなりの部分を工場で組立てているため、生産性は飛躍的に向上し、木造住宅業界の均衡を保ってきた。しかし、蟹澤教授は「そろそろこの均衡が崩れ、今はほぼ限界に来ていると見ている」と語る。
大工も70~65歳以上を省き、生産年齢人口だけで見ると相当深刻だという。2020年を基準にしてみると、2035年にはほぼ半減し、2045年には1/3減となる。建設技能労働者全体から見ても大工の減少予想は一段と厳しいことが分かった。木造住宅市場の現行を維持していくためには、さらなる生産革命が求められるものの、これから先の生産性向上は大きな問題といえる。
次のテーマは、「働き方改革」だ。労働時間の上限と残業時間規制が他の産業と同様に2024年4月から建設業に適用される「建設業の2024年問題」。建設業界や物流業界の中では、「働き方改革関連法を本当に順守可能なのか」という声もある。
「これは法律であるから、守らなければならない。日本人は『これはムリだ』といって働こうとするが、それはあってはならないのが法律の前提で、破ってはいけない」と業界に向けて厳しいメッセージを蟹澤教授は発した。
働き方を見ると、建設業の年間出勤数は240日、製造業は230日を割っているため、大きく水をあけられている。一般社団法人全国建設業協会が行った2023年度「働き方改革の推進に向けた取組状況等に関するアンケート調査」によると、現場では今なお「4週6休」「4週5休」がボリュームゾーンで、「4週8休」は約3割のみ達成。年間休日日数では、115日以下がボリュームゾーン。いわゆる完全週休2日は祝祭日を除いて土日を休日にすると年間105日の休日になり、これに祝祭日を加えると120日になる。
出典:蟹澤宏剛芝浦工業大学教授の講演資料
工業高校生から建設業が人気急落のワケ
また、蟹澤教授が工業高校の教員にヒアリングした際、採用活動と年間休日に大きな関係があるとの話があった。教員からの話では、「年間休日130日以下の会社であれば生徒は見向きもしませんよ」とのことだ。年間休日130日は完全週休2日、祝祭日と盆暮れの休暇を加えて達成される。
しかも2024年問題を目前に、工業高校の建設業の人気が急激に下落しているという。これまで工業高校生は、専門工事会社や地域のゼネコンに入社する例が多いが、ここに来て全くの異業種への入社も視野に入れ始めた。
さらに最近は人材不足に危機感を抱いた大手ゼネコンが工業高校生の生徒への採用活動に本腰を入れ、人材の奪い合いが本格化している。そこで蟹澤教授は4週8閉所を原則化することを訴えた。改正建設業法では適正工期の概念がより強く打ち出されるため今後の動向に期待がかかる。
CCUSに登録した建設技能者を信頼の証に
また、蟹澤教授は質疑応答の席では次のように語った。「建設技能者の処遇改善では大きな目標を持たなければならない。今、大工は首都圏で1日働いて2万円、地方では1万4~5000円の日当だ。若い方が夢を持って入職されるには少なくとも倍くらいを目指していくべき。そのためには業界団体が取組み、国がバックアップしている建設キャリアアップシステム(CCUS)という仕組みに登録されている方を前提にいろんな制度を制定していかなければならない。一般には認知されていないがCCUSに登録した建設技能者が信頼の証として認められれば、建設技能者に対する付加価値や賃金も上がるという好循環に期待する」(蟹澤教授)
さらに、建設業の「付加価値労働生産性」で見ると製造業の半分で全産業から見ても低い。ゼネコンの利益率は各社の決算を見ても分かる通り、異業種と比較しても低い。そのため国民の理解を得ながら、請負単価を適正な価格とすることが肝要だ。
一方、建設業の利益率は低いが中には上位企業が収益を上げても建設技能者に対して不当に安い賃金を支払うケースもある。
「上で抜き取られる建設技能者は一人親方的で働いている方が多い。下請け契約でより弱い立場に置かれるため、賃金は低く抑えられる。そこで次の政策の目玉であるレベル別の年収が公表されているが、レベルごとに年収が決まってくると、不当に安い賃金で抑えられた建設技能者がふさわしい年収を理解でき、より高い年収へと適正化していくことを目指すべき。発注者やゼネコンが安ければ良いとの考えにとらわれると、業界で頑張っている企業が成り立たなくなる。発注者やエンドユーザーである国民の方々に安ければいいとの考え方を改めてもらい、品質や安全のことを考えれば適正な能力を持った建設技能者の方に施工してもらうことが大切だ」(蟹澤教授)
関連記事
建築の究極のモジュール化。工場で生産し現場で組み立てる
こうした処遇改善もさることながら重要なテーマは、ICT活用による生産性向上だ。特にイギリスは、日本と同様に建設業に労働者が入職しない課題を抱えており、2018年以降のイギリスの建設産業政策の一つに工期を半分する方針を示した。「なるべく工場で製作し、現場での作業を減らす方向で世界は動いている。」(蟹澤教授)
蟹澤教授の解説では、工場で箱を製作し、中にはキッチンも風呂もついており、さらに仕上げも終わっている。それを組み立てるとホテルや集合住宅になるという。これは、PPVC(Prefabricated Prefinished Volumetric Construction)と呼ぶ工法で、イギリスやオランダだけではなく、アジアではシンガポールは同様に建築のモジュールを工場生産し、それを現地に運び組み立てる手法がほぼ一般化した。
出典:蟹澤宏剛芝浦工業大学教授の講演資料
PPVCをスムーズに進めるためには、BIM(Building Information Modeling)による設計が前提となる。一般的には、実施設計で決めた内容を現場で施工すると認識されている。しかし実際は、70~80%決めた内容をゼネコンに引き渡し、施工しながら決めて竣工時に設計が出来上がるという作り方が建設業界の実態に近い。そこでゼネコンは受注段階で設計をやり直して、完成度を高めた設計を作成し、ゼネコンが行う作業をフロントローディングすることが求められている。
そこで海外ではIPD(Integrated project Delivery)という考え方で、発注者、施工者、専門工事業者などプロジェクトにかかわるステークホルダーが初期の段階からの協力で有効な意思決の実現のための協業形態を行っており、設計の早期決定や工期短縮の効果が生まれる。
「工場で生産するためには設計を早期に確定させて、工期は2~3割は減らせる。また将来の工期は半分も視野に入れるべき。問題は設計のつなぎの部分でBIMが前提になる。だからこそBIMは決して後戻りすることはない」(蟹澤教授)
建設業界は担い手不足、2024年問題など問題は山積みで、一つひとつも容易に解決できる問題ではないが、建築のモジュール化という手法により海外では工期短縮などで効果も生まれている。そこで重要になるのはBIMによる設計であり、今後の動向の注目点だ。
建設プロセス全体でBIMやBIMデータの使用の徹底を
蟹澤教授が最後にBIMの重要性を説いた後、野原グループ グループCDOの山﨑芳治氏が登壇した。生産性向上という大きな課題に対して、フロントローディングを推進するためにはBIM活用が大きなポイントと最初に解説した。「建設プロセス全体でBIMやBIMデータを使うことを徹底すべき。部分的なBIMの利用では今の状況を打破できない」と山﨑氏は提起した。
野原グループが展開している「BuildApp」は現在、ゼネコンを対象に現場での実証実験を実施中だ。ゼネコンが作成するBIMのデータをクラウド上で受け取り、それを各プロセスのプレイヤーに必要なデータを渡して、それぞれの生産性を向上する。今後、BIMのデータを使い、あらゆるプロセスをデータ連携し、生産性を向上していく。内装工事・鋼製建具工事分野から取り組みを開始し、順次対応工種を拡大、全工種へ展開予定だ。
野原グループは、「BuildApp」により「建設情報ハブ連携」の役割を担い、データをつなぎ、関係者が効率的に業務を進められるシステムと人的サービスの提供を目指している。また、建設業は多重請負構造となっているが、「BuildApp」により、下流のプレイヤーは、BIMソフトウェアを購入することも、操作することも不要になる。
野原グループは2021年に「BuildApp」開始を宣言。その後3年が経過 したが、現在、東急建設、竹中工務店、大成建設、大和ハウス工業、清水建設、東亜建設工業、乃村工藝社などの約20 社のスーパーゼネコン、準大手、中堅ゼネコンなどの現場で実証や協議を継続中だ。実証の考え方としては、建設業界におけるQCDSE(品質・コスト・工期・安全・環境)のため、設計から調達、施工までのデジタル連携・サプライチェーン協業体制の構築により得られる効果を測っている。
今回、山﨑グループCDOは内装工事での実証実験を通して、2024年夏には「BuildApp」を本番サービスとしてリリースすると発表。その際、利用料金も決定するが、現在は最後の詰めの作業を行っていることも明らかにした。
設計と施工のプロセスの分断は依然続くとの意見も
山﨑グループCDOによれば、今後の見通しとして「設計と施工プロセスの分断はまだ続く」との意見がゼネコンからも一部あがっているとのこと。BIM設計を開始したゼネコンは多いが、それが施工に伝わっていない。また、プレカットを標準の施工とする意欲的なゼネコンは数社ある一方、メリットがあれば現場が判断するゼネコンもあるのが実情だという。
野原グループとしては、DfMA (Design for Manufacture and Assembly /製造、組立容易性設計)や製造までBIMデータでつなげていくことを目的としているため、プレカットの生産性向上を支援していく方針だ。
「実証実験ではどこまでプレカットをすると、配送や施工面で全体最適のラインはどこにあるのかを建材メーカーとタッグを組んで見極めている。これが年間数百棟~数千棟とやらなければならなくなったときに、建材メーカーがどこまで対応でき、流通側もどこまで機能を持つべきなのかなど、将来的なことを考えている」(山﨑氏)
現在、「BuildApp」については金属工事、鉄筋、コンクリート工事へ適用の検討を開始。野原グループには、ノハラスチールや野原産業セメントというグループ企業もあり、シナジー効果を生み出すとともに内装工事・鋼製建具工事に続く次の工種を示した。
建設業界の課題解決にBIMの導入を
建設業界にとって、2024年問題は一見すると危機的な状況を示している。一方、建設業が大きく変わるチャンスでもある。蟹澤教授が示した課題は、「働き⽅改⾰」「担い⼿確保」「⽣産性向上」「産業構造の変⾰」など様々だが、その解決の手段として海外の事例として建築の工業化を上げ、BIMが大きく貢献していることを提起した。さらにCCUSによる建設技能者の地位向上や処遇改善も見逃せない。
山﨑グループCDOは同様に、「生産性向上の切り札はBIM推進」と強調し、「BuildApp」サービスを現行の内装工事や鋼製建具工事から今後野心的に全工種に対応していくことも明らかにした。
建設業界が若者にとって誇りを持てる未来のある産業へとアップデートしていくためにはBIMの推進が今後大きな役割を果たすことになろう。