室永 武司さん 国土交通省 水管理・国土保全局 海岸室長

室永 武司さん 国土交通省 水管理・国土保全局 海岸室長

国交省海岸室長が語る、直轄海岸事業のやりがい、魅力とは?

国土交通省に海岸室というセクションがある。以前、とある方から「ユニークでおもしろい職場だったよ」と聞いて、いずれ取材したいと思っていたが、なんやかやあって、果たせずにいた。

海岸室の取材のことはどこかにいってしまった2024年の秋、まったく別のテーマで、以前取材した室永武司さんに取材依頼のメールしたところ、「異動しました。今は海岸室にいます」というお返事が返ってきた。

「こんなこともあるんだな」と思いながら、室永さんに対し、改めて海岸室について取材したい旨、お伝えし、ご快諾いただいた。ということで、直轄海岸事業、海岸室のやりがい、魅力を中心に、海岸室長の室永さんにお話を伺ってきた。

海岸の防護、環境、利用を守ることがわれわれのミッション

海岸保全施設の例(国土交通省HPより引用)

――海岸室はどのような仕事をするセクションなのですか?

室永さん 海岸のインフラを司るセクションです。日本には総延長約3万5000kmの海岸があって、港湾、水産、農水、海岸の4つの国の部局に分かれて管理しています。われわれはいわゆる建設海岸というところを所管しています。

われわれの仕事の一番の根っこにあるのは、海岸法という法律です。海岸法は、津波や高潮などから人命財産を守る、ウミガメやハマナスなどの生態系、環境を守る、サーファーなど浜辺を利用する人々の利用環境を守る、という3つの目的を規定しています。

つまり、防護、環境、利用の3つの目的が、われわれ海岸室のミッション、仕事ということになります。

砂浜という自然を自分たちの盾として使う

――直轄の海岸事業には、砂浜再生とか、自然に近いインフラを整備しているイメージがあるわけですが。

室永さん そうですね。海岸事業には、ネイチャーポジティブという今流行りの考え方が入っています。われわれは昔からその価値観を大事にしてきました。

今砂浜を例示されましたが、平成11年の海岸法改正により、砂浜を海岸保全施設として扱うようになっています。これは、砂浜をコンクリート構造物と同じように扱うということです。

これは、私のような河川の人間には、けっこうビックリするようなことなんです。河川分野では、そこまで自然が持つ機能をうまく使い切れていない部分があるからです。この点、海岸は一歩先を行っていて、砂浜を高潮などのエネルギーを減らす防護施設としてうまく活用しているんです。

砂浜がないと、高い波がやってきたとき、強いエネルギーを持ったまま堤防にドンとぶつかってしまうので、堤防が破壊され、高潮被害のリスクも高まります。砂浜があると、波のエネルギーが砂浜に食われるので、エネルギーが減り、高潮被害のリスクも低くなります。砂浜で堤防を守り、堤防がさらにまちを守るというカタチになるわけです。砂浜のような自然を自分たちの盾として使うことは、海岸事業の一つの特長だと言えます。

海岸事業のメインは都道府県

直轄海岸事業(国土交通省HPより引用)

――直轄海岸事業は、全国各地の海岸に点在していますが、なぜですか?

室永さん 海岸事業は、基本的には各都道府県が実施することになっています。メインは都道府県なんです。これが河川事業との大きな違いです。

河川事業は、基本的に国がすべて責任を持つことになっています。ただ、国がすべて管理するのは大変なので、二級河川であったり一部を法定受託事務として都道府県にお願いするというカタチをとっているわけです。

海岸事業は、基本的には都道府県管理ですが、その中の一部海岸について、高度な技術が求められるとか、大量の資金が必要といった一定の要件に合致し、都道府県からの要望があった場合は、国が工事するということになっています。

直轄事業に対する都道府県の期待としては、技術的な課題解決や資金面の問題解決以外にも、技術開発があります。

たとえば、西湘海岸は、沖の深いところに砂が落ち込んでいくという現象が起きている海岸で、放っておくと、砂浜がどんどんなくなってしまう海岸なんです。砂をどう止めるかという課題に対して、新しい技術を開発し、それを使って砂浜を保全しています。

そうやって開発した技術は、他の直轄海岸でも活用していますし、都道府県の海岸にも活用していただいているんです。

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河川の人間が海岸もやるところに妙味がある

2024年7月、海岸室有志メンバーで葛西海岸(葛西臨海公園)に「はまべで乾杯」しに行ったときの様子。前列右のグラサンが室永さん(写真:海岸室有志提供)

――海岸室のメンバーはどうなっていますか?

室永さん 海岸室には17名の職員がいます。そのうち技術系は11名で、海岸専門という職員はゼロで、その多くは河川系の職員です。海岸事業の経験がある職員は、私を含め4名で、他の7名は初めてです。

――河川系職員が多いんですね。

室永さん ええ、河川に軸足を置きながら、海岸もやるところに妙味があると思っています。たとえば、砂浜を形成する砂を供給しているのは河川なので、河川のことを知らないと、海岸の仕事はできません。河川の上流にはダムがある場合もあるので、ダムに関する知識も必要になってきますし、砂の流れは突堤に影響を受けるので、港湾のことも知っておかないといけません。

逆に言えば、河川やダムの人間が海岸室に来ることによって、自分たちの仕事の結果、海岸に対してなにを引き起こしているかという視点を持つことができます。こういった視点を持つことは、私はスゴく意味があることだと思っています。

海岸の人間は海岸だけ、河川の人間は河川だけではなく、お互いの仕事を理解し、話し合いながら、自分の仕事を進めることに大きな意味があると思っているんです。

山地の砂防やダム、海へとつなぐ河川、そして海岸と、砂浜を形成する砂は、われわれのセクションをまたぎ、一つにつながっている。それをわれわれも理解する上で、セクションの交流は、海岸を語る上で、非常に重要な要素になっています。

昔は別々のチームだったが、今は全員野球

――以前、砂防、河川、海岸にはそれぞれの考え方があって、けっこうバラバラだという話を聞きました。あと、流域治水に関しては、「全員野球でやるぞ」という掛け声は聞いたことはあります。実際は、どんな感じなんでしょうか?

室永さん まさに今、全員野球でやっている取り組みがありますよ。「土砂洪水氾濫」という現象、砂防が担当する土石流と河川が担当する洪水の中間の現象について、砂防の部隊と河川の部隊がタッグを組んで、流木も含め、メカニズムなどを工学的に捉えようとしているところです。

私は入省して25年ですが、昔の話で言えば、確かに、砂防、河川、海岸は、それぞれのフィールドのことだけをやっている感じはありました。私の知る限り、10年ぐらい前までは、別々のチームでしたね。

ただ、今はかなり状況は異なっています。砂防、河川、海岸は、以前と比べれば、かなり一体になって、いろいろなことを議論するようになっていると思います。

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海岸事業はオールインワン、全部自分たちでできる

――室長として、組織マネジメント上で、気をつけていることなどはありますか?

室永さん さきほども触れましたが、海岸が初めての職員もけっこういるんです。海岸事業とはなんなのかというところから、しっかり、丁寧に伝えるよう気をつけています。

海岸室に配属される職員は基本的に優秀なので、飲み込みがむちゃくちゃ早い職員ばかりです(笑)。海岸事業のイロハやわれわれのミッションを伝えると、すぐにそれを飲み込んで、アクションに移してくれます。

あと、職員に必ず伝えることにしているのが、「海岸室はオールインワンだよ」ということです。なにがオールインワンかと言うと、海岸室は、法律を持っていて、事業を持っていて、管理を持っている、つまり、行政として必要なものは全部持っているということです。こういうセクションは、国土交通省の組織の中でも、珍しいんです。

所帯は小さいですが、海岸室に来た職員は、仕事を楽しんで、やりがいを感じてくれます。それは、オールインワンだから、全部自分たちでできるから、というのが大きいと思っています。私自身もそうでしたし。「ここまでにいろいろなものを動かせるんですね」と驚いていた職員もいました。

逆に、それに気づいた職員が勝手にドンドンやることもあります。そのときは、さすがに「やりすぎ、やりすぎ」と抑えに入りましたけどね(笑)。基本的には、職員に任せて、勝手に走ってもらってかまわないというスタンスでやっています。

――あとは、都道府県とのやりとりという仕事もあるわけですね。

室永さん ええ、その仕事がスゴく多いですね。都道府県は海岸事業の主役なので。お金の話とか技術的な話とか、やりとりの内容はいろいろですが、相談件数はかなり多いです。河川と比べると、圧倒的に多いんじゃないでしょうか。

技術的な相談については、国総研の海岸研究室にお願いしています。海岸研究室のメンバーは、海岸保全技術に関しては日本の最高峰を担っていて、スゴく優秀なので、都道府県の職員に技術指導することもあります。スゴく大事な仕事なんです。

上に課長がいない室長なので、できることが圧倒的に多いのが魅力

――室永さんにとって、海岸室の魅力はなんですか?

室永さん 海岸室ということで言えば、さっき申し上げたオールインワンで、法律も事業も管理も全部できるところです。

海岸室長ということで言えば、私はこれまで3回室長というポストを経験しているのですが、前の2回は私の上に課長がいました。でも今は、私の上に課長はいません。なので、いろいろなことを自分で決めることができます。前の2回の室長と比べると、できることは圧倒的に多いです。

たとえば、私が海岸法を変えたいと思えば、立案できます。とにかくオールインワンなので、ほかのセクションだと、局長が決めるようなことを、私が決めることもできるんです。もちろん責任を伴うわけですが、楽しみながら仕事ができていますね。

――課長会議に出れるんですよね。

室永さん そうです。課長扱いなんです。ただ、これに関しては、私としては非常に不満があるんです。同一労働、同一賃金のはずなのに、課長の給料がもらえないからです(笑)。課長見習いをさせてもらっている感じですかね。

海岸を愛している方々と一緒に行動することが、なによりの事業PR

――海岸事業のPRについて、どうお考えですか?

室永さん 昔の海岸事業は、防護、利用、環境の3本の柱のバランスをとりながら事業を進めていました。ところが、東日本大震災以降、防護の比重がグッと大きくなりました。防護は当然、今も今後も大事な柱ではありますが、一方で、利用と環境をおろそかにしてはならないと思っているところを後輩や都道府県含め、どう価値観を共有するかが重要なんです。防護一辺倒ではなくて、環境と利用のバランスをどうとるかを考えなければなりません。

海岸には、サーファーの方々をはじめ、ウミガメや野鳥を観察する方々とか、いろいろな利用者がいらっしゃいます。海岸に関わりを持ちたいというポテンシャル的には、河川よりも海岸のほうが圧倒的に多いと推測しています。こういう方々と一緒になにかをやりたいということで、今まさに、いろいろと検討しているところです。

たとえば、先日、海岸室の職員が福岡県で開催された砂浜保全に関するシンポジウムに呼ばれて行きました。地元の高校生が学校の目の前にある海岸の生態調査や測量をやったりして、最後に「この海岸のデータホルダーになりたい」と言ってくれた、という話を聞きました。

このシンポジウムには、地元のサーファーも来てくれて、波は海底の地形に左右されるもので、去年波が立った場所が、今は、海底の地形が変わったので、波が立たなくなっている、自分たちはカラダで海底の地形、その変化を感じることができる、というお話をされたそうです。

こういう海岸を愛している方々は、全国たくさんいらっしゃると思います。日々海岸に触れている方々なので、海岸のちょっとした変化や違和感を感じる方もいらっしゃると思います。そういう方々とお話をすると、「海のためになにかしたい」とおっしゃるんです。

われわれは、そういう方々とどうつながるか、どうコラボしていくか、手探りなところがあるとしても、流域治水の全員野球の先駆けとして、サーファーや高校生など、海岸を愛する人々と一緒に、どう良い海岸をつくっていくか、具体的に考えていきたいと思っています。

前置きが長くなりましたが、事業PRをどう考えるかについては、PRするまでもなく、目の前に海岸を愛している人々がいるので、彼らとコラボレーションし、なにか行動することが、われわれに求められていることです。そういう活動を続けていくことが、結果的に最高の事業PRにつながるのではないでしょうか。彼らが最高のサポーター、最高のパートナーになってくれるよう、われわれとして、しっかり行動を起こしていきたいと思っています。

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