三菱地所株式会社は、オフィスビル「大手町ビル」(1958年竣工)を「100年ビル」として運営していくことを目指し、大規模リノベーション工事をテナントの居ながら施工で進めてきたが、このほど完了した。
三菱地所といえば、新築による大規模な再開発のイメージが強いが、なぜ今回はリノベーションを選択したのだろうか。そこには既存ストックの活用という社会的背景や、ビルのポテンシャルを最大限活用し、スタートアップ企業や大企業の新規事業開発者などの交流を深めることにより、イノベーションの実現を目指す場としていく狙いがあった。
建築の施工は大成建設株式会社が担当。延床面積10万m2を超えるRC造の大型オフィスビルの本格的リノベーションは極めて例が少ないという。これからのオフィスビルのリノベーションの手本ともいえる、生まれ変わった「大手町ビル」。
5月24日には現地で内覧会と記者会見が行われ、三菱地所運営事業部統括の川岸浩之氏、また、ビル6Fに所在する目的あるイノベーション創出のための拠点「Inspired.Lab」所長であり、施設運営にあたるSPAジャパンシニア・パートナービジネス・マネージャーの原剛氏、設計・監理等について株式会社三菱地所設計デザインスタジオ兼リノベーション設計部チーフアーキテクトの荒井拓州氏が解説した。
“大丸有エリア”で数多くの再開発を手掛けてきた三菱地所
三菱地所は2002年の丸ビル建て替えを皮切りに、約120haの区域に101棟の建物が軒を連ねる丸の内エリア(大手町・丸の内・有楽町)で数多くの再開発を手掛けてきた。今回の大手町ビルでは大規模リノベーションによるハード・ソフト両面の機能更新を図り、オフィスのバリエーションを増やした。さまざまなテナントニーズに対応するとともに、既存ストックの活用という社会的要請に応え、都市景観に彩りを加えた。さらにはスピーディな開発により、最新技術を導入しやすい点もリノベーションを採用したポイントだ。
また、大手町ビルの再生は、同社の「丸の内NEXTステージ」における“人・企業が集まり交わることで新たな価値を生み出す舞台”を具現化する取り組みの一つであり、「5つのまちづくり戦略」で掲げた「多様な場の提供」、「多様なテーマ・コミュニティ」、「面でのつながり・発信」などの具体策の一環ともいえる。
リノベーションでさまざまな演出を施した大手町ビル
南北約50m、東西約200mに広がる大手町ビルは、地上9階、地下3階で延床面積約11万1,200㎡。着工は1956年、竣工は1958年で、今年で64年目を迎えた。
リノベーションの詳細については、外装の改修にあたっては、周囲の街の表情にあわせ、大名小路に面する東側を東京駅や三菱一号館美術館にも用いられている「レンガ」を基調とし、日比谷通りに面する西側は皇居のお堀や二重橋を思い起こさせる石垣をモチーフとするデザインとした。
主な外壁素材には、通常のセメントに比べ耐久性や耐火性に優れたGRC(耐アルカリ性ガラス繊維補強セメント)を採用、将来的な管理コストの低減を図る。窓ガラスは北面を除いて断熱性に優れたLow-E複層ガラスや日射フレームを設けることで熱負荷削減(約44%削減)を図るなど、環境面での性能向上を実現した。
仲通りが貫通するビル中央部分は、「通り抜け感」を演出するガラス素材で構成、建物内外から仲通り機能を演出しており、吹き抜け感を演出、さらなる賑わいを醸成している。さらに丸の内・大手町の両仲通りで使用しているアルゼンチン斑岩を床材で敷設した。
1階の東西貫通通路の床材はテラゾーという人造大理石を活用しており、その間には真鍮の目地を通して、一つずつ貼り分けながら仕上げていった。壁材も大理石の一種であるトラバーチンであるため、このような貴重な素材を活かしながら、リノベーションすることが設計のコンセプトであった。
また、地下2階の店舗エリアは、「レトロで親しみやすいお店が多い」と好評であったため、従来のレトロの雰囲気を損なわないよう、1階と同様に、床材のテラゾーをデザインに活かしている。
三菱地所は3月に「丸の内NEXTステージ」を加速させる5つのまちづくり戦略を公表、多様な就業者100万人が集う、まちをつくることを打ち出している。大手町ビルでの事例としては、7階に、大丸有エリアの三菱地所グループが運営管理等をするビルの就業者が使えるラウンジ・テラスを設置、まち全体でリノベーションしたビルを活用する。
大手町はイノベーションの中心街になる?
屋上には、約4000㎡の空間を「大手町スカイラボ」として緑があふれ、屋外で働けるワークスペース、農園スペースなどとして開放。一般の来館者も仲通りを一望できるカウンター席も利用できる。
大手町ピルは大規模フロアプレートでありつつも、小割貸付に適したフロア形状をしている。ビルの東側を「LABゾーン」と位置づけ、スタートアップ企業や大企業の新規事業開発部門などを集積しており、デザインを一定程度変えつつ、リノベーションを行った。
株式会社電通、株式会社電通国際情報サービスとの協業により、2016年に日本初のFinTech集積地点として「FINOLAB」(当初の4階に加えて2018年に2階にも拡張、2020年にはリニューアルも実施)を設け、また、6階にはSAPジャパンと協業し共同運営する、目的あるイノベーション創出のための拠点として「Inspired.Lab」が2019年に設置されている。
説明後、質疑応答が行われた。
リノベーションによる施工メリット
――リノベーションを本格的に開始した時期は。
川岸浩之氏 2018年5月からです。今回、テナント様がご入居されながらの工事で、外装も少しずつ変えながら施工したため、一定の期間が掛かりました。最後の1年間は、屋上に特化したリノベーションでした。全体の総投資額は公表できませんが、伝統あるビルをリノベーションして改装するコンセプトについては大変好評です。
――このような大規模リノベーションを「丸の内」やあるいは、「丸の外」でも展開されていくのでしょうか。
川岸氏 今回は申し上げた通り、「大手町ビル」の歴史、立地や背景を鑑みて大規模リノベーションに至りました。今後このようなリノベーションを各地域で展開していくかについてはそのビルのポテンシャルを見て判断していくことになると思います。直近の事例では、「日比谷国際ビル」は同様にリノベーションを実施し、物件のバリューアップを実現しています。
多くは申し上げられませんが、リノベーションを行ったことで賃料にも一定程度反映されたと思います。「大手町スカイラボ」や7階のラウンジ・テラスを設置したことでビル全体の人気が高まっている効果もあります。
――施工で苦労された点は。
荒井氏 オフィス入居者がお仕事されている状態で施工しなければなりませんでした。そのため専有部に関しては土日を中心に工事を行い、最小限の期間で撤収まで完了しなければなりませんでした。他方、外壁工事は仮囲いをしたまま自由な期間で実施できましたが、外部と内部工事をいかに切り離して、デザイン的に処理するかが一番難しかった点と言えます。
――リノベーションによるビルの有効活用についての想いについては。
川岸氏 もし新築を行う場合、取り壊しや行政協議も数年かかりますから、どうしても数年後の稼働となります。しかし、リノベーションを導入すれば、その期間は短縮でき、入居者様も居ながらで施工でき、大きな空室ができたところにはスタートアップ企業のための施設も設置できました。64年のビルを100年まで持たせることを目指し、調査した結果、引き続き適切な修繕更新工事を行なっていけば、問題ない状況もわかっています。リノベーションか建て替えかについては物件特性によるところも大きいので、様々な利用ニーズに応えていきながら、多様な商品ラインアップを引き続き提供していければと考えております。
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