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神戸市役所の建築職はまちの未来をデザインするプランナーなのか?

神戸市は、レトロなまち並みと近代的な都市開発が交錯する都市だ。北野の異人館や三宮の再開発プロジェクト、さらには郊外に残る茅葺き屋根の古民家まで、多様な建築的資産が共存している。このまちの未来を形作る一翼を担うのが、神戸市役所の建築職だ。

本記事では、建築職として活躍する兼松愛佳さんと久保由華さんにインタビューを行い、市役所における建築職の役割、やりがい、そして神戸ならではのまちづくりの課題について探った。彼女たちの視点を通じて、行政の立場から都市をデザインする意義と、その裏にある苦労や情熱を紐解いていく。

※取材は2025年1月下旬

兼松 愛佳さん

久保 由華さん

建築職への道 民間ではなく、あえて公務員へ

兼松さんと久保さんは、ともに建築や環境デザインを大学で学び、建築職として神戸市役所に入職した。兼松さんは大学で環境デザインを専攻し、歴史的なまち並みの保全や活用をテーマに研究を続けてきた。一方、久保さんは大学の建築学科で設計を学びつつ、東日本大震災の復興に関する研究を行った経験を持つ。二人とも当初は民間の設計事務所やインテリア、設備系の企業を志望していたが、神戸市役所職員の道を選んだ。

「民間志望だったんですけど、神戸市で特別枠ができた年にチャレンジしてみようと。おもしろそうな仕事ができそうだと感じたんです」と兼松さんは振り返る。久保さんも、「友人が公務員を目指していたことがきっかけで、選択肢として意識するようになりました。学校に公務員の説明に来た職員の話を聞いて、具体的な仕事内容や働きやすさに惹かれたんです」と語る。

建築を専攻する学生の多くは、設計事務所やゼネコンなど民間企業を目指す傾向が強い。しかし、兼松さんと久保さんが選んだ公務員の道は、単なる安定志向ではなく、まち全体を視野に入れたスケールの大きな仕事への挑戦だった。「行政ならではの広範な関わり方が魅力でした。民間でもまちづくりはできますが、行政だとより広く、公共性の高いプロジェクトに関われる」と兼松さんは説明する。

神戸市役所の建築職の多様な業務とその意義

神戸市役所の建築職は、建築基準法に基づく図面審査や検査、都市計画、歴史的建造物の保全、住宅政策など、多岐にわたる業務を担当する。

兼松さんと久保さんのキャリアを振り返ると、その業務の幅広さが際立つ。

建築職として法律を基盤にした基礎固めを経験する

兼松さんの最初の配属先は建築安全課だった。ここでは、建築基準法に適合しているかどうかを確認する図面審査や現場検査、市民からの相談対応を行った。

「法律に基づく仕事は、建築職としての基礎を固める重要なステップでした。建築基準法の枠組みを理解することで、後のプロジェクトで柔軟に対応できるようになった」と彼女は言う。建築基準法や都市計画法の知識は、三宮再開発のような複雑なプロジェクトでも基盤となる。

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三宮再開発 新たな神戸の玄関口をデザインする

兼松さんが特に印象に残っているのは、三宮再開発プロジェクトだ。JR三宮駅前の駅ビル開発調整に携わり、民間事業者や他の行政部門と連携しながら、公共動線や広場の設計を進めた。「三宮の駅前は、大きな道路で分断されていて、人の流れがスムーズでなかった。公共動線をどう直感的にわかりやすくするか、ビルの中にどう公共性を組み込むかを考えるのはやりがいがありました」と彼女は語る。

このプロジェクトでは、JRや阪急といった民間事業者との調整がカギとなった。しかし、コロナ禍で計画が白紙になりかけたこともあった。「何度も協議を重ね、事業決定まで持っていくのは本当に大変でした。でも、将来計画が公表され、まちが動き出したのを見たときは感動しました」と兼松さんは笑顔を見せる。

マンション適正管理などを通じた住まいを支える施策

現在(令和6年度時点)の配属先である建築住宅局政策課では、マンション管理の適正化支援や住まい探しが困難な方の居住支援、すまいの総合窓口「すまいるネット」の運営など、市民の住まいに関わる業務を担当している。「自分で住まいを探すのが難しい方の支援や、マンションの管理に関する相談対応など、直接市民と関わる仕事が多いです」と兼松さん。「住宅政策は、建築の知識を活かしつつ、人の暮らしに直結する仕事。社会的な意義を感じます」と話す。

特に、震災復興住宅や仮設住宅の整備は、神戸市役所の重要な役割だ。「阪神・淡路大震災の経験から、災害に強い住まいづくりやコミュニティの維持が重視されています。東日本大震災の現場を見た経験もあって、住まいや暮らし方の選択肢の自由度を高める取り組みに興味があります」と久保さんは語る。

神戸の歴史的遺産をリ・ジェネレート

兼松さんが大学時代から関心を持っていた歴史的建造物の保全も、市役所での業務につながっている。神戸市北区には、茅葺き屋根の古民家が約800棟残っており、これらをカフェや宿泊施設として活用するためのガイドライン作成に携わった。「古民家は建築基準法の枠組みでは扱いにくいのですが、活用を促進することで地域の魅力を引き出したい」と彼女は言う。

また、兼松さんはヘリテージマネージャーの勉強会に参加し、歴史的建造物の修繕方法等を学んでいる。「業務として直接関わるわけではないですが、こうした知識を活かして、北野や北区の文化資産を次の世代に残したい」と意気込む。

公共のやりがい⇔公務員離れという相克

兼松さんと久保さんが口を揃えて語るのは、建築職の「スケール感」と「チームワーク」の魅力だ。「建築職は、建物の細かい設計からまち全体の計画まで、幅広い視点で関われます。道路や公園のような大きなインフラより、建物や住まいというスケールが自分には合っていた」と兼松さん。久保さんも、「現場で職人さんの技術を見たり、素材や天候の影響を学んだりするのは新鮮でした。大学では味わえない実践の場です」と話す。

しかし、課題もある。特に、人手不足は深刻だ。「民間に流れる人が多く、建築職の採用倍率は3倍程度。優秀な人材に来てほしいと、大学でのリクルート活動にも力を入れています」と兼松さん。久保さんも、「若手職員がリクルーターとして学生と話す機会には、働きやすさや福利厚生をアピールしています。残業は働き方改革で減りましたが、部署によっては忙しい時期もある」と明かす。

阪神・淡路大震災から30年が経ち、災害の記憶の風化も課題だ。「当時の経験を持つ職員はほぼ退職しましたが、研修やOBの派遣を通じて教訓を共有しています。安全なまちづくりへの意識は、職員全体で引き継がれていると感じます」と久保さん。兼松さんも、「震災を重く捉えるのではなく、良いまちにしたいという前向きな意識が強い」と語る。

建築職はまちの未来をデザインするプランナー

神戸市役所の建築職は、単なる技術者ではなく、まちの未来をデザインするプランナーでもある。兼松さんと久保さんのキャリアは、法律の基礎から大規模再開発、住まい支援、歴史的資産の保全まで、多様な業務を通じて神戸の魅力を引き出す過程そのものだ。

「神戸は、都心から30分で茅葺き屋根の古民家に行ける稀有な都市。こうした資産を活かしつつ、災害に強いまちづくりを進めたい」と兼松さん。久保さんも、「東日本大震災の経験から、住まいや暮らし方の自由度やコミュニティの重要性を学びました。市民の暮らしを支える政策に貢献したい」と展望を語る。

まちのストーリーテラーとしての期待

兼松愛佳さんと久保由華さんのインタビューを通じて、神戸市役所の建築職が担う役割の奥深さが浮かび上がった。民間では味わえない公共性の高い仕事、チームワークによるスケールの大きなプロジェクト、そして歴史と未来をつなぐ使命感。彼女たちの情熱は、神戸のまちをより魅力的で、安全な場所へと導いている。

神戸市役所の建築職は、単なる公務員ではなく、まちのストーリーテラーであり、未来の設計者だ。もしかしたら、彼女たちの今の仕事は、数十年後の神戸の姿を、人知れず、象っているところなのかもしれない。

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