神戸ウォーターフロントグランドデザイン資料より

神戸ウォーターフロントグランドデザイン資料より

神戸市が描く2040年の緑を核としたウォーターフロントの未来

「神戸は、新たな国際都市としての可能性を確認した」。2025年4月22日、久元喜造市長は定例会見でこう宣言し、「ウォーターフロントグランドデザイン」を発表した。

1868年の神戸港開港以来、豪華客船や移民船が行き交ったウォーターフロントは、日本の近代化を牽引した。1995年の阪神・淡路大震災で甚大な被害を受け、港湾機能の移転も重なり活気を失ったが、2025年2月の神戸空港の東アジア路線による国際化、4月のGLION ARENA KOBE開業を機に再生のときを迎える。

2040年をターゲットにした、「海、山、空を感じ、みなとまちの歴史と未来をつなぐ」計画は、歩行者優先のウォーカブル空間を最優先とし、グリーンインフラを活用して、神戸市民に新たな憩いの場を、東アジアを中心としたインバウンドに新たな魅力発見の場を創出することを核としている。

神戸空港が新たな玄関口となり、テクノロジーとデザインで織りなすことを目論む神戸の港づくりは、当初描いたデザイン通り現実のものとなるのか。神戸空港の国際化、遺産としての突堤、緑、ウォーカブルといった文脈から紐解く。

復興から再生へ ウォーターフロントの歴史

神戸のウォーターフロントは、近代日本の玄関口だった。中突堤や新港突堤には、ブラジル移民を乗せた「ぶらじる丸」、捕鯨船、豪華客船「さんとす丸」が集まり、海面は小さな船で埋め尽くされた。

1900年代初頭から1940年代にかけて、近代港湾として繁栄したが、1960年代のコンテナ化で状況は一変。大型コンテナ船に対応するため、港湾機能はポートアイランドや六甲アイランドに移り、ウォーターフロントは遊休地化した。

1970年代、メリケン波止場を埋め立てたメリケンパークやハーバーランドの開発が始まったが、1995年の阪神・淡路大震災で壊滅的な打撃を受けた。メリケンパークの岸壁は崩れ、ポートタワーは一時閉鎖。復興に追われた神戸市は、港湾エリアの再開発を後回しにせざるを得なかった。

2012年、ウォーターフロント再開発が本格始動。震災から17年、市民の生活基盤が整った神戸市は、港の新たな役割を模索し始めた。2015年に神戸みなと温泉 蓮が開業、2017年には神戸港開港150周年を記念してメリケンパークがリニューアル、BE KOBEモニュメントが誕生した。このモニュメントは、震災復興のシンボルとして市民に愛され、観光客の撮影スポットになった。

2021年にはポートミュージアム(アトア水族館含む)やフェリシモ、GLIONの本社が新港突堤に進出し、2024年にはポートタワーが午後11時までのナイトタイム営業でリニューアル。2025年4月、GLION ARENA KOBEが開業し、1万人規模の音楽ライブやBリーグの試合でエリアは活気づいた。

2011年の「港都神戸グランドデザイン」はこれらの動きを想定しておらず、2022年のウォーターフロントビジョンも部分的な更新に留まった。市長は「2012年以降の進展は従来の構想を超えた。新たな将来像が必要だった」と強調する。神戸市は2025年4月、ウォーカブル空間とグリーンインフラを軸にした、市民と観光客のための新たな港づくり構想を打ち出した。

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神戸空港 国際化の波に乗る新たな玄関口

2025年2月、神戸空港は国際チャーター便の運航を開始し、東アジアからのインバウンドを呼び込む新たな玄関口となった。市長は「神戸の国際都市としての可能性を現実にする」と述べ、週40便のチャーター便が韓国、中国、台湾からの観光客を運ぶ。

2025年4月の時点で搭乗率は80%超を記録し、市民からは「神戸空港が国際化してよかった」との声が上がる。2030年前後を目標に定期便の就航も予定され、関西エアポート神戸株式会社と連携し、ターミナル拡張やCIQ(税関・出入国管理・検疫)体制の強化を進める。空港は、ウォーターフロントグランドデザインの成功に不可欠な役割を果たす。

市民にとって、空港の国際化は地域経済の活性化をもたらす。観光客の増加は、ウォーターフロントの飲食店やマルシェに賑わいを創出する。神戸市は、2025年度の観光収入として前年比15%増の推定200億円を見込む。地元商店街やホテル業界は新たな雇用を創出し、市民の生活に活気をもたらす。

インバウンドにとって、空港は神戸の魅力を最初に感じるゲートウェイだ。韓国からのゴルフツアー客は、空港からバスでウォーターフロントへ向かい、緑地でのピクニックやメリケンパークの夜景ツアーを楽しむ。中国からの家族旅行者は、ポートループでアリーナやマリーナにアクセスし、Bリーグ観戦や瀬戸内クルーズを満喫。台湾の若者グループは、神戸ビーフのレストランや水族館を訪れ、SNSで緑豊かな港をシェア。

空港の国際化は、ウォーターフロントのウォーカブル空間や緑と直結し、東アジア客に神戸の新たな魅力を発見させる。計画では、空港とウォーターフロントのシームレスな接続が、観光客の滞在時間を延ばし、地域経済に年間数十億円の経済効果をもたらすと期待される。

グランドデザインの3つの柱

グランドデザインは、ハーバーランドから新港突堤西を3エリア(中突堤、京橋、新港突堤西)に分け、4つの戦略(ウォーカブル空間、緑と自然、ナイトタイムエコノミー、官民連携)を軸に展開する。2040年を目標に、歩いて楽しむ空間とグリーンインフラを通じて、市民の憩いとインバウンドの魅力を高める。

神戸ウォーターフロントグランドデザイン資料より

中突堤 緑の憩いの公園

中突堤は、ポートタワーとメリケンパークが象徴する神戸の顔だ。

市長は「観光・商業機能を強化し、緑あふれる空間へ進化させる」と述べる。かつて緑が皆無だったエリアは、BE KOBEモニュメントやメリケンパークのリニューアルで観光名所となったが、計画ではさらに緑地を増やし、市民が歩いて憩う都市公園のような空間を目指す。

家族連れは芝生の広場でピクニックを楽しみ、高齢者は緑地を散策し健康を維持。子どもたちは木陰で遊び、週末には地元産のマルシェが賑わう。海上デッキは、メリケンパークとハーバーランドを直結し、市民が散歩やサイクリングで港を満喫。東アジアからの観光客は、船着き場から小型船に乗り、緑豊かな港の歴史を体感。スマート照明やIoTセンサーで混雑を管理し、プロジェクションマッピングで夜の景観を彩る。太陽光パネルや雨水再利用システムが、市民と観光客の快適な環境を支える。

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京橋 緑地でつながる交流

京橋エリアは、ウォーターフロントのエントランスとして、中突堤と新港突堤西をつなぐ。

近くを通る阪神高速3号神戸線の大規模修繕に伴い、迂回路確保のため船溜まりを埋め立て、仮設道路を建設。この土地を修繕後に緑地や賑わい施設に転換する。市長は「飲食、音楽、スポーツの施設を誘致し、にぎわいを創出する」と意気込む。

韓国や中国からの観光客は、ライブステージで地元アーティストのパフォーマンスを鑑賞し、緑豊かな環境に魅了される。スマートインフラとして、AIが交通最適化を支援し、センサーが植生の灌漑を管理(水使用量30%削減)。緑地化は海面上昇への対応にも役立ち、京橋は歩いてつながる市民と観光客の交流の場となる。

神戸ウォーターフロントグランドデザイン資料より

新港突堤西 緑とイベントの融合

新港突堤西は、GLION ARENA KOBE(1万人収容)を核とした賑わいエリアだ。

かつて倉庫街だった場所は、水族館、飲食店、フェリシモやGLIONの本社が集まり、活気がある。市長は「海から見る神戸の夜景は新たな魅力」と語り、ドローンショーや連動型イルミネーションでナイトタイムエコノミーを強化。

東アジアからの観光客は、音楽フェスや花火イベントに魅了され、飲食店で神戸ビーフを堪能。大型艇向けマリーナは、台湾や香港からのヨットツアーを迎える。2024年に発見された海軍操練所跡は、緑地と調和した見学施設として保存され、市民や観光客が歩いて歴史を学ぶ。AIによる混雑予測が、イベント時の歩行者体験を向上させる。

ウォーカブル中心への情熱とモビリティ革新への期待

ウォーターフロント全エリアを貫くのは「居心地よく、歩きたくなる空間」への情熱だ。計画では、歩行者優先のウォーカブル空間を最優先とし、市民が気軽に港を歩き、観光客が神戸の魅力を発見する環境を整える。海上デッキや遊歩道は、三宮からウォーターフロントまで歩く市民の日常を支え、家族連れや高齢者が安全に散策できる。高齢者はベンチで休みながら港を眺め、子どもたちは車を気にせず遊歩道を走る。

シェアサイクルは、メリケンパークからハーバーランドへの移動を楽にし、観光客が緑地や港の景色を楽しみながら回遊する。市長は「三宮からウォーターフロントをつなぐLRTを構想する」と述べるが、LRTは将来的な構想の1つに留まり、現在の連接バス「ポートループ」や歩行者優先の設計が中心となりそうだ。

LRTが導入される場合、三宮のクロススクエアと連動し、フラワーロードを南下、ハーバーランドやJR神戸駅に至るルートが想定される。「市民の声を聞き、LRTの魅力を共有したい」と市長は述べ、地下鉄海岸線の課題を踏まえ、慎重な合意形成を重視。ウォーカブル中心の設計は、市民の憩いとインバウンドの散策体験を最優先に、神戸の港を身近にする。

テクノロジーでさらに映える港のランドスケープ

神戸ウォーターフロントグランドデザイン資料より

神戸のグランドデザインは、テクノロジーなくして実現しない。スマートシティ化では、太陽光パネルや雨水再利用システムがエネルギー効率を高め、市民が快適に過ごす環境を支える。IoTセンサーは、混雑や空気質を管理し、観光客が歩いて楽しむ散策をスムーズにする。

あるいは、ラスベガスのドローンショー(1,000機以上のドローンで夜空を演出)や東京のチームラボ(プロジェクションマッピングで空間を再定義)に着想を得たナイトタイムエコノミーでは、ドローンショーが夜空を彩り、プロジェクションマッピングがポートタワーやアリーナを演出する。

市長は「上質なライトアップやイルミネーションで、夜型観光を充実させる」と力強く語る。シンガポールのマリーナベイのようなスマートインフラ(センサーで人流を最適化)を参考に、韓国・ソウルの漢江のような夜間観光で東アジア客に神戸の夜景をアピールすることを思い描く。

AIは、イベント時の混雑予測やシャトルバス配車を支援し、市民の日常と観光客の体験を向上させる。テクノロジーは、歩いて楽しむ港と緑豊かな環境を支えるという、まさにインフラとしての重責を担う。

課題と展望 緑と歩行の未来

しかし、構想を実現する上で課題は多い。

まず、グランドデザインは現時点での構想に過ぎないからだ。構想がターゲットとする2040年までの間に、たとえば、インバウンド需要がどう変動するかは不透明だ。地政学リスク(例:東アジアの緊張)、経済変動(例:円安やグローバル景気後退)、観光需要の変化(例:パンデミックや環境意識の高まり)が、東アジアからの観光客流入を左右する可能性がある。

直近で言えば、2020年代初頭の例のパンデミックは日本のインバウンドを90%以上減少させた。同様の不測事態が計画の前提を揺さぶるリスクを誰も否定することはできない。

具体的な工程表が未策定である点も課題だ。市長は「しかるべき時期に工程表を作成する」と述べるが、なにをいつどうやって誰が整備するかが決まっていない。財政負担の規模や民間事業者との役割分担を含め、なにもかもが不明確だ。

たとえば、海上デッキやグリーンインフラの整備には数百億円規模の投資が必要だが、どのプロジェクトを優先し、誰が資金を負担するかは未定だ。LRTの導入時期や運営主体(市営か民間か)も未決定で、市民の期待と現実のギャップをどう埋めるかが問われる。この曖昧さが進捗を遅らせ、市民やインバウンドの期待に応えるタイミングを不透明にするリスクがある。

財政も大きな課題だ。多岐にわたるウォーターフロント整備には巨額の投資が必要で、官民連携がカギとなる。市長は「市有地を活用し、民間投資を誘発する」と既存のアセットによるリバレッジを目論む。GLION ARENAのように、土地を貸し、収益を還元するモデルが基本で、「神戸市がある程度のイニシアチブを取り、民間と協働する」と述べるが、この呼び水にどれだけの民間資本が応じるか、これも フタを開けてみないとわからない。

市民との合意形成も重要になる。市長は「工程表を適正な時期に作成し、透明性を確保する」と明言する。議会や市民説明会を通じて、ウォーカブル空間と緑地の価値を共有するが、漫然としたデュー・プロセスのもとで事を進めると、「総論賛成、各論反対」という状況に陥るリスクをはらむ。

たとえば、LRTや海上デッキの建設に伴う税負担や景観変化に対し、市民の反対意見が表面化する可能性が考えられる。定期的な説明会や市民参加型のワークショップを通じた、きめ細かな対応は円滑な合意形成を図る上で必須になるだろう。

歴史的資産の扱いも課題だ。海軍操練所跡は保存が決定したが、住友倉庫など歴史的倉庫群の活用は議論中。「1つ1つ、民間と相談しながら決める」と市長は言うが、市民や観光客が歩いて歴史を身近に感じられる活用が本当にできるかが焦点だ。たとえば、倉庫をカフェや博物館に転用する案は魅力的だが、耐震性や改修コストが障壁となり、文化資産の活用計画を遅らせる、といったリスクが考えられる。

歩いて楽しめる緑豊かな体験の提供は、インバウンドのハートを射止める可能性を秘めている。横浜や大阪に比べ、ランドマークの存在感は控えめだが、穏やかな日差しと澄んだ空気が期待される緑地をコアに据えたウォーターフロント空間は、むしろコンパクトであるがゆえに、他にはない魅力となり得る。

韓国や中国からのツアー客は、空港から徒歩やバスでアクセスし、緑地でのピクニックや夜景ツアーを満喫。市民にとっては、週末の家族イベントや日常の散歩が身近になり、港が生活の一部となる。グリーンインフラと空港の連携は、市民の健康と観光客の快適さを支える。

懸念があるとすれば、都市緑化にありがちな、人間にとって都合が良いだけの、生態系を拒否する「飾りの緑」にとどまってしまわないかということだ。願わくば、生物にあふれる海のように広く奥深い命の緑を育むものとなることが期待される。本当の緑とはそういう存在だからだ。

神戸の港、神戸というまちの新たな地平を切り開けるか

神戸ウォーターフロントグランドデザインは、復興から30年を経た神戸が踏み出した新たな一歩だ。「ここは神戸のポテンシャルを具体化する重要なエリア」と市長は強調する。

2040年、市民が海上デッキを歩き夕陽を眺め、子どもたちが緑地で遊び、家族がアリーナでイベントを楽しむ。高齢者は緑豊かな遊歩道を散策し、健康を保つ。東アジアからの観光客は、空港からウォーターフロントへ歩いてアクセスし、ドローンショーに目を奪われ、海軍操練所跡で歴史を学び、マリーナで瀬戸内の風を感じる。私の妄想に過ぎないが、なかなかロマンチックな情景が浮かぶ。

構想の実現は容易ではないだろう。そもそも構想である以上、それが実現するかどうか、うまくいくかどうか、約束されたものではない。だが、市民や民間企業などとの協力のもと、緑とテクノロジーが織りなすウォーターフロントのグランドデザインが、しなやかさをもって具現化されれば、神戸の港、ひいては神戸というまちの新たな地平を切り開くものとなる可能性はある。

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