ウォーカブル中心への情熱とモビリティ革新への期待
ウォーターフロント全エリアを貫くのは「居心地よく、歩きたくなる空間」への情熱だ。計画では、歩行者優先のウォーカブル空間を最優先とし、市民が気軽に港を歩き、観光客が神戸の魅力を発見する環境を整える。海上デッキや遊歩道は、三宮からウォーターフロントまで歩く市民の日常を支え、家族連れや高齢者が安全に散策できる。高齢者はベンチで休みながら港を眺め、子どもたちは車を気にせず遊歩道を走る。
シェアサイクルは、メリケンパークからハーバーランドへの移動を楽にし、観光客が緑地や港の景色を楽しみながら回遊する。市長は「三宮からウォーターフロントをつなぐLRTを構想する」と述べるが、LRTは将来的な構想の1つに留まり、現在の連接バス「ポートループ」や歩行者優先の設計が中心となりそうだ。
LRTが導入される場合、三宮のクロススクエアと連動し、フラワーロードを南下、ハーバーランドやJR神戸駅に至るルートが想定される。「市民の声を聞き、LRTの魅力を共有したい」と市長は述べ、地下鉄海岸線の課題を踏まえ、慎重な合意形成を重視。ウォーカブル中心の設計は、市民の憩いとインバウンドの散策体験を最優先に、神戸の港を身近にする。
テクノロジーでさらに映える港のランドスケープ

神戸ウォーターフロントグランドデザイン資料より
神戸のグランドデザインは、テクノロジーなくして実現しない。スマートシティ化では、太陽光パネルや雨水再利用システムがエネルギー効率を高め、市民が快適に過ごす環境を支える。IoTセンサーは、混雑や空気質を管理し、観光客が歩いて楽しむ散策をスムーズにする。
あるいは、ラスベガスのドローンショー(1,000機以上のドローンで夜空を演出)や東京のチームラボ(プロジェクションマッピングで空間を再定義)に着想を得たナイトタイムエコノミーでは、ドローンショーが夜空を彩り、プロジェクションマッピングがポートタワーやアリーナを演出する。
市長は「上質なライトアップやイルミネーションで、夜型観光を充実させる」と力強く語る。シンガポールのマリーナベイのようなスマートインフラ(センサーで人流を最適化)を参考に、韓国・ソウルの漢江のような夜間観光で東アジア客に神戸の夜景をアピールすることを思い描く。
AIは、イベント時の混雑予測やシャトルバス配車を支援し、市民の日常と観光客の体験を向上させる。テクノロジーは、歩いて楽しむ港と緑豊かな環境を支えるという、まさにインフラとしての重責を担う。
課題と展望 緑と歩行の未来
しかし、構想を実現する上で課題は多い。
まず、グランドデザインは現時点での構想に過ぎないからだ。構想がターゲットとする2040年までの間に、たとえば、インバウンド需要がどう変動するかは不透明だ。地政学リスク(例:東アジアの緊張)、経済変動(例:円安やグローバル景気後退)、観光需要の変化(例:パンデミックや環境意識の高まり)が、東アジアからの観光客流入を左右する可能性がある。
直近で言えば、2020年代初頭の例のパンデミックは日本のインバウンドを90%以上減少させた。同様の不測事態が計画の前提を揺さぶるリスクを誰も否定することはできない。
具体的な工程表が未策定である点も課題だ。市長は「しかるべき時期に工程表を作成する」と述べるが、なにをいつどうやって誰が整備するかが決まっていない。財政負担の規模や民間事業者との役割分担を含め、なにもかもが不明確だ。
たとえば、海上デッキやグリーンインフラの整備には数百億円規模の投資が必要だが、どのプロジェクトを優先し、誰が資金を負担するかは未定だ。LRTの導入時期や運営主体(市営か民間か)も未決定で、市民の期待と現実のギャップをどう埋めるかが問われる。この曖昧さが進捗を遅らせ、市民やインバウンドの期待に応えるタイミングを不透明にするリスクがある。
財政も大きな課題だ。多岐にわたるウォーターフロント整備には巨額の投資が必要で、官民連携がカギとなる。市長は「市有地を活用し、民間投資を誘発する」と既存のアセットによるリバレッジを目論む。GLION ARENAのように、土地を貸し、収益を還元するモデルが基本で、「神戸市がある程度のイニシアチブを取り、民間と協働する」と述べるが、この呼び水にどれだけの民間資本が応じるか、これも フタを開けてみないとわからない。
市民との合意形成も重要になる。市長は「工程表を適正な時期に作成し、透明性を確保する」と明言する。議会や市民説明会を通じて、ウォーカブル空間と緑地の価値を共有するが、漫然としたデュー・プロセスのもとで事を進めると、「総論賛成、各論反対」という状況に陥るリスクをはらむ。
たとえば、LRTや海上デッキの建設に伴う税負担や景観変化に対し、市民の反対意見が表面化する可能性が考えられる。定期的な説明会や市民参加型のワークショップを通じた、きめ細かな対応は円滑な合意形成を図る上で必須になるだろう。
歴史的資産の扱いも課題だ。海軍操練所跡は保存が決定したが、住友倉庫など歴史的倉庫群の活用は議論中。「1つ1つ、民間と相談しながら決める」と市長は言うが、市民や観光客が歩いて歴史を身近に感じられる活用が本当にできるかが焦点だ。たとえば、倉庫をカフェや博物館に転用する案は魅力的だが、耐震性や改修コストが障壁となり、文化資産の活用計画を遅らせる、といったリスクが考えられる。
歩いて楽しめる緑豊かな体験の提供は、インバウンドのハートを射止める可能性を秘めている。横浜や大阪に比べ、ランドマークの存在感は控えめだが、穏やかな日差しと澄んだ空気が期待される緑地をコアに据えたウォーターフロント空間は、むしろコンパクトであるがゆえに、他にはない魅力となり得る。
韓国や中国からのツアー客は、空港から徒歩やバスでアクセスし、緑地でのピクニックや夜景ツアーを満喫。市民にとっては、週末の家族イベントや日常の散歩が身近になり、港が生活の一部となる。グリーンインフラと空港の連携は、市民の健康と観光客の快適さを支える。
懸念があるとすれば、都市緑化にありがちな、人間にとって都合が良いだけの、生態系を拒否する「飾りの緑」にとどまってしまわないかということだ。願わくば、生物にあふれる海のように広く奥深い命の緑を育むものとなることが期待される。本当の緑とはそういう存在だからだ。
神戸の港、神戸というまちの新たな地平を切り開けるか
神戸ウォーターフロントグランドデザインは、復興から30年を経た神戸が踏み出した新たな一歩だ。「ここは神戸のポテンシャルを具体化する重要なエリア」と市長は強調する。
2040年、市民が海上デッキを歩き夕陽を眺め、子どもたちが緑地で遊び、家族がアリーナでイベントを楽しむ。高齢者は緑豊かな遊歩道を散策し、健康を保つ。東アジアからの観光客は、空港からウォーターフロントへ歩いてアクセスし、ドローンショーに目を奪われ、海軍操練所跡で歴史を学び、マリーナで瀬戸内の風を感じる。私の妄想に過ぎないが、なかなかロマンチックな情景が浮かぶ。
構想の実現は容易ではないだろう。そもそも構想である以上、それが実現するかどうか、うまくいくかどうか、約束されたものではない。だが、市民や民間企業などとの協力のもと、緑とテクノロジーが織りなすウォーターフロントのグランドデザインが、しなやかさをもって具現化されれば、神戸の港、ひいては神戸というまちの新たな地平を切り開くものとなる可能性はある。