ケイアイスター不動産株式会社(塙圭二社長)は、若手・技術職を中心に積極的な賃上げを行い、担い手の確保と育成を強化する。2023年度から「年収2割UPプロジェクト」を始動し、2025年度の昇給率は全従業員平均で8%を超える見込みとなった。とくに若手従業員や技術職に関しては昇給率10%超を目指し、モチベーション向上と企業競争力の強化を図る。
同社は採用活動も拡大しており、2026年4月入社の新卒採用は過去最高の165名(大卒130名・高卒35名)を予定。翌2027年4月には195名(大卒160名・高卒35名)への増員を計画している。とくに工業高校や普通高校へのアプローチを強化し、社内職人や現場監督といった戸建て分譲住宅の生産力を底上げする狙いだ。
入社後は実践的なスキル習得が可能な研修プログラムにより、即戦力化できる体制を整備。待遇面でも2025年4月1日より新卒営業スタッフの初任給を引き上げ、最大で月額30万円からのスタートとする。これと並行してキャリア採用も強化する。とくに社員紹介による「リファラル採用」に注力し、「社員紹介制度」を積極的に活用している。
同社がここまで採用と待遇改善に力を入れる背景には、その圧倒的な成長スピードがある。2025年3月期には売上高3425億円を達成し、2026年3月期には3700億円に達する見込みだ。主力である分譲住宅事業の好調さが全体を牽引しており、その成長を支えるための「人への投資」が急務となっている。
この採用戦略の要点について、ケイアイスター不動産 人事部上席部長兼総務部上席部長(※)の青栁有二氏に話を聞いた。
※所属について取材時における情報を記事に反映しています。
「現場監督不足」は目前。成長企業ゆえの危機感
ケイアイスター不動産 人事部上席部長 兼 総務部上席部長の青栁有二氏
――まずは、若手や技術者の不足感についてお聞かせください。
青栁有二氏(以下、青栁氏) 正直なところ、現時点では業務が回らなくなるような強いひっ迫感はありません。しかし、今後の成長スピードを踏まえて先を見通すと、強い危機感を抱いています。
現場の施工責任者からは、「不足している」との意見はあるかもしれませんが、実際には現場監督不足によって着工や引き渡しが遅れるといった事態には至っていません。しかし、実は3年前に人手不足で着工できずに工事を止めた前例があり、当社の成長スピードを考慮すると、このままいけば近い将来、現場監督の不足が顕在化することは明白です。
土地仕入れの営業や設計スタッフが充足されたとしても、施工を担当する現場監督がいなければ工事着工のフェーズに進めません。営業に関してはすでに仕組み化ができており、今期の新卒社員の中にもすでに大きな成果を出している者がいます。対して、現場監督の育成にはどうしても数年単位の期間が必要になります。
現在、新卒は総合職として採用しており、あえて「営業」「設計」「施工」といった希望は聞いていません。人事ローテーションで適性を判断しますが、「絶対に営業が良い」と強く主張される方はそもそも当社を選ばない傾向にあります。そのため、施工スタッフは新卒からじっくりと育成していく方針です。
20代に戻ったら「施工」を選ぶ。経営のすべてが詰まった仕事
――現場監督といえば、建築・土木系の学校出身者が志望するものだというイメージを勝手に持っていました。
青栁氏 若手には常々、「現場監督こそ経営ノウハウのすべてを学べる」と伝えています。「人・物・金・時間・情報」の5つを投入し、住宅をつくる施工管理を実地で行うことが、経営を学ぶ最短ルートだからです。
もちろん、建築学科で専門的に学び、強く建築職を希望する新卒者はその知見を活かすために設計や施工に配属します。しかし、法学部や経済学部など文系出身者であっても、学部にこだわらず施工スタッフに配属するケースも珍しくありません。
――たとえば法学部卒の新卒者が施工配属になった際、すんなりと受け入れられるものなのでしょうか?
青栁氏 私の前では皆さん素直に受け入れていますが、中には「施工配属か」と複雑に思う方もいるかもしれません。文系出身者は営業やコーポレート部門を志望しがちですが、私はあらゆる場面で「施工の方がより経営を学べる」という話をしています。
少人数の社内ミーティングで「もし20代に戻れるなら、青栁さんはどの職種に就きますか?」と聞かれることがあるんです。私は即座に「施工」と答えますが、総務や人事などの管理畑を歩んできた私がそう答えるのは意外なようですね。しかし、ビジネスの基本は施工にあります。20代でこれほど経営を学べる職種に就けること以上に幸せなことはないと、社員には伝えています。
――今年の大学新卒者の採用状況はいかがですか?
青栁氏 2026年3月入社の大卒者は約130名、翌2027年入社では160名を予定しています(2025年3月入社は90名)。会社の成長に合わせて採用数も増やしており、今後は160〜200名規模で設定していく方針です。いずれ社員の1割を新卒が占める時代が来ると考えています。
首都圏での採用網構築へ。泥臭い「顔が見える」活動
――高校生の採用については、どのような戦略をお持ちですか?
青栁氏 当社の発祥は埼玉県本庄市で、埼玉県北部、群馬県南部、栃木県南部といった北関東エリアの工業高校とは強い接点がありました。しかし現在の商圏メインは1都3県(神奈川・埼玉・千葉)に移っており、東京都内や南関東の工業高校との接点作りが課題です。都内や神奈川、千葉でのネットワークはまだ強くないため、ここを強化するとともに、大学に進学しない普通科高校生へのアプローチも強めていく方針です。また、理由は分析中ですが九州地方からの採用手応えが良く、高卒入社の4割を九州出身者が占めています。
――工業高校は伝統的に、やはり横のつながりが強い印象がありますね。
青栁氏 東京において当社はまだ新興企業に近いですから、ネットワーク不足が弱点です。そこで人事部門の高卒担当スタッフには、「とにかく学校を巡回して顔を売り込んできてほしい。5分でもいいから対面で会えるように」とハッパをかけています。
工業高校には建設業界に限らず大手企業からの求人票が山のように届き、担当者が日参しています。名刺やパンフレットを置いていくだけでは不十分で、社名と顔を一致させてもらわなければライバルには勝てません。なお、高卒者向けには「基礎職・大工職・設備職・内装職」の4職種に加え、施工管理職も募集しています。
職人の内製化は、未来のリスク管理と技術革新の鍵
――まさに今お話に出た、高卒者の大工や職人を直接雇用する狙いについて教えていただけますか?
青栁氏 最大の狙いは、将来的な職人不足に対するセーフティーネットの構築です。社内で職人を抱えておけば、特定エリアで不足が生じた際や、繁忙期に派遣して施工を止めることなく進められます。 次に、技術革新への対応です。DXやAI技術を用いた新しい工法を検証する際、協力会社だけにリスクを負わせるわけにはいきませんが、社内職人であれば「この新工法を試してほしい」と柔軟に要請できます。
さらに、現在展開中の「中古住宅の再生事業」への対応も挙げられます。単なるリフォームではなく、現代のライフスタイルに合わせて再設計・再生する事業において、社内職人の機動力は欠かせません。内製化により事業スピードが格段に上がると考えています。
「年収2割UP」へ。採用コスト削減を原資に還元
――そうした人材確保のためにも重要になる「年収2割UPプロジェクト」について教えてください。
青栁氏 2023年4月に始動した給与水準引き上げプロジェクトです。 主な原資は向上した利益の還元になりますが、原資の一つとなっているのが採用コストの削減です。当社は「採用(社員紹介)」に注力しています。通常、年収500万円クラスの人材をエージェント経由で採用すると150〜200万円のコストがかかりますが、社員紹介制度を活用すればこのコストを大幅に圧縮でき、その分を社員の年収アップに還元できるわけです。
また、同年5月には物価上昇への対応として一律5万円の「生活応援一時金」を支給し、夏季には建設現場向けに「猛暑対策手当」を支給しました。これらは最終的に手当ではなく基本給に組み込んでいます。猛暑は毎年続きますから、現場で奮闘するスタッフの処遇を恒久的に見直すべきと判断したからです。
結果として、2024年度の施工スタッフの昇給率は最も高くなりました。世の中の物価指数が前年比2.7%上昇する中、当社の昇給率は8%を超えています。さらに技術職の定着を目的とした「技術手当」や、間接部門向けの「インフレ手当」も新設し、現在「年収2割UP」という目標の約4割まで達成しています。
――リファラル採用ではどのような人材の紹介が多いのでしょうか。
青栁氏 営業スタッフが最多ですが、施工スタッフの紹介も少なくありません。私のような間接部門でも、不足時には知人を紹介するケースがあり、全社的に浸透しています。本音を言えば、現場監督の紹介をもっと増やしたいところです。営業はノウハウがあれば資格なしでも通用しますが、現場監督は一定の資格、とくに「2級建築施工管理技士」保有者であると非常にありがたいですね。
「女性活躍」はあえて言わない。自然体で進む女性登用
――女性活躍の面でも注力され、「プラチナくるみん」の認定を受けられましたね。
青栁氏 特別なことではなく、当然のことを淡々と実施してきた結果です。2016年に「くるみん」認定を受けて以降、女性の産休・育休はもちろん、男性従業員の育休取得率100%実現、有給休暇取得促進、時差出勤・時短・在宅といった多様な働き方の整備などを進めてきました。現場監督にも女性がおり、不妊治療などの相談窓口も設けています。これらの継続的な取組みが評価され、今回の認定につながりました。
左から、当社サステナビリティ推進室 課長代理 佐藤氏、執行役員 千田氏、埼玉労働局局長 片淵仁文氏、上席部長 青栁氏
現在の女性管理職比率は11%です。一見低く見えるかもしれませんが、課長候補である係長クラスの35%は女性で、15年前に当社が新卒採用を本格化させてから入社した層が、ちょうど昇格時期を迎えているため、今後比率は確実に上昇します。当社は業績成長に伴いポストも増え続けていますが、「女性だから」と無理に登用するのではなく、男女関係なくふさわしい人物が就くべきという考えのもと、自然と女性管理職が増えている状況です。
ある就活生からは「多くの会社では女性活躍推進の話をされますが、なぜ御社はあまりアピールしないのですか?」と聞かれたことがあります。私は「当然のことなので、あえて話す必要がないと判断しました」と答え、改めて取り組みを説明したところ、「そこまでやっているんですね」と驚かれました。
――社内の環境整備が進む一方で、対外的な戦略としてM&Aも加速させています。ここにも、施工力の確保という狙いはあるのでしょうか。
青栁氏 M&Aに関しては、施工力確保というよりは営業的なボリューム拡大、スケールメリットの追求という側面が強いですね。ただ、施工面でのシナジーも生まれています。当社の「コンパクト分譲」のビジネスモデルを注入することで、グループ各社の生産性や利益が向上します。
また、当社の職人がM&A先の企業へ出向し、「こちらのやり方が効率的ですよ」と技術指導や意見交換を行うケースも増えています。今後もグループ会社は増えていくと思いますが、施工面での切磋琢磨による生産性向上は重要なポイントになると考えています。
ケイアイスター不動産の急成長の裏側には、徹底した「人への投資」と、それを支える合理的な戦略があった。2025年、2026年と続く同社の快進撃は、この強固な「人づくり」がある限り続いていきそうだ。

