東京圏からの施工管理技士の転職を促す長野市
施工管理技士や型枠・鉄筋工などの技能労働者は、よりよい賃金を求めて、地方部から都市部へ転職している実態がある。しかし、地方には工事がなく、建設業における求人倍率は少ないかといえばそうではない。地方でも人手不足は深刻であり、建設業に従事する施工管理技士などの人材確保は非常に難しくなっている。
そこで一部の地域では、施工管理技士の地域外への転職を防ぐだけでなく、逆に東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)から人材を確保しようという動きが出てきた。長野市は、首都圏からの建設業転職者に補助金を出すことを発表。移住・起業希望者に補助金を出す制度は、これまでも各地方公共団体で見受けられたが、建設業に特化した補助金は極めて異例だ。
転職する施工管理技士に朗報「長野市建設労働者就業支援補助金」とは?
まず、長野市が取組む「長野市建設労働者就業支援補助金」の概要を説明する。
「長野市建設労働者就業支援補助金」は、東京圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)から長野市内の建設業者に転職した施工管理技士・建設技能者に、引っ越し代などの費用の一部を補助するものだ。就職前3か月以内に東京圏の建設業で働いていた50歳未満の施工管理技士・建設技能者が、長野市建設業協会の会員建設事業所に正規雇用として転職した場合に、この補助金制度の対象となる。補助金の交付申請までに、長野市内に住居を移転するなどが条件。人手不足が顕著な建設業界を支援し、首都圏からの移住促進を促す狙いだ。
首都圏からの引っ越し費用の半分以内を目安に、転職した施工管理技士・建設技能者に補助金を交付。上限は10万円だが、中学卒業前の子どもがいる場合には、人数に応じた追加の補助金を交付する。交付を受けた施工管理技士・建設技能者には、長野市建設業協会会員建設事業所に就職した日から1年以上就労することを義務付ける。実施期間は2020年3月まで。1世帯につき10万円が上限。ただし、中学卒業前の子どもが1人いる場合は1万円、2人いる場合は3万円、3人以上の場合は5万円をそれぞれ加算する。補助は1事業所について同一年度で5人まで。長野市に予算に限りがあることから、交付決定額が予算額500万円に達した際、募集を打ち切るという。
長野市の建設業における新規求人に占める新規求職者の割合は5.48倍
「長野市建設労働者就業支援補助金」について、担当部署である長野市商工観光部商工労働課雇用促進室と、長野県内の建設企業73社が加盟する一般社団法人長野市建設業協会(伊藤隆三会長)に話を聞いた。
施工の神様(以下、施工):「長野市建設労働者就業支援補助金」創設された背景は?
長野市:まず「長野市建設労働者就業支援補助金」を創設するにあたり、各地方公共団体のホームページを調べたところ、前例のない制度であることが分りました。長野市を管轄しているハローワークは3カ所あり、平成29年4月時点の建設業における新規求人に占める新規求職者は5.48倍。他業種のは平均1.45倍なので、建設業は飛び抜けて高い値です。長野市建設業協会から「建設業の人材確保に向けて、行政として対応をお願いしたい」という要望書をいただき、建設業の人材確保や移住促進の狙いから、長野市建設業協会とも話し合った結果、この「長野市建設労働者就業支援補助金」制度を創設しました。
施工:具体的には、どのような人材を求めていますか?
長野市:50歳未満で資格や現場経験のある施工管理技士、型枠・大工・鉄筋・左官などの専門工事に従事している方を求めています。実は、60歳まで認めても良いのでは、という意見もありましたが、長野市の別の補助制度である移住者起業支援金で年齢制限を50歳未満に設定していたので、それに合わせた形です。施工管理技士や建設技能労働者については、長野市でも高齢化が進んでいることも把握しています。
施工:これからは長野市では、どのような工事が増えてきますか?
長野市:駅前の再開発が終わり、一服感があります。しかし、これから公共施設適正配置の工事や、橋梁などの長寿命化工事も控えており、今後、一定の割合で公共工事は出てきます。建設業の人材不足は深刻です。
転職志望の施工管理技士は、幸福感が高い長野市へ
施工:移住希望の都道府県としては、沖縄、北海道についで、長野県がランクインしますので、施工管理技士の長野県に対する移住ポテンシャルも期待できるのでは?
長野市:先日、東京23区内で大学の定員増を認めないという方針が打ち出されましたが、東京一極集中が好ましくないという政府としての姿勢だと考えています。長野県でも東京の大学に進学した方は、長野県に戻らずそのまま東京に定住する方が多いという実態があります。これからは若者に限らず、多くの方に選ばれる地方公共団体を目指すことが必要だと痛感しています。
「長野市建設労働者就業支援補助金」では1年以上就労することを求めていますが、1年と言わず、ずっと定住して欲しいというのが長野市の願いです。
長野市としては、長野市建設業協会の会員建設事業所に対し、就職した施工管理技士や建設技能者の方が離職しないような自助努力につとめて欲しいと願っています。
施工:転職を考えている施工管理技士に伝えたい長野県の魅力は?
長野市:もし、お子さんや奥さんがいらっしゃる施工管理技士や建設技能者であれば、一家総出で長野市に移住いただくのが本当に望ましいです。
長野市では、夏冬の総合国体も予定され、ウィンタースポーツも盛んで施設も揃っています。星も綺麗で少し車を走らせれば、天文観測ができる環境もあります。夏は湿気も少なく、カラッとした暑さで過ごしやすく、快適に暮らせます。今回の補助金をキッカケに是非、長野市に定住を真剣に考えていただきたいですね。
施工:東京圏から長野市に移住すると給与は下がるのでは?
長野市:賃金に関しては長野市が長野市建設業協会に申し上げることはできませんし、それは各建設会社での労使関係によります。ただ、福利厚生など「働き方改革」を促進し、建設業を変えていくことが出来ればいいと考えています。それと同時に、長野市には前述のように、豊かな自然環境に恵まれ、賃金以上の魅力があると思っています。
施工:東京オリンピック・パラリンピック後も見据えた動きですか?
長野市:東京オリンピック・パラリンピックの工事が一服し、東京圏のハード部門の仕事が終わったとき、Iターン、Uターンの候補地として是非、幸せが実感できる長野市を選択して欲しいです。
今年の10月21日には、東京の有楽町マリオンで「長野地域合同就職フェア」を開催し、「長野市建設労働者就業支援補助金」のPRも行います。今からポスト五輪を見据えて行動し、今回の利用状況を踏まえ、今後、建設業以外の異業種にも適用するか検討します。
補助制度のPRにつとめる長野市建設業協会
続いては、長野市建設業協会へのインタビュー。「長野市建設労働者就業支援補助金」についてどのように考えているか担当者に話を聞いた。
施工:長野市の施工管理技士等の建設人材の獲得状況はいかがですか?
長野市建協:長野市においても建設業は慢性的な人手不足に見舞われています。その原因の1つとしては、施工管理技士や技能労働者が賃金の高い首都圏に流出していることが大きな要因となっています。
施工:今回の「長野市建設労働者就業支援補助金」についてはどうお考えですか?
長野市建協:東京オリンピック・パラリンピックの工事も、今後、一服感が出てくると予想しています。そこで、なるべく早い時期から、東京圏の施工管理技士をはじめとした建設労働者の人材を獲得するという観点から非常に歓迎しています。
施工:長野市の建設業界をPRするとすれば、どんなことがありますか?
長野市建協:東京圏から長野市に移住すると賃金は確かに下がりますが、暮らしやすさをアピールしたいですね。最近では「週休2日」の現場も増えてきました。確かに東京圏では賃金はいいですが、その代わりとして忙しいと思います。ゆったりと生活でき、幸福満足度が高いのが長野市であると考えています。今後は長野市建設業協会でも、「長野市建設労働者就業支援補助金」をPRさせていただきながら、人材確保を図ってまいります。
早期リタイヤ組の施工管理技士の転職がカギ
今後、長野市と同様の制度を検討する地方公共団体が増加するだろう。建設業における施工管理技士の人手不足は、東京圏に限った話ではなく、どこの地方でも深刻であるからだ。施工管理技士や技能労働者の人材獲得競争は、東京圏は言うまでもなく、地方でも始まっていることが伺える。
東京圏から長野市などの地方に移住すると賃金が下がるため、この補助制度は需要がないのでは、と考える向きもあるが、家賃等の生活費は格段に安くなる。また、東京都在住者の2人に1人が「地方移住」に関心を持っているという意識調査もある。
「東京で十分稼いだので、地方で早期リタイヤをしたい」という早期リタイヤ組の施工管理技士も潜在的に存在する。移住後も仕事を続けたいと願う施工管理技士や建設技能者にとっては、「長野市建設労働者就業支援補助金」の制度は長野市移住のカギになる可能性がある。いずれにしてもこの補助制度の行方は、今後の地域建設企業の人材確保を考える上で見逃せない。